56大地母神
階段が、板になって崩れた。
誠は飛行し、幽霊と共にと共に仲間を拾った。
そのまま黒い穴に飛び込んで、人の生る木の森に辿り着く。
「皆は打ち合わせ通り、森の破壊を頑張って!
僕は、大地母神を倒すよ!」
誠が言ったのか星輝が言ったのか、誠にも分からなかったが、しかし大地母神がそのままでは森の破壊も頓挫するだろう。
だが、大地母神は岩の中に隠れているのか、見当たらない。
「誠!
あっちに姉さんがいる!」
星輝が教えた。
ずっとアクトレス教官の中で魂を繋いでいたためか、それとも兄弟故か姉の存在は感じられるらしい。
誠は、森の上を飛び、高い天井の近くに接近した。
(星輝君、アクトレス教官が僕に渡した袋、あれはどういう物だったの?)
大地母神を倒さないまでも、一瞬は戦闘不能にしたのだから、何かの裏付けがあって用意された物だと誠は思った。
(あれは吉岡先生と永田さんと、あとリーキーがいたかな?)
(え、マットドクターが来てたの!)
誠は、政府に軟禁状態になっているのかと思っていた。
(ああ、リモートだよ)
パソコンで参加、したらしい。
(それで、大地母神の弱点が分かったの?)
(まあね。
神様って何なのか、とかずっと話してて、結局、大地母神に関しては妖怪の、ずっと強い奴なんじゃないか、って結論したんだ)
なるほど。
水分くり神も、誠には妖怪に見えた。
(で、南国の妖怪なら冷やせば倒せないか、って話になったんだよ)
かなり乱暴な理屈のようだが、とにかく一瞬は効いたように見えた。
いや……、と誠は考えた。
桃源郷には火山の力が必要だったはずだ。
そして大涌谷や芦ノ湖の辺りには、硫黄泉が湧いている。
火山活動の盛んな地域なのだ。
この洞窟自体、かなり暖かいし、温泉熱も利用しているのかもしれない。
(誠君、ここだよ!)
星輝が教えてくれた。
誠は、影の手を透過して、アクトレス教官を掴んだ。
ズルリ、とアクトレス教官が岩から半分、身体を覗かせた。
岩の中も、かなりの暖かさだ。
熱が桃源郷に必要なのは、どうやら間違いない。
ただし、大地母神を冷やしても、瞬間的には有効だがすぐに復活した。
相関関係は分からないが、桃源郷には熱があるためかもしれない。
とはいえ箱根山のかなりの面積を抑えた桃源郷から熱を奪うのは、それが地球規模の地熱でもあるし、おおよそ不可能だろう。
アクトレス教官の身体を半分まで岩から引き出した誠だが、
「そう、簡単に渡すと思うか!」
大地母神に気づかれてしまった。
(誠君)
田辺が教える。
(塩化アンモニウムも尿素も農業の肥料で一般的な材料だ。
後は少しの水さえあれば、教官の包みに近いものは手に入るはずだよ)
誠は幽霊に肥料を取りに行ってもらった。
アクトレス教官の透過を試みるが、さすがに偽猫に五行の原理を教えた神だけあって、気づかれたら透過は出来なくなっていた。
蛹弾を撃ってみるが、威力は岩壁には限定的で、かすかに砕ける程度だった。
だが教官が目を覚ました。
「ち、捕まったか!
あたしは気にせず、大地母神を倒す事を考えろ!」
そう言われても、もはや桃源郷と一体になったような大地母神を倒すとは、ある意味、箱根山を倒すようなことだ。
だが誠が大地母神を引きつけなければ、仲間に攻撃の手が向かうだろう。
五行を破る力を持っているのはユカリだった。
(ユカリ、草をお願い)
誠が頼むと、ユカリが声なき声で叫びだした。
バラバラにされて大鍋で切られた煮られたユカリは、声は出せないのだ。
だが、叫びは誠には伝わる。
岩壁に蔓草が高速度撮影のように走った。
「くそっ!」
と大地母神が叫ぶ間にも
天井部を草が覆い、岩に、かすかな亀裂が走った。
アクトレス教官が、猫に変身して岩から脱出した。
「こんな岩なんか、砂利にしてやるぜ!」
黒犬に変わった教官は、両手でガシガシと岩を殴り始めた。
「あなた達は私が倒さないといけないようですね」
岩から、ヌルリと大地母神が抜け出て空中に浮かぶと、両手の指先から糸のような物を発射し、黒犬に巻き付けた。
誠は大地母神に蛹弾を撃ち込む。
が、見た目と違い、肉体は岩石なのか、ほとんど傷もつかずに弾いてしまう。
石ならば、とユカリの草を生やすと、大地母神の身体の表面に苔が生えてきた。
「ふん!
こんな糸であたしをどーするつもりだい!」
黒犬は爪をナイフのように伸ばし、糸を切り裂く。
「なかなか鋭い爪ですね。
しかし、一度、切られれば強度も判ります」
大地母神は再び糸を発射するが、アクトレスはカラスに変わって糸を逃れた。
誠は大地母神に再度、ユカリの植物化の力を使った。
苔の間から、稲科の雑草の芽のようなものが生えてくる。
透過を使い外壁の一部を引力で取り出し、苔の生えた部分から大地母神の体内に押し込んだ。
理屈として、水を土が堰き止めるのなら、植物は水と相性は良いはずだ。
大地母神の身体が弾けるように爆発する。
だが、大地母神は無論、桃源郷の中でなら不老不死のようなものだ。
誠とアクトレスは周囲に意識を集合させた。
一方、カブトたちはハマユを守りながら、木から生まれる狂戦士たちを木にいるうちに潰す戦略に出た。
カブトが火球で大きくなった球体を爆破する。
芋之助は木ごと球体を数十メートルにわたって切断した。
猫と偽猫もエクトプラズムで実を破壊し、ユリコは棒で木の幹をへし折った。
たが実の世話をする、人間大のアリたちがカブトたちを襲い始める。
小百合が髪で防ぐものの、カブトたちはだんだんと追い詰められていった。
(おい誠……)
裕次がそれを誠に報告した。
当然ながらカブトたちにも、多くの幽霊がサポートしていた。
広大な人の生る森に、一方で不死身の大地母神がおり、森には無限の巨大アリもいて、実が熟したとき出てくる人間は、ほとんど死ぬことなく、超スピードと超パワーを持った、明らかに影繰りが十五人程度で対応できる存在ではなかった。
どうする……。
誠は悩んだが、天井の石を透過で落とした。
戸建て家1軒ほどの大きさだ。
それが落ちると、下の木は潰れた。
そう……。
岩なら、森を潰せる!
誠は、どんどんと石を落とした。
すぐに学校のグラウンドぐらいの森が、死んだ。
「止めなさい!」
悲鳴のように叫んで出てきた大地母神は、アクトレスがワンパンチで砕いた。
「誠!
じゃんじゃんやれ!」
誠は次々と大きな岩を、最初は小型マンション程を、やがて学校規模の大岩を落とした。
仲間は幽霊が背中について、飛行させた。
と、天井からポタポタと水が落ち始めた。
構わす岩を落としまくっていると、やがて水も水道管が破壊された程度、あちこちから落ち始めた。
「誠ー!
尿素をありったけ、持ってきたよー!」
誠の引力と反発の力を使って、何トンかの尿素が森に振りまかれた。
(塩化アンモニウム、持ってきたぞ!)
体育会系の滝田たちがトラックごと薬品の袋を持ってくる。
それらを森にぶちまけたとき、何億という生き物の悲鳴が洞窟内に響き渡った。
森は、凍りついて、死滅したのだ。
「何ということを……。
桃源郷を破壊するとは……。
あなた達は日本の未来を破壊したのですよ!」
大地母神が涙声で訴えた。
「木の実人間なんていりませんよ!」
誠が言うが、アクトレスが誠を遮った。
「誠。
ここからは、あたしと神様で大人の話をする」
「え?」
と誠が驚く中、
「あのな、神様、日本だって妖怪やテロは困るんだよ。
あんたらが、そう出るなら今のようにあたしらはあんたたちを潰すしかない。
この話、理解できないか?」
大地母神はポカン、とアクトレスを見ていたが。
「いえ、無論、戦うつもりだったので、意図的に妖怪や影繰りに対抗できる戦闘員を作ったのです。
私たちの力を理解させるために」
「で、あたしたちの力も理解したな?」
神は戸惑い、
「ま、まあ、見事に桃源郷は潰されましたが?」
そうだろ、とアクトレスは頷き。
「日本村の死人たちは、まあ仕方がない。
だが、普通の人間を作れるのかい、あんたたちは?」
「はい。
日本から人口問題は無くなります。
私たちはラオスから去り、ここで日本人を作ることができます」
カブトが、
「おいおい!
俺は殺されかけたんだぜ!」
言うが、大地母神は、
「あれは戦うために作った物で、もとより人の心もありません。
無論、日本が何処かと戦う、というのなら、ああいうのを何万でも用意できますが、ちゃんとした人間を、赤ちゃんの産める女でも男でも、或いは赤ちゃんそのものでも、いくらでも作れるのです」
「その答えが欲しかったのですよ」
え、と誠は驚いた。
アクトレスの肩からプロジェクターが投影され、空中にリーキーが映っていた。
「え、リーキー?」
誠は驚愕する。
「鳳総理は政府を維持するために、早急な答えを、つまり統計でハッキリ分かる答えを求めているんだ。
そうでなければ、僕も困る。
テロリストはいらないが、まあ他国のスパイではない、純然たる日本人を万単位で作り出せ、出生率が明確に上向き、移民に頼らない人口増加を果たせるなら、鳳首相は日本を僕も理想とする新世紀のリーダー国家に蘇らせる第一歩にもなるんだ。
そういう話なら東京だけでなく、群馬や長野、三重や飛騨、阿蘇や北海道にも、秘密の桃源郷が出来ても構いやしない。
ただ、土地の人間、得に日本では現在でも山伏や本気で修行をしている寺なんかもあるから、あくまで秘密裏になるよう、国家が1枚絡む。
某国のような自然破壊もなく、優れた知能を流出させることもなく、日本では二億、三億の人口を維持できるんだ」
メチャクチャな話になってきた。
誠は何か言おうとしたが、偽猫が、
「あたしを見てよ!
これから、みんなと一緒に戦うよ!」
呆然とする誠に、
「あんたもアイドルになれるだろ」
アクトレスが誠の背中を叩くと、誠は言葉を失った。
kiil♡やりうたちと働けるなら……。
それもいいのたろうか?
誠は首を傾げた。
数日後、風魔の人々と大地母神は誠の仲立ちで話し合い、これ以上日本村を拡大させないこと、山岳信仰を理解し、そのテリトリーを侵さず、協調して伊豆半島を平和に維持していく旨、合意がなされた。
「あの蓬莱山の真木も内角に入ったらしいな」
疾風さんが岩の上で語った。
「すみません、桃源郷を完璧に壊すことは出来なかったです」
誠は頭を下げた。
現実には出来たのかもしれないが、大人たちはラオスマフィアとの共闘を選んだ。
誠には真意は半分も分からなかったが、何か大きな敵が、別にいるらしいことは彼らの言葉の端々から察せられた。
それがどんな化物なのか、もしかすると、また神なのか、誠には分からない。
「いや。
日本村は、これで良いのかもしれん。
そう思い始めていたんだよ」
山伏姿の疾風は言った。
「え、そうなんですか?」
「前のように日本の魚や生物が、ガキどもの遊びのために滅ぼされるよりはな。
今は、あの女の神様、農業指導までしてくれているよ」
誠は驚いた。
「伊豆は以前よりは良くなるような気がする。
それこそ、川端康成の描いたような伊豆が戻るのかもしれない」
誠は、少し落ち着いたので川端康成の小説を読んでみた。
薄い本なので、数日で読めた。
確かに、誠の知らない古い日本があり、差別などが無いのだったら、踊り子たちが椅子の各観光地を巡るような日本も、いいのかもしれない、とは思った。
潜水艦が日本を目指していた。
「艦長、日本人は我々の言葉を理解するでしょうか?」
操舵手が呟くようにいう。
操舵手の手は、少し形がおかしかった。
親指が下を向いている。
左右の手が、逆に付いているのだ。
その昔、マットドクターが作ったという「平和の手」だった。
「今、日本が動かないとなると、おそらく……」
呟く年老いた艦長の手もまた左右が逆になっていた。




