53猫
多分、偽猫は最速で仲間との合流を狙っている。
誠たちは、それを阻止することが第一目標となった。
幸い、信介が地図を出してくれていたので、偽猫の動きは逐一分かった。
赤い光の点で、動いて示されているからだ。
誠たちは高速で猫を追った。
そこはアスファルトの道のように滑らかな、桃源郷内の高速道路だった。
そこを偽猫は、指からエクトプラズムを出して天井にぶら下がり、飛ぶように進んでいた。
誠は幽霊たちを先に飛ばせて、偽猫の様子を探った。
ここは井口のトンビなどでは偽猫に感づかれるので、幽霊一択だ。
(先が三叉路になってるわよ)
偽警官が言えば、貴樹は、
(真ん中の道の先が大きな湖だよ。
真ん中なら囲める)
誠は仲間を影の手で運びながら、
「右の道に地雷を設置して!」
「分かったぜ!」
カブトが答える。
「左の道を氷で塞げますか?」
誠が聞くとハマユは、
「任せて」
通路に霜がおり、氷柱が下がり、やがて地面からせり出した氷と氷柱が混ざり合い、巨大な氷の塊となって道を塞いだ。
偽猫は分かれ道を曲がろうとしたが、カブトが。
「爆破……」
言うと、炎が立ち上り、岩を砕いて道を塞ぐ。
偽猫は舌を鳴らして直進する。
その先には、ダム湖ほどの大きさのある、地底湖があった。
「誠!
あたしたちは飛べないのよ」
美鳥は細い眉をしかめたが、
「さっきの影の身体を皆の身体に重ねます。
動かし方は、もう理解しているはずです!」
そしてカブトやユリコ、大や小百合など、それぞれに幽霊が仲立ちをした影の身体が次々と空中に浮かんだ。
ドーム状の広い天井を偽猫が飛んでいる。
誠たちは皆で広がって八方から猫に迫る。
速度は誠のようには出せないものの、幽霊を誠が引っ張る形で速度を上げている。
「あたしに透過が通用しないの、忘れてるですか?」
偽猫は誠を嘲りながら、エクトプラズムを人差し指から発射した。
(確か土の性質を身につけて透過を防ぐんだったか)
だが誠は中村に風水の考えを学んでいた。
(現実の土とか水とかとは違う、机上の考え方なのよ。
インテリアを選ぶとか、方位を考えるときの理屈よ。
黄色は財運とか、そんなもの。
確かに影の戦いではより実際的な土であり、水のようだったけど……)
実際であるということは、より強く反応することであり、現実として誠は動きを止められた。
だが同時に……。
戦術的な細かい詐術も入る余地がある、ということではないのか、と中村は言った。
とはいえ、そんな詐術を思いつくなら、とっくに偽猫を倒している……。
カブトが火球を撃ち込んたが、偽猫は軽々と交わした。
ユリコが棒で撃ち込むが、足場の不安定な空中では、自慢のパワーも半減するようで、軽く猫に受け止められてしまう。
偽猫はドーム状の天井に逆さに張り付き、誠たちに指からのエクトプラズムを打ち込んでくる。
ただ、これは幽霊が強制的に交わして仲間を守ってくれていた。
遠くから井口のカラスや川上が新しく作ったムササビが偽猫を襲う。
美鳥の蝶も混じっているので数が多く厄介だったが、偽猫は機敏に交わし、隙を見つけて爪で切裂いた。
「これで追い詰めたつもりですか?
なら、下を見るといいです!」
え、と湖を見下ろすと、湖面から、巨大な蛇が顔を覗かせた。
恐竜クラスの大きさだ。
「あんなもん、的がデカいだけじゃねーか!」
カブトは叫ぶと、火球を撃ち込む。
だが、蛇の顔は一匹ではなく、次々と数十まで数を増やした。
「おい誠、どうにかならないのか?」
ユリコが言うが、誠は困惑した顔で。
「あれ、中身は砂なんですよ……」
大地母神の得意技だ。
砂の塊では透過も蛹弾も、ほとんど意味がない。
だが見た目は凶暴な大蛇であり、湖面からどんどんと誠たちに近づいてくる。
一番背後にまわっていたユリや、大、福に向かって大蛇は噛みつこうと攻撃を始める。
幽霊がオートマティックに避けてはいたが、どんどん蛇の数は増えており、やがては下からの攻撃だけでも全滅は否めない。
誠は、困ったまま、とりあえず蛇を透過してみた。
何か核のようなものがあるわけでもなく、ただ砂の塊だ。
試しに真子の力で切って見ても、切り口がすぐに繋がる。
カブトやハマユが攻撃をするが、元々が砂なので、破裂してもすぐ復元し、凍っても下から新しい砂が上がってきて首になる。
(誠君、透過で全ての蛇をいっぺんに落とせないかな)
田辺が無茶な事を言い出した。
(え、全部って、何十万トンって感じですよね?)
何十という砂の大蛇だ。
(君もずいぶん強くなっているはずだし、たまに限界に挑戦してみたらどうかな)
無茶な事を、と思ったが、福やユリに、あと数メートルというところまで蛇は迫っていた。
透過しようと改めて見下ろして見たが、この蛇たち、まるで夏のヒマワリのように無限に真っ直ぐ伸びている。
湖底を透視してみると、砂地で、ここから一直線に大蛇は首を伸ばしていた。
とにかく、可能な限りの砂を、全能力を使って地下に透過し、自分の限界を知るのも、確かに大切なのかもしれなかった。
誠は猫とは距離を取り、砂に集中した。
大が前に出て、釣り糸で偽猫を攻撃する。
手に持った取っ手の付いた板のようなものにテクスが巻かれていて、テグスの先には三叉に分かれた、いわゆる引っ掛け針と、拳骨のような重りがついている。
釣り針は巨大魚用の大きなものなので、確かに当たれば痛そうだが、殺傷力までは期待できない気がした。
誠は砂の大蛇たちを透過しようとする。
湖底の砂ごと、可能な限りの地下に落とすのだ。
誠は湖を見下ろした。
大蛇に隠れて湖は見えないが、誠は透視がある。
黒々とした地底湖の、その湖底に蛇の胴体がある。
それは、ヤマタノオロチのように一つだった。
湖底の中で枝分かれしていたのだ。
一つの胴体を中心に、周りの砂の全てを、地下に透過させる……。
地面に巨大な穴を開けるイメージで。
誠は湖底を透過した。
蛇たちの頭が、ずん、と十数メートル、低くなった。
だが、存在は消えなかった。
湖底の砂が生き物のように、地面にへばりついている。
湖底の砂から計算すれば、それこそ東京ドームほどの砂は落としたのだが、砂は全てが一つの生命体のようで、素早く水の中で四方に手、又は足を伸ばして、へばりつき、落下を回避したのだ。
すぐに大蛇は再び首を伸ばし、ユリや福を襲い出す。
誠は、ユリたちを守るために大蛇と戦うことにした。
ユリに噛みつこうと大口を空けた大蛇の頭を、透過する。
首が落とされたように見えるが、切断面ではみるみる新しい大蛇が生まれていた。
他の大蛇も、誠に攻撃目標を移してきた。
大蛇の顔を透過で落としながら、思案に暮れる。
真横から見ると、本当に誠の住んでいるマンションと変わらないほどの巨大な砂の柱なのだ。
これを一気に透過で落とすのは、かなり難しい。
なにしろ高さはタワマン程もあるのだ。
しかも水中には足もあって湖の壁面にへばりついている。
これを落とせるほどの力なら、確かに一流と言える影繰りなのだろうが、敵の攻撃を避けながら、と、なるとまず集中が出来ない。
(誠君、蒸気の壁で円形にバリアを張って攻撃を回避しよう。
無論僕たちも君を守る)
田辺が言った。
蒸気の壁、とは言うが、何故かグミのように緩やかに物を押しとめる力がある。
ただし電気を止められないなど万全のバリアとは言えないものだ。
誠は自分を蒸気の壁で包み、透過に集中した。
ビルを落とすイメージで、大蛇たちを落とす。
ガクン、と蛇たちが沈み、そのまま持ち堪えた。
が、数分も経つと、ズル……、ズル……、と動くタワマンが沈みだした。
大蛇が誠の蒸気の壁に噛み付くが……。
不意に、蛇たちが目の前から消えた。
マジか……。
ビルを透過しちゃった……。
誠は自分に驚いた。
あまり大地母神を化け物扱いも出来ないような気もする。
その気になれば誠も、新宿西口を更地にしてしまえる、その意味では充分な化け物ではないか……。
誠が下からの脅威を払拭した事もあり、ユリは育てていた羽虫を放った。
猫は敏捷だが数ミリの羽虫を避けるのは至難の業だ。
しかも、美鳥の蝶やトンボ、カミキリなども襲いかかっていて、川上のムササビや井口のトンビもうるさく襲ってくる。
「ねえ、偽猫?
君は大地母神を裏切れないの?」
誠は聞いてみた。
ユリの虫と福の毒が加わったら、さすがに優秀な偽猫とはいえ、命を落とすしかない。
「なんですか、あたしに裏切りを勧めるですか?」
「君なら、頼もしい仲間になるからさ」
「誠さんは、ここまで敵対したあたしを信じられるですか?
後ろから刺されたら、いかに無敵の内調のエースでもナイフ1本で簡単に命は消えるもんですよ」
「君とは少しの間とは言え仲間だったし、後ろから刺されるとは思えないけど?」
「愚かですね。
今のあたしは猫のコピーだから誠さんを大切に思っていたとして、大地母神は眉毛の一つも動かさずに自分の作った者の心を操れるんですよ。
つまり、談笑しながら右手だけが大地母神の指示で動かないとは限らないんですよ」
「誠。
彼女に情をかけるのは分かるけど、戦いは、特に影の戦いは甘くないのよ」
美鳥が誠に自制を促す。
「そうですよ!
あたしなんて、所詮、大地母神の作った邪悪な殺人人形に過ぎないですよ!
スパッと殺すのが一番いいです!」
偽猫が叫んだ。
と、
「馬鹿ですね。
確かにあなたはあたしのコピーで間違い無いです……」
猫が言い出した。
「そうやって温かい場所に背を向けて、一人で暗闇で眠るんです。
誠さんが大好きなのに、いつか自分が誠さんを殺してしまうんじゃないかと心の隅で怯えてるんです。
あたしのほうが誠さんとは付き合いが長いから言いますが、この人は背中を刺されたくらいでは死なないですよ。
何度でも噛みつけばいいです!」
さすがに偽猫にそれをされたら堪らないが、確かに幽霊もいるのだし、自分の身体の治療は、たぶん割と得意だった。
「えーと、痛いのは嫌いだけど、僕も注意はするよ……」
誠は困り顔のまま笑顔を浮かべた。
偽猫の前に猫は進み、
「あたしがこの子を監視するから大丈夫です」
「あなたは、互角のあたしを誠さんから守れるですか!
何かあったらどうするです!」
偽猫が食い下がる。
誠も困ったが、いつの間にか誠の手に、前にユカリが出した十数センチのおじさん、いや多分は妖精なのかもしれない、が現れていた。
これは確か……。
「それじゃあ、僕が猫の首に鈴をつけるよ。
これは木の種だ。
僕に何かあれば、暴れ出す」
木の種のような姿になった妖精を、偽猫の心臓の横に置いた。
「これなら、もし大地母神が何かしても安心でしょ」
「誠っち、お前、木まで操りだしたか!」
川上が驚く。
「いや、そういうわけじゃないけど……」
ユカリをはじめ幽霊たちが仲間なのは誰にも言いたくなかった。
そんな事をしたら見える人、扱いを受けてしまう。
幽霊はなん度見ても慣れないし、オカルト系に首を突っ込むのは絶対に嫌だからだ。
「そんなら俺も地雷を入れてやるよ」
カブトがノリノリに言った。
「僕も虫をつける」
ユリも言う。
猫は腕を組んで、どーだ、と言うように偽猫を見た。
偽猫は顔を歪めて俯いていたが、
「U様のためなら、大地母神くらい裏切れます……」
呟くように言った。
芸能人ってモテるんだな、と初めて誠は驚いた。




