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私の才能を正当に評価してくれる人がいるので、あなた達の見せかけの救済などもう不要です。さようなら。  作者: 逆立ちハムスター


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「太陽の間」から一歩外へ出ると、そこにはすでにヴォルフレード様が手配した巨鳥ロックが待機していた。


馬車よりも遥かに巨大な豪奢な鳥車の内装は、上質なベルベットと毛皮で整えられ、冷え切った私の身体を優しく包み込むような温もりに満ちていた。

ロックが力強く羽ばたき、グランゼリア王国の王城がみるみるうちに眼下へと遠ざかっていく。

窓から見下ろす王都は、すでに私が放出……いえ、「本来の場所へ返還」した瘴気によって、どんよりとした漆黒の靄に覆われ始めていた。かつて緑豊かだと謳われた偽りの景観は、音を立てて崩壊していくことだろう。


「……寒くはないか、ヴェラテア」


向かいの席に座っていたヴォルフレード様が、私の肩にふわりと厚手の外套を掛けてくれた。黒地に銀の刺繍が施された彼の外套からは、微かに白檀のような落ち着く香りが漂ってくる。

その声は、先ほどギルザーク殿下たちに向けた絶対零度の刃のような響きとは打って変わり、酷く優しく、甘やかな響きを帯びていた。


「ありがとうございます、ヴォルフレード様。……ですが、私のような呪いめいた身体の者に、これほどのお心遣いは……」

「呪いなどではないと、先ほど自分で言ったばかりだろう?」


彼は苦笑交じりにそう言うと、私の隣へと席を移し、泥のように黒く変色した私の手を、戸惑うことなく両手で包み込んだ。彼の手は大きく、そしてとても温かかった。


「貴女の力は真の『聖なる力』。万物の理を喰らい尽くし、世界を再定義するほどの力だ。だが、その強大すぎる器に、あの小国が抱え込んでいた何百年分もの汚泥を無理やり注ぎ込まれれば、器の表面が汚れ、歪むのは当然のこと」

「……は、はい」

「長年、一人でよく耐えた。私はずっと、貴女のような気高く強い魂を持った女性を探していたのだ。帝国を蝕む古代の呪いを解き放つために、そして何より……私の生涯の伴侶として」


その熱を帯びた紅蓮の瞳に見つめられ、私は思わず息を呑んだ。

地下牢の暗闇の中で、使い魔越しに声だけを交わしていた時も、彼の言葉には不思議な説得力と安心感があった。だが、こうして実際に触れ合い、温度を感じると、今まで張り詰めていた心がゆっくりと溶けていくのがわかる。


「見てごらん。貴女を縛っていた鎖は、もう解けたのだ」


ヴォルフレード様が私の腕をそっと撫でた。

その瞬間、ピキッ、と微かな音がした。

私の手首から腕、そして首筋にかけてこびりついていた黒い痣のような瘴気の痕跡が、まるで干からびた泥が剥がれ落ちるように、パラパラと崩れ始めたのだ。そのまま地面に落ちる事なく、空中で煙となり消滅していく。


「あっ……」

「貴女が溜め込んでいたグランゼリアの瘴気は、すでにあの国に返還された。ならば、貴女の身体を縛り、汚していたものも消え去るのが道理というもの」


剥がれ落ちた黒い欠片の下から現れたのは、透き通るような白磁の肌だった。

長年、醜い化け物だと蔑まれ、自分でも直視することを避けていた私の身体が、まるで生まれ変わったかのように本来の輝きを取り戻していく。

濁ってパサパサになっていた髪も、瘴気が抜けるにつれて本来の美しい銀星色ぎんせいしょくへと変わり、月光を反射して艶やかに輝き始めた。


「……美しい」


ヴォルフレード様が、私の銀星色の髪を指先ですくい上げ、愛おしげに口付けを落とした。

「あ、あの……! お見苦しいところを……」

「見苦しいなどとんでもない。これが、貴女の本来の姿なのだろう? 私は今、世界で最も美しい宝石を独り占めしている気分だ」


彼のストレートな賛辞に、私は顔がカッと熱くなるのを感じた。今まで罵倒しかされたことがなかったため、褒められることに全く慣れていないのだ。

私が照れてうつむくと、彼は喉の奥でくすくすと笑い、私をその逞しい腕の中にすっぽりと抱きしめた。


「ゆっくりでいい。これまで奪われてきた時間と尊厳を、私がすべて取り戻してやろう。帝国に着けば、最高の医者と侍女たちを手配してある。もう二度と、冷たい床で眠ることも、痛みに耐える夜を過ごすこともない」


その温かい言葉に、私はようやく、自分が本当に地獄から抜け出したのだと実感し、初めて安堵の涙をこぼした。


────


私がヴォルフレード様の腕の中で安らかな微睡みに落ちていた頃。

グランゼリア王国の王城『太陽の間』は、文字通りの阿鼻叫喚の地獄と化していた。


「ぎ、ぎぃぃぃっ! 痒い、痒いぃぃぃっ!!」

「目が、目が見えない! 誰か、誰か助けてくれ!」


私が『吸収の術式』を切断したことで、王国の大地に抑え込まれていた数百匹のシェルウィングの死骸から発せられる瘴気が、一気に王都中に噴出していた。

今まで私が一人で肩代わりしていた「致死の毒」。それが本来の形を取り戻し、人々を容赦なく蝕んでいく。民衆たちは国を去るように逃げていく。


特に、王族や上位貴族たちが集まっていた『太陽の間』の被害は、逃げる間すらなく甚大だった。

彼らは長年、高濃度のマナに慣れきった脆弱な身体をしていたため、瘴気に対する耐性が皆無に等しかったのだ。


第一王子ギルザークは、床に這いつくばりながら狂ったように自身の顔を掻きむしっていた。

「セルディア! 早く、早く浄化しろ! お前の『白光の聖魔法』とやらで、この忌まわしい空気をどうにかしろ!!」

彼の美しい金髪は抜け落ち、端正だった顔の皮膚はどす黒く変色し、水ぶくれが破れてドロドロに溶け落ちていた。


「む、無理ですわ! 魔力が……もう、一滴も出ない!」

セルディアもまた、惨憺たる有様だった。

彼女の純白のドレスは血と嘔吐物で汚れ、銀糸のような美しい髪は瘴気に焼かれてチリチリになり、その顔は老婆のように干からびてシワだらけになっていた。


彼女の『聖魔法』は、所詮は私が痛みを引き受けるための「スイッチ」に過ぎなかった。私が受信側をシャットダウンした今、彼女の魔法など何の力も持たないただの光の玉以下だった。


そこへ、広間の外から絶叫しながら一人の男が転がり込んできた。

私とセルディアの父親である、ゾルヴァン侯爵だ。


「ど、どうなっているのだ! 領地の……我が領地の民が、次々と黒い血を吐いて逃げていく! 屋敷の者たちも皆、発狂して……ヒィッ!?」

侯爵は、広間で転げ回る肉塊のようなものたちが、かつての美しき貴族たちであることに気づき、腰を抜かした。


「お、お父様……! 助けて……痛い、痛いわ……!」

老婆のように醜くしわがれた声でセルディアがすがりつくが、侯爵は彼女の変貌ぶりに悲鳴を上げて蹴り飛ばした。


「化け物め、私に触るな! ……そ、そうだ、ヴェラテアだ! あの出来損ないのゴミ箱はどこに行った!? 早くあいつを地下牢から引きずり出して、この瘴気を全部吸わせるんだ!」

「い、いません……」

ギルザークが、血の混じった泡を吹きながら絶望的な声で呟いた。

「あの女は……ラディスロフの皇帝に連れ去られました……我々を、見捨てて……」


その言葉に、侯爵は絶望に顔を歪めた。

「バカな! あの女は私の、我が国の所有物だぞ! 返せ、返してくれ! あいつがいないと、この国は……私たちは死んでしまう!!」


だが、どれだけ叫ぼうとも、もう私が戻ることはない。

彼らは今まで、私がどれほどの苦痛と引き換えにこの国を支えていたのか、知ろうともしなかった。知っていてなお、見下し、踏みにじり、虐げてきたのだ。

だからこそ、彼らには自分たちの犯した罪の重さを、その身を以て味わい尽くす義務がある。


国中の植物が枯れ果て始め、清らかな水は毒沼へと変わり、街中には苦痛に悶え苦しむように国から逃げる人々の絶叫が響き渡る。

かつて「地上の楽園」と称賛されたグランゼリア王国は、たった一晩にして、生ける屍たちが彷徨う「死の国」へと変貌を遂げた。

ギルザークも、セルディアも、侯爵も、死ぬことすら許されず、皮膚が腐り落ち、内臓が溶ける激痛を味わいながら、永遠に瘴気の中でのたうち回る運命を背負ったのだ。


彼らが私に向けて言い放った「お前のような醜い化け物に居場所を与えてやれるのは我々だけだ」「見返りを求めない救済に感謝しろ」という言葉。

今度は彼ら自身が、誰も救済の手を差し伸べてくれない絶望のどん底で、その言葉の虚しさを噛み締めることだろう。


────


数日後。

鳥車は無事にラディスロフ帝国の帝都、極寒の地にそびえ立つ白亜の皇城へと到着した。


「ようこそ、ヴェラテア。今日からここが、貴女の新しい家だ」

竜車から降り立った私に、ヴォルフレード様が手を差し伸べる。

見上げるほど巨大な城の門前には、一糸乱れぬ動きで整列した屈強な近衛騎士たちと、深々と頭を下げる大勢の文官や侍女たちが並んでいた。


「お待ちしておりました、皇妃様!」

「我が帝国に、真の光をもたらしてくださる御方!」

「陛下を、どうかよろしくお願いいたします!」


彼らの目には、私への恐怖や侮蔑の色は微塵もなかった。あるのは、純粋な敬意と、期待に満ちた熱い眼差しだけだ。

グランゼリア王国では忌み嫌われた私の聖なる力は、この帝国を古代魔法の呪縛から解き放ち、新たな繁栄をもたらすための「希望」として正当に評価されているのだ。


「……ありがとうございます。皆さん」

私は、ヴォルフレード様の手をしっかりと握り返し、集まった人々に向けて、初めて心からの笑みを向けた。

「未熟者ではございますが、私の持つすべての力を、ヴォルフレード様とこの帝国の未来のために捧げることを誓います」


その瞬間、地鳴りのような歓声が帝都の空に響き渡った。


私の過去は、冷たい地下牢と絶望に満ちていた。

けれど、もう振り返る必要はない。私を不要なゴミとして捨てた者たちは、今頃、自分たちで作り上げた地獄の中で罪を贖っているはずだから。


「さあ、行こうか、私の愛しい人。私たちの新しい世界へ」

「はい、ヴォルフレード様」


私は彼に寄り添い、温かな光に包まれた城の扉をくぐった。

もう、誰も私を傷つけることはできない。

私の本当の人生は、ここから始まるのだ。

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