研究発表会と第一王子
### 7-17 研究発表会と第一王子
学園の大講堂は、月例研究発表会で賑わっていた。
高い天井には魔導照明が輝き、壁には歴代の偉大な魔法使いたちの肖像画が飾られている。客席には教授陣、学生たち、そして——今回は特別ゲストとして王族の姿もあった。
「さすがに緊張するな……」
ミユキは、発表用の資料を何度も確認しながら呟いた。
今日の発表は、セオドアとの共同研究「プログラマブル魔法陣理論」。一ヶ月間の研究成果を、学園全体に公開する。
「大丈夫だよ、ミユキ君」
隣に立つセオドアが、眼鏡を押し上げながら笑った。
「君の理論は完璧だ。自信を持って」
「……はい」
ミユキは、深呼吸をした。
客席には、クララの姿も見える。彼女は両手を握りしめて、こちらを応援している。トビアスやマルコも、前列に座っている。
そして——一番後ろの特別席には、金髪の青年が座っていた。
第一王子、アルベルト・フォン・エーデルシュタイン。
『やっぱり殿下本人が来てる』
ミユキの胃が、きゅっと縮まった。
『研究が王室に評価されるのはべつに良いのだけれど、王子から個人的な興味をもってほしくないってのは難しい……』
『でも——今日は研究発表。恋愛フラグとは関係ない……はず。しっかりやらなきゃ』
そう自分に言い聞かせる。
◇
「それでは、次の発表を始めます」
司会の教授が、壇上でアナウンスした。
「高等部一年の魔法理論学、セオドア・アルトマイヤー君とミユキ・フォン・ヴェルナー嬢による『プログラマブル魔法陣理論』です」
拍手が起こる。
ミユキとセオドアは、壇上に上がった。
心臓が、激しく鳴っている。
『大丈夫。落ち着いて。前世でも何度もプレゼンしてきたじゃないか』
深夜に一人でスライドを直し続けた記憶が蘇る。発表当日の朝、手が震えながらもなんとかやり遂げた、あの感覚。本番には、なぜかいつも間に合った。
「それでは、発表を始めます」
セオドアが、最初のスライド——魔法陣を投影する魔導装置——を起動した。
大きな魔法陣が、壇上の背後に浮かび上がる。
「従来の魔法陣は、一つの用途に特化しています」
セオドアが説明を始めた。
「火炎魔法なら火炎魔法、治癒魔法なら治癒魔法。それぞれ専用の魔法陣が必要でした」
次のスライドに、複数の魔法陣が並ぶ。
「しかし、この方法には問題があります。用途ごとに新しい魔法陣を描く必要があり、魔法使いの負担が大きい」
客席の学生たちが、頷いている。
「そこで——」
セオドアが、ミユキに視線を送った。
ミユキは、一歩前に出た。
「プログラマブル魔法陣理論を提案します」
新しいスライドが表示される。中央に大きな魔法陣、その周囲に小さな記号が配置されている。
変数、関数、条件分岐、ループ——ミユキとセオドアは、前世のプログラミング理論を魔法に落とし込んだ概念を、次々と実演を交えて説明していった。
魔法陣が光るたびに、客席から感嘆の声が漏れる。教授たちは、真剣な表情でメモを取っていた。
一ヶ月間の共同研究で培った連携が、ここで発揮されていた。
「実証実験の結果です」
ミユキが、最後のスライドを表示した。
「魔導時計の精度が二倍に向上。魔力消費は三十パーセント削減。魔法陣の設計時間は半分に短縮されました」
具体的な数字が並ぶ。
客席が、どよめいた。
「以上で、発表を終わります」
セオドアとミユキが、深々とお辞儀をした。
拍手が——鳴り止まなかった。
◇
「質疑応答に移ります」
司会の教授が言った。
すぐに、何人もの手が挙がる。
「魔法理論学のグスタフ教授、どうぞ」
年配の教授が立ち上がった。髭を蓄えた、厳格そうな顔つきだ。
「素晴らしい発表でした。しかし、一つ質問があります」
「はい」
セオドアが答える。
「伝統的な魔法理論を否定するのですか? 我々が何百年もかけて築いてきた魔法体系を」
鋭い質問だ。
保守派の教授らしい、批判的な視点。
ミユキは、深呼吸をした。
「いえ、否定ではありません」
ミユキが答える。
「発展させるだけです。基礎となる魔法理論は変わりません。ただ、その上に新しい構造を加えるだけです」
「プログラマブル魔法陣理論は、従来の魔法陣を包含します」
セオドアが補足する。
「従来の魔法陣も、この理論で説明できます。つまり、伝統を否定するのではなく、より深く理解するための道具なんです」
教授は、少し考え込んだ。
「……なるほど。理解しました」
そして、小さく頷いた。
「革新的だが、基礎を踏まえている。良い研究です」
拍手が起こる。
◇
次の質問者は、若い女性教授だった。
「実用化の可能性について教えてください」
「はい」
ミユキが答える。
「既に魔導時計で実証済みです。他の魔法道具にも応用できます」
「また、戦闘魔法や治癒魔法への応用も検討しています」
セオドアが続ける。
「実は、今日の次の発表で、その応用研究が紹介されます」
客席が、ざわめいた。
「次の発表?」
「はい。我々の友人が、応用研究を進めてくれています」
ミユキが微笑んだ。
◇
ミユキとセオドアが壇上を降りると、次の発表者が登壇した。
セシリアとエドワードだ。
「中等部三年の治癒魔法学、セシリア・ブラントン嬢と、騎士科のエドワード・アーベント君による『プログラマブル魔法陣の応用研究——治癒魔法と戦闘魔法への適用』です」
司会の教授が紹介する。
セシリアは、明るく笑顔で壇上に立った。エドワードは、やや緊張した面持ちだ。
「こんにちは! 私たちは、ミユキとセオドア先輩の理論を実際に使ってみました!」
セシリアの明るい声が響く。
「治癒魔法では、患者の状態に応じて魔力を自動調整できるようになりました」
スライドに、治癒魔法陣が表示される。
「従来の治癒魔法は、魔力を一定量流し込むだけでした。でも、患者の状態は一人ひとり違います」
「プログラマブル魔法陣なら、患者の魔力残量や傷の深さを自動判定して、最適な治癒を行えます」
実演として、セシリアが小さな傷を作り、治癒魔法を発動した。
魔法陣が光り、傷が瞬時に癒える。
「おお……」
客席から感嘆の声。
「戦闘魔法では——」
エドワードが続ける。
「敵の距離や属性に応じて、自動的に最適な攻撃を選択できます」
彼は剣を抜き、魔法陣を展開した。
「近距離なら炎の剣、中距離なら火球、遠距離なら炎の矢——同じ魔法陣で、状況判断して切り替えられます」
実演が続く。
客席は、完全に引き込まれていた。
「実戦訓練でも効果を確認しました。魔力消費は二十パーセント削減、反応速度は三倍に向上しました」
エドワードが、データを示す。
「以上です。ありがとうございました」
二人が、お辞儀をする。
拍手が——さらに大きく響いた。
◇
発表会が終わった後。
ミユキたち四人は、控室で一息ついていた。
「やったね、ミユキ!」
セシリアが、ミユキの手を握った。
「大成功だよ!」
「う、うん……」
ミユキは、まだ緊張が残っている様子で答えた。
「本当に素晴らしい発表だったぞ」
エドワードも笑顔だ。
「君たちの理論、実戦でも十分使えるし、今後も研究を続けたい」
「私も! 治癒魔法の可能性が、もっと広がった気がする!」
セシリアの声が弾む。
「みんな、ありがとう」
セオドアが、眼鏡を押し上げながら言った。
「一人じゃ、ここまで来られなかった」
その時——控室のドアがノックされた。
「どうぞ」
セオドアが答えると、扉が開き、金髪の青年が入ってきた。
第一王子、アルベルト。
四人は、慌てて立ち上がった。
「あ、アルベルト殿下……!」
セオドアが、慌てて礼をする。
ミユキも、慌てて頭を下げた。
『うわ、まずい。直接接触してきた……!』
『セシリアやエドワードに助けてもらいたいけど……さすがに王子様相手じゃ二人も何もできないよね……
私一人で、なんとかしないと……!』
◇
「素晴らしい発表だった」
アルベルトが、穏やかに微笑んだ。
「君たちの魔法理論、国の魔法技術向上に大いに役立つだろう」
「あ、ありがとうございます……」
ミユキが、緊張しながら答える。
「理論だけでなく、応用まで完成しているとは。友人の二人も見事だ」
アルベルトが、セシリアとエドワードにも視線を向ける。
「光栄です」
セシリアが、顔を赤らめながら答えた。
「よければ——」
アルベルトが、四人を見渡した。
「王宮の研究機関で、研究を続けないか? 資金も設備も提供しよう」
「え……!」
四人が、目を見開いた。
王宮の研究機関——それは、王国最高峰の研究施設だ。
「本当ですか!?」
セオドアが、興奮した声を出す。
「王宮で研究!?」
セシリアの笑顔が弾ける。
しかし——ミユキは、複雑な表情だった。
複雑な感情が交錯する。しかし——これは研究の話だ。それだけは確かだった。
「光栄ですが……」
ミユキが、慎重に答えた。
「まだ学生ですので……」
「もちろん、卒業後の話だ」
アルベルトが、優しく微笑んだ。
「じっくり考えてくれ。ただ——君たちの才能は、王国の宝だ。無駄にしてほしくない」
「……はい」
ミユキは、小さく頷いた。
『セオドア先輩も、王子も、私を「研究者」として見てる——んだよね。恋愛対象としてじゃなく……』
そう自分に言い聞かせる。
でも——一抹の不安は残った。
◇
アルベルトが控室を出て行った後。
四人は、しばらく呆然としていた。
『王宮での研究——セシリアの夢が、叶うかもしれないんだ……。だったら……私も、セシリアを応援しなきゃ、ね』
ミユキは、複雑な気持ちのまま、セシリアを見つめた。
「おうきゅう……」
セシリアが、呟いた。
「王宮で研究……夢みたい」
「すごいチャンスだな」
エドワードも、興奮を隠せない様子だ。
「でも、まだ学生だからな。まずは学園での研究を頑張ろう」
セオドアが、冷静に言った。
「そうだね……」
ミユキは、小さく頷いた。
だが、心の奥にわだかまる違和感は——自分でも、うまく説明できなかった。
◇ ◇
大講堂の外。
金色の髪の少女が、一人で立っていた。
リリアーナ・ローゼンベルク。
彼女は、発表会の様子を後ろの方から見ていた。
『ミユキさん……すごいな』
華やかな発表、教授たちの絶賛、そして王子様からの直接の賞賛。
リリアーナは、少し複雑な気持ちになった。
『私には、あんな才能はない』
『魔法は感覚で使ってるだけ。理論なんて、ほとんど分からない』
少し、劣等感を感じる。
緊張すると、無意識に袖を握りしめてしまう癖がある。周りをきょろきょろ見回してしまうことも。自分が小柄で、貴族の視線が怖いと感じる時もある。
『私は……小さくて、弱い』
そう自覚している。小さな背をさらに縮めるようにして、リリアーナは、こっそりと涙を拭った。
その時——背後から声がかかった。
「リリアーナ・ローゼンベルク嬢」
振り返ると、アルベルトが立っていた。
「あ、アルベルト殿下……!」
リリアーナは、慌てて礼をする。
「何を落ち込んでいるのかな? 君は見事な光魔法を使うのに」
アルベルトが、穏やかに微笑んだ。
「実技試験で見せた治癒の光、あれは本当に美しかった」
「あ、ありがとうございます……」
リリアーナは、顔を真っ赤にした。
心臓が、ドキドキと鳴る。
『王子様が……私に……』
「感覚で魔法を使えるのは、才能の証だ」
アルベルトが続ける。
「理論も大切だが、君のような直感的な魔法使いも必要だ。自信を持ってほしい」
「は、はい……!」
リリアーナは、涙が出そうになった。
劣等感を感じていた自分に、王子様が優しい言葉をかけてくれた。
『嬉しい……』
王子の言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んでいく。
ずっと、自分は他の生徒たちより劣っていると思っていた。難しい理論は分からない、魔法だって感覚に頼るだけ——そんな自分には、価値などないのだと。
でも——殿下は「才能の証だ」と言ってくれた。
自分が恥ずかしいと思っていたその部分を、正面から肯定してくれた。
胸の奥が、じわりと温かくなる。いつも縮こまってしまいがちな気持ちが、ほんの少しだけ、伸びようとしている——そんな感じがした。
『……私にも、できることが、あるのかもしれない』
アルベルトは、優雅に一礼して去っていった。
リリアーナは、その背中を見つめながら——胸の奥が温かくなるのを感じた。
『殿下は……優しい』
リリアーナは、小さく頬を染めた。
◇ ◇
その様子を、遠くから見ている人物がいた。
ミユキだ。
彼女は、廊下の角からそっと二人の様子を見ていた。
『よし……王子様の関心は、リリアーナに向いた』
ミユキは、内心でほっとした。
『これでいい。ゲーム本来の流れに戻った』
『私は研究者として関わるだけ。恋愛フラグは立たない』
そう自分に言い聞かせる。
でも——胸の奥に、小さな違和感が残った。
『本当に……これでいいのかな?』
その疑問を、ミユキは自分でも理解できなかった。
ただ——リリアーナの赤い顔と、アルベルトの優しい笑顔が、妙に心に引っかかった。
『……気にしすぎよね』
ミユキは首を振って、図書館へ向かった。
研究に集中すれば、こんな変な気持ちは消える——そう思いながら。
夕日が、学園の窓を赤く染めていた。
その違和感の正体は——まだ、わからなかった。




