奪取任務――ログの断片
### 10-6 奪取任務――ログの断片
◆異界|隼人 ──
(越境当日・潜行中)
旧水道塔跡地は、街の灯りから半歩だけ外れた暗がりにあった。
石造りの塔は半壊し、上部が斜めに欠けている。だが地下は生きていた。地面に埋め込まれた魔導導線が青白く脈動し、中央の中継端末へ信号を送り込んでいる。端末表面に刻まれた紋章は、確かにオメガ規格だ。
隼人は崩れた壁の陰に膝をつき、呼吸を整える。
ベルトの熱が収まらない。戦闘継続を続けるには余裕がない。突っ込んで壊すのは簡単だが、壊せば情報は消える。
『勝つために壊すか、帰るために盗むか』
答えは決まっていた。
「クロノス。外殻ロックの解除手順をくれ」
「物理干渉優先。左側面の第三プレートを外せ。二層目に手動端子がある」
「了解」
隼人は短距離加速で一気に距離を詰め、端末の死角へ滑り込んだ。ガントレットの先端でプレートの継ぎ目を抉り、固定ボルトを折る。金属音を最小化するため、力は瞬間だけに乗せる。レースで培った荷重移動の感覚が、ここでも生きる。
第三プレートが外れ、内部端子が露出した。
「接続する」
隼人は腕部ラインを端子へ差し込む。視界の右下にデータ転送ウィンドウが開いた。
転送開始。
4%……9%……15%。
その時、地上で警報が鳴った。低い断続音。侵入検知。
「来るな」
隼人は歯を食いしばる。
23%。
30%。
階段口から下位エージェントが二体降りてくる。隼人は遅延を短くかけ、先頭の足運びを鈍らせる。二体目の懐へ潜り、首元に手刀。倒した勢いで床を滑り、端末の反対側へ回る。
39%。
時間がない。討伐している余裕もない。
隼人は関節だけを狙って無力化し、息を整える間もなく再び端末へ戻る。
52%。
転送ログが文字列を吐き始める。隼人は走査しながら、必要ブロックだけ優先取得に切り替えた。
◆ログ|記録 ⋯ [改ざん確認中]
[OP-ACADEMIA / 事前計画]
第一波:防壁飽和
第二波:中央棟遮断
第三波:実験体01の回収
[SUBJECT-01 / 接触記録]
分類:自発的
備考:保護要請の可能性
[注記]
記録責任者コード:PRM
◆異界|隼人 ──
『自発的……?』
喉が乾く。
実験体01は美幸を指す識別子だ。文面だけ読めば、「美幸が自分からオメガへ接触した」と解釈できる。
だが、隼人は画面を睨んで違和感を拾った。記録時刻の桁フォーマットが行ごとに揺れている。語尾の統一も崩れている。機械的な記録文書にしては、雑だ。
蓮の声が頭をよぎった――機械ログは均質が原則だ。揺れが見えたら、人間が手を入れた証拠だと思え。
『混ぜてる。ほんものの中に、嘘を』
転送率は81%まで伸びた。
その瞬間、空気が裂ける音がした。
上から来る。
隼人が反射で身を引くと、先ほどまでいた位置に細い刃が突き立った。石床が遅れて割れる。
着地した影は、人型だった。細身の女性体。白銀の外装、関節部は深い藍。顔面は仮面で覆われ、目の位置に横長の発光スリットが走っている。
機体が一歩踏み込む。
速い。
「識別――介入個体。排除を開始」
機械声が告げる。
「デルタ試験体か……!」
隼人は拳を構えた。だが正面からやり合う選択肢はない。勝てても時間を失う。負ければ全て失う。
「クロノス、転送残量!」
「九十一。帰還窓まで残り五分」
デルタ試験体が消えたように見えた。次の瞬間、隼人の左側に衝撃。受ける姿勢が半歩遅れ、刃が左腕を浅く裂く。熱い痛みが走る。
左腕の痛みが増した瞬間、ベルトが一度だけ鋭く振動した。危険域の近くにいる。
隼人は局所停止を切るか一瞬迷い、捨てた。ここで使えば撤退局面で詰む。代わりに遅延を路面に広く撒き、相手の踏み込み点だけ粘らせる。デルタの重心がわずかに流れた。
「そこだ!」
隼人は壊れた支柱を蹴り倒し、瓦礫で視界を塞ぐ。完全な足止めにはならない。だが三秒あればいい。
転送完了:100%。
「切断!」
端子を引き抜き、隼人は後退した。デルタ試験体が瓦礫を貫いて追ってくる。二撃目の刃を腕で受け、三撃目は身をひねってかわす。左腕から血が垂れ、手袋の内側がぬるくなる。
それでも足は止めない。
階段を駆け上がり、半壊した塔の外へ飛び出す。夜風が傷に刺さる。背後でデルタの足音が迫る。
「帰還座標へ誘導する。東へ百二十」
クロノスの指示を追って、隼人は暗い路地へ滑り込んだ。追撃の刃が石壁を削る。火花。破片。肺が焼ける。
帰還窓の残り時間は、もうわずかだった。




