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見落としている

「で、私のとこに来たと。そういうことですか」


「あぁ」



 医務室の薬棚を整理しながら、シーナ先生は呆れた顔でこちらを見てきた。



「で、肝心のリリーとジルはどこへ?」


「帰ってもらった。この件に関しては、二人がいるとややこしくなりそうだからな」


「とか言って、不意に正体がバレるのが怖いだけでは?」


「それもある」



 そして、シーナ先生は目の前の椅子に腰掛けると、机においてあった白衣を着た。



「で、クロードはどうしたいんですか? 私にどうしてほしいんです?」


「俺は……またネルに会いたいだけだ。あわよくば、リリーやジルとも関わっていてほしいとは思っている」


「欲張りですね。というか、放っておけば明日には解決とかしていないものですかねぇ?」


「いや、多分ネルは相当傷ついているから……」


「ほう? 随分と彼女のことをわかったような気でいるんですね」



 シーナ先生はニヤッと笑って、俺に問いかけた。



「では、何故ネルは傷ついていると思いますか?」


「それは呪いについての話をされたくなかったからだろ」


「それは何故?」


「うーん、まぁ。過去のトラウマだから、か?」


「クロードは大事なことを見落としてますね」



 俺が見落としている……? 大事なことを?



「そういえばクロード、私は闇魔法のスペシャリストなんですよ。知ってました?」


「まぁ、それは聞いたことがある。で、それに何の関係が?」


「私ほどの闇魔法使いともなると、魔獣一匹程度、数時間拘束することすらできるんですよ」


「……は?」



 ────その瞬間、俺は腰掛けていた医務室のベッドに押し倒された。そして、闇魔法をかけられて全身が石のようにピクリとも動かなくなってしまった。何か言おうとするが、口すらも動かない。


 そして、先生はニヤッと笑うとカーテンを閉めて、医務室から出ていってしまった。



 ……俺、どうなるんだ?





 しばらくすると、診療所の扉が開き、誰かが入ってきた。カーテンが閉まっているので分からないが、二人いるみたいだ。シーナ先生と、後は誰だ? 俺はよく耳を澄ました。



「で、呼び出された理由ですけど。わかります?」


「わかりません……」



 声の主は間違いなくネルだった。どうやらシーナ先生に呼び出されて仕方なくやってきたみたいだ。



「あれ、どうしてそんなに落ち込んでいるんですか? 怒られると思ってます?」


「いえ……ただ今日はちょっと、つらいことがあって」


「ほう? 私でよければ聞きましょうか?」


「聞いてくれるんですか?」


「いいですよ」



 ネルは、今日あった出来事を話し始めた。勉強会ができて嬉しかったこと、定期開催まですることになったこと。そして「呪い」について俺に知られてしまったこと。


 そう、彼女はその話題を出されたことではなく、俺に知られてしまったことについて落ち込んでいたのだ。


 シーナ先生は問いかけた。



「ネル、あなたはクロードにそれを知られてショックだったんですね?」


「はい……彼にはずっと隠していましたから」


「で、知られたからどうなるんですか?」


「それは、まぁ。嫌われたと思います。誰でもそうですけど、そんな闇を抱えてる人なんて相手しないですよね」



 そんなことはない、と言いたいところだが身体が動かない……まさか、シーナ先生はこの会話を俺に聞かせようとして俺を拘束したのか。趣味が悪いな、本当に。



「彼は彼で、闇を抱えているじゃないですか。その正体が魔獣であるという」


「そんなのは闇とは言いませんから」


「その呪いとやらに関しても、ネルは被害者なんでしょう?」


「まぁ、そうですけど」


「呪いというのは魔法と違い、本人が意図して操作したりするのは難しいですからね。私にはわかりますよ」



 そういえば、シーナ先生は闇魔法だけではなく呪いの専門家でもあったな。



「とにかく、クロードに嫌われたのは……私にとっては……ショックで」



 音を聞いているだけで、ネルが泣いていることがわかった。もう彼女が泣いている姿なんて見たくなかったのに……それに、俺は別に嫌いになったりしていない。



「そういえば、ネルにとってショックなこと、もう一つありますよ!」


「えっ……! なんですか?」


「この会話、全部彼に聞かれてます」



 シーナ先生は何故か嬉しそうな声でそう言い放つと、一つ手を叩いてみせた。すると、俺を拘束していた魔法が解けて身体が自由に動くようになった。


 俺は慌ててカーテンを開け、ネルに言う。



「俺はネルのことを嫌ってなんかないからな……!」


「えっ!」



 ネルは目を見開いて、俺のほうを見た。シーナ先生は「大成功」と言わんばかりの表情だった。



「実は、私がクロードをベッドに拘束していました。なので、なんとさっきまでの話しは筒抜けでしたとさ!」



 ネルは泣いているのか驚いているのか、とにかく赤面しながらポカンとしていた。



「ネル、その……先生に無理やりされたとはいえ、盗み聞きして悪かった。でも、呪いだろうと何だろうと、そう簡単に俺がネルのことを嫌いになったりしない」


「えっ……そう、なの?」


「そりゃあそうだろ。それとも、俺がなんでも噂を鵜呑みにするヤツに見えたか?」


「いや、そんなことはないけど……うぅ」



 ネルは目を逸らして、涙を拭うと小さな声で言った。



「よかった……」



 安心したような表情を浮かべるネルを見て、こっちまで安心した。魔獣である俺を受け入れてくれた彼女を、簡単に嫌いになってたまるか。


 すると、ネルはシーナ先生の方を見て言った。



「最初からこのために呼び出したんですか?」


「そうですよ。どういたしまして」


「まだ言ってませんけど……まぁ、ありがとうございます。でも! こんな強引な方法次からはやめてくださいね!」


「クロードが私に『どうにかしてください』と言いに来たのが運の尽きですね」


「クロードが?」



 俺はなんだか恥ずかしくなって、すぐさま話に割り込んだ。



「とにかく、シーナ先生は生徒を拘束したりする野蛮人だということがわかったな」


「どういたしまして」


「いや……まだ言ってないんだが」



 こうして、ネルの誤解はなんとか解けたようだ。多少強引だったが、解決したのでよしとしよう。その後、ネルに聞いてみた。



「リリーやジルについてはどう思っているんだ?」


「別に……バラされたから怒ったりとかはないよ。その噂に関してはみんな知ってるのは当たり前だし。それに、二人は必死に弁明してくれたから」


「そうか。じゃあまた勉強会、開催できそうだな」


「そうだね」



 すると、話を聞いていたシーナ先生が言った。



「勉強会? 試験に向けてですか」


「そうだ」


「いい心がけですね。次の試験の結果、楽しみにしてますよ。学イチもぜひ狙ってくださいね」


「いや、あれを狙う気はないが……」



 すると、ネルが小さな声で言った。



「私は狙ってるよ?」


「え、ネルが? もし獲れたらどうするんだ?」


「それは秘密」


「……?」



 そして、シーナ先生が寝たがり始めたので今日のところは解散することになった。



 今日は色々なことがあったので、流石に俺も眠くなってしまった。医務室をでて大きなあくびをすると、隣にいたネルも同じようにあくびをした。そして、小さく言う。



「もうね、私……全部終わったかと思ったよ」


「何がだ?」


「色々ね。でも、そうじゃなくてよかった」


「……俺に嫌われるのがそんなに嫌なのか?」


「ま、まぁね」



 ふと、考えてみた。ネルは何故、俺に対して優しく接してくれるのだろう。わざわざ一緒に帰ろうとしたり、人間について教えてくれたり。出会った日から思っていたが、やはり彼女は不思議だ。



「クロードはさ、さっき学イチ狙わないって言ってたよね? 今年で学園のトップスリーが卒業するから、とうとう本当に狙える圏内になってくるよ?」


「まぁ、狙っても仕方ないからな」


「何か学園に頼みたいことはないの?」


「いや、無いかな……待てよ、あるかもしれない」


「お! 何? どんな?」


「ま、秘密かな」


「なにそれ! ずるい!」



 さっき言われたことを返しただけだがな。



 総合成績の順位の一位が獲れたなら、学園に一つだけ頼み事をしていいという権利が与えられる。


 もし、その権利を得たならば……俺はネルの学費を免除してもらえるよう頼んでみよう。


 彼女は、呪われた子供として望んでもないのに魔法学園に入学させられた。それなのに、将来的にはその学費まで自分で払わなければいけないのは流石に気の毒だ。



 これが、俺にできる精一杯のお返しというやつか……というか、何で俺はこんなにも彼女のことを考えているんだ? 俺と彼女はついこの間まで他人だったというのに。



 ……人間って、みんなこうなのか?

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