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【連載完結】私の才能を正当に評価してくれる人がいるので、あなた達の見せかけの救済などもう不要です。さようなら。  作者: 逆立ちハムスター


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3

柔らかで、どこまでも温かい光に包まれて目が覚めた。


「おはようございます、ヴェラテア様。本日のご機嫌はいかがでしょうか?」


天蓋付きのふかふかとしたベッドから身を起こすと、控えめに控えていた侍女のアンナが、花が咲いたような笑顔で朝の挨拶をしてくれた。

「おはよう、アンナ。ええ、とてもよく眠れたわ。今まで生きてきた中で、一番の目覚めよ」

「それは何よりでございます! さあ、身支度を整えましょう。本日は陛下とご一緒に朝食を召し上がるご予定ですから」


アンナたち侍女の手によって、私は手早く、それでいて極上の丁寧さで身支度を整えられていく。

用意されたドレスは、グランゼリア王国で着せられていたボロ布とは雲泥の差だった。帝国の特産である最高級の絹糸で織られた、深い夜空を思わせる濃紺のドレス。そこには細かい銀糸で星屑のような刺繍が施されており、私の銀星色ぎんせいしょくの髪と見事に調和していた。


大きな姿見の前に立たされ、私は思わず息を呑んだ。

そこに映っているのは、肌を黒く濁らせ、骨と皮だけになり、虚ろな目をしていたかつての私ではない。


白磁のように滑らかで透き通る肌。月光を溶かし込んだような艶やかな銀色の髪。そして、強い光を宿した紫水晶アメジストの瞳。

帝国専属の医師たちの治療と、アンナたちが毎日施してくれる香油でのマッサージ、そして何より「呪いを溜め込む必要がない」という事実が、私の本来の姿を完全に引き出していた。


「本当に……お美しいです。陛下がヴェラテア様に夢中になられるのも頷けますわ」

「もう、アンナったら。からかわないで」

頬を染める私を見て、侍女たちがくすくすと微笑む。この温かなやり取りにも、数日経ってようやく慣れてきたところだった。


────


朝食の席は、城のバルコニーに設けられていた。

極寒の地であるラディスロフ帝国だが、この城の周囲にはヴォルフレード様の強力な魔力によって結界が張られており、春の陽だまりのような暖かさが保たれている。


「よく眠れたようだな、私の愛しい人」

「はい、ヴォルフレード様。毎朝、こうして目が覚めるのが奇跡のようです」


テーブルには、焼きたての香りあがる白パンに、濃厚なバター、果実をふんだんに使ったベリージャム、そして温かいエルフスープ(自然野菜たっぷり)と切り分けられた柔らかな肉料理が並んでいる。

グランゼリアの地下牢で、カビの生えた硬いパンと泥水のようなスープを与えられていた過去が、今ではまるで悪い夢だったかのように思えた。


ヴォルフレード様は私の向かいに座ると、まるで壊れ物を扱うかのような優しい眼差しで私を見つめた。

「君がここに来てくれてから、城の空気が一変した。皆、君という真の光を得て活気付いている。……そうだ、朝食の前に一つ、報告しておこう」


彼が指で合図を出すと、控えていた側近の騎士が一枚の羊皮紙を差し出した。

「先ほど、南方の国境警備隊から報告が上がってきた。……グランゼリア王国のことだ」


その名を聞いて、私の心臓がほんの少しだけトクリと跳ねた。だが、そこに恐怖や悲しみはない。ただの確認作業を待つような、静かな感情だけがあった。


「結論から言おう。グランゼリア王国は、完全に地図から消滅した」

「……そ、そうですか」

「君が放出した……いや、返還した数百年に及ぶシェルウィングの瘴気は、国境を越えることはなかった。結界の反転作用で、あの国全体が一つの巨大な『毒の檻』と化したのだ。周辺諸国は即座に不可侵条約を結び、あそこを『禁忌の死地』として封鎖した。幸い、君の希望通り、罪なき難民たちは、順調に保護へと向かって落ち着いている」


ヴォルフレード様は冷徹な声で事実を告げる。

「偵察に赴いた魔導師の報告によれば、王都の中心部――王城があった場所は、ドロドロの沼のようになっているそうだ。そして、その沼の中では……何百という肉塊が、死ぬこともできずに蠢き、永遠に苦痛の叫びを上げ続けていると……」


それが、ギルザーク殿下やセルディア、そして侯爵たちの成れの果てだろう。

彼らは私に「見せかけの救済」を押し付け、搾取し続けた。私が一瞬で吸い上げていた痛みを、彼らは永遠の時間の中で薄めながら味わい続けることになったのだ。


「同情するか? ヴェラテア」

ヴォルフレード様が、私の顔を覗き込むように尋ねた。

私は静かに首を振り、用意されていた温かい紅茶に口をつけた。


「いいえ、まったく。難民の方々には、これからも精一杯の支援をしたいですけれど、王宮の彼らは自分たちの犯した罪の重さに、ようやく気づく機会を得たのです。それを奪う権利は、私にはありません。……それに、私の心は今、ヴォルフレード様とこの帝国のことで満たされていますから。もう、あの王宮にいた者たちを心に入れる隙間など、一欠片も残っていないのです」


私が微笑みながらそう言うと、ヴォルフレード様は目を見張り、それから堪えきれないというように低く笑い声を上げた。

「ははっ……! ああ、やはり君は最高だ。あの愚か者どもにはもったいない、気高く、そして恐ろしくも美しい私の皇妃だ」

彼は立ち上がると、私のそばに膝をつき、手の甲に恭しく口付けを落とした。

「苦痛の過去は終わった。ならば、今日からは未来のための話をしよう。君聖なる力で、この帝国を救うための話を」


────


朝食を終えた私たちは、皇城の最深部――地下深くへと続く大階段を降りていた。

ラディスロフ帝国は強大な軍事力と魔力を誇っているが、その代償として、国土の半分が「永遠の極夜」と「狂乱の吹雪」に閉ざされている。


その原因が、今私たちが向かっている場所にあった。


「ここから先は、私と歴代の皇帝しか入ることを許されない『封印の間』だ。……大丈夫か、ヴェラテア。気分が悪ければすぐに戻るが」

「問題ありません。むしろ……とても澄んだ、けれど悲しげな力の奔流を感じます」


最下層の重厚な扉が開かれた瞬間。

目の前に広がったのは、巨大な地下空間と、その中央で荒れ狂うように渦巻く、青白い魔力の竜巻だった。


「これが、帝国を蝕む古代魔法の残滓……『重層素粒子結合炉(MPB)(マルチレイヤー・パーティクル・バインダー)だ。ドワーフ達の残した危険な遺物……」

ヴォルフレード様が苦々しい表情でその竜巻を見上げる。

「建国期、祖先たちがこの魔力炉を暴走させてしまった。以来数百年、我々は自らの資源と魔力を削り、この暴走を『結界』で封じ込めてきたのだ。だが、その余波が極寒の吹雪となって帝国を覆い続けている」


圧倒的なプレッシャーが空間を満たしていた。普通の人間なら、この場に立っただけで魔力に当てられ、精神を崩壊させてしまうだろう。大陸最強と謳われるヴォルフレード様でさえ、この空間にいるだけで微かに額に汗を浮かべていた。


グランゼリアの瘴気のような、人を腐らせる悪意はない。

ただ、あまりにも純粋で、強大すぎて、行き場を失った力。


「私が引き受けます」

私は迷うことなく、一歩前に出た。


「ヴェラテア! 待て! まだ説明しただけだ! これはあまりにも出力が大きすぎる。いくら君でも危険過ぎる」

「大丈夫です、ヴォルフレード様」


私は振り返り、心配そうな顔をする彼に安心させるように微笑んだ。

「グランゼリアの泥水のような瘴気を飲み込み続けるのに比べれば、この力はまるで、澄み切った清流のようですから。見かけほど力は必要ありません。流れに逆らわずに行えば上手くいきます。それに……私は今、あなたの愛で満たされています。私という『器』は、今ならどれほど巨大な力でも必ず受け止められます」


私は人工魔力の竜巻に向き直り、両手を広げた。

目を閉じ、意識を深く、深く沈めていく。私の魂の奥底にある聖なる力の扉を、完全に開放する。


「――もう、暴れなくていい」


私がそう語りかけた瞬間。

荒れ狂っていた青白い魔力の竜巻が、次第に暴走をやめ、ピタリと動きを止めた。

そして、まるで主人を見つけた忠犬のように、あるいは母親に甘える子供のように、静かな光の帯となって、私の両手へと流れ込み始めた。


ザァァッ……!!


強大なエネルギーが私の身体に流れ込んでくる。

だが、痛くない。苦しくもない。

グランゼリアで感じていた、骨を焼かれるような激痛とはまったく違う。冷え切っていた身体の芯が、内側からポカポカと温められていくような、とても心地よい感覚だった。


暴走していた古代の魔力は、私の聖なる力によって完全に無効化され、ただの純粋な生命力へと変換されていく。


「し、信じられない……」

背後で、ヴォルフレード様が息を呑む気配がした。


数分が経過しただろうか。

地下空間を埋め尽くしていた青白い光は完全に消え失せ、中央の台座には、力を失い静かに沈黙した魔力炉のコアだけが残されていた。


私はゆっくりと目を開け、深呼吸をした。

身体の中に、満ち溢れるような力が宿っているのを感じる。


「終わりました、ヴォルフレード様。これでもう、この魔力炉が暴走することはありません」

私が振り返ると、彼は言葉を失ったまま、ただじっと私を見つめていた。


その時、地下空間の天井――城の上層部から、轟音のような歓声が微かに響いてきた。


「な、なんだ……!?」

「空が……空が晴れていくぞ!!」

「太陽だ! おお、神よ! 何百年ぶりの太陽の光だ!!」


ヴォルフレード様がハッとして、私に駆け寄ってきた。

「ヴェラテア……き、君は、たった今、我が国の数百年の悲願を叶えてくれた。永遠の極夜が明け、帝都に太陽の光が降り注いでいる」


彼の目に、うっすらと涙が浮かんでいるのを見た時、私はようやく自分の成し遂げたことの大きさを理解した。

私は、国を救ったのだ。

都合のいいゴミ箱としてではなく、真の力を持つ救済者として。


ヴォルフレード様は私を強く、壊れてしまいそうなほどきつく抱きしめた。

「ありがとう。私の愛しい皇妃よ。貴女は私の、いや、このラディスロフ帝国すべての恩人だ。この命に代えても、貴女を永遠に愛し、守り抜くと誓おう」

「……はい。私も、あなたと共に生きていきます。ずっと、永遠に」


彼が私の顎をそっと持ち上げ、その熱い唇が私の唇に重なる。

長かった私の絶望の夜は、完全に明けた。

窓のない地下牢で膝を抱えていた私は、今、覇王の腕の中で、世界で一番幸せな皇妃として、輝かしい未来へと一歩を踏み出した。

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