54アクトレスを探せ
仲間は、教官以外は揃った。
ただ、もしアクトレス教官が大地母神側に回っていた場合、いかに芋之助が元に戻り猫が二人になっていたとしても、絶望的に勝算は悪い。
アクトレス教官は何年も戦場で暴れ回った悪魔の黒犬なのだ。
普段誠は訓練を受けているが、それは部下だと思っているから愛ある指導を受けているだけだし、それでも愛ゆえか死ぬ一歩手前までの厳しい訓練を受け続けていた。
あの人が理性をふっ飛ばされて本気で戦ったら、子供たちだけで勝てる相手ではなかった。
本物の軍隊の重要拠点を一人で何十と破壊する怪物なのだ。
位置はすぐに分かる。
信介が立体地図を作っているからだ。
アクトレスはゆっくりと上に向かっていた。
「……この先にある、広い場所って……?」
疑問形で誠は呟いたが、知らない訳ではなかった。
あの人間の生る木が林立する森だ。
アクトレス教官があの森に到達する前に何とか動きを止めたかったが、問題はどうやって怪物を止めるかだ。
地図を眺めながら井口は、
「しかし、のんびり歩いてるような速度だな?」
確かに、偽猫とは明らかに動きが違う。
「多分僕たちを誘っているんでしょう。
教官にしてみたら、探すよりも僕たちから集まってもらったほうが効率がいいですから」
誠が言うと、川上は、
「つまり教官は既に敵の手に落ちてるってことか?」
「分からないけど、教官が僕らを探していたら、この中の誰にも会わない、って事は考えられないはずなんだ。
教官は犬の嗅覚を持っているし、飛べるし、猫になって小さな穴にも入り込めるんだから」
「つまり、最初から探していない?」
美鳥が冷徹に告げた。
「それは分からないけど、早い段階で何かがあったような気します。
まぁ、結構放任主義なだけかもしれないけど」
「放任主義です?」
猫が首を傾げる。
「つまり、練習場でいかに強くても、こうゆう戦場で正しい判断が出来なければ、仮に命を危険に晒したとしても、それも良い勉強だ、みたいな。
現実にはリングもヘッドギアも無いんだから、という感じかな」
「かなり厳しいな」
信介は言うが。
「ま、話としては理解できるべ」
小百合は頷く。
「問題は教官が敵だった場合、どうするか、だよ」
アクトレスを包囲するのは不可能だ。
犬猫カラス、三種の生物を使い分けて、どんな場所でも有利に戦えるからだ。
無論、変身しないでも最恐の戦士なのは間違いない。
殺すとなったら容赦が無いからだ。
それには、最愛の弟の悲しい死も大きな原因なのは誠は知っている。
「で、どうなのさ。
あの教官、敵、なのか味方か、占えよ」
素顔の信介に、やや当たりがキツく、ユリコが命令口調で言った。
信介は頷き、バチンと指を鳴らす。
その手に一枚のカードが現れた。
「愚者の正位置。
敵でも味方でもない、パーサーカーのような状態になっているようです。
無論、そう大地母神が仕向けています。
僕らを見れば、即座に戦いが始まるはずです」
全員が無言になった。
道は、今のところはしばらく一本道のようで、誠なら先回りも出来る。
ただし前後で抑えても、相手がアクトレス教官では軽く各個撃破されてしまうだろう。
そうならないためには、スピードのあるアクトレス教官を数名が前衛として逃げられないように、また個別に倒されないように追いながら、福やユリのような、発動条件さえ整えばアクトレス教官といえども無傷では済まない攻撃を何とかヒットさせて、動きを止めるしか無かった。
「まあ、なんだ。
あれこれ考えても、相手が世界規模の影繰りじゃあ思った通りに行く訳もないだろ。
とにかく向かう以外に仕方ないと思うが」
芋之助は言う。
皆が頷いた。
確かに、例えば仲間を殺さないように手加減してくれるような人ならいいのだが、アクトレス教官にそれはありえない。
まして、狂乱状態の死の黒犬なのだ。
戦えば、死人が出る。
(誠くん、君が回復させる以外にないよ。
君の見た目は、蒸気をまとった颯太君にでもやってもらおう)
アホの颯太に代役を依頼するのは不本意だったが、積極的に戦ってはくれそうだ。
誠は逆に蒸気をまとい、見えづらくして仲間のサポートに徹することにした。
話が決まれば、まだ離れているとはいえ、あの無敵超人の森に行かれてしまったら誠たちの人数ではどうにもできない。
誠は影の手に皆を包んで、岩の隙間を滑った。
怖い……。
日々、メチャクチャな特訓を受けているせいか、普段は感じないものの、いざ対決するとなると身体の動きが鈍くなるような恐怖を誠は感じた。
すくむ……。
そんな事だ。
だが仲間もいるし、恐れて先延ばしにする訳にもいかなかった。
誠は、信介の立体地図を見ながらアクトレスに接近した。
それは、猫が進んでいたのとも違う、岩の亀裂が生んだような、大きく縦に裂けたような急峻な崖の道だった。
「さすがに自分に有利な場所を知り尽くしていますね……」
誠が唸る。
「そうです?」
猫が聞くと、
「ここではどんなに小柄でも前と後ろにしか立てないし、片方は岩の壁だから空を飛ぶ敵にも空間の半分は使えない。
一方で猫やカラスに変身すれば容易く場所を変えられるし、しかも遠距離攻撃を持った者も、仲間が邪魔で教官に手を出せない」
「誠さんなら攻撃できますね」
偽猫は言うが、
「僕の行動やクセは一番頭に入っているからね。
僕が攻める分には何とでもなると思ってるんだよ」
誠は言って、隣に颯太を作り出した。
「なので偽装します。
僕は皆を治療するため……」
蒸気の壁を厚くまとうと、おおよそ姿が消えた。
「前衛に芋之助先輩、猫と偽猫、ユリコさんとカブト、大さん。
少しでもダメージがあったら素早く交代して。
美鳥さんや川上君、井口先輩は影で攻撃、小百合さんやハマユさんは距離を取って支援してください。
ユリは虫をたくさん作って。
福はタイミングで毒をぶつけたいけど、教官はスピードがあるから気をつけて。
信介君は自由に戦闘サポートをお願いしたいけど、姿を隠したぐらいじゃ教官は臭いで嗅ぎつけるから身を守ってね」
洞窟の中で話すと、誠たちは断崖に飛び出した。
一本道だ。
片側は垂直な岩の壁であり、片方は影繰りでさえ分からない奈落の底の漆黒に落ち込んでいた。
だが……。
アクトレスがいない。
「おい、どうなってる?」
ユリコが叫んだ。
「下だ!」
暗い闇の中を、一匹のカラスが飛んでいた。
「任せるっす!」
川上がムササビを飛ばして追いすがる。
井口のトンビも後を追った。
だがカラスは嘲るようにケケケと鳴きながら暗い地下の底に降りていく。
誠たちは、追って下る事しかできなかった。
(奴は何処へ行くつもりだ?)
誠も知りたかった。
だが、おそらく何処かを目指していると言うよりは集団の崩れるのを企図しているのだろう。
今もムササビよりは飛行能力の高いトンビがカラスを追いかけ始めていた。
皆を包んで追跡している誠も、実際には颯太に蒸気の身体をつけたものなので、ややカラスからは遅れていた。
仕方がないので影の身体を数体出して、カラスに攻撃する。
ただの影の身体なら仲間を運んでいないので、カラスには追いつける。
影の身体から影の手を出してカラスに攻撃すると、カラスは一瞬で黒猫に変身した。
ほとんど壁のような断崖だが、小柄な猫は涼しい顔で上り下りする。
追っていた仲間は、不意に静止され混乱する。
だが美鳥は素早く虫を出して猫に襲いかかった。
直角に近い岩場でも、猫はひらひらと蝶や羽虫を避けて、一匹づつ潰していく。
とはいえ、壁面の移動しかできないのと、空中を飛べるのでは昆虫の方が有利だ。
影の体やトンビもすぐに引き返してくる。
カブトたちに影の体を付けてもいいが、おそらくそれでは、また変身して逃げるだけだろう。
影で攻撃する分には被害は無いが、カブトや芋之助が出てくれば積極的に殺しにかかるはずだ。
ただし戦い上手なアクトレスは、取り囲まれるのは嫌うはずなので、どうやってか誠たちを分断してくるはずだ。
「行くですよ!」
猫と偽猫が影の手から飛び出して断崖に飛び移った。
確かに猫たちにとって壁面など芝生と変わらない。
二人は黒猫を挟んで左右に散った。
エクトプラズムで両面から攻撃する、が黒猫はポンと空中に飛んでそのままカラスに変わり、対岸まで飛び移った。
およそ数百メートルはあるはずだが、カラスには造作もない距離だ。
黒猫が着地したのはテニスコート半面ぐらいの、岩場の平地だった。
「俺が行く!」
叫んで芋之助が平地に飛び降りた。
カラスは一瞬で巨大な黒犬に変わり、芋之助に襲いかかった。
芋之助は剣で黒犬の頭を押さえる。
日本刀の、刃のある面だ。
普通なら切れるはずだが、黒犬の頭は岩石か何かのように刃を受け止め、ギリギリと押していく。
芋之助の剣は影の剣であり、何でも切れるはずなのに、黒犬も影だからか、押し合いになる。
高ニとはいえ百九十数センチの身長と、それが細く見えない骨格と筋肉を最つ芋之助たが、徐々に黒犬の顔は芋之助に近づいていく。
やはり単純な体の力で、芋之助もアクトレスには敵わない。
誠は影の身体でアクトレスの背後を襲った。
アクトレスは、背後も見ずに岩壁を駆け上がった。
猫程度の事はアクトレスも出来るようだ。
がっ!
芋之助が口から血を吐いた。
去り際に胸に前足で鋭い一撃を加えたようだ。
芋之助の胸には、大きな穴が開いていた。
影の身体や颯太たちはアクトレスを追うが、誠は蒸気の壁に身を隠し、芋之助の治療を始めた。
誠の背負うリュックには輸血の血液も少量、入っている。
傷を塞ぎながら、影の手で輸血をする。
とりあえず死亡は免れそうだが、しばらくは動けない。
一応、幽霊を見張りと看病に付けて、誠は仲間を追った。
アクトレスは黒犬のまま、絶壁の岩を駆け登っている。
トンビや、モモンガが変化したのかハトのような鳥、それに影の身体が追いかけているが、不意に黒犬は回転し始めた。
絶壁の岩で、まるでブレイクダンサーのようにクルクルと回転する。
すぐに見えないほどの高速回転になり……。
周囲の影で作られたトンビや影の身体は全て、消滅する。
同時に黒犬はカラスとなって渓谷を下り出す。
トンビや影の身体はすぐに再生する。
カラスを追って下って行くと、渓谷の底が見えてきた。
どうやら最終決戦が近いらしい。




