4 下水道探索1 魔法都市下水道(東側)
古い地図では中央通りの東側は通り二本分ほどしかなかったが、その後街は広がり、東側も西側に引けを取らない賑わいになっている。多少アップダウンがある丘陵地帯に真っ直ぐに道が伸び、そこから分岐するように街が広がっている。
魔力の注入がてら、フレデリカは下水道を探索してみることにした。
魔石の近くに張られた臭いよけの膜の向こう側に足を踏み入れ、臭いや虫、ネズミなどを遠ざける魔法を自分の周囲5メートルに展開すると、遠くの方でざわざわとうごめく気配がした。数匹刃向かってくるモノもいたが、電撃を浴びて汚水に沈み、やがて静まった。
地下水路内は中央に水が流れ、その左右は段差があって水が少ない時は人が歩けるようになっていた。高さも充分だ。
東側にのびる下水道は途中からレンガ造りではなくなった。ここまでがヘクターが作ったもの、ここから先はグレアムの時代に作られたものだろう。
魔法で土を固めた1メートルほどの四角いトンネルパーツをいくつもつなぎ合わせて水路にしてあるようだ。トンネルパーツには同じ位置に同じ魔法陣が複製されている。合理的だが、あまり美しくない魔法陣だ。サンプルをもとに土魔法を使える者数名が手分けして作り上げたのだろう。パーツごとに若干の癖があり、魔法陣の複製が苦手な者もいたようだ。
大仕掛けな土魔法でトンネルを掘りながら同時にパーツを作り、つなげて下水道にした、といったところか。ずいぶん突貫工事な印象を受けた。
魔石と魔法陣をつなぐ回路はグレアム一派、本人または弟子が組んだものと思われた。やはり下水道でグレアムが関わっているのは魔法回路だけだ。
魔法陣のある側に人が歩けるような段差が作られているが、50センチほどの幅で、決して背の高くないフレデリカでも少しかがまないと歩けない。中央下水道のように人が入ってメンテナンスすることを前提としていないようだ。地上との出口も魔石がある場所に限定されている。もらった地図では魔石があるのは中央下水道の周辺で、東西に延びる下水道の奥には「公営」の魔石は設置されておらず、出口があるかも怪しい。
街の東側はなだらかな丘になっており、途中までは中央下水道より高いが、更にその先は下水道より低い位置にある。下水道も下っているが、汚水は勾配を無視して低い所から高い所へ魔法で流れを起こし、中央下水道に向けて流れている。自然の摂理などおかまいなし、魔法頼りで中央下水道へと流しているのだ。
魔法があるからできる技。これが魔法都市のしかけだ。
フレデリカにはこんなことに常時魔力を使うより、下流へと流す下水道をもう一本この東の丘の谷になっているあたりに設置した方が合理的なように思えた。
長年魔法で制御している不自然な流れは、魔力が足りなくなると水流も滞る。足元を探れば下水道周辺の土は経年で緩み、空洞になっている部分もあり、水路はあちこち宙に浮いている状態だ。魔力が切れると重力に従って沈んで歪み、隙間から下水が漏れ出し、汚水が溜まって悪臭の原因になっている。
後付けの水路のパーツに刻まれた魔法陣は作った当時の状態にリセットするためのもので、あの魔石に魔力を注入することで設置された当時の配置に整う。下水道だけでなくその上にある道もだ。なので見た目には魔力さえ注げばメンテナンスは終わる。しかし空洞はそのまま。漏れた汚水の悪臭も魔法で臭いを消しているようだが、汚水は放置されたままなので、永遠の一時しのぎだ。
この状況を地面探査で確認した者はいないのだろうか。
「…うーん、魔法都市、ねえ…」
水路の位置修正と維持を促す魔法陣は複製でありながら均一ではなく、中には隣のパーツとくっつけずミリ単位で振動しているパーツがある。こういう不良品が魔力を浪費し、この揺れがまた周辺の土を崩していくのだろう。試しに魔法陣の薄くなっていた部分を書き足せば振動は止まったが、この先不具合のあるパーツはいくつもありそうだ。
書き直すならともかく、こんな美しくもない魔法陣の上書きになど興味は引かれない。不具合を指摘して大魔法使いグレアム様の魔法にケチをつければグレアム教の面々に睨まれ、下手したら給金をもらえなくなるかもしれない。あるいは「魔力注入の失敗」とみなされ、同じ給料でメンテナンスまで押し付けられれば割り損もいいところだ。
しょせんは一月ほど「魔力」を提供するだけの契約。修繕はこの後に来る魔法使いの仕事で、フレデリカは魔力の補充以外はしないことになっている。まあちょっとした魔法使いならこれくらいの不具合、すぐに見つけて何とかするだろう。
沈黙は金。
そんな言葉を思い出し、契約通り他の魔法陣はそのままにし、ガンガンに減りの早い東側の魔石にほどほどに魔力を足すだけにしておいた。
ガス燈は正真正銘グレアムがこの街にもたらしたものだ。街の北西にある山中から湧き出ているガスを街に巡らせ、明かりをともしている。日が暮れてくると自動で明かりが着く仕組みは精巧なものだが、やはり年月を経て点灯不良を起こしているものや全くつかなくなっているものもある。
ランプ本体のメンテナンスは職人が行っているが、街が拡張され、後付けされた魔法回路がグレアムの時代の回路とうまく連動できていないものもある。そうした場所には別の魔石を設置したうえで独自の回路を組んで動かしているようだ。それも一つや二つではない。
あのメンテナンス本を展示するのではなく、実践に生かせばいいのに…。
中継ぎの魔石は地図には載っていないので役所の管轄ではないと思われたが、中には役所の魔石とつながり、魔力のおこぼれをため込んで作動しているものもある。地図に印がない以上フレデリカはメンテ対象外=個別に魔力を注入する必要なしとみなしたが、これほどまであちこちで魔力が使われていれば、あれほど立派な魔石に込められた魔力があっという間に空っぽになってしまうのも当然だ。
東の山の手にある貴族の家ではガスの配管を家の敷地内に通しているところもあり、より明るくなるよう照明器具を継ぎ足し、自分の家専用の魔法回路を作っている。外の明るさを問わず自由にオンオフできる回路だ。その回路を動かす魔力なら本来その家で補充すべきなのだが、中には街の魔石と回路をつなげている家もある。
…これは魔力の窃盗ではないのだろうか。自分の家のものは自分で払う、「受益者負担」なんて言葉はこの街にはない?
魔石の消費が激しいのには、貴族達のわがままによるものも大きそうだが、それを街が容認しているなら仕方がないことだ。しかしこのまま続けていれば、間違いなく魔力は足りなくなり、街全体が成り立たなくなるだろう。




