第四話「最初の一手」
第四話「最初の一手」
「なあ、俺の目がおかしくなったのかな?」
タケルが眉をひそめる。
不安はあるが、声はしっかりしている。
“揺らぎ”の中で、彼はまだ自分を保っていた。
「俺の目の前に、
**“でっかい胃薬”があるように見えるんだけど……」
その言葉に、アークMk‑Ⅱの空気が一瞬止まった。
「……は?」
ミカの声が裏返る。
アイルが首を傾げる。
「イガクスリ、オオキイノ、フツウダヨ?」
「普通じゃないからね!?
ていうか、なんで境界の“最初の試練”が胃薬なのよ!!」
ハルが計器を確認する。
「……反応は確かにある。
だが……形状が……“胃薬”としか認識できない……?」
調律者“達”が一斉に興奮し始める。
「境界が……こちらの“概念”を読み取って……!」
「最初の接触対象を……“胃薬”として具現化……!」
「これは……これは……!」
「ロマンダネ!!」
アイルが満面の笑みで叫ぶ。
「ロマンじゃない!!」
ミカが即ツッコミを入れる。
ハカセは腕を組んで、満足げに頷いた。
「ふむ……境界は“恐怖”ではなく、
こちら側の“必要性”を優先したようじゃの」
「必要性って何!?
誰が巨大胃薬必要としてるのよ!!」
タケルが小さく手を挙げる。
「……俺、ちょっと欲しいかも」
「欲しがるな!!」
ミカの叫びが、境界の揺らぎを一瞬だけ押し返した。
だがその瞬間――
巨大な胃薬の“影”が、ゆっくりと動いた。
「……動いたよね?」
タケルが青ざめる。
「うむ。動いたのう」
ハカセがあっさり認める。
「なんでそんな落ち着いてるのよ!!」
境界の“最初の試練”。
それは恐怖でも敵意でもなく――
**こちら側の“概念”をそのまま具現化した存在**。
だが、だからこそ危険だった。
“誰の前に立っているか”が揺らぐこの場所で、
“誰の必要”を反映したのかすら分からない。
巨大胃薬は、ゆっくりとこちらへ向き直った。
---
境界は、まだ遊んでいる。
だがその遊びは、決して無害ではない。
「ふむ、まず、“スタート地点”には立てたかの。
ここからは“総力戦”じゃ。
もちろん、“わしも含めて”、の」
ハカセが静かに前へ出る。
その背中は、さっきまでの“ふぉっふぉっふぉ”とは別物だった。
「ハカセって、戦えるの?」
ミカが半ば呆れ、半ば期待を込めて尋ねる。
「まあの。“そこいらの若いもんには”負けないくらいには、の」
そう言って、ハカセは――
**ファイティングポーズを取った。**
だが、その構えは奇妙だった。
拳法の構えにも見える。
古武術にも見える。
ボクシングにも、合気にも、剣術にも、柔術にも、
どこかしらの要素が混ざっている。
しかし、どれにも完全には当てはまらない。
「……なにその構え」
ミカが目を丸くする。
ハルが分析するように呟く。
「……いや、違う。
“どれでもない”のではなく――
**“全部ある”んだ。**」
調律者“達”が一斉に反応する。
「全流派の動作データ……!」
「境界干渉を受けて……最適化……!」
「いや、これは……“原型”……!」
アイルが無邪気に笑う。
「ハカセ、カッコイイ!」
ハカセは軽く首を回し、
まるで若者のように肩をほぐした。
「ふぉっふぉっふぉ。
わしはのう……“研究者”である前に、
“実践者”でもあるのじゃよ」
その瞬間、巨大胃薬の影が揺れた。
まるで“こちらの構え”に反応したかのように。
ミカが叫ぶ。
「ちょっと待って!?
なんで胃薬が戦闘態勢に入ってるのよ!!」
タケルが青ざめる。
「……俺の胃が痛くなってきた……」
「安心せいタケルくん。
“本物の胃薬”は、戦わん」
ハカセが笑う。
「いや、安心できるか!!」
境界の“最初の試練”。
それは、形を持たない問い。
視点を揺らがせる影。
そして――
**こちら側の“概念”を具現化した敵。**
ハカセが構えを深める。
「さて……
境界よ。
“最初の一手”、見せてもらおうかの」
紺色の揺らぎが、再び動き出した。
---




