2 魔法都市での仕事
翌日、雇用先である役所に行くと、魔法設備課のジャレット・マニング氏がこの街のいわれについて滔々と説明してくれた。
「この街は今から70年ほど前に大魔法使いグレアム様が構想し作り上げた、この国、いや世界でも有数の魔法都市である」
フレデリカの関心の有無などお構いなく、とかくしゃべる。その説明に一時間。時間給なら得した気分になれたかもしれないが、フレデリカは固定給。とっとと仕事を終えればその分休めるのに、こんな長話に時間を取られるのはあまりありがたくはなかった。
しかし、マニングが魔法使いグレアムを神のように信奉していることはその話っぷりからもよくわかったので、ここは気持ちよく語らせ、
「すばらしいですねー」
「さすがです」
「なるほど」
と感心したふりをしておくことにした。
そのたびに
「おまえのような凡庸な魔法使いにはわからないだろうが」
と皮肉をかぶせてくるが、どうせ一カ月で離れる職場だ。皮肉を聞き流すのも給料のうち。そう長い付き合いにはならないのだから、
その後、ようやく仕事の説明になった。
街の地図を渡され、実際に見た方がわかりやすいと現場に行くことになった。マニングともう一人、ルークという男が同行した。
地図に印がついているところに行くと、マニングはポケットから何かを取り出した。壁に近づけると壁から六芒星の光が浮き出てきて、そこにその何かを当てると、手の中が一瞬光ったと思うと目の前の壁がなくなって通路が現れた。魔法仕掛けの隠し通路だ。
「この石が通路の鍵になっている。近くに行けば石がこの通路の場所を示してくれるからな。通路を通って奥にある魔石に魔力を注くのがおまえの仕事だ」
三人が通路をくぐると数秒後に入口は閉ざされたが、ルークが手にしていたカンテラが周囲を照らしてくれた。このカンテラもまた魔道具だ。
道はゆっくりと下り、しばらく歩くと、鼻につく異様な臭いが漂ってきた。
「…まったく、また臭いが漏れ出てるな」
マニングは顔をしかめ、ハンカチで鼻を覆った。
大して距離はなかったが、奥に行くほどに悪臭もひどくなる。
「この先は下水道だ。普段ならここまで臭いは来ないんだが…。ほら、これだ。ここに魔力を注ぎ込むんだ」
マニングが指さす先には、台のような石柱の上に拳大の魔石が埋め込まれていた。かなり大きな結晶で色が濃いのに透明度が高い。これなら相当魔力をため込めるだろう。
フレデリカが魔石に手をかざすと、思いのほか魔力を吸い取られた。初級の魔法使いなら目を回し、この場で身動きできなくなっていたかもしれない。求人には注意書きが必要な案件だ。
注いだ魔力は回路を通して一部は上に、一部は下水道の内部に向かって流れ、下水道の奥の方で小さく揺れた後、ジュボゴボと乱れていた水音がザアアアッと一定の流れに変わった。
フレデリカは二人に気付かれないように地面を軽く踏みしめ、魔法を流して周囲の様子をうかがった。下水道に向かった魔力は回路を伝わり遠くに仕掛けられた魔法陣に吸い込まれて下水道の歪みを修正し、滞っていた流れを整えたようだ。上に向かった魔力はガス燈に通じ、周囲の明るさに反応して自動的に点消灯させる魔道具の動力源になっている。こちらの魔力消費量はさほどでもなさそうだ。
さらに下水道とこの場所の間に透明な膜ができ、膜のこちら側の匂いが吸い取られている。これもまた魔法で制御している。
「ふぅん?」
フレデリカは指で膜に触れてみたが、するりと指は膜を突き抜け移動を妨げない。しかし戻す時には少し抵抗を感じた。下水側から来る臭いや異物を封じるために作られたもののようだ。これはなかなか精巧な作りだ。
街に仕掛けられた中でも一番大きな魔石に魔力を込めてもけろっとしているフレデリカを見て、マニングはよしよしと満足げな笑みを見せた。
このところギルドから派遣されて来る魔法使いは魔石に魔力を込めるのにやたらと時間がかかり、二週間かけても全ての魔石に魔力を込めることができず、早々にやめていったが、これなら間もなく赴任する特級魔法使いが来るまでの繋ぎの役を果たせるだろう。
「この地図は魔石の位置を示している。印の場所を廻り、魔石に魔力を込めるのがおまえの仕事だ。一か月後には専任の魔法使いが来るからな。それまでの間、魔石に魔力を注ぎ、この街のシステムを維持すること。それがおまえの仕事だ。くれぐれも余計なことはするなよ。駆け出しの魔法使いがグレアム様の作った魔法都市に貢献できるのだ。栄誉ある仕事と心得よ」
胸を張って自慢げに語るマニングだったが、フレデリカは魔石をじっくりと観察し、マニングのことなど眼中になかった。
「一回の魔力注入でどれくらい持つんですか?」
グレアムに敬意を示すこともなく実務的な質問をしてきたフレデリカに、マニングは怪訝そうに眉をひそめた。
「次に魔力を注入する目安を知りたいのですが」
マニングが顎でルークに指図すると、ルークが答えた。
「ここは満タンにして二週間程度…かな」
「この魔石で…。…結構魔力の消耗が早いんですね。これが、いち、にい、さん…、十五か所」
「場所によって持ちも違う。ここは中でも減りが早い場所だ。昔はここまで…」
「ウォッフォン! 話は外でしろ。こんなところにいつまでもいたら臭いが移ってしまう」
臭いはもうなくなっているのだが、マニングの要請でとりあえずこの場所を離れることにした。しかし外に出るなり、
「あとはわからないことがあればルークに聞くといい」
そう言うとマニングはこの通路の鍵になっている石をフレデリカに投げ渡し、
「なくすんじゃないぞ」
と言い残して足早に役所に戻っていった。
一応この石も立派な魔道具なのに、雑な扱いだ。
これで説明は終わりらしい。まあ仕事自体はシンプルだ。
その後、ルークと二人で印のある場所を廻って通路を空けるための壁の位置を確認したが、石を持っていれば自然と場所がわかるようになっている。石と壁が引き合うように魔法で仕組んであるようだ。
「なるほどね…」
さすが魔法都市。フレデリカは石と壁面をじっくりと観察し、何度も石をくっつけたり離したりして、魔法の精度を確認した。
三か所目の入口をフレデリカが一人ですんなりと開けると、それを見守っていたルークは
「まあ大丈夫だろう。その調子でやってくれ」
と言って中に入ろうとはしなかった。
「魔力が切れることがないよう頼むよ。ガス燈がつかなくなったり、水が出なくなったり、下水の臭いでも苦情が来るからさ。魔法あっての魔法都市なんだから。じゃ、俺はここで」
ルークには他にも仕事があるらしく、その場で解散になった。これで案内も終わりらしい。
仕事は魔法使いグレアムが作ったらしき魔法仕掛けの街の魔力の補給だけ。回路の修繕とかもできれば面白そうなのだが、それは一月後に来る魔法使いの仕事。余計なことはするなと言われている。駆け出しの魔法使いにいじくられ、不具合でも起こされては困るのだろう。
あまり面白みのない仕事だが、自分のペースでできるならありがたい。魔石の魔力切れさえなければ怒られることもないだろう。グレアムの街づくりの仕組みを十分堪能する時間はありそうだ。
初日のうちにすべての魔石を廻り、通路に入れることを確認して各魔石の魔力の残量をチェックした。言われていた通り魔力の消費は場所によってまちまちで、五分の四が下水道の東側に設置されていて、どれも減りが早い。対して西側の魔石はまだ注入しなくても当面持ちそうだ。
フレデリカの魔力は多い方だが、標準的な魔法使いの魔力を想定して上限を設定し、それを超えない範囲で街にある魔石に魔力を込めていくことにした。回復時間も考え、人並み程度で考えれば三日で五つ補充するペースで進めておけばいいだろう。
フレデリカは家に戻ると銀でできた針金を買って鍵となる石に巻き付け、それに皮紐を括り付けて首にかけた。針金には探知の魔法を仕組んでおいたので、うっかり落としてしまった時にも安心だ。
投げ渡されようと、こんな精巧な魔道具には敬意を払わねば。




