第三話 オオカミのお願い
おおかみは、まだ諦めていませんでした。
なぜなら、彼には重大な事情があったからです。
実は、おおかみは今日、どうしても赤ずきんをおばあちゃんの家へ行かせたくなかったのです。
いや、正確には、行かせたくないというより、行かれると非常に困る事情があったのです。
「赤ずきん!」
おおかみは、赤ずきんの前に回り込みました。
「お願いだから、おばあちゃんの家に行かないで!」
赤ずきんは、ぴたりと足を止めました。
「なぜですか?」
「えっ」
「理由を説明してください」
「そ、それは……」
「おばあちゃんの体調が悪いと聞いている以上、安否確認は必要です。それを妨害するのであれば、相応の理由があるはずですよね?」
「ち、違うんだ!別に妨害したいわけじゃ……」
「では、なぜ行かないでほしいのですか?おばあちゃんに会わせたくない理由があるんですか?」
「ち、違う!」
「おばあちゃんに何かしたんですか?」
「してないよ!」
「では、何を隠しているんですか?」
「何も隠してない!」
「それなら、問題はありませんね。私は予定どおり、おばあちゃんの家へ向かいます」
赤ずきんが再び歩き出そうとすると、おおかみは両手を広げて立ちふさがりました。
「待って!お願い!本当に行かないで!」
「おおかみさん」
赤ずきんの声が、少しだけ低くなりました。
「あなたは、私が祖母のもとへ行くことを止める権利を持っているのですか?」
「そ、そんな権利はないけど……」
「では、他人の行動を制限しようとする合理的な理由を提示してください」
「ご、ごうりてき……?」
「感情論ではなく、具体的な根拠をお願いします」
おおかみは、口をぱくぱくさせました。
「だって……だって……」
「はい」
「…………」
「説明できないのですか?」
「うわあああああん!」
おおかみは、その場で泣き出しました。
「だって、だって、ぼく……!どうしたらいいかわからないんだもん!」
赤ずきんは眉をひそめました。
「泣いても問題は解決しません」
「わかってるよおおお!」
「では、泣きやんで事情を説明してください」
「そんなの無理だよおおお!」
とうとう、おおかみは走り去ってしまいました。
森の奥へ、耳をぺたりと伏せ、涙をぽろぽろこぼしながら。
赤ずきんは、その後ろ姿を見送ります。
「……不審な行動ですね」
手帳を取り出し、さらさらと書き込みました。
『おおかみ。祖母宅への訪問を不自然に妨害。理由の説明を拒否。精神的に不安定な様子。要注意』
そして、再び歩き始めました。
「やはり、安否確認を急いだほうがよさそうです」
この時点で、おおかみの作戦は、すでに半分ほど失敗していました。
残り半分も、そう長くはもたないでしょう。
なにしろ相手は赤ずきんです。
彼女に秘密を隠し通すのは、鍵のかかった金庫を開けるより難しいのです。




