51危険地帯
デバイスから地図が直接、頭に入るので、比較的楽に誠は第一の危険地帯に到着した。
幽霊たちが手伝ってくれるので、地図を見
ながら進むのもかなり楽だ。
(そこを左だぜ)
(まっすぐ、道なり……)
(そこを透過して一メートル先の通路に出て……)
ナビされながら慎重に進んでいく。
だんだんと危険地帯に近づいているのが、誠にも分かる。
信介の示した危険なエリアは、小百合のマップで見れば、すぐそこだった。
怖い……。
あの芋之助と接近戦をしなければならないのだ。
或いは鏡写しの猫と。
そして、敵に回ったアクトレス教官は僕を逃がしてくれるだろうか?
戦いと殺し合いは全く違う。
ただのトレーニングにはルールがあり、怪我をするまでは攻撃しない。
技の習得や対戦勘を得るのが目的だから、お互いに怪我は得にならないからだ。
だが殺し合いだったら、可能ならまず最初に小さな傷でもいい。
痛みとささやかな出血を相手に与えれば、与えた側は大きなアドバンテージになる。
ヤクザや半グレなど暴力を生業とする者がポケットにナイフを潜ませるのはそのためだ。
僅かなダメージでも、これから攻める糸口になるし、出血は傷を広げればいい。
人体の血液量はおおよそ四リットルから五リットルほどで、三分の一も失えば戦うどころでは無くなる。
僅か十センチのナイフでも、それらのことは容易に可能だ。
もし、運良く指の一本も切断できれば、その戦いでは相手はその腕を失ったも同然だ。
傷や骨折は大きなアドバンテージをもたらす。
攻撃力も防御力も、まさに半減する。
そうならば、相手に傷を負わせない理由は、殺し合いでは、無い。
先に傷を負った方が、かなりの高確率で死ぬことになるのだ。
無論、影繰りの戦いでは、それは決定打ではない。
影能力は一撃で相手の命を奪うものもあり、また、芋之助さんも猫も教官も、それを持っている。
だが、だからこそ誠は敵に傷を受けるわけにはいかないのだ。
(そこの壁を透過すれば、危険地帯だぜ!)
楽しんているかのように颯太が言った。
岩壁一枚ぐらいなら、誠は透視できる。
そこは、かなり広い空間のようで、その中央に巨大な男が立っていた。
芋之助さんだった。
位置関係を見るため幽霊に真上に飛んでもらうと、ほぼ真円の広場の中央に芋之助は位置どって、胡座をかいてドッカリと座っている。
いつでも来い、と頭上に文字が浮いてそうな構えだ。
この真円の広場の全てが、芋之助さんの射程距離だった。
(誠君、この広場に蒸気を濃い濃度で満たせるかい?)
田辺が冷静に言った。
(できますが……?)
さすがにいくら蒸気を濃くしても、芋之助の光の剣は遮れない。
(霧のような濃度で満たせれば、君の姿を見せることも可能だと思ったんだ)
影の身体のシルエットぐらいなら、確かに微妙に変えることは可能かもしれない。
したことは無かったが……?
(芋之助の懐に迫ることはできるはずだ)
確かに、それなら可能かもしれなかった。
(しかし芋之助さんの攻撃なら、一撃で影の身体も吹き飛ぶと思いますが)
(それは透過すればいいだろう。
影の手なり、蛹弾なりで芋之助の体内を攻撃するんだ)
とにかく芋之助先輩を倒さないことには、正気に戻すことも出来ない。
誠は少しづつ芋之助の部屋の湿度を上げていった。
しばらくは芋之助は気が付かないようだったが、やがて額の汗を拭った。
湿度が上がれば、それだけで体感温度は高くなる。
真冬でも雨が降ったりすると、乾燥している時より暖かく感じるのはそのためだ。
やがて円い岩の部屋は霞がかかったような、湿度が目視出来るようになり、やがて霞は霧に、グレードアップしていく。
もう五メートルも先も見えないだろう。
誠は、影の身体を数体出して、芋之助に迫った。
影なのであまり気配は無いはずだが、芋之助は気がついた。
無論、霞がかかった状態で、察してはいただろう。
ゆっくり立ち上がる。
右手には影の剣が握られていた。
影の身体一体を接近させて、他は奥に潜ませる。
一体の相手に芋之助がどうするか、を見たい。
影の身体から影の手を出し、芋之助を攻撃する。
芋之助は素早く剣を構えると、影の手を跳ね上げるように切り、手首で切っ先を返すと、影の身体を脳天から切断した。
誠は透過で刀を防ぐ。
なんとか切断は免れたが、衝撃までは防げず、影の身体は地面に叩きつけられた。
すかさず二撃目が真横から襲うが、誠は飛んで交わした。
だが、影の身体だから遠くからコントロールしているので交わせたが、とてつもない素早い攻撃だ。
誠は無数の影の手を出し、芋之助を攻撃した。
手数で勝らなければ、破壊力は相手がやはり上だった。
だが本気の芋之助は、誠の全ての腕を捌き、その上で斬りつけてくる。
「くっ!」
誠は脂汗を額に滲ませた。
「おい誠、どうなってる!」
一箇所に留まって動かないので、カブトが聞いた。
誠は手が離せないので、真子が、
「今、芋之助さんと戦っていますが、やはり相手は強いです」
と告げた。
「一人でやろうとするな!
俺達もいるんだぞ!」
そう言われても、誠か幽霊でなければ芋之助には歯が立たない。
例えば、この岩場からカブトの火を透過するとしても、敵の攻撃は透過せず、カブトの火だけを透過する、という訳にはいかないのだ。
(誠君。
君は確か脳に影の手を入れて、相手を思うように動かせたよな?)
田辺が言う。
(それは何とかやりましたが、脳の構造は科学的にも完全には解明されていないので……)
(難しく考えないで、パソコンにUSBを繋ぐみたいに影の身体を繋げないかな?)
そんなゲームみたいに……。
出来ない、とは思うが、やったことはない。
「ちょっと実験をします」
真子が言い、カブトの頭に影の手を入れる。
「この身体を操れますか?」
影の身体を出してみた。
最初は、たどたどしく指や手を動かしていたが、やがて……。
「おー、だんだん分かったぜ」
影の身体をカブトは操りだした。
「猫さん、影の身体を攻撃してください。
カブトさんは、透過を使えるか、試してください」
カブトに影の身体を委ねている以上、誠が透過だけを使う訳にはいかない。
何週間も合わせれば、そんな事も可能かもしれないが、今、使えなければ意味がないのだ。
猫が攻撃すると、影の体は真っ二つになった。
「おい、透過ってどうすればできるんだよ」
どうすれば、と言われても誠は最初から出来ていたので説明のしようもない。
「誠、透過は仕方ないわ。
カブトは安全な場所にいるのだから、それより攻撃が出来るかよ」
美鳥が言う。
確かに、影の身体が切られてもカブトは痛くも痒くも無いのだから、新しい影の身体と接続すればいい。
「よーし、攻撃だな!」
美鳥の言葉に励まされ、カブトは影の身体で火を放つ。
何度か線香花火のようなのや、明後日の方向に火球を放ったが、四度目に成功した。
「内部には霧を作っているから、むしろ地雷が作れると有難いんだ」
こちらも何度目かに成功し、誠はカブトの影を岩の向こう側へ飛ばした。
カブトの成功に気を良くした誠たちは、それぞれに影の身体と影のUSBで繋いで、操る練習をしてもらう。
一方、石壁の向こう側では、誠の影の身体が必死の戦いを続けていた。
影の身体は全身から数十の影の腕を出して芋之助を攻撃し続けていたが、ことごとく交わされていた。
更に、影の手を切った剣が、そのまま影の身体を攻撃する。
芋之助の影の剣が、自在に長さを変えられるのが、変幻自在の攻防を可能にしていた。
誠は、頭上や背後、足元などからも死角を利用した攻撃を続けるが、芋之助は全てを切断する。
のみならず、不意に誠の懐に飛び込んだり、飛んで逃げる誠を走って追い越し、切りつけたり、と攻防は瞬時に切り替わる。
慌てて背後に飛んで、誠が剣を交わすと。
不意に影の剣が誠の胸に向かって真っ直ぐに伸びた。
突き、の形になるが、誠は透過で逃れ、霧に隠れた。
霧は水の細かい粒子であり、雨よりも小さな物体だ。
雲にも影が出来るように、霧も細かいとはいえ物質である以上は影が出来る。
それに紛れ、誠の影の体は影の中を滑り、芋之助に接近を試みる。
だが。
影から出た瞬間、芋之助の顔が、不意に振り向いた。
目線が、誠とぶつかる。
感知か!
誠は気づいた。
誠の透視や美鳥の蝶、川上の耳などのような遠隔の感知は無いものの、芋之助にも感知はあったらしい。
それは、芋之助の剣の射程内に於いては、異物を全て発見する、的なものであるらしい。
無論、それがどんな性質のものなのかは誠には分からないが、しかし影から顔を出した瞬間に見つかるのでは、影に潜る意味がない。
幸いだったのは、芋之助の感知の精度があまりにも鋭敏だったため、誠は再び影に潜れた。
一瞬でも芋之助の反応が遅れていたら、誠は影の手を繰り出し、まさにクロスカウンターのように芋芋之助に切られていただろう。
だが、類まれな芋之助の反射神経は、既に剣を振り下ろしていた。
そうか!
芋之助の影の剣は、本物のように鞘に入れる必要がない。
どころか、敵を見つけた時には、その瞬間に思うところに切っ先が現れるのだ。
切られるか……!
影の中に戻りながらも、誠の方は、攻撃しようとし、目が合い、慌てて逃げる、それだけの精神活動と肉体反射の時間がかかった。
対して芋之助は、ゼロ時間で行動できるのだ。
そのゼロ、コンマ何秒かの時間が、誠には生まれていた。
剣が、誠の頭に落ちて来る。
透過、するにしても、発動時間というものがある。
普通は問題にならない、行動しながらの一瞬だったが、その秒針が動くか、動かないかの時間が、今は足りなかった。
やられる!
思った誠だが、そこにカブトの火炎弾が飛んできた。
強い閃光だけに、芋之助の鋭敏な感知には、その分、強く反応した。
振り下ろされる刀が、途中で消えて、カブトの火炎弾の前に現れる。
反応に一切の隙間が無かった。
ボクサーの打ち合いか、卓球のラリーのように、静止時間のない運動が続いていく。
この人、こんな戦いを何時間も続けているのか?
怪物的な体力だった。
オリンピッククラスのアスリートと言って、過大評価でも無い、と誠は思った。




