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悪役令嬢はデバッグしたい ~転生したら作りかけの乙女ゲームの悪役令嬢だったので、前世の知識で世界をデバッグすることにしました~  作者: 神楽坂らせん
第十一章:裂け目の残響――きしむ日常の輪郭

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朝の廊下に増えた影

## 第十一章:裂け目の残響――きしむ日常の輪郭


### 11-1 朝の廊下に増えた影


 ◆異界|ミユキ ──


 朝の礼拝鐘が三つ鳴ると、王立学園の一日は始まる。


 鐘が鳴るよりずっと早く、ミユキはひとりで部屋を出ていた。夢の感覚が頭に残ったまま横になっていられなかったのだ。同室のクララを起こさないように静かにドアを閉め、廊下へと足を踏み出した。


 廊下には磨かれた石床が続いている。窓の外には青い空がひろがっている。早起きの生徒たちが、朝の静寂を破らないようにしてか、静かに教室へ向かっている。先週と変わらない光景。いつも通りの朝。


 違うのは、廊下の端に立つ騎士の数だ。


 昨日まで二人だったところに四人。正門は終日警備になり、抜け道として使われていた裏門は施錠されている。学園長から発表された理由は「防犯強化のため」という一言で、それ以上の説明はなかった。


 ミユキは教科書を胸に抱えて廊下を歩きながら、その騎士たちを横目で数える。


『騎士の配置パターンは変わっていない。けれど、数は倍になっている。……本気で警戒しているんだ』


 ミユキをふくめ、誰もが「普通の朝」を演じようとしていた。騎士たちも同じだ。あの学園襲撃がなかったように、いつも通りであると信じ込もうとしている。


「ミユキ! 待って待って!」


 背後から声をかけてきたのは、クララだった。


 淡い茶色の髪を軽く跳ねさせて小走りで追いついてきたクララは、やはりいつもどおりの笑顔だったが、目元にはうっすら疲れの影がある。


「おはよう、クララ」


「おはよう。起きたらもういなかったから驚いた。眠れなかったの?」


「途中で目が覚めちゃって。合わせれば四時間くらいは眠れたと思うけど。クララの方は?」


「……三時間くらい、かな?」


 正直に答えながら、クララは苦笑いした。


「夜中に妙な音がして、目が覚めちゃって。たぶん外の警備が交代する音なんだけど、なんか気になっちゃって」


「わかるわ」とミユキは頷いた。「昨日の緊張が抜けていないんだと思う。心がまだ戦闘モードを解除していない」


「……戦闘モードなんて、へんな言い方」


 クララが小声で笑う。ミユキも小さく笑い返した。


 正直に言えば、ミユキも夜中に何度か目が覚めた。原因は騎士の足音ではなく、夢のせいだった。


 ◇


 夢の中には、兄さんがいた。


 いつもそうだ。細かいところは覚えていない。部屋なのか、屋外なのか。昼なのか、夜なのか。ただ、そこに兄さんがいる。声が聞こえる。何かを言っている。


 でも、今朝は――途中で切れた。


 言葉の途中で電源が切れ画面が黒くなるようなイメージ。まるで通信が断絶するような感覚。


 ミユキは目を覚ましてから、しばらくその断絶の感触をベッドの中で確認し続けた。


『会えた記憶がある。でも、どんな順番で何が起きたか、思い出せない』


 夢は毎回そうだったか。


 違う気がした。以前はもっと滑らかだった。途切れる場所が、少しずつ早くなっている気がした。


 ミユキは寝台から起き上がり、研究ノートを開いた。「――欠落。原因不明。再発監視。」という昨夜の書き込みの下に、鉛筆で一行追加した。

 「外部信号仮説:同期した喪失が複数点で発生している」


 それだけ書いて、ノートを閉じた。


『証拠ゼロで外部信号の途絶かなんて、寝起きの私でも雑すぎる』


 根拠はない。仮説の端緒にもなっていない。ただ、「記録しておかなければ」という感覚だけがあった。


 ◇


「今日は普通の授業、あるんだっけ」


 クララが聞く。


「魔法基礎論と、王国史ね」


「なんか、普通すぎて逆に変な感じ」


「そうなのよね」


 先週は学園が封鎖されかけた。昨日は学園外周で偵察の痕跡が確認されたとカイルに教えてもらった。なのに今日、授業は通常どおり行われる。魔法基礎論では炎の制御を習い、王国史では百年前の戦争を学ぶ。


 日常と非常時が、同じ建物の中で重なっていた。


 そんな奇妙な違和感を抱えながら、ミユキはクララと一緒に廊下を歩く。


 廊下の角を曲がったとき、ミユキは正面の渡り廊下を横切る人影に気づいた。


 教師服を着た、見知らぬ人物だった。


 四十代くらい。痩せた体格。落ち着いた歩き方。特別おかしいところはない。ただ、ミユキの目に止まり、気になる。


『……昨日も、あの渡り廊下にいた』


 昨日の朝。同じ時間帯に、同じ渡り廊下を横切る人影を見た記憶がある。


 たまたまかもしれない。この学園の教師なら毎朝同じルートを歩くことはある。


 でも、プログラマーだった前世の習慣が頭を持ち上げてくる。


『データの再現性は、偶然と必然を区別するための第一基準だ』


 二回では少ない。三回あれば、偶然ではない。パターンと見なせる。


「クララ、あの人を知っている?」


 ミユキは渡り廊下へ視線を向けたまま聞いた。


「え、どの人?」


「もう曲がって見えなくなったけど……痩せた、中年の教師せんせい。あの渡り廊下を歩いていた」


「うーん、知らないかな。新しい先生が増えたとかは聞いてないけど」


 クララが首を傾げる。


 ミユキは「そっか」と答えながら、ノートに書き添えるべきメモを頭の中で作った。


 目撃時刻、場所、移動方向。今朝で二回目。


 ◇


 魔法基礎論の授業が始まる直前、ひとつ隣の席に座ったリリアーナが小声で囁いた。


「ミユキさん、昨日は眠れましたか?」


「四時間ほど……」


「わたしは……あまり眠れなくて。夢を見て、途中で起きてしまいました」


 ミユキは「夢?」と小声で返す。


「どんな夢だったの?」


「誰かが廊下を走っている夢です。顔は見えなくて、でも知っている人だとわかって、追いかけようとしたら目が覚めました」


 ミユキはその偶然に驚き、頷いた。


『まさか、リリアーナが外部干渉を無意識に感知している、なんて可能性が……?』


 いや、考えすぎだろう。疲れた夜に悪夢を見ることくらい、誰にでもある。


「私語はそこまで。昨日も今日も関係ない。魔法は誰のためでもなく、お前たち自身のためにある。始めるぞ」


 教卓でヴァン教授が言い放つのを聞きながら、ミユキは魔法陣演算ノートを開いた。炎制御の演算式の隣に、小さな文字で書き足す。


 「廊下の人物――二回目。リリアーナも夢に異変」


 ◇


 昼休みは中庭のベンチで昼食を取った。


 空は高く晴れていた。噴水の水音が心地よく、鳩が石畳をゆっくり歩いている。先週あれだけ騒然としていた学園が、こんなにも穏やかな顔を見せるのが不思議だった。


 隣にカイルが来たのは、ミユキが弁当箱の蓋を閉めた頃だった。


 カイルは私服ではなく騎士団の略式装備で、いつもより表情が硬い。


「少し、いいか」


 尋ねるような口調だったが、声が低かった。ミユキは頷いた。


「学園外周、昨夜もまた偵察の痕跡があった」


 低い声でカイルが言う。


「昨日と同じ場所?」


「いや、今日は東門近く。昨日が北側だった。一定のパターンで動いているようだ」


 ミユキは噴水を見たまま、頭の中でその情報を整理した。


 北側、東側。方角が変わっている。でも毎日確認されている。


「戦闘の痕跡は?」


「なし。人の気配の跡だけだ。草が折れていたり、土に靴底の跡があったり」


「下見をしている、ということ?」


「そう判断している」カイルは一瞬止まり、続けた。「それで、君に一つ聞きたいことがある」


「何?」


「今朝、渡り廊下で見知らぬ教師に気づいたか?」


 ミユキははっとして顔を上げた。カイルもミユキを見た。


「見た。二日連続で、同じ渡り廊下にいた」


「俺も今朝気づいた。今、確認を取っているところだ」


 カイルの声が低かった。


「教師名簿と職員リストを照合している。今日中に結果が出る予定だが、まだわかっていない」


 ミユキは噴水の水音を聞きながら、少し考えた。


 まだわからない。確認中。


「……気のせいかもしれない、と思う?」


「どうだろうか」カイルは一拍止まり、続けた。「しかし、俺の目には、あの歩き方は学園の教師には見えなかった。死角を潰すように視線を配る、警戒任務の足取りだった」


「やっぱり……。私も少し自分で調べてみるわ」


「直接近づくなよ」


「もちろん」


 カイルが立ち上がりながら言った。


「何かわかれば連絡する。君も気づいたことがあれば報告してくれ」


 騎士の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ミユキは研究ノートを取り出した。


 「廊下の人物――カイルも異変に気が付き確認中」


 書き足してから、その文字を見た。


 まだ、答えが出ていない。問いだけがそこにある。


 ◇


 午後の王国史の授業が終わって、ミユキは図書室に寄った。


 目的は古い王城地図ではなく、学園の建物配置図だった。この学園の渡り廊下は、どこからどこへ繋がっているか。あの人物の移動経路が、合理的な動線と一致するかどうかを確認したかった。


 司書の老人にお願いして地図を貸し出してもらう。


 ミユキは隅のテーブルに座り、配置図を広げた。渡り廊下は中央棟と東棟を繋いでいる。毎朝あの人物が横切るルートは、東棟から中央棟へ向かう最短経路だ。


 だが、東棟の一階には何がある?


 地図を指でなぞった。東棟一階は倉庫と魔法材料の管理室と、もう一つ――外部来訪者用の控え室。


『外から来た人間が、毎朝決まった時間に、あの渡り廊下を通る理由は?』


 仮説が形を持ち始めた。


 ミユキは地図を折り畳みながら、今朝の研究ノートの書き込みをもう一度思い浮かべた。


 「外部信号仮説:同期した喪失が複数点で発生している」


 夢が途切れること。廊下の謎の人物。学園外周の偵察痕跡。


 別々の問いのように見えて、すべてが「何かが外から入り込もうとしている」という一点で繋がっている気がした。


 根拠はまだない。でも、パターンを見る目だけは持っている。


『バグは最初、小さな違和感として現れる』


 ミユキは図書室の椅子から立ち上がり、外の光が落ち始めた廊下へ出た。


 静かな夕方の廊下。遠くで夕食の鐘が鳴る前の時間。


 どこかに、まだ見えていない裂け目がある。


 それだけを、ミユキは確信していた。


**あとがき**


たいへんたいへんお待たせしました。第11章開始です。

実は、この章の前にある重大な出来事があったのですが、ここではまだ明かされておりません。

読み進めていただければすこしづつわかってくる仕掛けにしてありますので、続きをおたのしみにしていただければと思います。(それほどお待たせせずにアップできる。。。はず!?)

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