第9話
深い夜、アルは魔術師ティーナの邸宅で身を隠していた。
昔話を聞いたティーナから敵意は感じられず、アルは目を逸らして壁に凭れている。
「7年前にその鳥から不思議な力を手に入れたのですね、本来の貴方を消してまで復讐を」
「俺は元々こういう人間だ。さぁ吐け、エマはどこにいる?」
アルは刀を手に抵抗する様子もないティーナに近寄り、腕力だけでベッドへ押し倒す。
獣のような眼光で睨み付けてもティーナは動じず、優しい眼差しでアルを見つめている。
「私はレナードさんを殺した貴方を憎むつもりはありません。男の子を助けた時のアルフォンスさんはとても優しい目をされていました」
「黙れ!」
眩みそうになる態度にアルは苛立ちを隠せず、力の加減も分からないままティーナが着ているローブを引き裂いた。
露出した下着に手を掛けたのと同時に外から甲高い地鳴きが聴こえ、アルは手を止める。
怯えないティーナを睨みつけたアルは窓の外から屋根へと登っていく。
「ティーナさん! ご無事ですか!? さきほど住民の方から不審者が屋根にいたと報告が!!」
心配する討伐隊の若き隊長マクスの声が響く邸宅から、アルは逃げるように去った。
王城の近くにある建物の屋根でアルは低空飛行を続ける小柄な猛禽類を睨みつける。
「どうしてあの女を信用した?」
『子孫だ、お前の子を産んでくれる女が必要だ。彼女はお前を拒まない、産み、育てる、予備は必要なのだ。お前が助けたあの少年も同じこと。さて、マクスが警備を厳重にするだろう、その前に逃げるぞ』
小柄な猛禽類は城壁の外側まで飛んでいき、アルは沈黙したまま追いかけていく。
壁を乗り越えようとよじ登り、外の荒れ果てた景色が広がるなか、真下には軽装鎧を着た保安兵が馬から降りて休んでいた。
アルは足音を立てないように壁から降りていき、土に足を着けてから鞘から刀を抜くと保安兵の頭を掴んで刃先を喉に近づける。
「うぁうああ!」
驚きが声に出てしまった保安兵。
「魔女エマはどこにいる? 吐け、喉を斬るぞ」
アルは低い声で魔女エマの居場所を尋ねる。
「し、知らない。エマ様の事を王国がただの兵に教えてくれるわけがない!」
「そうか」
保安兵の腰に差されたロングソードを奪い、頭を掌で押さえつけて地面に押し倒す。
脳を揺さぶられ意識が遠のく保安兵の腹部にロングソードを突き刺し、先端が土にめり込むほどに強く押し込んだ。
悲鳴を上げて苦しみ唸る保安兵に、
「言えば助けてやる、魔女エマをよく知っている奴でもいい、ティーナとマクスにはもう会った。それ以外だ」
「あぁぁああああ! た、たい、じゅにマール様がぁああああ!!」
「マール? 招待状に書いてあったな。大樹か、よし」
アルは保安兵の馬に跨って小柄な猛禽類と共に大樹の村へと向かう。
大砲によって抉られた地面を避けながら進んでいくと、明け方には大樹の根元に辿り着いた。
巨大な枝に家を建てて暮らしている住民達がいる大樹の村から既に王国兵は退散し、保安兵だけが警備をしている。
保安兵がアルを待っていたかのように、武器を持たずに入り口で立っていた。
「マール様が、大樹の頂上で待っています。決して危害を加えず、真っ直ぐに来てくださいとのこと」
上下の歯を鳴らす保安兵を睨みつけ、静かにアルは頂上を目指す。
住民達は全員建物の中に避難し、保安兵が守る様に扉の前でアルを警戒している。
アルは保安兵の事など気に留めず、枝から枝へと梯子を使って登っていく。
小柄の猛禽類の地鳴きが聴こえないほど高い枝に足を着けたアルは、テーブルにパンやスープを並べる老婆がいることに気付き、眉を顰める。
「待っていたよ、アルフォンス。随分悪いことをしてきたね……この大樹からずっと見ていたわ」
老婆とは思えない若い女性の声で話す相手にアルは醜い目つきで睨む。
「お前がマールか?」
「えぇ、1000年以上もこの世界を見守っている。お目当てのエマはもうすぐここに来るよ、ほら」
マールが指す方向から飛んでくるローブ姿の人影。
フードを被って顔は見えないが、確信を得ているアル。
刀を手に持って戦う準備ができているアルは、酷く淀んだ瞳孔で相手を捉えた。
巨大な枝に到着したローブを羽織っている女と向かい合う。
「マール様、どうしてこんなことを? この悪人の事は王国に任せておけばいいのに」
「まぁまぁ私の可愛いエマ、これ以上アルフォンスを野放しにしておくのは危険よ」
2人の会話に耳を傾けているアルは沈黙を貫く。
「私の相手にもならないわ。どこでその力を得たのか知らないけど、ティーナに危害を加えようとしたのはマクスから聞いた。くだらない誇りと共に消えなさい」
エマの言葉に対してアルは何も言わずに刀を振り上げて、斬りかかる。
指を鳴らして衝撃波を生み出すエマ。
衝撃波はアルの体に容赦なく襲い掛かるが、頑丈な肉体に効果はなく動じない。
振り下ろす刀は避けようとしているエマの腕を掠り、出血させた。
「この刀からも魔力を感じる……一体どこでこんな力を手に入れたの?」
アルは沈黙したまま刀をエマに向けて振り翳す。
エマは両手で空中に円を描いて文字を浮かばせると、円の中心に手を押し付けて鋭く尖った冷気が漂う氷の槍を作り出す。
氷の槍はアルに目掛けて放たれる。
アルは横から斬り裂き、氷の槍を一刀両断にするが、氷は粉々になると今度は無数の針となってアルに降りかかった。
冷気によって霧となり、アルは覆われてしまう。
「ほら、やっぱり相手にならないわ」
エマはマールに向かって言い放つと、マールは微笑む。
「可愛いエマ、とても賢くて勇敢で、優しい貴女の欠点は詰めが甘いということよ」
言葉通り、冷気によって見えにくい霧のような中から刀を振り翳して、アルは無傷のまま飛び出した。
驚く暇も与えられず、エマは小型のコピスと呼ばれる片刃の剣を取り出し、アルが振り下ろす刀を受け止める。
「なんていうこと、ホントに魔法が通じないっ!」
エマの防御をアルは腕力だけで崩し、よろけるエマを追い詰めることができた。
「私は世界最強の魔女、こんな悪賊なんかに、人殺しの醜い奴らに負けたくない!」
コピスを強く握りしめたエマは魔力を武器に与え、アルに食らいつく。
「悪賊アルフォンス、罪のないウズ族や正義の為に戦ってくれたレナード達を殺して、絶対許されるべきことではないわ!」
沈黙を続けているアルは、エマの攻撃を弾き、空いている手で鞘を掴んでエマの足を引っかける。
よろけて膝を下に着けたエマを見下ろすと、
「正義や悪で俺は判断しない、正義という名目で人を殺す事、悪を名乗って人を殺す事、結果は同じ、人殺しだ。アニキ達を無残に殺し、アニキが掲げていた誇りを馬鹿にしたお前が憎いだけ、殺してやる」
アルは沈黙を破ってもう一度、刀を振り翳した。
「やめてください!」
少女の声にアルは振り下ろそうとした刀を止めてしまう。
「この声、ティーナ」
魔術師のティーナが破れていないローブを着て立っていた。
「エマ様、マール様、アルフォンスさんは悪人じゃありません」
ティーナの言葉にエマは信じられないと首を横に振る。
「ティーナ、でもこいつに危害を加えられたって」
「いいえ、何もされていません。アルフォンスさんはとても優しい方です。マール様もどうかご慈悲を」
ティーナの望みに、マールは静かに微笑むと頷いた。
「見つけたわ……長い年月の間に随分と力をつけたみたい、アルフォンスの魔力からやっと彼を探せた。おいで極悪人」
マールが指で手招けば、どこからか突然小柄な猛禽類が落下し、マールの足元に。
『くそ、くそ、くそぉおおおおお! マールめぇええ、諦めてたまるか、醜いこんな鳥の姿にしやがって、小僧がいなくても俺の魔力で殺してやる!!』
羽ばたこうとする小柄な猛禽類はマールに向かって乱暴な言葉を投げている。
「数えきれない程の命を奪った極悪人が魔術を心得ていたなんて驚いたわ。魔力を蓄えて、賊のアルフォンスに力を与えるとはね。でも、消すなんて優しい事はしない、ただの鳥にしてあげる」
『使えないガキに力を与えたのが間違いだったか! お前を殺す為なら何度でも蘇ってやるからなぁあ!!』
巨大な枝で暴れている小柄な猛禽類はマールの翳された手によって言葉を失い、ただの鳥として空へと飛び立っていく。
醜い目つきはどこへいったのか、アルは優しい眼差しで大樹の頂上から王国を眺める。
「魔女エマ、アニキは相手が誰だろうと仲間と認めたら助け合い、例え相手に裏切られても見放さない、とても大きな心をもった人だった。その誇りに俺は惹かれて山賊に入ったんだ。お前はアニキの誇りを馬鹿にした、ただそれだけが怒りになって、気付けばあの鳥と契約を交わして力を手に入れていた」
アルは刀を収めて、エマに両手を伸ばす。
「覚悟はできている。多くの人々に恐れられた悪賊アルフォンスとして名を残せるなら悔いはない」
静かに見守るマールはイスに座り、ティーナはただ何も言わずにアルの覚悟に首を振っていた。
「悪いけど、私は王じゃないわ。王の命令に従って動いているわけでもない、世界最強の魔女よ。貴方達の誇りを踏みにじってしまった事は謝るわ、仲間を大切にする気持ちはお互い変わらないのね……だけど、私はこれからも罪のない人々を襲う賊達を討伐していく、困っている人を助けるのが私の使命だから」
勝気に微笑むエマの言葉にアルは目を丸くさせてしまうが、すぐに頷いた。
「さぁさぁいい話で終わったのだから、食事をしましょう。招待していないけどアルフォンス、貴方もどう?」
マールはテーブルにパンとスープ以外に果物や温かい食べ物も並べている。
誘われたアルは首を横に振り、拒否を示した。
「気持ちはとても嬉しいが俺は行く。魔女エマ、また会う事がないように祈る」
「そう願うわ」
アルは別れを告げて大樹の根元へ戻ろうとすると、ティーナが袖を掴んだ。
「アルフォンスさん、地上まで送ります。マクスが今この大樹を登って貴方を探しています」
「遠慮したいがそうだな、頼む」
下から迫ってくる王国兵達の雄叫びと足音に、アルは納得して頷く。
魔術で一気に大樹の根元まで移動したアルは、待ってくれていた馬を優しく撫でる。
「ティーナにも酷い事をしてしまったな、すまない。謝って済むような問題じゃないが……」
見送ってくれるティーナに懺悔の気持ちを伝えると、ティーナはアルの手を優しく包み込む。
「いいえ、私は憎んでいません。どうか、これからも貴方が無事でいることを祈ります」
ティーナと握手を交わしたアルは馬に跨って王都から遠く離れた深い森を目指した。
枝に留まる鮮やかなオレンジ色の目をした梟が、森にやってきたアルと目が合う。
「この前は彼女に怪我をさせてしまってすまなかった。案内してくれないか?」
アルの謝罪が分かるのか、梟は羽ばたいて枝から枝へと移っていく。
軽々と木に登ったアルは頑丈な枝を探しながら梟を追いかけ、小屋を目指す。
しばらくすると、太陽の光が注がれている開けた場所に辿り着き、梟は小屋の上で羽を休める。
「ありがとう」
梟に感謝を述べたアルが枝から降りると同時に、小屋から何事かと出てきた少女。
「アル? アル!」
少女はアルだと分かれば、背負っている弓と矢筒を捨て、嬉しそうにアルに向かって飛びついた。
「あ、アイシャ、なんていう力だ」
勢いよく飛びついたアイシャを受け止めたアルだったが、強い衝撃に腹部が抉れそうになるが倒れないようアイシャを抱き締める。
「いない、どこにも、いなかった」
言葉を区切りながらもアイシャは寂しさを訴え、アルは髪を撫でるとアイシャを抱えながら腰を下ろす。
「何も言わずに勝手に消えてすまなかった」
「消えないで、いっしょ、いっしょにいて」
一緒にいる事を望むアイシャにアルは眉を下げてしまうが、何も言わずに微笑む。
鮮やかなオレンジの目をした梟はいつまでも2人を見守り続けた。




