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ルパーティア(改正前)  作者: OHISUN
エラグレア・アカデミー編

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第五章 空白の少年と十五歳の失踪者

クラリスの窓の工房では、オスヴァルトが静かに硝石晶を加工していた。


炉の中で、硝石晶がゆっくりと熱を帯びていく。


淡い光を宿した結晶は、時間をかけてやわらかくなり、やがて溶けた硝子のように形を変え始めた。


オスヴァルトは、メルドを使っていない。


炉で熱し、道具で整え、息を合わせるように少しずつ形を与えていく。


それは、今では珍しくなった古来からのガラス加工の方法だった。


メルドならば、一瞬で形を生み出せる。


けれどオスヴァルトは、あえて時間のかかるやり方を選んでいた。


火の揺らぎを見て、硝子の柔らかさを読み、指先と道具でわずかな歪みを整える。


その姿には、長い年月をかけて積み重ねてきた職人の静けさがあった。


ネリィは、少し離れた場所からその様子を見つめていた。


硝子が形を変えていく。


けれど、リュドのメルドとはまったく違う。


リュドの手から生まれる硝子は、まるで心が光になって流れていくようだった。

一方、オスヴァルトの手元では、火と道具と時間によって、硝子がゆっくりと目を覚ましていくように見えた。


ネリィはしばらく黙って見ていたが、やがて小さく口を開いた。


「ねぇ、オスヴァルトさん」


「なんだ」


オスヴァルトは手を止めずに答える。


ネリィは少し迷ったあと、尋ねた。


「リュドには、どうしてグラセルがいないの?」


オスヴァルトの手が、ほんのわずかに止まった。


ネリィは続ける。


「みんな、いるんでしょう? 十五歳になったら、グラス・レーヴをして……自分のグラセルが生まれるって、リュドから聞いたわ」


炉の火が、静かに揺れる。


オスヴァルトはしばらく黙っていた。


そして、ゆっくりと道具を置いた。


「それは、私にもわからん」


「オスヴァルトさんにも?」


「ああ」


オスヴァルトは、炉の中で光る硝石晶を見つめる。


「十五歳の年にグラス・レーヴを行うことで、グラセルが生まれる。これは、今のヴィトラリスでは当たり前のことだ」


ネリィは黙って聞いている。


「原初グラセル、アステル。あの存在が、メルドを含めた“心を形にする力”を人々に与えたと言われている」


オスヴァルトの声は低く、静かだった。


「その力によって、人は硝石晶に心を宿すようになった。そうして生まれるのが、グラセルだ」


「心を、宿す……」


ネリィは自分の胸に手を当てる。


そこには、昨夜リュドが触れた時に光った場所がある。


オスヴァルトは続けた。


「普通なら、十五歳を過ぎた者にはグラセルがいる。職人であれ、騎士であれ、商人であれ、形は違ってもな」


「じゃあ、リュドは……」


「リュドは、グラス・レーヴで心を与えられなかった」


その言葉は、工房の中に静かに落ちた。


ネリィは目を伏せる。


「心を、与えられなかった……」


「本人は、そう思っている」


オスヴァルトは、少しだけ苦い顔をした。


「グラス・レーヴ以来、リュドは自分自身を“空白”だと思っている。自分には、硝石晶に宿せる心がないのではないかと」


ネリィは何も言えなかった。


昨日、リュドは優しくしてくれた。


何もわからない自分に、怖がらせないように言葉を選んでくれた。


外に出てはいけない理由も、ちゃんと説明してくれた。


不安にならないように、笑ってくれた。


そんな人に、心がないはずがない。


「……違うわ」


ネリィは小さく言った。


オスヴァルトが彼女を見る。


ネリィは、少しだけ強く言い直した。


「リュドに心がないなんて、違う」


オスヴァルトはしばらくネリィを見つめていた。


そして、静かに頷く。


「ああ。私もそう思っている」


炉の火が、硝子の表面を赤く照らす。


「リュドは強く、優しい子だ」


オスヴァルトの声には、祖父としての確かな想いがあった。


「ただ、あの子自身がそれを信じきれていない」


ネリィは、工房の入口の方を見る。


リュドが出ていった扉。


特訓へ向かうために、まっすぐ歩いていった背中。


「リュドは……何を証明したいの?」


オスヴァルトは少しだけ目を伏せた。


「自分にもできることがあると、証明したいのだろう」


「グラセルがいなくても?」


「ああ」


オスヴァルトは再び道具を手に取った。


「グラセルがいなくても、自分はここにいていい。誰かの隣に立っていい。そう思いたいのだ」


ネリィは、胸の奥が少し痛むのを感じた。


昨日、自分を直してくれたリュドの手を思い出す。


あの手は、優しかった。


欠けた自分を、無理に変えようとはしなかった。


壊れた部分を責めることもなく、ただそっと補ってくれた。


「……私」


ネリィは小さく呟いた。


「リュドのこと、もっと知りたい」


オスヴァルトは、手元の硝子を見つめたまま、静かに言った。


「ならば、見てやってくれ」


「見る?」


「リュドが何を作り、何を守ろうとしているのか」


炉の光が、オスヴァルトの横顔を照らす。


「あの子は、自分では気づいていないだけで、いつも誰かのために手を動かしている」


ネリィはその言葉を、胸の中で静かに受け止めた。


工房には、硝子を熱する音が小さく響いていた。


火と光の中で、オスヴァルトの手元の硝子は、少しずつ形を変えていく。


まるで、人の心が時間をかけて形になるように。


そうしていると、店の入口に取り付けられた小さな鈴が鳴った。


カラン、と澄んだ音が工房まで届く。


オスヴァルトの手が止まった。


店先から、複数の足音が聞こえる。


鎧の擦れる音。


床を踏む、規則正しい歩調。


そして、グラセルの気配。


「……」


オスヴァルトは、静かに工房の入口へ視線を向けた。


店内に入ってきたのは、グランシエル騎士団の騎士たちだった。


その傍らには、それぞれのグラセルが控えている。


先頭に立つ女性が、店内へ向けて声を放った。


「グランシエル騎士団のアルヴェインだ。失踪事件に関する調査に協力してほしい」


セイラ=アルヴェイン。


その名を聞いた瞬間、オスヴァルトはわずかに目を細めた。


そして、すぐにネリィへ低く言う。


「地下に隠れていなさい」


ネリィは一瞬だけ不安そうにオスヴァルトを見た。


だが、すぐに小さく頷く。


「……はい」


音を立てないように身を引き、ネリィは地下へ続く扉の方へ向かった。


オスヴァルトはそれを見届けると、何事もなかったかのように工房から店内へ戻った。


「すまない。用を足していた」


穏やかな声だった。


「何か御用かな?」


店内には、白銀の鎧をまとった騎士たちが立っていた。


その中央にいるセイラは、オスヴァルトへ一礼する。


「突然の訪問、失礼する。グランシエル騎士団団長、セイラ=アルヴェインだ」


「これはご丁寧に。クラリスの窓の店主、オスヴァルト=グラスフェルドだ」


セイラは懐から書状を取り出した。


「失踪事件に関する捜索令状だ。店内、工房、居住区を確認させてもらいたい」


オスヴァルトは書状に目を通し、静かに頷いた。


「なるほど。協力しよう」


「感謝する」


セイラが合図を送ると、数名の騎士が店内と工房へ分かれて入っていった。


グラセルたちも、静かに周囲を確認していく。


オスヴァルトはその様子を横目で見ながら、セイラに尋ねた。


「失踪の件は、どこまでわかっているのだろうか」


セイラは一瞬だけ口を閉ざした。


「詳しい情報は伝えられない」


そう前置きしてから、少しだけ表情を曇らせる。


「ただ、恥ずかしい話だが……進展がほとんどないのが現状だ」


その言葉は正直だった。


取り繕うことも、騎士団の威厳で隠すこともしなかった。


オスヴァルトは静かに頷く。


「そうか」


そして、少し間を置いて言った。


「どんな者がさらわれている?」


セイラはオスヴァルトを見た。


「なぜそれを聞く?」


「長くこの街で店をやっている。客の中に心当たりがあるかもしれん」


セイラは少し考えたあと、懐から別の紙を取り出した。


「失踪者の名と大まかな身元だけなら公開されている。これがリストだ」


オスヴァルトは受け取り、目を通した。


貴族の子。

商家の子。

工房の見習い。

港で働く若者。


並ぶ名前を、オスヴァルトはゆっくりと追っていく。


そして、ある一点で目が止まった。


「……若者ばかりだな」


「そうだ」


セイラは頷く。


「現時点での共通点は、それくらいだ」


オスヴァルトは、さらにリストを見つめた。


「いや」


低い声だった。


「もうひとつある」


セイラの目が細くなる。


「何だ?」


オスヴァルトは顔を上げた。


「全員、十五歳だ。しかも、グラス・レーヴを行う前の者ばかりではないか?」


その瞬間、セイラの表情が変わった。


静かだった目が、鋭く見開かれる。


「……グラス・レーヴ前?」


彼女はすぐにリストへ視線を落とした。


名前。

年齢。

出身。

失踪日。


ひとつひとつを確認する。


そして、息を呑んだ。


「そうか……」


声が低くなる。


「なぜ、こんな単純なことに気づかなかった」


セイラは自分を責めるように、拳を握りしめた。


「私は、何を見ていた……」


オスヴァルトは静かに言う。


「騎士団の目には、家柄や地域、失踪場所が先に映る。無理もない」


「いや」


セイラは首を横に振った。


「見落としていいことではない」


その声には、団長としての悔しさが滲んでいた。


「十五歳。グラス・レーヴ前。つまり、まだ自分のグラセルを持っていない者たち……」


セイラは小さく呟く。


「犯人は、そこに意味を見ている」


オスヴァルトは黙っていた。


セイラはリストを握りしめる。


「グラス・レーヴ前の若者を狙う理由……」


店内の空気が、さらに重くなる。


その時、奥の部屋を調べていた騎士が戻ってきた。


「団長。店内、工房、居住区に不審なものは見当たりません」


セイラは頷く。


「わかった」


彼女はオスヴァルトへ向き直る。


「協力に感謝する、グラスフェルド殿」


「役に立ったなら何よりだ」


「大いに役に立った」


セイラの声は真剣だった。


「この情報は、すぐに共有する」


オスヴァルトは静かに頷く。


「早く見つかるとよいな」


「ああ」


セイラは一度、店の奥へ視線を向けた。


ほんの一瞬だけだった。


だが、オスヴァルトはその視線に気づいていた。


セイラは何も言わなかった。


ただ、騎士たちに撤収を命じる。


「行くぞ」


騎士たちは一斉に動き出した。


店の扉が開き、再び鈴が鳴る。


カラン。


グランシエル騎士団が去ったあと、クラリスの窓には静けさが戻った。


オスヴァルトはしばらく閉じた扉を見つめていた。


そして、誰にも聞こえないほど小さく呟く。


「……グラス・レーヴ前、か」


その顔には、深い不安が浮かんでいた。


ーーー

ーー


夕暮れ時。


エラグレア・アカデミー裏の雑木林には、何度も地面を蹴る音が響いていた。


「ど、ドラン……ちょっと休ませてくれ!」


リュドは息を切らしながら、必死に木々の間を走っていた。


その後ろから、黄色い大きな体を持つドランが迫ってくる。


二本の大きな角を低く構え、リュドの動きを逃さないように追い続けていた。


「あと一セットだ」


ドランは淡々と言う。


「その一セットが長いんだって!」


リュドは叫びながら、横へ飛び退いた。


直後、ドランの角がすぐそばを通り抜ける。


地面に足を取られそうになりながらも、リュドはどうにか体勢を立て直した。


離れる。


避ける。


木を盾にする。


メルドを使う隙を探す。


だが、ドランは簡単には距離を取らせてくれない。


「逃げ足は少し良くなった」


「褒めてるの、それ!?」


「まだ褒める段階ではない」


「厳しい……!」


その様子を、少し離れた場所でガイルとソフィアが見ていた。


ソフィアは小さく笑う。


「ふふ。頑張ってるわね」


「ああ」


ガイルは腕を組みながら、リュドの動きを見つめていた。


いつものように豪快に笑ってはいない。


その表情は、少しだけ静かだった。


「あいつは、頑張りすぎなんだよ」


ソフィアはガイルを見る。


「え?」


ガイルはしばらく黙っていた。


それから、ぽつりと話し始める。


「二年前、エラグレア・アカデミーに入学した時さ。初めてリュドに会った日のこと、今でも覚えてる」


ソフィアは黙って耳を傾けた。


「グラセルを持たずに入学した生徒がいるって聞いて、最初は思ったんだ。どんな金持ちの坊ちゃんが、大金でも積んで入ってきたんだろうってな」


ガイルは自嘲するように笑う。


「ひでえだろ?」


「……少しね」


「だよな」


ガイルは視線をリュドへ戻した。


リュドは、またドランの突進をぎりぎりで避けていた。


肩で息をしながらも、まだ諦めていない。


「でも、初めてあいつのメルドを見た時、すぐにわかった」


ガイルの声が、少しだけ柔らかくなる。


「あいつの努力は本物だって」


ソフィアは、昼間の硝石晶鍛造実技で見たリュドのメルドを思い出した。


迷いのない光。


なめらかに形を変える硝石晶。


誰が見ても、ただの才能では説明できない技術だった。


「たださ」


ガイルは小さく息を吐いた。


「あいつが、自分に足りないものを必死に埋めようとしてるみたいでな。見てられなかった」


「それで、声をかけたの?」


「ああ」


ガイルは頷く。


「最初は、ただ放っておけなかったんだと思う」


そこで、言葉が少し止まった。


「でも……今思えば、どこかで諦めさせようとしてた俺もいたのかもしれない」


ソフィアの表情が変わる。


「どういうこと?」


ガイルは、少しだけ迷うように拳を握った。


夕暮れの光が、木々の隙間から差し込む。


その赤い光が、ガイルの横顔を照らしていた。


「俺、リュドにまだ言ってない秘密があるんだよ」


ソフィアは黙ったまま、ガイルを見る。


ガイルの声は、いつもより低かった。


「リュドはさ、ずっと前に進もうとしてる。グラセルがいなくても、自分にはできることがあるって証明しようとしてる」


視線の先で、リュドがまた走る。


転びそうになりながらも、歯を食いしばって立て直す。


逃げるだけの訓練なのに、その目は真剣だった。


「でも俺は……」


ガイルは唇を噛んだ。


「頑張ってるリュドの邪魔をしてしまうんじゃないかって、ずっと思ってる」


「ガイルが?」


ソフィアは少し驚いたように言った。


「あなたは、リュドを支えているように見えるけど」


ガイルは苦笑する。


「そう見えてるなら、ありがたいけどな」


そして、少しだけ声を落とした。


「俺には、ヴァスレインで置いてきたものがある」


ソフィアは何も言わなかった。


ガイルは続ける。


「本当は、リュドに胸張って言えるような人間じゃねえんだよ。あいつには、前を向けって言ってるくせに……俺自身は、まだ過去に引っかかったままだ」


その言葉に、ソフィアは静かに目を伏せた。


「だからゼクトは、あんなにあなたへ厳しいの?」


ガイルの表情がわずかに硬くなる。


「……多分な」


遠くで、リュドの声が響いた。


「うわっ、ちょ、待っ――!」


ドランの突進を避けきれず、リュドは派手に尻もちをついた。


ドランはその手前でぴたりと止まる。


「今のは判断が遅い」


「わ、わかってる……」


リュドは息を切らしながらも、悔しそうに立ち上がろうとした。


ガイルはその姿を見て、目を細める。


「あいつは、逃げねえんだよな」


その声には、誇らしさと、少しの痛みが混じっていた。


「だからこそ、俺もちゃんと言わなきゃいけないんだろうな」


ソフィアはガイルを見る。


「リュドに?」


「ああ」


ガイルは小さく頷いた。


「でも、まだ少し怖い」


いつものガイルなら、きっと笑ってごまかしていた。


けれど今の声は、驚くほど正直だった。


ソフィアはしばらく黙ってから、静かに言った。


「秘密を話すかどうかは、あなたが決めることだと思うわ」


ガイルはソフィアを見る。


「でも、リュドはきっと、あなたが完璧な人だから友達でいるわけじゃない」


その言葉に、ガイルは目を見開いた。


ソフィアは続ける。


「リュドにとって、あなたはガイルだから大切なんじゃない?」


ガイルは少しだけ黙った。


それから、ふっと笑う。


「……お前、結構いいこと言うな」


「結構は余計よ」


ソフィアが少しだけ眉を寄せる。


その時、リュドが遠くから叫んだ。


「ガイル! これ、あと何セット!?」


ガイルはいつもの調子に戻るように、にやりと笑った。


「あと三セットだ!」


「増えてるだろ!」


「戦士の道は厳しいんだよ!」


「横暴だ!」


雑木林に、リュドの抗議とガイルの笑い声が響く。


けれど、夕暮れの光の中で、ガイルの胸にはまだ言えない言葉が残っていた。


いつか、リュドに話さなければならない。


自分がなぜ、一度努力をやめたのか。


なぜゼクトが、あれほど怒っているのか。


そして、自分が本当に恐れているものは何なのか。


その答えを、ガイルはまだ言葉にできずにいた。


---

--


エラグレア・アカデミー 校長室


エラグレア・アカデミーの校長室は、静かな光に満ちていた。


大きな窓の外には、アカデミーの中庭と、その先に広がるミラフィス工房街の景色が見える。


窓際に立つ老人は、しばらくその景色を眺めていた。


白い髪。


長く整えられた白い髭。


青色のローブには、金色の装飾が細かく施されている。


彼の名は、アゼル=リュミエール。


エラグレア・アカデミーの校長である。


机の上には、いくつもの書類が整えられていた。


その隣には、ガラスでできた一冊の本が静かに置かれている。


ただの本ではない。


硝子の表紙。


透明なページ。


光を受けるたび、文字のような紋様がうっすらと浮かび上がる。


それは、アゼルのグラセル――リエルだった。


その時、扉が軽く叩かれた。


「リュミエール校長、失礼します」


「入れ」


アゼルが静かに答えると、扉が開いた。


入ってきたのは、クロウス先生だった。


「グラセル・レガリアの参加者が決まりました」


クロウス先生はそう言って、一枚の紙を差し出した。


アゼルは窓際からゆっくりと机へ戻り、その紙を受け取る。


そこには、八名の参加者の名が記されていた。


グラセル・レガリア参加者


1 リュド=グラスフェルド

ソルメルリア出身。

グラセルなし。

メルド応用型。


2 ガイル=バーンロート

ヴァスレイン出身。

グラセル:ドラン。

獣型・防御突進。


3 ソフィア=ウォード

ソルメルリア出身。

グラセル:アルシェル。

馬型・機動。


4 ゼクト=クロウベルク

ヴァスレイン出身。

グラセル:シグラ。

刃獣型・精密斬撃。


5 フィリア=レイノート

ソルメルリア出身。

グラセル:エスティス。

杖槍型・間合い制御。


6 ミュリカ=リーフェン

エルネシア出身。

グラセル:ファノル。

鹿型・回避地形利用。


7 ロヴィス=カルメイル

ネルヴァルト出身。

グラセル:ノクタ。

鏡盾型・反射観察。


8 ボルグ=ダイン

ヴァスレイン出身。

グラセル:グラムド。

甲獣型・防御特化。


アゼルは参加者の名をゆっくりと眺めた。


そして、ある名前で目を止める。


「……リュド=グラスフェルド」


その名を口にした時、アゼルの声には、わずかな温かさが混じっていた。


クロウス先生は静かに頷く。


「ええ。本人の希望です」


「グラセルを持たぬまま、グラセル・レガリアへ出るか」


アゼルは紙の上の名を見つめたまま、目を細めた。


そこにあったのは、ただの好奇心ではなかった。


長い年月を越えて胸の奥に残る、深い感慨に近いものだった。


「グラスフェルドの名を持つ子が、己の手で道を開こうとしているのだな」


クロウス先生は、少しだけ校長を見る。


「リュドを気にかけておられるのですね」


「当然だ」


アゼルは静かに答えた。


「私は、グラスフェルド家に恩がある」


その言葉に、部屋の空気が少しだけ落ち着きを帯びる。


「かつて、私がまだ今のように校長などと呼ばれる前のことだ。グラスフェルドの者に救われた。あの家がなければ、私はここに立ってはいなかっただろう」


クロウス先生は何も言わなかった。


アゼルは、遠い記憶を見るように窓の外へ目を向ける。


「だからといって、リュドに特別扱いをするつもりはない。あの子は、自分の実力でこの学院に入った」


「はい」


「だが、見届けたいとは思っている」


アゼルは再び、紙に記されたリュドの名を見る。


「グラセルを持たぬ少年が、何を作り、何を示すのか」


白い髭に指を添え、アゼルは静かに笑った。


「楽しみだ」


それは、面白半分の笑みではなかった。


恩ある家の子が、自分の力で立とうとしている。


その姿を見守りたいという、老人の穏やかな期待だった。


クロウス先生は少しだけ表情を和らげる。


「危険はあります」


「もちろんだ」


アゼルは頷いた。


「だが、あの子が自分で望んだのだろう?」


「はい」


「ならば、見届けるのも教育者の役目だ」


そう言うと、アゼルは机の上に置かれたガラスの本へ視線を向けた。


「リエルよ」


本の形をしたグラセルが、淡く光る。


「はい、アゼル」


透明なページが、ひとりでに開いた。


「参加者を記録し、組み合わせを刻んでくれ。初戦の力関係が偏りすぎぬようにな」


「わかりました。刻みます」


リエルのページに、光の線が走った。


透明なガラスの紙面に、文字がひとつずつ浮かび上がっていく。


やがて、トーナメント表が完成した。


第1試合

リュド=グラスフェルド

フィリア=レイノート


第2試合

ソフィア=ウォード

ボルグ=ダイン


第3試合

ガイル=バーンロート

ロヴィス=カルメイル


第4試合

ゼクト=クロウベルク

ミュリカ=リーフェン


アゼルはその組み合わせを見て、ゆっくりと頷いた。


「うむ。良い感じだ」


クロウス先生はトーナメント表に目を向ける。


「リュドの初戦は、フィリアですか」


「杖槍型のグラセルを扱う者だったな」


「はい。間合いの管理に長けた生徒です」


「グラセルを持たぬリュドにとっては、最初から難敵だ」


アゼルは静かに言った。


「だが、だからこそ良い」


クロウス先生は黙って校長を見る。


アゼルは、紙に刻まれたリュドの名を指先でそっとなぞる。


「証明したい者には、証明するに足る壁が必要だ」


その言葉に、クロウス先生は少しだけ目を細めた。


「……校長は、リュドが勝つと思いますか?」


アゼルはすぐには答えなかった。


しばらく窓の外を眺めたあと、静かに微笑む。


「勝つか負けるかは、あの子次第だ」


そして、ゆっくりと言葉を続ける。


「だが、グラスフェルドの子だ。きっと何かを見せてくれる」


リエルのページが、静かに光を帯びる。


そこに刻まれた八名の名。


グラセルを持つ者たち。


国を背負う者たち。


誇りを抱く者たち。


そして、その中にただ一人。


グラセルを持たない少年の名があった。


アゼルはその名を見つめ、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。


「見せておくれ、リュド=グラスフェルド」


その声には、恩義と期待が静かに宿っていた。


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