すれ違い
### 7-15 すれ違い
家族からの返事が届いてから数日が経った。
領地から届いた手紙は、ミユキの心を温かくしてくれた。家族が応援してくれているという実感が、学園での日々をより充実したものにしている。
今日も図書館で研究に没頭していた。
「ミユキ君、この魔法陣の最適化パターンなんだが……」
セオドアが資料を広げながら話しかけてくる。プログラマブル魔法陣の理論構築は、かなり順調に進んでいた。
「ああ、そこは反復構造を簡略化できますね。こうすれば魔力消費を三割がた削減できるはずです」
ミユキは、ノートに魔法陣の図を描きながら説明する。
「なるほど……流石だな。この発想は、従来の魔法理論にはない」
セオドアが眼鏡を押し上げる。魔法の話になると、彼はいつも生き生きとした表情になる。
その時——。
「あ、あの……」
遠慮がちな声が聞こえた。
ミユキが顔を上げると、リリアーナが立っていた。いつもの柔らかな笑顔ではなく、少し緊張した表情をしている。
「リリアーナさん。どうしたんですか?」
「ええと……その、先日お借りした魔法理論の本、お返ししようと思って」
リリアーナは、本を差し出した。
「ああ、ありがとうございます」
ミユキは本を受け取る。
「その……」
リリアーナが何か言いかけた時、アルベルト王子が図書館に入ってきた。
「やあ、ミユキ君。セオドア君」
アルベルトは優雅に歩み寄ってくる。リリアーナは一瞬、目を丸くした。
「殿下。どうされましたか?」
「先日のプログラマブル魔法陣の話、詳しく聞きたくてね。王宮でも導入を検討したいと思っているんだ」
アルベルトの言葉に、セオドアが興味深そうに身を乗り出す。
「それは素晴らしい提案ですね。ミユキ君、これは大きなチャンスだ」
「え、えーっと……」
ミユキは、急な話に戸惑う。
その間、リリアーナはじっとその様子を見ていた。
王子と、高名な魔法学者の息子と、侯爵令嬢。
貴族同士が親しげに魔法の話をしている——。
リリアーナの表情が、わずかに曇った。
「あ、あの……それじゃあ、私はこれで」
リリアーナが小さく言った。
「え? あ、はい。本をありがとうございました」
ミユキは、攻略対象たちとへ対応と、研究の話に頭がいっぱいで、リリアーナの様子に気づかなかった。
リリアーナは、小さく会釈をして図書館を出て行った。その後ろ姿は、どこか寂しげであった。
しかし、ミユキは気づかない。
◇
翌日の昼食時——。
ミユキは、クララ、エドワードと一緒に学園食堂で食事をしていた。
「ねえねえ、ミユキ! 昨日、アルベルト殿下と話してたんだって?」
クララが、身を乗り出しながら尋ねてくる。
「すごいじゃない! 殿下と直接お話しできるなんて!」
「いや、別に大したことじゃ……」
ミユキは、少し困った顔をした。
その時、エドワードが何かを思い出したような表情をした。
「そういえば、リリアーナさん、最近元気がないように見えたな」
「え?」
ミユキは、きょとんとした。
「そう? そうだった?」
クララも首を傾げる。
「ああ。昨日、中庭ですれ違ったときも、なんだか元気がなかったんだ。リリアーナさんらしくない」
「……そうなんですか?」
ミユキは、首を傾げた。
『昨日、図書館で会ったけど……特に変わった様子はなかったような……』
「まあ、たまには元気がない日もあるわよね。誰だって疲れることはあるし」
クララが明るく言った。
「そうだな」
エドワードも頷いた。
ミユキは、その会話を聞きながらも、頭の中では魔法陣の構造について考えていた。
『昨日、セオドアと話した内容を整理しないと……研究発表会までに、論文を仕上げないといけない』
リリアーナの様子が気になると言われても、正直ピンとこなかった。
昨日も、特に変わった様子はなかったように思う。
『まあ、エドワードが気にかけてくれてるなら、大丈夫だろう』
ミユキは、そう結論づけて、食事を終えた。
◇
昼食後、ミユキが教室に戻ろうとしていると——。
「ミユキ!」
廊下で、セシリアが駆け寄ってきた。中等部の制服を着た彼女は、少し息を切らしている。
「セシリア? どうしたんですか?」
「あの……ちょっと話ししたいことがあって」
セシリアは、周りを気にしながら小声で言った。
「ええと……リリアーナさんのことなんだけど」
「リリアーナさん?」
「そう。最近、様子がおかしくない?」
セシリアは、心配そうな表情で続けた。
「昨日、図書館の前で見かけたんだけど……なんだか落ち込んでいるような感じだったの。ミユキなら何か知ってるかなって思って」
「え……?」
ミユキは、首を傾げた。
「昨日、図書館で会ったけど……特に変わった様子はなかったような……?」
「そうなんだ……」
セシリアは、少し心配そうな表情を浮かべた。
「でも、やっぱり元気がなかったのよ。何かあったのかな……」
「うーん……」
ミユキは、考え込んだ。
リリアーナは本を返しに来て、そのまま帰って行った。確かに、いつもの柔らかな笑顔ではなかったような気もする。
でも——。
「特に何か言っていたわけでもないし……大丈夫だと思うけど……」
ミユキは、軽く答えた。
「そっか、まあ、たまには元気がない日もあるのかな……。誰だって疲れることはあるしね」
セシリアは、少し納得いかない様子だったが、頷いた。
「でも、心配だから……もし何かあったら、教えてね」
「そうね、わかった」
ミユキは、頷いた。
セシリアは、もう一度心配そうな表情を浮かべてから、中等部の校舎へと戻って行った。
ミユキは、その後ろ姿を見送りながら、首を傾げる。
『リリアーナさん、そんなに元気がなかった……かな……?』
しかし、すぐに頭の中は魔法陣の構造に戻っていた。
『昨日、セオドアと話した内容を整理しないと……早く論文を仕上げなくっちゃ』
ミユキは、教室へと向かった。
◇ ◇
その頃——。
リリアーナは、選択教室で一人、窓の外を見ていた。
『ミユキさん……アルベルト殿下やセオドア様と、とても親しげに話していたわね』
昨日の図書館での光景が、頭から離れなかった。
『やっぱり、貴族同士で固まるんだ……』
ミユキは、いつも優しく接してくれた。魔法の話を一緒にするのも楽しかった。
でも——。
『私は、平民。ミユキさんは侯爵令嬢。本当に友達になれると思っていたのは、私だけだったのかな……』
お茶会イベントが、数日後に迫っていた。
ミユキは本当に優しかった。魔法の話をしている時の彼女の笑顔が、今でも忘れられない。
でも——。
『でも、結局は貴族同士で話すのが楽しいんだ……』
リリアーナは、小さく溜息をついた。
窓の外では、春の風が木々を揺らしていた。
お茶会イベントまで、あと数日。
リリアーナの胸には、小さな不安が広がっていた。




