第8話
少年アルは息絶えている仲間達を土に埋めていた。
土と涙と仲間達の血液で顔や手を汚しながら掘り、遺体を入れて、土を戻す。
大きな体に刻まれた深い傷によって死に至った男を泣きそうな顔で見下ろすアル。
「アニキぃ、アニキぃ……オレ弱いよ、なにもできなかった。アニキの想いを馬鹿にされて、悔しい」
巨大な穴を掘り、大男を埋めたアルは祈りを捧げる。
埋め終えた後、仲間達が使っていた武器を墓標代わりに突き刺していく。
鳥たちの鳴き声しか聞こえない森でアルは全ての工程を終えて、刀を手に歩き出す。
空腹を堪えて、深い空まで届きそうな木々の中を何日も彷徨い続けた。
狩猟の経験などなく、飢えを凌ぐ知恵もないアルはただ森の外を目指す。
どこを見ても同じ景色で、立っているだけで精一杯のアルは崩れるように両膝を土につけてしまう。
霞むアルの視界に映るのは真っ直ぐ伸びた木々が左右に歪んでいく世界で、徐々に歪みは強くなり木々が混じるように渦を巻きはじめた。
『おい、おい』
脳に直接話しかける男の声が届く。
『お前の胸に秘められた復讐、魔女に対する憎しみが俺にまで伝わってくる。悪になれる素質がお前にはあるんだ……強くなれるぞ、俺と一緒に魔女を殺そう』
「ま、じょ、魔女、魔女エマを、殺す」
アルは衰弱した声でどこにいるのか分からない相手の呼びかけに応えた。
『魔女エマを殺すんだ、正義という都合のいい言葉で人殺しをする奴らに報いを。復讐を誓え、そうすればお前に俺からとっておきの力をプレゼントしよう。さぁ誓うと言え』
「魔女エマを殺す。そうだ、オレはアニキ達を殺した魔女エマをぶっ殺す……誓う!!」
アルは瞼を強く閉ざして、力を振り絞って叫んだ。
『お前はいい悪になれる。さぁ目を開けろ』
ゆっくりと目を開けると、そこにいたのは縞模様の小さな猛禽類だった。
「鷹?」
『鷹、ではない、喋る猛禽類だと思えばいい。見事俺との誓いを交わした悪賊アルフォンスよ、力を手に入れるには試練に耐えよ』
人語を話す猛禽類は木の枝に止まって、アルを見下ろす。
「試練?」
『力を得るには相応の代価が必要となる……まずは俺を追いかけてみろ』
小柄な猛禽類は嘴から真っ黒な光を吐き出し、アルに向けて放つ。
アルの全身を真っ黒な光が纏うと、不思議と体は空腹を忘れていく。
驚くアルの事など気にもかけず、小柄な猛禽類は低空飛行で森林の中を泳いでいく。
「ま、待って!」
アルは急いで小柄な猛禽類を追いかける為に土を蹴って走り出す。
急な斜面を四つん這いになって登り、太い木の枝に飛び移ったアルは、鳥達を眺めて猛禽類を探した。
鳥達の地鳴きや囀りが騒がしく、逃げるようにアルは木から木へと飛び移っていく。
『いいなぁ、野生動物のように速い』
小柄な猛禽類の言葉が聞こえ、アルは声を頼りに森の中を駆け巡る。
猛禽類の姿をようやく捉えると、アルは細い枝を折って投げつけた。
『おいおい、面白いな。追いかけろ言ったのに攻撃をしてくるとは、さすが悪の素質がある』
低空飛行を続ける小柄な猛禽類はアルの行動に歓心。
『だが、今は俺を追いかけることだ』
アルは視界から消えない様、もがくように追いかけていくと、やがて森の中にある開けた草原に辿り着く。
小柄な猛禽類は陽が射す草原で止まり、羽を休める。
『さぁ次は武器を使って、猛獣と戦うんだ』
再び嘴から放たれた真っ黒な光はアルを包み込み、走り続けた疲労が一瞬にして消えていく。
木を揺らす程の底から唸る鳴き声が響き、アルは身の危険を感じて足を竦めてしまう。
立てば大木のような熊が現れ、腹を空かせているのか涎を垂らし、餌を探している。
アルを視界に入れた熊は餌と認識し、喰らう為に突進。
『この程度の獣を仕留められないなら、魔女エマを殺すことはできない』
アルは向かってくる熊に対して避ける事しかできない。
前脚と後ろ脚で地面を蹴って全速力で走る熊は鋭い前脚の爪で抉ろうと振り翳し、前脚を刀で受け止めたアルだったが、両脚が宙に浮いてしまいそのまま後転をしながら飛ばされる。
『悪賊アルフォンス、お前には素質がある。獣の首を切り落とせ、奴は魔女エマの使い魔だ』
両腕が痺れて刀の柄を思うように握れないアルは、彼の言葉を聞いた途端、猛攻を続ける熊に刃を向けた。
「オレが、皆の仇を取るんだ。お前なんかに負けてたまるか、魔女エマなんか殺してやるぅううああ!!」
『視ろ、その目で、復讐を誓った目で視ろ』
熊の前脚が再び襲ってくる。
アルは淀んだ目で熊の前脚を捉えた時、刃先は既に振り下ろされた。
前脚だけがアルを通り越えて、獣の血をまき散らしながら切り離されていく。
『いい、いい! 期待以上の力だ!!』
小柄な猛禽類の声は歓喜に震える。
巨大な熊はバランスを崩して前のめりに倒れ、アルは倒れた熊の首に刀を突き刺した。
骨ごと一刀両断。
切れ味の良い刀は獣の血を浴びて喜んでいるように光る。
小柄な猛禽類が黒い光をアルに浴びせると、痺れや痛みが消えていく。
「さっきから、これは何?」
アルは不思議な光に疑問を浮かべ、特別変わった様子もない体に首を傾げる。
『試練を耐えたお前に力を与えている。試練を重ねればもっとお前は強くなっていく。さぁ次は人を殺す事だ』
「む、無関係な人を? 奪うなら金持ちとか、商人とかじゃないの?」
意味のない殺害に抵抗を覚えたアルは拒否を示した。
『無関係ではない、魔女エマを殺すとなると王国の兵士達が邪魔をしてくるだろう。お前は魔女エマと戦える唯一の人間となれる。仲間の無念を晴らす為に、兵士達を蹴散らすのだ』
小柄な猛禽類は感情を込めてアルに伝え、森の奥へと先に行ってしまう。
両脚は軽々と動き出し、アルの体は先程よりも速く前に動いて小柄な猛禽類を追いかける。
『森に住む鳥達の鳴き声に耳を傾けろ、奴らはお前を認めている。今度はお前が聴け』
小柄な猛禽類は森の上空へと飛び、アルの視界から姿を消した。
静まり返る森に取り残されたアルは木をよじ登り、太い頑丈な枝の上に立つ。
耳を極限まで澄まし、鳥の鳴き声に傾けると、警戒を促すようなひと際低い地鳴きが届く。
アルは刀を落とさない様に強く握りしめて、地鳴きが聴こえた場所まで枝から枝へと飛び移る。
「なんだこの森は、本当にこの方角であっているのか?」
「はい、エマ様から頂いた地図に間違いはありません」
鬱蒼とした草に手を焼きながら道なき道を進んでいるのは保安兵。
「しかし、ウズ族の村が近いせいか鳥の数が多いな、俺達を警戒しているのか?」
様々な鳥が枝に止まって保安兵を眺めている。
『町や村を管轄にしている保安兵だな。奴らは魔女エマの命令でお前を殺しに来たのだ』
小柄な猛禽類の警告に従い、アルは深い呼吸を繰り返して刀を抜く。
柄を両手に構えて振り上げるのと同時に狙いを定めて飛び降りた。
刃先で保安兵の肩から背中まで斬りつけ、悲痛に叫んだ保安兵の甲高い声に先頭の保安兵は目を丸くさせる。
「な、子供!?」
ロングソードと呼ばれる両刃の剣を思わず抜いた保安兵はアルの姿に目を疑った。
「こら、子供がそんな武器を持つべきじゃない、戦争はもう終わったんだぞ」
「こ、殺す!」
アルは声を震わしながらも保安兵に刀を向けて戦う意志を見せるも、保安兵は倒れた仲間の手から地図を取り、草むらの中へ逃げてしまう。
『追いかけるなアルフォンス。1人は片付けたぞ、あとは泳がせて誘き出す。森に大勢の敵が来ればお前は強くなれる……試練達成にはもう少し時間は掛かるだろうが、100人殺した時、お前は誰にも負けない強さを得られる』
アルは蝕むように淀んでいく心と目に気付くことができないまま、皮膚や肉を斬り裂く不快感が無くなるまで殺人を重ねていった。




