プレゼンテーション
### 8-4 プレゼンテーション
商談から一日置いて、ミユキは愛車の魔動バイクをガレージから引き出した。
ミユキが学園に居る間にアグスが整備してくれていたのだろう、磨き込まれた銀色の車体は、日の光の下でひときわ光沢が増して見える。
「今日はこれで行きましょう」
ひとりごとのように呟いて、ミユキは魔動機関に魔力を通した。
久しぶりに感じる領地の風。ジルバーヴィンドと共に走り出すと、風が頬を撫でていく。学園の中では感じられなかった、自由な感覚だ。
ヴァルフェルの石畳をバイクが走ると、道端に立っていた職人風の男たちが驚いてこちらを見た。ミユキは軽く会釈して、さらに走り続ける。
「あれが……魔動バイクか」
「本物だ……」
ぽつりとした声が、風に乗って届いた。
広場に乗り込むと、マルコとアグスがすでに到着していた。バイクで現れたミユキを見て、マルコが少し目を丸くしたが、すぐに「なるほど、演出ですね」と口角を上げた。アグスは無言でバイクの側面をかるく叩き、満足そうに頷いた。
午後の陽が傾きはじめた頃で、仕事を終えた人々が広場に集い始めている時間帯だった。果物の露店が並び、子どもたちが水場の周りで遊んでいる。
「お嬢様だ!」
誰かが声を上げた。
次の瞬間には、広場にいた人々が弧を描くようにミユキたちを囲んでいた。
「学園から帰ってこられたんですね!」
「いつ戻られたんですか、お嬢様!」
「お元気そうで、良かった!」
口々に声がかかる。懐かしい声にミユキは少しはにかみながら、顔を上げた。
「ただいまです。それで、みなさん、今日は嬉しいお知らせがあるんです!」
なにごとかと広場が静かになる。
マルコが一歩前に出た。学園での姿とは少し違う、人前で話し慣れた商人の顔になっている。
「みなさん、初めてお目にかかります。マルコ・ロッシーニと申します。ロッシーニ商会の者です」
ここは王都から離れた領地だが、ロッシーニ商会の名は商人なら誰でも知っている。広場に少しざわめきが起きた。
「このたび、こちらのアグス・アイアンハンマー殿の技術と、ミユキお嬢様の魔法理論を合わせた魔動バイクを、商品として世に出すことになりました。そして、その量産に向けた準備を、こちらのヴェルナー領地内で進めさせていただこうと考えています」
「量産……?」
「生産のための工房を、この領地内に設立いたします。それに伴い、職人を募集したいのです。鍛冶、木工、魔法陣の刻印など、腕のある方はぜひ参加してください。ともに新しい時代を作りましょう」
「仕事が……もらえるんですか?!」
働き盛りの男が前に出て声をあげた。
「本当のことですか、商人さん」
「本当のことです。偽りは申しません——ロッシーニ商会の名にかけて」
アグスが腕を組んで隣に立っていた。その存在感だけで、話の信憑性が増す。ドワーフの職人が直々に来ているということは、本気の話だということを、領民たちは理解していた。
「腕のいい職人を育てたい。手伝ってくれるか?」
アグスが短く言った。
「俺は自分が認めた職人としか仕事をしない。だが——認めた職人とは、とことんやるぞ」
広場に、少しの沈黙があった。
それから——歓声が上がった。
「お嬢様、ありがとうございます!」
「仕事が来るなら、腕試しをしてみたい!」
「うちの息子も鍛冶をしたいと言ってたわ」
声が重なる。ミユキは、その顔を一つ一つ見回した。
『よかった……』
学園でプログラマブル魔法陣の理論が認められた時とは、種類の違う手応えだった。あれは知的な達成感——これは、もっと根っこに近いところに響く何かだ。
ふと、広場の端に一人の若者が立っているのに気づいた。
十代後半か、二十歳になるかならないかといったところだろうか。周囲の人々がわいわいと声を上げているのに対して、その若者だけは少し距離を置いて、じっとこちらを見ていた。前に出る気はないが、目だけは逸らさない——そんな立ち方だった。手の中に、小さな金属製の飾り物を握っている。
ミユキは人波を抜けて、その若者のそばへ歩いた。
「参加してみたいですか?」
声をかけると、若者が驚いたように顔を上げた。
「い、いえ……自分なんかじゃ。まだ半端者で。修行中の身で、大した腕も……」
「それ、あなたが作ったんですか?」
ミユキは若者の手元に目を落とした。指の間から覗く金属の飾り物——それは、細かい細工が施された、精巧なものであるように見えた。木製ならばありがちでも、金属を加工しているのはなかなか見ない。しかも、誰かの作品を真似たような感じではなく、独自の発想で作られたものだとわかる。
「あ……はあ。まだ下手ですけど、その……自分で作ってみたくて」
「いいと思います」
ミユキは迷わず言った。
「最初から全部できる人なんていません。大事なのは、やってみたいかどうかだと思いますよ」
若者が黙った。何か言いたそうに口を開きかけて、また閉じる。それでも、さっきよりずっと目が真剣になっていた。
少し離れたところで腕を組んでいたアグスが、ぼそりと言った。
「後で、そいつを見せてみろ」
若者がはっとしてアグスを見た。アグスは視線を合わせず、ただそれだけ言って鼻を鳴らした。
若者の表情が、じわりと変わった。
「一つ、お願いがあります」
ミユキは言った。
「急ぎすぎないでください。よい仕事は、焦ってできるものではないので」
笑いが起きた。マルコが隣で「上手いことをおっしゃる」と小声で言う。
「工房の設立まで、まだ準備がかかります。決まったことは改めてお知らせします。今日はご挨拶だけですが、楽しみにしていてください」
人々がこちらに向かって手を振る。ミユキも手を振り返す。まだ始まったばかりだが、これからのことを考えると、胸が高鳴るのを感じた。
◇
広場を離れてアグスの工房へ向かう、今後の打合せをするためだ。
独りバイクで先行するのもどうかと思い、ミユキはアグスとマルコの二人と一緒に歩いていくことにした。
ミユキはバイクを押しながら、アグスとマルコに話しかけた。
「うまくいきましたね」
「ミユキお嬢様のおかげです。それにしても、あの一言はお見事でした」
「何がですか?」
「『急ぎすぎないで』という一言です。ああいう言い方は、我々商人にはなかなかできません。相手を急かすことで商機を逃すまいとするのが商人ですからね——でもあの言葉で、人々はかえって信頼したと思います」
「急ぎすぎると良いものができないのは本当のことですよ」
急いで場当たり的なものを作ると、結局は質が落ちてしまう。ミユキは前世の経験でほとほと懲りていた。
「本当のことを、あの場で言える人はなかなかいませんよ」
アグスが鼻を鳴らした。
「お嬢はそういうやつだ」
「……それ、褒めているんですよね、アグスさん」
「当然だ。俺は嘘の褒め方はしない」
ミユキは小さく笑った。
「ありがとうございます、アグスさん」
三人で歩く道の向こうに、工房の明りが見える。
今世でこそは、急ぎ過ぎず、質の高いものを作っていきたい。ミユキはそう思いながら、工房へと足を進めるのだった。
**あとがき**
バイクを押して歩くのって、けっこう大変なんですよね。
そんなに距離はないと思いますが、ミユキの細腕ではかなりきつかったんじゃないかと思います。
どうぜ魔法がある世界なら、自立してついてくるような機能つけてもよかったかも?
派手な武器がついてるよりそのほうが売れそうです。私も欲しいですw
※※※ 誤字報告ありがとうございます! 修正しました! <(_ _)>




