走行会襲撃
### 11-6 走行会襲撃
◆異界|ミユキ ──
学園南側の演習場は、普段より随分と賑やかだった。
門の外には商会の旗が並び、騎士団の略式装備の者が数名、馬を離れて立っている。学園の生徒も、正課が終わった午後を使って集まってきていた。観覧席代わりに並べられた長椅子は、開始前から半分以上埋まっている。
「ジルバーヴィント改!」
本日デモ走行予定のトビアスが大声で叫んだ。
手入れされた銀色の車体が、演習場の奥に待機している。外装は以前より洗練されていた。カウルの端に細い青い光の線が走っており、それが魔力の流れを可視化する魔法陣の表示だ。フレームは軽量化され、足回りは新設計。ミユキとトビアスで詰めた改良が、そこに詰まっていた。
「どうですか? 整備の具合は?」
「ばっちり」とミユキは答えた。「昨日最終確認しました。問題ないですよ」
「完璧ですね!」
トビアスは興奮で頬が赤い。いつもそうだ。自分たちの機体が誰かに見せられる場では、表情の輝度が二段階くらい上がる。
ミユキは演習場を一度見渡す。
最初のうちは天塩にかけた魔動バイクを見世物にすることに抵抗もあったが、今はそんなことを気にしていられる状況ではない。
観客の入り方、騎士団の配置、出入り口の数をチェックする。
もう習慣になっていた。
◇
開始十分前。
ミユキの右横に、ユリウスが来る。
カイルも同時に動いて、ユリウスの斜め後ろに位置した。三人が一つの固まりになる形は、この数日ですでに定着していた。
「聞いてくれ」とユリウスは小声で言った。
「聞いているわ」
「オメガならここを見ているはずだ。公開イベント、防衛意識が高まり、関係者が一箇所に集まる場面。観察に最適だ。小規模でも今日は探りを入れてくる可能性がある」
カイルが短く「根拠を」と言った。敵意ではなく、確認の問いだった。
「オメガの偵察は、防衛の質を測るのが目的の場合、必ず実際に動かす。データが欲しい時は動かす。見ているだけでは足りない」
「確証はないんだな」
「確証はない」とユリウスは認めた。「ただ、こういう場所を見送った事例を俺は知らない」
カイルが一瞬黙った。
ミユキは隣のカイルの顔を見なかった。でも、何かを考えているのはわかった。
「ほとんど確証みたいなものね。準備するわ」とミユキは言った。「何が来るかはわからないけど、来た時に動ける状態にしておく。トビアスには一応伝えておく。騎士団の配置は?」
「六名、外周」とカイルが答えた。「中に一名、観覧席の端に立哨」
「内側をもう一名増やせる?」
「……動かそう」
カイルがその場を離れた。ユリウスがそれを目で追い、それから前を向いた。
「信じていないな、あいつは」
「かもね」とミユキは言った。「でも動いたよ」
「……そうだな」
◇
走行会が始まった。
トビアスのデモ走行は完璧だった。
ジルバーヴィント改が演習場の石畳を走り抜ける。速度が上がるにつれ、青い光の線が鮮明になる。魔力の流れが可視化されたカウルが、観客の前で美しく輝く。
「速い!」
「光ってる!」
「なんだあれ、魔道具か?」
観覧席がざわめく。騎士団の者が身を乗り出している。商会関係者が手帳に何かを書いた。
ミユキはその光景を端から見ながら、演習場の外周を見ていた。
普通の午後だ。風がある。旗がなびいている。雲は薄い。
来ない可能性もある。という思いと、来るとしたら今だ。という感触が同時にあった。
トビアスが第二周回に入った時、ミユキの感覚に何かが触れた。
北の外壁を越えて、何かが飛来する。
小さい。鳥より少し大きい程度の、六角形の構造体。翼のような展開板が四枚、回転しながら空中を移動している。魔力の発光が薄い青紫だ。
一機ではなかった。三機。間隔を空けて、演習場の上空に侵入してきた。
「まさか!? ドローン型の魔導機!?」
ミユキは呟いた。
次の瞬間、観覧席の一角から悲鳴が上がった。三機のうちの一機が急降下し、観覧席の端近くに閃光弾を落とした。小型の、明るい光と衝撃音だけの非致死系の弾体だ。
観客が騒ぎ始める。
カイルが走り出した。
「散らせ! 落ち着いて外に出ろ!」
騎士の声が通る。人が動き始める。トビアスが急制動をかけて機体を止めた。
ミユキは走らなかった。
立ったまま、残り二機の軌道を追う。
『目的は混乱と防衛反応データの収集。このパターン——なるべく早く落とすのが正解』
手元で魔法陣を広げた。プログラマブル構造、索敵系の派生。空中の魔導機に向けて、魔力の糸を走らせる。
接続する、相手の魔法陣構造が見える。単純な自律飛行と記録送信のロジックだ。
送信先を辿ろうとしたが、暗号化されていてすぐに解読はできなそうだ。
『送信先は後で。今は止めないと』
制御魔法陣の入力節を上書きした。飛行命令が無効化され、一機が揚力を失い地面に落ちた。
残り一機が急速に高度を上げる。逃げるつもりだろう。
「カイル! 左! 上!」
声が届く。カイルが振り向いて、空中に魔力を押し出す。風魔法、直接打撃の粗い術式だが威力はある。逃走中の機体がバランスを崩し、外壁の石に当たって砕けた。
閃光弾を投下した一機は、ユリウスが対応していた。
誰かが動いた、と思った時には、ユリウスの影が観覧席の端に滑り込んでいた。
短剣を逆手に持ったまま、機体のそばへ。魔道機にも死角があるのか無反応の機体。展開板の回転軸に刃を当て、角度だけをずらす。
一撃で壊すのではなく、飛行姿勢を奪う。機体が半回転して高度を失い、石床へ叩きつけられた。
ミユキの視界に映ったのは、無駄を削ぎ落とした動線だけだった。速さより先に、迷いのなさが目に入る。
余分な動きがない。訓練で染み込んだ対応速度だった。
カイルがその一瞬だけ足を止め、ユリウスの動きを目で追った。
次の瞬間には、もう周囲警戒に戻っていた。
四秒以内に、三機が無力化された。
演習場が静まった。
観客はほとんど退散していた。長椅子が一脚倒れている。騎士が外周に散って周囲を確認している。
トビアスがジルバーヴィント改から降りて、ゆっくりと歩いてきた。
「……無事なやつあります?」
「無傷はむずかしいけど、いくつかは残ってるはず」
「了解。あとで見せてくださいね!」
トビアスの興味は、敵の飛行魔道具だけのようで、ミユキは「ほかに気にすることはないの?」と眉をしかめてみせる。
「あ、もちろんジルバーヴィントは無事ですよ。ばっちりです!」
「まったく!」
常に興味は魔道具に向いている。ぶれないトビアスであった。
◇
エミーリアとクララが、いつの間にか救護セットを持って動いていた。
閃光弾の衝撃音で耳が痛くなった観客が二名、一時的に視覚が乱れた者が一名。転倒した際に膝を打った者が一名。いずれも軽傷だったが、エミーリアが冷静に声をかけて誘導し、クララが記録を取っていた。
「こっちに座れますか? 目は見えますか?」
ミユキは離れたところからその光景を見ていた。
料理部の保存食試作を補給計画に組み込んだ時、救護班に回す分も想定していた。軽傷者を落ち着かせる塩水、血の気が引いた人に渡す糖分、移動前に口へ入れられる携行食。備えは使う場面が来るまで価値が見えにくい。今日は、その場面が来たわけだ。
マルコが商会関係者の一人を案内して、建物の中に入っていくのも見えた。非常口を把握していたようだった。流通の人間は出口を覚えている。
カイルが戻ってきた。ユリウスを連れていた。
「三機とも回収した。二機は確保、外壁に飛び出た一機は残骸で回収した」
「ありがとう」とミユキは言った。「残骸、まずセオドアに、あとでトビアスにも見せてほしい」
「セオドアは今呼んだところだ」
セオドアが来るのを待つ間、ミユキはカイルがユリウスを見る角度に注目した。
さっきと違う。
完全に信頼した、という顔ではない。けれど、走行会に来る前の「隣に立っているが距離を置いている」という感じではなくなっていた。同じ方向を向いている、という感じに近い。
ユリウスは何も言わなかった。自分が何をしたかについて、説明しなかった。それでいい、という態度だった。
◇
セオドアが残骸を調べるのにすこし時間がかかった。
演習場の隅、石床の上に残骸の欠片を並べて、セオドアは手帳に書き続けていた。
「どこか変?」とミユキが聞いた。
「暗号片がある」とセオドアは言った。「飛行記録の一部だ。通常の記録では暗号化する必要がない部分なんだが、これだけが別の体系で保護されている」
「解読できます?」
「今すぐは難しい。ただ——」
セオドアが顔を上げた。
「この暗号体系、見たことがない。オメガのフォーマットではないようだ」
ミユキは少しの間黙った。
「確認はできますか?」
「オメガのフォーマットは、学園襲撃の時に回収して解析したデータがあるんだが……構造が違っている。オメガの暗号は特定の展開順序の癖がでていたが、これにはそれがない。別の組織か、あるいはオメガが別系統の技術を使ったか」
「え……別の組織ですか……」とミユキは言った。「その可能性は考えていなかったわ……」
ユリウスに向かって問いかける。
「オメガ内の別部門というケースはない?」
「なくはないな」とユリウスは言った。「プライム直轄の独立班が複数存在する。そのうちいくつかは暗号体系を独自に持っていると聞いた。俺も全部は知らない」
「つまり、内部の独立派か、外部の第三勢力か……」
「どちらかは今日はわからないってことね」
セオドアが「記録しておこう」と言って、暗号片の写しを丁寧に手帳に転写し始めた。
ミユキは残骸を見下ろした。人の事は言えないが、このような世界観をぶち壊してくる設計は確かにオメガのものに似ている。でも暗号の体系が違う。同じソースからではなく、別の誰かが似た設計を参照して作ったように見える。
『コードを流用したが、組織は別? それとも、オメガの分裂?』
どちらにしても、今日の走行会は「防衛反応のデータ収集」という目的だった。
こちらの対応速度、役割分担、魔法陣の展開範囲、救護の動き——それが全部観察されたわけだ。
データを取られた、ということは、次に来る時は対策を立ててくる、ということだ。
「カイル」
「何か」
「今日の対応速度と役割分担を、次の会議で整理したいわ。分析されたなら、次までに変えておく部分を決めておく必要があるでしょう」
「了解。今夜か?」
「明日の朝でいい。まず今日のことをそれぞれ記録させないと」
カイルが頷いた。
ユリウスが少し後ろに下がった。
「……俺は入れるか? その会議に」
カイルが間を置いた。一秒。二秒。
「来い」とカイルは言った。「知っていることは共有してもらう」
それだけだった。
ユリウスは「わかった」と答えた。
ミユキは演習場の石床を見た。倒れた長椅子が一脚、そのままになっている。トビアスが離れた場所でジルバーヴィントの外装に傷がないか確認していた。マルコが戻ってきて、商会関係者への謝罪と説明を淡々と行っていた。エミーリアが処置を終えて、クララに小声で何かを言っている。
走行会は中断になった。でも、バラバラにはならなかった。
それが今日の一番の結果だとミユキは思った。
「ジルバーヴィント改は無事ですから!」
演習場の向こうから、トビアスの大声が届いた。
「再来週、改めて開催します!」
その言葉に、笑いが起きた。緊張がわずかに緩む音がした。
ミユキは短い息をついた。
『観察されたなら反応がある。次はそれを踏まえて変えていく。それが、こちらのプログラムのアップデートだ』
ミユキは閉じかけた手帳をもう一度開き、一行書き足した。




