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エサな俺と魔獣な君

 寮の近くに来た俺は、さっそくネルを探すために魔獣に変身しようとした。魔法学園の中だが、仕方ない。どうせ、俺の正体は学園中にバレているんだ。


 しかし、俺の身体は少しも変化しなかった。何故だろう、魔獣になれないのだ。


 こんな時に魔獣になれなくてどうする! 嗅覚だけが頼りだったのに……。



 ネルはこんな夜中にどこに行ってしまったんだ……俺は何もできず、空を見上げた。月明かりが、ほんのりと俺の記憶を呼び覚ました。


 ネル、お前と初めて会ったあの日、俺は確かにお前を食おうとした。



 でもあの森で会ったあの日以前に、俺はお前に……。



 俺は翻ると、いつもの〝食事〟のためのルートを駆け抜けた。久しく食べていないな……あの森に行くのは何日、いや何ヶ月ぶりだろうか。



 夜の森は静かだった。ほとんどの生物は息を潜め、かろうじて起きている梟が小さく鳴いているのが遠くで聞こえるだけだ。こんな夜に、なぜネルが森にいると言えるのだろうか。


 月明かりが落とす影は、俺が既に〝人間である〟ことを表していた。俺は魔法学園の生徒のフリをしているが、その正体は凶暴な魔獣だったはずだ。でも、今は確実に、自分が人間だと感じる。


 目を凝らし、深い森をかき分け、ひたすらネルを探した。


 すると、暗い茂みの奥から、影が迫ってきたかと思えば、俺はその影に押し倒されて地面に倒れ込んだ。


「ネル……?」


 目を凝らすと、月明かりに照らされて彼女のシルエットが映し出された。


「ネル、お前……」


 彼女が俺の腕をぐっと押さえて、爪を立てる。ネルは俺の目を見て、小さく言った。


「クロード、私ね……学イチの権利を使って禁書コーナーに入ったんだ。それでね、〝魔獣になる方法〟を探したよ」


 ネルの身体は、暗くてよく見えなかったが、間違いなく魔獣のような姿をしていた。


「私、クロードとずっと一緒にいる方法を探したんだ……魔獣のクロードと一緒にいる方法を」

「え?」

「こうすれば、クロードは私のことをちゃんと好きになってくれるんじゃないかって」


 彼女の涙がこぼれ、俺の制服を濡らす。


「でもね、今は怖いの……だって、クロードが〝美味しそうに見える〟から!」

「……食べるのは良いが、綺麗に食べろよ」

「え?」


 俺は上着のボタンに手をかけ、一つ、また一つと外していった。隙間から吹く夜の風は、ほんのりと冷たく、それでいてやけに生を実感させられた。

 ネルは俺の手を掴んで言う。


「待って、何をするの」

「何って、食べるんだろ?」

「……それはそうだけど。いやその、食べないからやめて」


 その瞬間、ネルの姿はまた人間の、いつもの姿に戻った。そして、彼女はそのまま俺に抱きつく。強く、強く……。


「クロード……! 私ね、ずっと言えなかった」

「……」

「好きだって言えなかった。だって、私は人間で、あなたが魔獣だから!」

「あぁ」

「でも、言わせて……? 好きだよ! 大好きだよ! あなたになら食べられてもいいとさえ思えたんだから!」

「食べない……だって、俺も好きだから」


 ネルの温もりに触れて、ようやく気がついた。


 彼女のことをずっと考えてしまう理由が。

 彼女の笑顔に胸が締め付けられる理由が。

 彼女の声を聞くと落ち着く理由が。

 彼女と会えると気持ちが高ぶる理由が。


 ネルのことを、食べたくないと思えた理由が。


「クロード、好きだよ」

「俺もネルのことが大好きだ。だから、人間として、俺とずっと一緒にいてくれないか?」

「もちろん……!」


 その瞬間、俺は強烈な光と共に、頭の中に何かが流れ込んでくるのを感じた。


 それは、記憶だった。


 俺の失われた記憶。

 大切な記憶。

 ネルとの記憶だ────。

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