真実はまだ半分
### 10-8 真実はまだ半分
◆地球|隼人 ──
(越境翌日・夜明け前)
夜明け前の東京は、雨上がりの色をしていた。
隼人の部屋の窓には、水滴が細い線を引いている。机の上にはノートPCが二台。外付けストレージ、紙のノート、冷えたコーヒー。隼人と桐生蓮は、そこに積まれた情報の山を無言で切り分けていた。
左腕には応急固定。痛み止めは飲んだが、鈍痛は残っている。
「転送データの破損率は?」
隼人が尋ねる。
「全体で一四パーセント。読むだけなら問題ない。書き込みは危険」
蓮は画面を睨んだまま答える。指先は速い。キーボードの打鍵音が、夜明け前の部屋で規則的に跳ねる。
「ただし、変だ。記録フォーマットが途中で何度も切り替わってる。自動生成ログなら普通は揃うはずだ」
「改ざんか」
「少なくとも混入はある。どこまでが本物かは、照合しないと断定できない」
隼人は頷き、昨夜の走り書きへ視線を落とす。
――潜行二十九分五十四秒。
――デルタ試験体、女性型、高速。
――実験体01 自発接触(要検証)。
ペン先が一瞬止まる。
「蓮。優先順位を決める。欲しいのは三つだ」
「言ってくれ」
「学園襲撃計画の骨格。神界側の協力者コード。実験体01の周辺潜入計画」
「了解」
蓮は新しいウィンドウを開き、解析条件を三本に分岐した。
◇
◆ログ|記録 ⋯ [改ざん確認中]
[PLAN-ACADEMIA]
位相:事前準備
手順:防壁飽和/中央棟遮断/対象回収
備考:第二段階で時間停止事象を想定
[COOP-LAMBDA]
送信元:不明
署名:Λ
内容:神界監視周期の穴を提供
[DELTA-ENTRY]
目的:実験体01周辺への長期潜入
形式:学園関係者への偽装
接触指針:友好関係を優先
◆地球|隼人 ──
「……出たな」
隼人は低く言った。
学園襲撃計画は、点ではなく線だった。偶発ではない。準備され、段階化された作戦。
そして二つ目。
Λ。
神界内部の監視周期に穴を空ける協力者。これが本物なら、敵は外側からだけではない。
「ただし」蓮が口を挟んだ。「このΛの署名、ログの他の箇所には一度も出てこない。改ざん確認中のセクションに、一行だけだ。後から差し込まれた可能性がある」
「見えかけた、ということか」
「把握したとは言えない」
三つ目は、より直接的だった。デルタの潜入計画。実験体01――つまり美幸の周囲へ、時間をかけて入り込む前提で設計されている。ただし、これはまだ計画段階の記述だ。デルタが正式に動く前に、先行した別の手がすでに学園へ潜り込んでいる可能性もある。ログには記録されていない。だが、組織がそこまで考えていないとは思えない。
「友好関係を優先、ね……」
蓮が顔をしかめる。
「正面から殴ってくる気はないってことだ。隣に座って、笑って、信頼を取ってから刺す」
「一番厄介だ」
隼人は画面をスクロールし、時間停止に関する記述を探した。
同一項目に、矛盾した二つの文が並んでいる。
ひとつは「外部神権能による停止」。
もうひとつは「対象側魔法陣の異常共鳴」。
どちらかが嘘か。あるいは、両方が半分ずつ真実か。
「蓮、ここ見ろ」
「……ああ。断定できる文章がない。わざと曖昧にしてる」
「誰が止めたかを、隠したいんだな」
「もしくは、相手側も把握し切れてないか」
蓮はそう言ってから、隼人の左腕へ視線を移した。
「次も行くつもりか」
「行く」
「記憶は?」
短い問いだった。
隼人は窓の外を見た。朝の光がビルの角を薄く照らし始めている。胸の中で、聞こえない声を探す。輪郭はある。だが音は遠い。
「欠けた」
「それでも?」
「それでもだ」
蓮はしばらく黙ってから、深く息を吐いた。
「もう一つだけ言っておく。先週から、オメガ関係のIPがうちの自宅アドレスを特定しかけてる形跡がある。俺も、そのうち標的になるかもしれない」
蓮の指先が、一拍止まった。
隼人は蓮の顔を見た。蓮は淡々と画面を見たままだった。
「地球側の解析とバックアップは俺が回す。お互い、死ぬなよ」
「死なない。約束する」
その約束が、どれだけ重いかを隼人は知っていた。
◇
夜明けの境目で、隼人はノートの余白へ追記し始めた。
対応できる課題を、上段に素早く書き出す。
一、学園襲撃計画は実在。段階化された作戦。対策は立てられる。
二、神界協力者コード名Λ。ログには一行だけ。これは入口だ。
三、デルタは実験体01周辺に潜入予定。計画段階。先手は打てる。
一と三は、動かせる問いだ。調べれば近づける。備えれば防げる。二だけが違う。
◇
けれど、隼人の心の底には、片付かない問いが残っていた。
美幸を狙っているのはオメガだけじゃない。
学園で時間を止めたもの。隼人の前に現れ、消えたもの。あれは何だったのか。敵なのか、味方なのか。それとも、第三の何かなのか。
『誰が、時間を止めた?』
答えは、ログには記録されていない。神界の協力者Λの記述にも、隠されていた。あるのは矛盾と曖昧さだけだ。
それこそが、本当に調べるべき問いだった。
◇
だが、ページの下段に辿り着いたとき、ペン先が止まった。
時間停止。あのログが持つ最後の矛盾。「外部神権能による停止」と「対象側魔法陣の異常共鳴」という相反する二文。どちらが正しいかではなく、なぜ二つの答えが混在しているのか。誰かが隠したかったのか。誰かが本当にわかっていないのか。
隼人は、その問いを文字にする前に一度止まった。
これは、備えることができる問いではない。
隼人は小さく息を吸い、声に出して読んだ。
「美幸を狙っているのはオメガだけじゃない。じゃあ、誰が時間を止めた?」
問いは宙に残ったまま、朝の光の中に薄れていく。
答えはまだ、半分しか見えていなかった。
** あとがき **
怒涛の第10章はここまで!
次章では、いよいよ、ようやく、やっと! ついに! 兄と妹が邂逅する予定となります。
(が、公開までまた少々お時間いただくことになりそう。。スイマセン)




