夜明け前のプロシージャ(手順)
## 第九章:学園の罠
### 9-1 夜明け前のプロシージャ(手順)
朝の光が室内に差し込むより前に、ユリウス・シュトラーゼは目を覚ましていた。
学生寮の個室は静かだった。外ではまだ朝の活動を始めた生徒の気配もなく、廊下に人の声もない。遠くの種が鳴いている。それ以外は、沈黙だった。
ユリウスは天井を見上げたまま、しばらく動かなかった。
昨夜、ガンマへの定時報告を送った。内容は「異常なし。引き続き行動監視中」という簡潔な一文。それは偽りのない事実であり——同時に、意図的に省いた事実もあった。
空間の裂け目の修復。王都の広場で、ミユキ・フォン・ヴェルナーが見せた技術の精度。桁外れの魔力量。そして修復後に彼女が口にした「まだ根本的な解決じゃない」という言葉。
あれを正確に報告すれば、組織の評価が変わる。追加の指示が下る。おそらく——より強引な方法を求められる。
だから、「詳細は調査中」という一文に留めた。
先延ばしにしたというより、それが今の自分にできる精一杯の判断だった。
◇
通信装置が起動したのは、窓の外がほんのりと白み始めた頃だった。
机の上の小型装置から青白い光が漏れ出す。低い唸りのような音。
ユリウスは起き上がり、装置の前に座った。
「コードU」
ガンマの声は、いつものように感情を削ぎ落としたものだった。高くも低くもなく、速くも遅くもない。訓練されたどこかで身につけたと思しき、徹底的に平板な話し方だ。
「昨夜の報告を受け取った。追加の指示を与える」
「了解しました」
ユリウスは短く答えた。
「学園内に空間歪曲装置を設置せよ。三か所——中庭の地盤、校舎裏の空き地、図書館棟の地下通路だ。座標データは今転送する」
装置に小さなデータファイルが着信した。
ユリウスはすぐに答えなかった。
「……学園内に、ですか」
「そうだ」
「生徒への影響は?」
わずかな間があった。
「考慮の必要はない」
ガンマの声は揺れなかった。
「世界の不安定化を加速することが優先事項だ。学院の生徒など、誤差の範囲だ。装置の効果範囲内に人間がいたとしても、計画への影響は微小だ」
誤差——か。
ユリウスは何も言わなかった。
「さらに追加する。実験体01の友人関係を精査し、感情的な弱点となりうる人物を特定せよ。身近な人間が危険にさらされた際、彼女の魔法制御に乱れが生じる可能性がある」
「なぜ実験体01が暴走しないのか、我々はいまだ理解できていない。別のアプローチが必要だ。感情的な刺激が鍵になるかもしれない」
もう一点、とガンマが続けた。
「実験体01の兄——志藤隼人だ」
ユリウスは顔を上げた。
「奴は現在、地球側で単独行動を開始している。我々の組織に関する情報を収集している模様で、諜報部がその動きを追っている」
「もしも、何等かの方法でミユキ・フォン・ヴェルナーへの連絡・接近が感知された場合、あるいはこちらの世界に干渉する兆候を見せた場合——即座に報告しろ。対応策は本部で判断する。いいな?」
「……わかりました」
「以上だ」
通信が切れた。
青白い光が消えた。
ユリウスは着信したデータを端末に展開した。三か所の設置ポイントが記載されている。座標だけでなく、埋設深度、起動タイミング、予想効果範囲まで細かく指定されていた。パケットの末尾には、諜報部が現場工作員向けに定期配信する動向報告ファイルも添付されていた。隼人に関する情報はそこにあった。
傍らに目をやると、昨夜から変わらず床のトランクがある。中には装置の部品一式が収まっている。
窓の外に目を向けた。
校舎の屋根が薄暗く見える。中庭の石畳は、まだ露が残っているかもしれない。
『志藤隼人』
声には出さず、心の中で繰り返した。
妹を探している。別の世界、地球側で動きを見せている。諜報部の報告には——クロノスの——いや、それはまだ確認されていない情報だったか。
ユリウスは目を閉じ、それから息を吐いた。
自分には関係のないことだ。
◇
朝食を済ませた後、ユリウスはトランクを開いた。
部品を取り出して、指示書の内容と照合する。ハイブリッド型の空間歪曲装置——ベースは組織の技術だが、この世界の魔法回路を組み込んで現地調達できる素材で動くよう改良されている。組織側の準備は、機械のように正確だ。
部品を指示書の順に鞄へ収める。今夜、現地を確認して設置する。手順は決まっている。
ユリウスは制服に着替えた。鞄を肩にかけて、部屋を出た。
**あとがき**
たいへんおまたせしました。連載再開します(`・ω・´)ゞ




