絆と予兆
### 7-19 絆と予兆
ある日の魔法実技の授業。
ミユキが魔法陣の調整に集中していると、いつの間にか横に来ていたアデライーデが声をかけてきた。
「……認めますわ。ヴェルナー嬢。あなたの魔法も……美しいのだと……」
アデライーデ・フォン・ノルトハイム。
クラス委員長で伯爵令嬢。真面目で規律を重んじ、当初はミユキの「型破りな魔法」を批判していた。そうした主張を急に翻してきた形だが、それでも認めがたいのだろうか、微妙な倒置法の語り口だ。
「アデライーデさん……」
ミユキは少し驚いて顔を上げる。ミユキが知らないところでリリアーナを注意していたらしいので一瞬その件のことかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
三つ編みの髪をきっちりと整え、眼鏡越しに真剣な眼差しをこちらに向けている。
「先週の実技試験は引き分けだったけれど、あなたの魔法陣構築の速さと精度、本当に見事だったわ」
アデライーデは、いつもの厳格な口調にもどって褒めてくる。
「ありがとうございます。でも、アデライーデさんの伝統的な魔法も、とても洗練されていて素晴らしいと思いますよ」
なんだかこそばゆく思いながらミユキが答えると、アデライーデの表情が少し和らぐ。
「……あなたは、伝統を無視しているわけじゃなかったのよね。理解した上で、新しい方法を模索している」
「はい。古い知識は宝物ですよ。でも、そこから学んで、新しい可能性を探すのも大切だと思います」
ミユキが微笑むと、アデライーデは珍しく小さく笑った。
「そうね……私も、もう少し柔軟に考えるべきかもしれないわ」
そう言って、アデライーデは自分の魔法陣に戻っていった。
◇
「やあやあやあ、ミユキ君! 今日も張り切ってるね!」
こんどは明るい声。
振り返ると、金髪の少年——フェリックス・ハルトマンが軽やかに手を振っていた。
「フェリックス君……」
「攻撃魔法の授業、楽しかったね! 君の魔法陣、見ていて飽きないよ。これからもよろしくッ!」
「ええ、こちらこそ……」
ミユキは、勢いに若干引きながらも軽く手を挙げて応じた。
「そうだ! 今度の実技演習さ、先に目標魔法陣を完成させた方が勝ちにしない? 昨日ちょっと悔しかったんだよね!」
言いっぱなしで、フェリックスはそのまま小走りで去っていった。
『……挑戦状だけ置いてった?』
まあしかし、不思議と悪い気はしない。勝ち負けより楽しさが先に立つ——攻略対象たちとの複雑な緊張感とは、また違う心地よさがある。
『今日はこんな会話が多いのはなぜかしら? ゲーム的にシナリオの転換点にきているとか……? まさか、ね』
◇
昼休み。
食堂に向かうと、金髪の少女が手を振っていた。
「ミユキさん! こっちこっち!」
リリアーナ・ローゼンベルクだ。
小柄で澄んだ青い瞳。数日前に誤解が解けて以来、二人の距離は自然に縮まっていた。
「リリアーナさん、お待たせ」
ミユキが席に着くと、リリアーナは花が咲くように笑った。
「今日の魔法理論、難しかったですね……でも、ミユキさんの説明のおかげで理解できました」
「私も、リリアーナさんの視点が新鮮で勉強になったよ」
二人の間に、温かい空気が流れた。
『友達』という言葉が、もう自然に感じられる。
以前は互いに遠慮があった。でも今は——本当の意味で心を開き合えている。
「あのね、ミユキさん」
リリアーナが、少し恥ずかしそうに袖を握りしめながら言った。
「週末、また一緒に図書館で勉強しませんか? 魔法陣の応用課題、二人でやったら楽しいかなって……」
「もちろん! いいわよ! 楽しみにしてる」
ミユキが答えると、リリアーナの目がうれしそうにきらめいた。
『よかった。やっぱりリリアーナの笑顔はすてき』
自分も口元がゆるんでしまうのが抑えられない。それが不思議と心地よかった。
二人で食事を終えると、リリアーナは選択課題の研究会へ、ミユキは図書館へと向かった。
別れ際、リリアーナが振り返って手を振る。
その笑顔は本当に嬉しそうで、大きな瞳がうるんと輝いている。
『友達って……いいものだな』
◇
図書館に向かう途中——。
「あ、あの……ヴェルナー嬢……」
控えめな声がした。
振り向くと、赤茶色の巻き髪の少女が立っていた。
シャルロッテ・フォン・グリムハイム。
侯爵令嬢で、以前は「高飛車なお嬢様」としてリリアーナを見下していた。
「シャルロッテさん……?」
「その……また、魔法陣の勉強を教えていただけますか……?」
以前なら視線をそらして早口で言うところを、シャルロッテは今日、まっすぐこちらを見ていた。プライドの棘がどこか丸くなったような声だった。
「もちろんです。一緒に頑張りましょう」
ミユキが微笑むと、シャルロッテの肩からすっと力が抜けた。
「あ、ありがとうございます……!」
『……本当に変わったよね、シャルロッテさん』
『でも、リリアーナとの約束の時間と重ならないようにしないと……』
ミユキは頭の中でスケジュールを確認する。さきほどリリアーナとは週末に予定を入れたが、今日なら大丈夫だ。
「じゃあ、今日の放課後、図書館で……」
「は、はい! お待ちしています!」
シャルロッテは、嬉しそうに頷いた。
◇
図書館に着くと、オフィーリアが古文書を抱えて待っていた。廊下ではヴィクトリアが社交パーティーの話を華やかに語りかけてくる。
シャルロッテ、オフィーリア、ヴィクトリア——彼女たちもまた、ミユキの日常に溶け込んでいた。
一人ひとりが異なる個性を持ちながらも、確かに友達だった。
◇
夜。寮の自室に戻ると、クララがベッドの上で本を読んでいる。
「おかえり、ミユキ! 今日も遅かったね」
クララが、明るく手を振った。
「ただいま、クララ……」
ミユキが荷物を置くと、クララが立ち上がった。
「おつかれさま! お夜食作ってくるね。今日は紅茶とクッキーがいい? この前ミユキに教わった簡単なやつなら、私でも作れるから!」
「クッキーだ! わーい!」
ミユキは思わず即答してしまう。クララ相手だと、つい十五歳の反応が出てしまう。
「あっと、クララ、いつもありがとう……でも、自分でやるから——」
「ダメダメ! あなた、まーた大人びちゃって無理する気でしょ? 疲れてんでしょ? 体壊したら大変だから、私が管理するの!」
クララは、そう言って部屋を飛び出していった。
ミユキの肩から、ふっと力が抜けた。
『前世なら深夜の甘いものは避けたのに……やっぱ肉体年齢に引っ張られてるのかな』
でも——それが、嫌じゃなかった。
クララ・フォン・アインベルク。
明るくて元気で世話焼き。良いルームメイトだ。
◇
ミユキは、ベッドに横たわった。
天井を見上げながら、前世のことを思い出す。
『前世では人間関係なんてうまくいかなくて……同僚とも距離があって、友達なんていなかった。けど、今はこんなにたくさんの人と繋がってる。ティーン女子的には友達がいっぱいで素直に嬉しい』
ミユキは、その不思議な縁に気づいて、静かに目を細めた。
『——今世は楽しいな……』
と、思った、その時——。
ふと、背筋が冷たくなる。
『……うわ。また、あの感覚』
ミユキは、素早く起き上がって窓の外を見る。
誰もいない。だが念のため——。
ミユキは小さく魔法陣を展開し、部屋の周囲の魔力をスキャンする。応用編の講義で学んだ調査方法だ。
——その瞬間。
ごくわずかな引っかかりを感じた。
『……?』
消えかけた魔力の残渣。まるで、誰かが直前まで魔力を行使していたような——微かな痕跡。
ミユキはもう一度、魔法陣を丁寧に展開して確認した。しかし、今度は何も検知できない。
『……やっぱり気のせい、じゃないかもしれない』
でも、何もつかめない。時々、誰かの視線を感じる。振り返っても、誰もいない——なのに。
『誰かが……いた』
確信に近い不安が、胸の奥に沈んでいく。
その時、ドアが開いた。
「ミユキ、お夜食だよー!」
クララが、トレイを持って戻ってきた。
「あれ? 窓の外見て、どうしたの?」
「……ううん、何でもない」
ミユキは、笑顔を作った。
でも、心の奥底で——何かが、動き出している気がした。
◇
その夜、ミユキはベッドに入り目を閉じる。
クララの寝息が、隣のベッドから聞こえてくる。
『お兄ちゃん……』
心の中で、兄の名前を呼ぶ。
前に見た夢が、まだ鮮明に残っている。バイクに乗る男性の姿。
そして——夢を見た。
ハイウェイをバイクで走る隼人の姿。
『お兄ちゃん!』
夢の中で叫ぶと、隼人の声が届いた。
「美幸……どこにいる!?」
『私、異世界にいるの……でも、無事だから……!』
「待ってろ、必ず——」
黒い影たちが隼人に襲いかかる。
隼人は怯まなかった。腰のベルトが光り、体に力が宿る——そして一気に踏み込んで、黒い影を打ち砕いた。
『オメガの野望からお前を取り戻すまで、俺は絶対に諦めない』
勝ち取った一瞬の静寂。そして夢は、白い光に包まれた。
「——っ!」
ミユキは、はっと目を覚ます。
全身が震えている。
涙が止まらない。
「お兄ちゃん……!」
声が、震える。
「ミユキ!?」
隣のベッドから、クララが飛び起きた。
「どうしたの!? 泣いて……」
クララが、慌ててミユキのベッドに駆け寄ってきた。
「ごめん、クララ……起こしちゃって……」
ミユキは、涙を拭おうとしたけれど——止められなかった。
「大丈夫……大丈夫だから……」
クララが、ミユキを抱きしめた。
温かい腕。ほんのり甘いお菓子の香り。
ミユキは、クララの肩で泣いた。
『お兄ちゃんが……私を探してる。諦めてない……』
クララが、ゆっくりと背中をさすった。
『これはきっと、希望の夢』
『お兄ちゃんが、諦めてない』
『いつか——必ず、会える』
そう信じて——ミユキは、涙を拭った。
クララは、そんなミユキを静かに抱きしめ続けた。
しばらく、そのままでいた。クララはただ傍にいてくれた。
やがて、ミユキの呼吸が落ち着いてきた頃——クララが、ふいに小さく笑った。
「ねぇ、聞いてくれる? 私の話なんだけど……」
「ん……。うん……」
クララが、少し照れくさそうに続けた。
「私、入学したてのころは魔法が全然できなくて……落ち込んでたんよ。家族に『才能がない』って言われて、自分でもそう思ってた。でもミユキが教えてくれて、少しずつできるようになったの」
「昨日の実技試験でさ、私、基礎魔法、成功したの。教授に褒められたのは初めてだった」
クララの声が、少し震えた。
「それでね、思ったの。私、才能がなくても、努力すれば少しずつ前に進めるんだって。あなたの、ミユキのおかげで、私にもできることがあるんだって」
その目には、涙が浮かんでいた。
「ふふ、私ももらい泣きしちゃった。でも、これは嬉しい涙だよ。ミユキのおかげ。ありがとうね。——私も、成長できてるよね?」
その言葉に、ミユキは涙を拭ってうなづいた。
「うん、私も、この涙、悲しいわけじゃなくて、たぶん、嬉しいんだ。クララ……本当に頑張ってたんだね」
「うん! 私だって頑張ってるから! ミユキも頑張ろ? これからも一緒に!」
クララが、元気よく答えた。
「私たち、一緒に頑張ろうね!」
◇
翌朝——。
「ミユキーーーっ! 起きてぇ! 朝だよぉ!」
クララの爆音で、ミユキは飛び起きた。
「うわっ! クララ、朝から元気すぎ……!」
「だって今日は魔法実技の日でしょ! 昨日自信ついたから、今日も頑張るんだもん!」
クララが、ベッドの上で飛び跳ねている。
ミユキは、寝ぼけ眼をこすりながら苦笑した。
『昨夜はあんなにしんみりした雰囲気だったのに……この子、本当にブレないな』
「ね、ね、起きてってば! 朝ごはん行こ! 今日は食堂にパンケーキが出るって噂なんだ!」
「……うん、わかった。行く、行くから……」
ミユキは、ゆっくりと立ち上がった。
それを見計らうように、クララがミユキの手をぐいと引っ張る。その手は温かくて、迷いがなかった。
窓の外には、朝日が差し込んでいた。
新しい一日が始まる。
友達がいる。支えてくれる仲間がいる。そして遠くで、きっと兄が自分を探してくれている。
『大丈夫。きっと、大丈夫』
ミユキは、クララと一緒に部屋を出た。
心の奥にある不安は消えないけれど——それでも、今は前を向いていられる。
友達と一緒に、一歩ずつ進んでいける。
そう信じて——朝の廊下を歩き出した。
**あとがき**
今回で第七章終了です。
前半は、ミユキとクラスメイトたちの交流を中心に描きました。それぞれのキャラクターが少しずつ距離を縮めていく様子を楽しんでいただけたら嬉しいです。
後半は、ミユキの夢と予兆を描きました。これからの展開で、この予兆がどんな意味を持つのか、ぜひ注目していただければと思います。
次回は第八章「新たな試練」開始の予定です。
とはいえちょっと先の展開も考えつつ、原稿書き溜めているので、毎日更新は少しお休みいたします。(風邪ひいてしまってちょと大変><)
別作品のほうがちょうどクライマックスですので、お休み中はあちらを楽しんでいただければと思います。
それでは、次回もよろしくお願いします! ちょっとまっててね!




