6 夜中のクレーム
夜中にドアを叩く音がした。よっぱらいがどこかの部屋と間違えているのだろうと放っておいたが、あまりにしつこいので、フレデリカは寝ぼけ眼で
「どなたですか?」
と尋ねると、
「起きろ! ガス燈がつかなくなっているぞ!」
と怒鳴り声がした。外にいるのは声からしてマニングと思われた。
こんな夜更けに宿屋で声を張り上げるなんて、迷惑極まりない。
「あー、はい、明日一番に…」
と答えたが、
「今すぐ何とかしろ! 今すぐだ!」
と聞く耳を持たない。
声もドアを叩く音もしつこいので、すぐに着替えて待っていた馬車に乗り込むと、車内ではずっと愚痴の連続だった。
「全く、あれほど魔力切れのないようにと言っておいたのに」
「すみません…」
「ヘンデル伯爵様がたいそうお怒りだ。早く灯りがつくよう、魔力を十二分に注入するんだぞ! ぬかりなくだ!」
恐らくマニングがそのヘンデル伯爵とやらから叱られたのだろう。その腹いせとばかりしつこくしつこく愚痴り続けるが、給料日前だ。ここは我慢しかない。
ついた場所は中央通りより東の北側で、金持ちや貴族の館が多く建っている場所だが、あたり一帯のガス燈は消えていた。
フレデリカは持って来ていた地図を確認したが、この付近にはフレデリカが担当する魔石の印はなかった。
「ここは地図にありませんけど」
しかしマニングは胸ポケットからペンを出すと雑に印をつけた。
「つべこべ言わず、とっととガス燈がつくようにしろ!」
馬車が止まるなり、マニングはフレデリカの腕をつかんで立ち上がらせると、馬車の外に突き飛ばした。
つんのめって地面に両手と膝をついたフレデリカは、自分も降車しようと右足を上げていたマニングの左足を空気で押した。マニングはバランスを失って車内でひっくり返り、
「ぐえっ」
とカエルが潰れたような声が聞こえた。
フレデリカは手にしていた地図をひっくり返ったままのマニングに突き付けた。
「ここは地図にありませんよ?」
さっきマニングが書き加えた印はどこにもなかった。
「私の落ち度ではありませんけど、ここのメンテナンスは必要ですか? 追加料金をいただけるなら対応しますが」
「なにぃ、生意気なっ」
フレデリカの胸ぐらをつかんだところで、馬車の音を聞きつけたヘンデル伯爵家の家令が走り寄って来た。
マニングはフレデリカから手を離すと、揉み手しながら家令に笑顔を向けた。
「いやあ、申し訳ございません。担当者の手抜かりがあったようで、すぐに」
「担当は私じゃないですよ。他に担当の方がいるならその人を呼べば」
「おまえは黙ってろ! 大変ご迷惑をおかけしておりますが、すぐに対応いたしますので、へへへ」
マニングはフレデリカの頭を手で押さえて無理矢理下げさせたが、それでもなおフレデリカは引き下がらなかった。
「私が仕事を失敗したように言われるのは心外です」
「黙れと言ってるだろう!」
「私の責ではないと認めてくださいますか?」
「いいからとっとと仕事するんだ」
「なら追加料金を」
「しつこい」
「給金3割増」
「ぼったくるのかっ! こんなのは給料のうちだ」
「夜間料金の加算も」
粘るフレデリカとマニングを前に
「料金でしたら当家でお支払いしますので、お急ぎいただけますかな」
家令は口調は穏やかだったが二人のやり取りに鋭い目線を送っていて、マニングはうろたえて声が出なかった。
つかさずフレデリカは
「銀貨5枚」
と手を広げた。
「3枚で充分でしょう」
「寝てたところを起こされたんですよ? 5枚はいただきたいです」
「では、屋敷の中の魔石の充填も含めて5枚でいかがです?」
「…承知しました。お屋敷の魔石はどちらですか?」
フレデリカはまず屋敷の中にあった魔法回路を見てみたが異常はなく、屋敷に設置された魔石にはまだ半分以上魔力が残っていた。魔力を補充したが、やはり明かりはつかない。
「ここにつながる回路は…。この近くに街燈用に使われている魔石はありますか?」
さすがに家令には街の街燈の魔石のありかはわからなかった。
マニングは役所に務めながらフレデリカに渡した地図の場所以外はどこに魔石があるかもわかっていない。設備の拡張をするがままに任せ、記録を取っていないのだろう。管理が行き届いていない。
フレデリカは入口のカギとなる石を取り出すと探知の魔法をかけた。すると石が光り、フレデリカが石を周囲にかざすと方向により光が強弱した。強く輝くのは一番近かった伯爵家の魔石の方向。続いて街燈の一基に反応があり、柱にあった蓋を開けて中を覘きこむと魔石が入っていたが、魔力は完全に空になっていた。
その石に魔力を注ぎ込むと、柱の上の街燈に明かりが灯り、明かりは少しづつ離れた所へと円心状に広がっていき、伯爵家にも明かりが灯った。ガス燈の安全装置が解除され、遮断されていたガスが通ったようだ。
魔法回路に逆流して探索の魔法を流すと、中央下水道に近い魔石から魔力を補給する回路が途中で切れていることがわかった。
「この近くの魔法回路が切れてます。…このあたりかな。修理を依頼すれば直りますよ」
フレデリカが指さした部分をちらっと見て、マニングは
「回路の故障なら仕方がない」
と言い訳のようにつぶやいたが、フレデリカに謝ることはなかった。なのでフレデリカもあえて直しましょうかと尋ねなかった。場所が特定できているので数秒で直せるのだが、まあ魔石に魔力があるうちに誰かが直せばいいだろう。
無事明かりがつき、あれ以上伯爵のご機嫌を損ねずに済んだらしい。家令はフレデリカに約束通り銀貨5枚を渡した。ヘンデル伯爵家では自身の敷地内の魔石には自費で定期的に魔力を補充していたようだが、ホクホク顔を見ると、いつもの魔石充填代より安かったか、大差ない値段で夜間作業料金も支払えたか、いずれにしても伯爵家に損はなかったようだ。
したたかな家令だが、自分の家の魔力補充にはきちんと金を払っており、復旧のための金も出す心づもりがある。貴族としてはまっとうな方だ。
フレデリカに余分な金を支払わずに済んだマニングも怒りは消え、一人でさっさと自宅に帰っていった。
フレデリカも宿まで馬車を使わせてもらえ、うっすらと夜が明けてきた街に背を向け二度寝した。
起きてから宿屋のおかみに昨夜の騒ぎの詫びの菓子折りを持って行った。高級菓子に銀貨1枚を使ったのは痛い出費だが、平和な暮らしのための必要経費だ。




