敵意と焦燥感
「なにこれ…」
マリックから帰った私の足元には、赤色のテープが引かれていた。
その赤色はとても鮮やかな、まるで血の色のようだった。
明らかに先ほどまでのミロックの様子とは違う。
「如紗!」
「あ、甘夏!?これは一体…」
「大変なの、いっくんが!!」
「…いっくんがどうかしたの?」
「戦争、戦争だよ。戦争が始まるんだよ!!」
「甘夏落ち着いて」
そうは言ったものの自分でも整理がつかなかった。
戦争?この平和なミロックで?
原因は何?
「とりあえず如紗もいっくんを探して。
もし見つけたらすぐにみんなに連絡して、迂闊に近づいちゃダメ」
「近づいちゃダメって…どうして?さっきも話してたじゃない」
「違う、あのいっくんはもう…」
甘夏は私から目をそらして言った。
「ここに引かれている赤い線、これは四醋剣のエリアだよ」
「四醋剣のエリア?」
「そう、今ミロック国が二つに分断されてるの。四季剣と四醋剣で。
このテープを超えて相手のエリアに入ると電気が走って動けなくなる」
「待ってよ、何よそれ。誰がそんなもの仕掛けたっていうの?」
「いっくんだよ」
「…え?」
「いっくんが仕掛けたんだよ!!
バケモノだった…住民のみんなもミロック王が四醋剣保持者だったっていう事実だけでも受け止められにくいのに、しかもあんな…あんな姿で……」
「甘夏…」
「くれぐれも気をつけてよ如紗。
もういっくんはいっくんじゃない、ほんとに戦争になりかねないわ。
お兄ちゃんも今戦ってる、あたしはそこに合流してくるね。如紗も落ち着いたら来て」
「分かった…」
いや、分かるはずがない。
もっと甘夏から話を聞きたかったが、それどころではなさそうなのでそう言っただけだ。
いろんなところで叫び声や雄叫びが聞こえる。
そのほとんどが四醋剣に対する罵倒だった。
「お前たち四醋剣が生きているからこんなことになったんだ!」
「どうするんだ、ミロック王が四醋剣保持者だなんて絶望しかないじゃないか…」
「やっぱり始末するべきだったんだ、早く死んでしまえ!!」
「もうやめて!!」
私は思わずその罵倒の中へ入って行ってしまった。
真ん中には小さな子どもがいた。
「おい、お前ら見ろよ。あいつ感電防止ジャケットを着てねえぜ」
「それでここに立ってるってことは四醋剣保持者か…!」
男たちは大きな木の棒を振り上げる。
私は泣きじゃくっている子どもを庇うように伏せた。
「醜い真似はやめろ」
「あ、あなたは…」
突然のことだった。
黒いフードを被った男の人が近づいてきた。
「あれ、もしかして、えっと〜、実行務候補生の京さんっすよね。
いやいやすみません、別にいじめようとかそういうのはしてないんで。
それじゃ俺らはこの辺で…」
ち、チンピラどもめ…!
しょう油とコショウで味を整えて美味しく食べてやる…!!
「…大丈夫?如紗さん」
「えっいっくん?」
男たちに京と呼ばれた人は、いっくんだった。
私を見てニコリと笑う。
その手には四醋剣が握られていた。
「いっくん、どういうことか説明して!
甘夏から何となくは聞いた、この騒動の発端はいっくんだって。
なんでそんなことを…きゃっ!?何!!?」
「ごめん、ちょっと疲れちゃった」
「いっくん!?」
いっくんはいきなり私を抱きしめてきた。
本当にいきなりです、はい。
「如紗さんと一緒にいるとね…不思議と力が湧いてくるんだ…」
「えっ」
「そんなドン引きしないで」
「ご、ごめん…」
京くんに似てるからものすごくやりにくい。
「でもさっき言ったことは本当だよ。
僕は、これがただの気持ちだと思わない」
「どういうこと?」
一旦私から身体を離すといっくんは言った。
「住民が口々に僕を見て叫んでいるバケモノは、如紗さんからもらったものだ」
「そんなものいっくんにあげてないけど!?」
「分かった、百聞は一見に如かずだ。見てて如紗さん」
『四醋剣、解放』
四醋剣、といっくんの口からはっきり聞こえた。
今は四季剣じゃなくて四醋剣の状態ということなのだろう。
その言葉を口にした後、いっくんの背後に人影が見えた。この人影には私は心当たりがあった。
「こ、これって私の四醋剣の魔人…」
「やっぱりそうだよね。
なんで僕が如紗さんの四醋剣技を使えるんだろう」
「頭が混乱してきた…」
みなさんの言葉がよぎる。
師走先輩と同じで、四醋剣がいっくんを乗っ取ろうとしている。
そしてそれは私の四醋剣に似ている。
それってつまり、私の四醋剣がいっくんを乗っ取ろうとしてるんじゃ…
「だとすれば、いっくんが私といて力が湧いてくるのにも説明がつく…」
ボソッと言うと、いっくんは微笑みながら頷いた。
「うん、僕も如紗さんと同じ見解だよ。如紗さんには何か変化とかない?」
「私は特に…」
「そっか、分かった。それじゃ僕はそろそろ行くね。
一応は追われてる身だから」
自虐的な笑いをしていっくんは言った。
そして付け加えた。
「でも僕、如紗さんとこういう風になれてちょっと嬉しいかも」
鳴り止まない住人の怒号の中、闇に消えていくいっくんの姿を私は見つめることしかできなかった。
第三者から見た四醋剣の醜さ、恐ろしさを思い出したからだ。
自販機の前で弾け飛ぶ男の子。
辺りが真っ白になって、何も見えなくなって、視界が戻ってきたと思ったら、今度は真っ赤になっていて。
「うっ、うぉぇ………」
大きくえずく。
口の中に苦味が広がる。胃酸だろうか。
気分が悪い。立てない。
「ま、待って、いっ、くん……」
そう手を伸ばしてみるが、もういっくんの姿はどこにもなかった。
九代目ミロック王、憂間郁。
彼の温厚な性格の中に秘める冷めた部分から、住人からはアイスと呼ばれていた。
いっくんと別れてから私は改めてミロックを歩き回った。
少し水分補給をして、体調も戻ってきたからだ。
あちこちで四季剣保持者と四醋剣保持者らしい人たちが暴れ回っている。
感電防止ジャケットというものを着てお互い相手のエリアに来ているのだろう。
そういえばどうしてこのラインを引いたのか、いっくんに聞きそびれちゃった。
なんでだろう、何とかしないといけないのに何の感情も湧いてこない。
そんなことをぼーっと考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「どうしてなんですか!?
そこまで分からずやだとは思いませんでした」
「それはこっちのセリフよテンバー、自分の立場を分かっているの?」
「分かってますよ!
でも四醋剣だけを武力で制圧するなんて…今回の騒動を起こしたのは四醋剣だけじゃないですよ!!」
「て、テンバー落ち着いて…ほら、ガーネもムキにならないで」
「ファイは黙ってて。
Quiet様の命令は絶対、今更私にこんなことを言わせるなんて」
「もういいです、ここからは単独行動させてください」
「テンバー!」
ズカズカと歩いていく人物の胸には、Be Quietのバッチがキラキラと輝いていた。
「仁奈…」
Be Quietは四醋剣だけを止めようとしている。
そんなことをしても意味がない。
今はおさまったとしても、また時間を変えて四醋剣保持者は反乱を起こすだろう。
私が、何とかしなくちゃ。
四季剣側のラインの上に立つ。
四醋剣保持者がこの先を行くと身体に電気が流れ動けなくなってしまう。
でも、仁奈がいるのはこの先だ。
仁奈は、私の大切な仲間だ。
恐る恐る四季剣のラインに足を踏み出した。
ぎゅっと目をつむり、そのままラインを超えた。
しかし身体に何も起こらなかった。
もう私は、四季剣側にいた。
「き、如紗ちゃん…?」
その一部始終をラインの内側から見ていた人がいた。
その人は目を丸くして言った。
「何でここに…こっちは四季剣側だぞ?
如紗ちゃんは四醋剣保持者じゃ」
「入れ替わり…」
「如紗ちゃん?」
もしそうだとしたら合点が行く。
私の四醋剣要素がいっくんへ、いっくんの四季剣要素が私へと移行しているのならば。
「ごめん加羅くん、いっくんのとこへ行かなきゃ」
「そ、そうか。なら俺は冬利さんへ行くぞ」
「冬利さん…?」
「ああ、戦いの途中で傷を負ったみたいだ」
「えっ!?」
「とにかく来てくれ。
郁を探すといっても見当はついてないんだろ?
考えてる時間なんてない、見てからどうするか決めろ如紗ちゃん」
加羅くんはそういうと私の手を引いて走り出した。
向かうは、シーズハウス。
「冬利さん!!大丈夫ですか!?」
「相田に三宅か、そんな重傷じゃない」
「強がるわね、ほんとに死にそうだったのに」
あははと冬利さんは笑みを浮かべた。
シーズハウスの中は荒れに荒れている。
「相田、今のうちに荷物をまとめておけ」
「えっどうしてですか?」
「四季剣保持者は否応無しにここを攻めてくる。
シーズハウスはもうあってないようなもんだと思った方がいい」
「そんな…」
「あたしもそう思うわ如紗。
そしてあたしたちに次の指示をちょうだい、あなたの通りに従う」
「俺もそのつもりだぜ如紗ちゃん」
加羅くん、冬利さん、甘夏の三人は私に視線を送った。
「…戦っちゃだめ」
「は?如紗?」
「逆撫でしたらダメだよ、あくまで穏便にいこう。
四季剣と四醋剣じゃ力の差がありすぎる」
「分かってるよ!!でもお兄ちゃんを見てもまだそう言えるの?
あいつらは話す余地もなくいきなり襲ってきたんだよ!
それを黙って見てろって言うの!?」
「甘夏、それくらいにしておけ」
取り乱す甘夏を冬利さんが止めた。
「いいんだな相田」
「…はい。ごめん、甘夏」
甘夏は私から視線を逸らしたまま返事をしない。
気持ちはわかる。
自分の大切な兄が四醋剣を持っているというだけで襲われたのだ。
そんな相手に復讐せず、戦わない選択肢を取る方が変である。
加羅くんはそんな私を心配そうに見つめていた。
もう二度とあんなことは繰り返してはいけない。
四醋剣で、人の命を奪ってはいけない。
「大丈夫、シーズハウスだって守れる。
もちろん誰にも傷つけずに。
行こう、みんなが助けを待ってる」
私の言葉に二人は小さく頷いた。
甘夏だけはまだ了承していない様子だった。
その時、シーズハウスの扉を人影がよぎった。
私は見逃さなかった。あの影は…
「いっくん!!」
「え、さすがに察しよすぎるでしょ如紗さん」
いっくんは笑いながら言った。
「憂間、郁…シーズセラピーに何か用?」
敵意をむき出しにした甘夏は低い声で唸った。
それに怯まずいっくんも言い返す。
「シーズセラピーに用があるんじゃない、如紗さんに用があるんですよ」
「何を…」
「ほら、見ててくださいよ」
そう言うといっくんは、思いっきり私の腕を引っぱりどこかへ連れ出そうとする。
引っ張られた私はよろける。
加羅くんたちもその後を追う。
そして、とある場所で立ち止まった。
「相田、お前なんで…」
「やっぱり如紗も裏切ったのよ!!
だからさっきもあんなことを…」
「おい甘夏、落ち着け」
私が踏みしめていた大地は、四季剣区域だった。
「これで予想が確信に変わった。
如紗さんの中には僕の四季剣が存在しているんですよ」
「何それ…」
「僕は如紗さんの使う四醋剣技が使える、そして如紗さんも同様に僕の四季剣がここに宿っている」
いっくんは私の胸を指差した。
『四醋剣解放、四輪!』
「甘夏!!」
冬利さんが声を上げる。
どうやら甘夏が四醋剣を解放したみたいだった。
私はそれに気づいていなかった。
「きゃあっ!?」
「如紗さん危ない!!」
覆い被さるようにしていっくんが私を守る。
「出て行って、早くあたしの前から姿を消して!!」
「…如紗さん僕と行こう、考えがある」
「い、いっくんでも」
「もう選択肢は残されてない」
「でも甘夏やみんなを放っておく訳には…」
「そっか、なら仕方ないね」
「おいいっくん、如紗ちゃんに何を…」
いっくんは体勢を変えると、私の背後を取った。
手首を縛り身動きが取れないようにする。
「ごめんなさい、さっき言った如紗さんの四醋剣技が使えるっていうのは嘘なんだ。本当はね…」
視界がぐらりと揺れたような気がした。
次の瞬間、身体中の血管の動きが飛び跳ねる。
頭の中でドクドクと心臓の動く音が聞こえてきた。
どんどん周りの音が聞こえなくなる。
「見た能力を一度だけ、再現することが出来るんだ」
パァンと何かが弾けた。
風船に空気を入れすぎて割れてしまった時のように。
弾けてしまう前に、微かにいっくんの声が聞こえた。
彼はこう言っていた。
「ブラッド、キス」
その言葉の意味を理解する前に、いっくんは私に唇を落とした。
「…ごめん、何言ってんのか全くわからない」
「現実逃避してるんじゃないわよ、そのままの意味よ」
「つまり如紗は郁と駆け落ちしたってこと?」
「あ〜そうそう、そういうこと」
「雑いぞ甘夏」
「気付いたら俺らも倒れててこのザマだよ。
二人はもう姿を消していた」
「ブラッドキス、か…」
冬利がそうぼやいた。
確か郁が消える直前にそう言ったのだという。
「ブラッドキスは優さんの四醋剣技ですね、四季剣の三段階目の技。
キスした相手の心臓の動きを一瞬だけ止めてしまうらしいです。
相手にかなりのダメージを与えられますが、使用者本人の見返りも相当だとか」
「お前誰だよ」
「あれ!?京はんは会ったことあるよな!?」
「そのテンション…
もしかしてウエスタさんとこのカフェにいた…?」
「せやせや、難波みなみ言います!よろしく頼むで」
「別に仲良くするのはいいんだけど、場違い感やばいよ君」
「ところで如紗はんはどこ行ったん?
伝えたいことがあるんやけども」
「話聞いてた???」
全く状況を理解できていないみなみに俺はため息をついた。
「そのブラッドキスを如紗が食らって、そのまま行方不明だ。どうだ?分かったか?」
「はあ!!?大事やん」
「だから言ってるだろ!?」
イライラがピークに達しそうな俺は近くにあったイスを蹴飛ばした。
俺は焦っていた。
まさかこんなことになっているとは知らず、いつも通りトレーニングをしていた。
「おい憂間、物に当たるんじゃねぇよ」
「お困りのようねみなさん」
「どんどん出てくるな、人が。
最近読者に優しくないぞこの作品」
長い髪の女…。今度は誰だ?
「廉、何しに戻ってきた?」
「あの小娘が誘拐されたって聞いたからねえ」
こ、小娘…?
もしかして如紗のことを言ってんのか?
「あの子がいない今、シーズセラピーはどうなってるのかしらと思って様子を見に来たんだ…けど……」
「な、なんだよ」
話しながら廉と呼ばれた女は俺に近づいてくる。
「あなたがウーちゃんね!」
「は?」
「ブロマイドでも可愛かったけど実物と比にならないわね!あ〜かわいい♡」
「憂間だからウーちゃんか、なるほどな」
「それも突っ込みたいんですけどブロマイドって何ですか??何なんですか??」
「一部のマニアには人気なのよウーちゃん。
アホ毛とかすごい可愛いしお目目もクリクリだし、女の子よりも可愛いって男性の中でも人気でね」
寒気がしてきた。
「趣味の悪いミロック人もいるもんだな、憂間のブロマイドなんか絶対いらねえぞ」
「カーちゃんのブロマイドもあるのよ〜?」
「か、カーちゃん…」
「ちなみにカーちゃんのブロマイド客の年齢層は少し年増のおばさ」
「やめろ!もうやめてくれ!!」
「こんな二人がいるなんて素敵ね〜!私もシーズセラピーに入ろうかしら」
「廉…」
そんな廉さんを冬利は意味深な視線で見つめていた。
「ああ、そうそう。みんな小…如紗に会いたい?」
やはり小娘は如紗のことだった。
「会いたいって言ったらどうなんですか」
「そんな怒らないでよカーちゃん。教えてあげるわよ、あの子の居場所」
「分かるんですか!?」
「あら、甘夏ちゃんも可愛らしくなったわねぇ。
これでいて中身は男…」
「あの…ベタベタ触らないでください……」
「失礼!実は私、あらかじめ如紗に発信機をつけてたのよね。
だから二人がどこへ行こうともすぐに分かるというわけ。どうする?行く?」
「行くに決まってるでしょう」
「そう言うと思ってたわ」
「じゃ行きましょう」
「ちょっと待て、なんで如紗に発信機が仕掛けられてるんだよ。
疑問に思えよ」
「はいはい、残りはここで待機しててね。冬利もケガしてるから」
「お、俺は大丈…」
「ついてきたらもう五十本あばらの骨折るわよ?」
あれ、あばらの骨って元々何本あるっけ。
言いくるめられた冬利をよそに、俺は不信感を抱きながら廉さんの後をついて行った。
確かにこの人についていけば如紗に会える確率は高い。
だけどなぜ如紗に発信機をつけていた?
まだ廉さんには何かがある。それが明らかになるまでは気を許してはいけない。
如紗、待ってて。すぐ迎えに行くから。




