第三話「”最初の”お客さん」
第三話 「”最初の”お客さん」
「オキャクサン、イッショニノル?」
アイルが無邪気に手を振る。
紺色の揺らぎの向こうで、何かが“こちらを見ている”気配がした。
「さすがに、それは“まだ”危険じゃのう」
ハカセが珍しく真面目な声を出す。
「……“いつか”安全になる未来が見えないんだけど」
ミカが震える声で言う。
「……ここは“ロマン”の見せ所だね!?」
調律者が胸を張る。
「「「「だね!!」」」」
調律者“達”と”ハルまで”ノリノリで返す。
「……待って……もう不安しかないんだけど……」
ミカの声は完全に涙目だった。
「安心して!“秘密兵器”を起動するから!!」
調律者が満面の笑みで宣言する。
「一つだけ、これだけは確実に言える……
それ、絶対に安心できないやつでしょ!?」
「ぽちっとな」
「ちょ、ま……!」
ミカの制止を聞く気など最初からない。
調律者の指が、迷いなく“それ”を押した。
アークMk‑Ⅱ内部の照明が一瞬だけ落ち、
次の瞬間――
**機体全体が、境界の揺らぎと“同調”を始めた。**
「……なにこれ……」
ミカが呆然と呟く。
「秘密兵器、“境界適応モード”起動。
境界との同期率……上昇中……!」
調律者A(本体)が興奮気味に読み上げる。
「境界の波形を……逆位相で……!
いや、これは……同調……いや、共鳴……!」
調律者Bが震える声で続ける。
「境界が……反応している……!
歓迎の意図、さらに増大……!」
調律者Cが目を輝かせる。
「……ねえ、なんで三人ともテンション上がってるの……?」
ミカが後ずさる。
「ふぉっふぉっふぉ。
境界が“こちらを認めた”ということじゃよ」
ハカセが満足げに頷く。
「……それ、喜んでいいの?」
ミカの声は震えていた。
「もちろんだよ!」
調律者が笑う。
「だって――“お客さん”が、もっと近くに来たから!」
その瞬間、アークMk‑Ⅱの外側。
紺色の揺らぎが、まるで“扉”のように左右へ割れた。
そして――
**何かが、姿を現した。**
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目の前のそれは――なんだ?
いや、そもそも「目の前」とはどこだ?
誰の視界だ?
誰の“前”に、それは立っている?
境界の揺らぎが、視点を曖昧にしていく。
アークMk‑Ⅱの内部にいるはずなのに、
まるで自分が“どこから見ているのか”が分からなくなる。
「……誰の前?」
その問いが、どこからともなく響いた。
だが――
**その問いは、誰の問いだ?**
ミカが息を呑む。
「……今の、誰が言ったの?」
「境界じゃろうな」
ハカセが静かに答える。
さっきまでの軽さは消え、声に深い響きが宿っていた。
「最初の試練。
じゃが、“最初だから簡単”とは限らん。
むしろ――」
紺色の揺らぎが、ゆっくりと形を成し始める。
「すべてが揺らぐこの境界では、
**最初が一番“危うい”**」
調律者“達”が同時に息を呑む。
「……反応、変質」
「観測点が……複数化……!」
「いや、これは……“観測者の揺らぎ”……!」
アイルだけが、いつも通り首を傾げている。
「ミンナ、ドウシタノ?」
その無垢な声が、揺らぎの中で唯一の“固定点”として響く。
ミカは震える声で言う。
「……ねえ、あれ……“誰に向かって”出てきてるの?」
ハルが計器を見つめながら答える。
「……分からない。
観測者が揺らいでいる。
“誰が見ているか”が定まらない以上、
対象も定まらない」
「……つまり?」
ミカが喉を鳴らす。
ハカセがゆっくりと告げる。
「つまり――
**境界は“こちら側の誰か”を試しておるのではない。**
“こちら側そのもの”を試しておるのじゃ」
紺色の揺らぎが、ついに形を結んだ。
それは――
**誰かの影のようで、誰でもない。**
**誰かの姿のようで、誰の姿でもない。**
境界が問いかける。
「――あなたは、誰の“前”に立っている?」
アークMk‑Ⅱの内部に、
静寂が落ちた。
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