表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルパーティア(改正前)  作者: OHISUN
エラグレア・アカデミー編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/14

第十一章 逃げた先に待つもの


ガイルとソフィアは、少し離れた木陰からその様子を見ていた。


リュドとネリィ。


そして、金色の髪を持つ青年。


最初はただの通りすがりかと思った。


だが、王国の紋章をつけた近衛騎士が現れ、その青年に向かって頭を下げた瞬間、ソフィアは思わず声を漏らした。


「レオニス王子……!?」


信じられないという表情だった。


ソルメルリア王国の王子。


レオニス=セレディア。


その名を知らない者はいない。


しかも、彼はリュドと親しげに話していた。


友人と呼び、剣術の指南まで手配しようとしていた。


ソフィアは驚きのあまり、しばらく言葉を失っていた。


その隣で、ガイルは黙っていた。


「……」


彼の顔は、どこか悔しそうだった。


いや、悔しいというより、苦しそうだった。


ソフィアはそれに気づき、そっと声をかける。


「ガイル?」


ガイルは答えなかった。


ただ、レオニス王子が去っていく背中を見つめていた。


やがて、レオニスと近衛騎士の姿が見えなくなる。


ガイルとソフィアは、リュドとネリィのもとへ向かった。


それに気づいたリュドは、ぱっと顔を上げる。


「ガイル! ソフィア!」


ネリィも小さく手を振った。


「二人とも、遅いじゃないか。待ったよ」


リュドはいつものように笑って言った。


その明るさが、ガイルには少し眩しく見えた。


ソフィアが少し困ったように笑う。


「ちょっとね。昨日、色々あったから」


「色々?」


リュドが首を傾げる。


その瞬間、ガイルの顔がわずかに歪んだ。


昨日。


ヴェルナ。


砕かれた戦斧。


ソフィアへ向けられた刃。


自分の無力さ。


それらが一瞬で胸の奥から蘇る。


ソフィアはガイルの表情を見て、すぐに言葉を飲み込んだ。


「ううん。なんでもないの」


「そっか」


リュドは深く追及しなかった。


「それじゃ、特訓しようよ」


そう言って、リュドはガイルを見る。


「ガイル先生。今日は何するんだ?」


いつもの調子だった。


昨日までと同じように、ガイルに教えてもらうつもりでいる声だった。


だが、その言葉に、ガイルの胸が重く沈んだ。


先生。


自分が。


昨日、何もできなかった自分が。


ガイルは少しだけ俯いた。


「……良かったじゃねぇか」


「え?」


リュドは聞き返す。


ガイルは顔を上げないまま言った。


「教えてくれる人が、見つかったんだろ?」


「何言ってるの?」


リュドは意味がわからず、眉を寄せる。


ガイルはリュドを見る。


その目には、いつもの豪快さも、からかうような明るさもなかった。


「俺よりもいい先生、見つかったじゃねぇか」


ソフィアがまずいと思い、一歩前へ出る。


「ちょっと、ガイル?」


リュドもようやく気づく。


「さっきの、見てたの?」


「ああ」


ガイルは短く答えた。


「だったら、なんで来ないんだよ」


リュドの声には、少しだけ責めるような響きがあった。


本気で怒っているわけではない。


ただ、いつものガイルなら、面白がって飛び込んでくると思ったのだ。


けれど、ガイルは黙っていた。


「……」


沈黙の中、風が木々を揺らす。


ガイルは、ぎゅっと拳を握った。


「……俺なんかが」


小さな声だった。


リュドには、最初よく聞こえなかった。


「え?」


ガイルは少しだけ声を大きくする。


「俺なんかが、お前の足枷になってちゃ駄目なんだ」


「足枷?」


リュドの表情が変わる。


「何言ってるんだよ」


ガイルは無理に笑おうとした。


けれど、笑顔にはならなかった。


「リュド。お前は、俺から学ぶことなんてない」


その言葉に、リュドの胸がざわついた。


「はあ!? 何言ってるんだよ、勝手に」


リュドは一歩踏み出す。


「俺はガイルに教えてほしいから、ここに来てるんだよ」


ガイルは目を逸らした。


その言葉が、今は痛かった。


リュドは自分を信じてくれている。


頼ってくれている。


だからこそ、苦しかった。


昨日、自分はソフィアすら守れなかった。


ヴェルナに手も足も出なかった。


自分の怒りで作った戦斧は砕かれた。


そんな自分が、リュドに何を教えられるというのか。


「悪い」


ガイルはそれだけ言った。


そして、背を向けた。


「おい、ガイル!」


リュドが呼ぶ。


だが、ガイルは振り返らなかった。


そのまま、雑木林の奥へ走り出す。


「ガイル!」


リュドは追いかけようとした。


しかし、ソフィアが慌てて声をかける。


「リュド、ごめんね!」


ソフィアは一瞬だけリュドを見た。


その顔には、申し訳なさと、焦りが浮かんでいた。


「昨日のこと、また話すから!」


「昨日のことって――」


「今は、ガイルを追う!」


ソフィアはそう言い残し、ガイルの後を追って走り出した。


リュドはその場に立ち尽くす。


ネリィが不安そうにリュドを見る。


「リュド……」


リュドは、ガイルが消えていった方を見つめたまま呟いた。


「何なんだよ……」


胸の奥に、言葉にできない引っかかりが残る。


ガイルは怒っていたのか。


それとも、傷ついていたのか。


リュドには、まだわからなかった。


ただ一つだけわかった。


昨日、自分の知らないところで、ガイルに何かがあったのだ。



ーーー

ーー


ガイルは走った。


木々の間を抜け、雑木林を飛び出し、エラグレア・アカデミーへ続く道をひたすら走る。


誰の声も聞きたくなかった。


リュドの声も。


ソフィアの声も。


自分を呼ぶ声も。


胸の奥で、昨日の言葉が何度も響いていた。


――弱いわね。


ガイルは歯を食いしばる。


違う。


違うと言いたかった。


けれど、言い返せなかった。


十年前も、昨日も、自分は何もできなかった。


やがて、エラグレア・アカデミー手前の橋まで来たところで、ガイルは足を止めた。


橋の下を、細い水路が流れている。


夕方の光を受けて、水面が鈍く揺れていた。


「……くそ」


ガイルは橋の欄干に手をつき、俯いた。


息が荒い。


胸が苦しい。


走ってきたからではない。


逃げてきたからだ。


「はあ、はあ……」


少し遅れて、ソフィアが追いついてきた。


彼女は膝に手をつき、肩で息をしている。


「ガイル……あんた、どんな化け物じみた体力してるのよ……」


ガイルは振り返る。


「……ソフィア」


「まったく……追いつくこっちの身にもなりなさいよ」


ソフィアは息を整えながら、ガイルを見る。


ガイルは目を逸らした。


「何しに来たんだよ」


「決まってるでしょ」


ソフィアはまっすぐ言った。


「あんたを追いかけてきたの」


「放っとけよ」


「放っとけないわよ」


「お前には関係ねぇ」


その言葉に、ソフィアは一瞬だけ黙った。


そして、はっきりと言う。


「ええ。関係ないわよ」


ガイルが少しだけ目を向ける。


ソフィアは続けた。


「あなたの弟さんのことも、十年前に何があったのかも、私は全部知ってるわけじゃない」


「……」


「昨日、あの女に何を言われたのかも、あなたがどれだけ傷ついたのかも、正確にはわからない」


ガイルの拳が、少しだけ震える。


ソフィアはそれでも目を逸らさなかった。


「でも、昨日のことだけじゃないんでしょ」


ガイルの表情が強張った。


「弟さんのことも、関係あるんでしょ」


「……お前には関係ねぇよ」


ガイルの声は低かった。


拒絶するような声。


けれど、ソフィアは引かなかった。


「ええ! 関係ないわよ!」


その声に、ガイルは思わず顔を上げた。


ソフィアは真剣だった。


「だけど私たち、リュドも含めて友達でしょ?」


ガイルは言葉を失った。


友達。


その言葉が、胸に刺さる。


ガイルは目を逸らした。


「……」


ソフィアは一歩近づく。


「いつまで逃げるの?」


「逃げてねぇ」


「逃げてるわよ」


即答だった。


ガイルは言い返せなかった。


ソフィアは続ける。


「リュドに話してないこともあるんでしょ?」


「……」


「あなた、このままでいいの?」


橋の上に、沈黙が落ちる。


水の流れる音だけが聞こえた。


ガイルは欄干を握りしめる。


力を込めすぎて、指が白くなる。


「そんなこと……」


声が震えた。


「そんなこと、わかってる!」


叫ぶような声だった。


けれど、すぐに弱くなる。


「わかってるんだ……」


ガイルは俯いた。


「でも、どうすりゃいいんだよ」


その声は、いつものガイルのものではなかった。


豪快で、明るくて、誰かを引っ張る声ではない。


迷っている少年の声だった。


「俺は、強くなったつもりだった」


ソフィアは黙って聞いていた。


「ドランもいる。昔より戦える。メルドだって、あの頃よりずっとできる」


ガイルは歯を食いしばる。


「なのに、あいつの前じゃ何もできなかった」


十年前と同じ。


その言葉は、言わなくても伝わった。


ソフィアは静かに問いかける。


「ねぇ、ガイル」


ガイルは顔を上げない。


「強くなりたいんでしょ?」


「……あぁ」


小さな返事だった。


けれど、迷いはなかった。


「強くなりたい」


ガイルはようやく顔を上げた。


その目は赤く、悔しさを押し殺していた。


「もう二度と、あんな思いしたくねぇ」


ソフィアは頷いた。


「だったら、今から私について来て」


「……は?」


ガイルは眉をひそめる。


「どこにだよ」


「いいから」


ソフィアは背を向けて歩き出す。


「今のあなたに必要な場所」


「なんだよそれ」


「文句言う元気があるなら歩けるでしょ」


ガイルはしばらくその背中を見ていた。


正直、意味はわからなかった。


けれど、ソフィアの声には迷いがなかった。


そして今のガイルには、自分一人で答えを出せる気がしなかった。


「……わかったよ」


ガイルは小さく息を吐き、ソフィアの後を追う。


橋の下では、水が静かに流れていた。


逃げてきた場所から、少しだけ前へ進むように。


ガイルは、ソフィアの背中を追って歩き出した。。


---

--


しばらく歩いた二人は、一軒の家の前に着いた。


エラグレア・アカデミーから少し離れた場所にある、落ち着いた造りの屋敷だった。

派手さはない。


けれど、門や壁の手入れは行き届いていて、どこか規律を感じさせる家だった。


ガイルは門の前で足を止める。


「ここは?」


ソフィアは少しだけ嫌そうな顔をした。


「ここよ」


「誰の家だ?」


「本当は来たくなかったんだけど……ここは――」


その時だった。


家の中から、ばたばたと慌ただしい足音が聞こえた。


次の瞬間、勢いよく扉が開く。


「この匂いは!」


栗毛の短髪をした男が、満面の笑みで飛び出してきた。


「可愛い愛しのソフィアじゃないか!」


「うわ」


ソフィアの顔が一瞬で冷める。


男は両腕を広げ、ソフィアへ突進するように近づいた。


「ソフィアー!」


抱きしめようとした瞬間。


ソフィアの拳が、男の腹へ綺麗に突き刺さった。


「ぐはっ!」


男はその場で膝をつく。


ガイルは目を丸くした。


「……え?」


男は腹を押さえながら、涙目でソフィアを見上げる。


「ソ、ソフィアちゃん……ひ、ひどい……」


ソフィアは冷たい目で見下ろした。


「だから来たくなかったのよね」


ガイルは困惑したまま、小声で尋ねる。


「だ、誰?」


ソフィアはため息をついた。


「兄のアーヴィンよ」


「兄?」


「アーヴィン=ウォード。私の兄」


アーヴィンはそこでようやくガイルの存在に気づいた。


そして、目を見開く。


「ソフィアが……男を連れている……?」


次の瞬間、彼はふらつきながらも立ち上がった。


「誰だ貴様は!」


「ガ、ガイルです」


ガイルは思わず背筋を伸ばした。


アーヴィンの目が鋭くなる。


「ソフィアに何をした」


「何もしてないっす!」


「ソフィアとどこまで進んだ」


「何も進んでないっす!」


「手は繋いだか」


「繋いでないっす!」


「よし、まだ生かしておこう」


「何なんすかこの人!?」


ソフィアはこめかみを押さえた。


「お兄ちゃん」


その一言で、アーヴィンの表情がぱっと変わる。


「なんだい、ソフィア。兄さんにお願いかい?」


「お願いがあるの」


「ソフィアのお願いなら、兄さんがすべて叶えてあげよう!」


アーヴィンは胸を張る。


ソフィアはガイルを横目で見た。


「彼を強くしてあげて」


「……」


「……え?」


ガイルとアーヴィンの声が重なった。


アーヴィンはぽかんとした顔でガイルを見る。


ガイルも同じようにぽかんとしている。


「どういうことだよ、ソフィア」


ソフィアは腕を組んだ。


「私の家系、ウォード家は先祖代々騎士の家系なの」


「騎士の家系……」


「私はあまり剣術のセンスがないけど、この兄は見た目と言動はかなり腹立つのに、剣のセンスだけは本物なの」


「紹介の仕方ひどくないかい、ソフィアちゃん?」


ソフィアは無視した。


「しかも、グランシエル騎士団の部隊長の一人でもあるわ」


ガイルはアーヴィンを見る。


さっきまでソフィアに殴られてうずくまっていた男。


妹の匂いがどうとか言っていた男。


その男が、グランシエル騎士団の部隊長。


「部隊長……?」


ガイルは一拍遅れて叫んだ。


「ええ!?」


アーヴィンは少しだけ得意げに髪を払う。


「何もそこまで驚かなくてもいいだろう」


「いや、だって結構若いっすよね?」


「まあな」


アーヴィンは軽く笑った。


その瞬間だけ、雰囲気が少し変わった。


軽薄な兄ではなく、場数を踏んだ騎士の顔。


ガイルはそれを見逃さなかった。


ソフィアはすぐに話を戻す。


「で? お兄ちゃん。特訓、つけてくれるの?」


「うーん」


アーヴィンはガイルをじろりと見る。


「なぜ、私がこの男に稽古をつけなければならないんだい?」


「どうせ仕事はファルケン副隊長に任せて、暇してるんでしょ?」


「失礼な。私は今、ソフィアを見つめることで手一杯だよ」


そう言いながら、アーヴィンはガイルに向かって、しっしっと手を振った。


「ほら、君は帰りたまえ。ここはソフィアと兄さんの感動の再会の場だ」


「感動してるの、お兄ちゃんだけだから」


ソフィアはすっと顔を背けた。


そして、わざとらしく寂しそうな声を出す。


「お兄ちゃんなら、ソフィアの頼みを聞いてくれると思ったのに」


アーヴィンの顔色が変わった。


「ソフィア……?」


「私、少しだけ期待してたのにな」


「ソフィアー!」


アーヴィンは半べそになりながら慌てる。


「そんなこと言わないでくれ! わかった! わかったから! 兄さんのこと嫌いにならないで!」


ソフィアは顔を背けたまま、口元だけでにやりと笑った。


「本当?」


「本当だとも! 兄さんに任せなさい!」


「じゃあ、ガイルを鍛えて」


「任せなさい!」


アーヴィンは勢いよく頷いたあと、ようやく自分が何を引き受けたのか気づいたようにガイルを見る。


「……君を?」


ガイルは少し引きつった顔で頷いた。


「あ、はい」


ソフィアは満足げに頷く。


「よし」


ガイルは、今のソフィアの顔を見て少しだけ引いていた。


「……ソフィア、お前、けっこう悪い顔するんだな」


「何のことかしら?」


ソフィアは涼しい顔で答える。


アーヴィンはまだ少し不満そうにガイルを見ていたが、すぐに表情を切り替えた。


「まあ、ソフィアの頼みなら仕方ない」


彼は一歩、ガイルに近づく。


その瞬間、空気が変わった。


さっきまでの妹大好きな変な男ではない。


目の前に立つのは、グランシエル騎士団の部隊長。


アーヴィン=ウォード。


彼はガイルを上から下まで観察する。


「名前は?」


「ガイル=バーンロートです」


「ヴァスレインのバーンロート家か」


アーヴィンの目が少しだけ細くなる。


「なるほど。なら、鍛えがいはありそうだ」


ガイルは思わず息を呑んだ。


アーヴィンは、にこりと笑う。


「ただし、私の稽古は甘くないよ」


ソフィアが横からぼそりと言う。


「普段は甘ったるいのにね」


「ソフィアちゃん、それは兄さん傷つくなぁ」


だが、その目は笑っていなかった。


アーヴィンは静かに言った。


「強くなりたいんだろう、ガイル=バーンロート」


ガイルは拳を握る。


「……はい」


「なら、泣き言は聞かない」


さっきまでふざけていた男の声とは思えないほど、低く、真剣だった。


ガイルはその声に、背筋を伸ばした。


「お願いします」


アーヴィンは満足そうに頷く。


「よし。まずは庭に出ようか」


そして次の瞬間、いつもの調子に戻った。


「ソフィアはそこで兄さんの格好いい姿を見ていておくれ!」


「嫌よ」


「即答!?」


ガイルは、そのやり取りを見ながら、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。


昨日からずっと胸に張りついていた重いものが、ほんの少しだけ薄くなった気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ