3 仕事と趣味と魔法都市の観察
翌日、昨日の下調べで魔力の残りが三分の一を切っていた東側の北の方の魔石を廻り、魔力を補給した。地図上の印に通し番号をつけ、ノートに補給した魔石の番号と日時を書いておく。こうして管理すれば次に行くべき日が割り出せ、うっかり魔力を切らすこともないだろう。
普通なら、雇う側がこれくらいの情報をまとめてあるものだが、魔法使い任せにしているのだろう。
魔力を回復するための休日にはこの街の魔法使いの元を訪ね、蔵書を見せてもらえないか頼んでみた。
魔法使いは突然訪れてきた若い魔法使いに怪訝な顔を見せたが、まず菓子折りを渡し、それなりに名の通っている師匠の名を出して師匠が所蔵している魔導書の写しの一部をちらつかせながら、この街で魔力注入の仕事をしていることを話すと、さすがは師匠のとっておき、魔法使いはすぐに食らいついた。
「まあ、この街のためにあんな仕事を引き受けてくれてるんだし、その文献を見せてもらえるなら…、…特別にみせてやらないこともないが…」
そう言って、自分の持つ魔導書を「その場で見る」+「目の前で一部を書き写す」ことを許可してくれた。
魔法使いは弟子たちを呼び、急いでフレデリカの出した写しを書き写させた。この魔導書の写しはもう十数人に見せているのでレア度は下がるが、秘密大好きな魔法使いは貴重なものほど大事に隠し持つのでさほど問題はないだろう。
見せてくれるのは向こうが書き写しを終えるまでの間。フレデリカは本棚から数冊の魔導書を見繕ってさらりと流し読みした後必要なものを選び、手で書き写しながらメモを取り、興味深いものは腕輪を本に軽くあて、中身を丸ごと記録させておいた。フレデリカの腕輪は魔道具で、そこかしこでかき集めた貴重な文献の複製がごっそり詰まっているが、魔法使いであってもそれに気づく者はほとんどいない。
弟子達が写し終えるまでの世間話によると、この街の魔法使いは魔力注入の仕事は緊急時以外引き受けないそうだ。当然だろう。魔力あっての魔法使い。面白味もなく、魔力だけを取られる仕事など利はない。その程度の仕事を引き受けて食いつなぐしかない、しがない下っ端魔法使いに向ける同情の目線には優越感もにじんでいる。それは師匠も弟子も同じだ。
写しを返してもらい、
「ありがとうございました。大変貴重なものを見せていただき、勉強になりました」
と丁寧に礼をして帰るフレデリカを怪しむ者はいなかった。
フレデリカは宿に戻るとベッドに寝ころび、今日写したばかりの魔導書を再生した。文字よりも絵や魔法陣の写しが難しいのだが、メモっておいた魔法陣の特徴を逃すことなく写せている。上出来だ。こうして魔導書を読む時こそ至福のひと時だった。
図書館ではこの街の成り立ちやグレアムに関する文献を調べてみたが、この街ではグレアムは神と同じ存在になっていて、脚色された伝記からは役に立ちそうな情報はほとんど得ることはできなかった。ここに来る前の街で見た「ガス燈技師」の肩書の方がよほど信用できる。
展示されている「グレアムの魔導書」はグレアムの書いた魔法陣のページを開いていたが、ガス燈周辺の光感知と点消灯を制御するものだ。しかし図に添えられた説明書きからすると、これは「魔導書」ではなく「メンテナンス説明書」ではないのだろうか。図書館で展示するより、役所に置いてガス燈に支障が出た時に活用するとか、設備を拡張するときに参考にするとか、そういう類のもののように思えるのだが…。
図書館員の目を盗んで、「魔導書」とその隣にあった手記にそっと腕輪を当て、後でゆっくり読ませてもらうことにした。
役所で上下水道の地図を見せてもらえば、グレアムがこの街に来る以前からこの街には上下水道が整備されていたことはすぐにわかった。伝記では何でもグレアムの功績になってしまっているが、やはりそんなことはあり得なかった。
文献を掘り探るうちに、グレアムがこの街に来る五十年前にこの街に下水道の基礎を作った人物が見つかった。
領主ベンソン、これは資金提供者だろう。下水道を設計した技師はヘクターとあった。
当時、新たにこの付近の領主になったベンソンは、一代限りの男爵、いわゆる「成金」だった。
街道沿いの小さな村に目をつけ、一大宿場町にすべく開発することにし、王都で建築技師をしていたヘクターを呼び寄せて上下水道と道を整備させた。
元々村では湖の水を街の共同の水場まで引き、炊事や洗濯に使っていた。上水道はその水路を拡張し、水場を増やす形で整備された。下水道の整備は小さな街レベルでは初の試みだったが、工期は長く、ヘクターはここで仕事をするうちにこの地を気に入り、定住することを決めた。
ヘクターが家を建てたのは街から離れた森の中で、仕事中は街の安宿に泊まり、休日になると森の家に戻った。共に暮らす家族はおらず、同行した友人によると池で何かを飼っていたらしく、家のそばにある池を一日中見ていたらしい。何を飼っていたのかははっきりしないものの、餌を投げ与えるとぴちぴちと水面が大きく波立ち、それを見てにやけていた、とある。恐らく魚の類だろう。堅物な彼が笑みを見せるのはその時だけだったそうだ。
趣味のために魔物が出るかもしれない森の中に家を建て、足しげく帰るヘクターは「変人」「奇人」扱いされてはいたものの、その技術力は確かだったので、彼の趣味は「変わり者の道楽」として容認され、ちょっとしたエピソード的に語られ、こうして後世まで伝わってしまったわけだ。さしづめ有名税と言ったところか。
当時ヘクターが整備した上下水道は今の街の西側。ヘクターは魔法使いではなく、工事にも魔法を使うことはなかった。測量し、地質を調査し、計画通り土を掘り、石を積み上げて作られた上下水道は堅牢で、今でも少しの補修で使い続けられている。
西側の魔法装置は後付けされたもので、魔石から回路をたどっても魔力はガス燈の自動オンオフと異常感知に使われている程度だ。魔力の減りはほぼ一定でゆるやか、フレデリカがこの街にいる間一度充填すれば充分持ちそうだった。
西側では時折道路工事をしていて、へこんだ道を修繕していた。大抵ルークが現場にいて、作業員たちに指示を出している。
「お疲れ様です」
と声をかけると、汗をかきながら
「東みたいに魔法で整備していればこんな手間はかからないんだが…」
とぼやいていた。しかしこの世には魔法を使えない人の方が多いのだ。住人を雇い、それが収入になるのも大事なことなのだが。
「この通りの修繕なんか四年ぶりじゃないですか。あんなに頻繁に魔力を入れるよりずっと安上がりですぜ、旦那」
作業員は笑ってそう言っていたが、魔力注入もさほど予算をかけているわけではない。事情を知らない若手の魔法使いをそこそこの値段で雇い、魔力を提供させているだけだ。
作業員たちはレンガを取り除いて積み上げ、へこんだ部分に砕石を敷いて突き、その上に目の細かな土を盛り、また突き固める。水をまき、へこんだ部分に更に土を入れ、しっかりと固まった上にさらに砂を敷き、レンガを敷き直せば作業は終了だ。
フレデリカは途中まで作業を見ていたが、ルークに
「サボってないで自分の仕事をしろよ」
と言われ、
「わかりましたー」
と答えて自分の仕事に向かった。休憩時間にねぎらいがてらそよ風を送ったが、それが魔法だと気付く者はいなかった。




