魔動機関研究会への勧誘
### 7-12 魔動機関研究会への勧誘
翌日の昼休み。
ミユキは、セオドアとの研究について考えながら中庭を歩いていた。
『昨日、セオドア先輩と魔法理論の話をした……研究仲間として協力することになった』
不安がないわけではない。
でも——覚悟は決めた。
研究は研究。恋愛フラグを立てなければ大丈夫!
◇
「ヴェルナー嬢!」
突然、声がかかった。
振り向くと——背の高い青年が立っていた
がっしりとした体格に、どこか職人的な雰囲気がある。
「はい……何か?」
ミユキは少し警戒しながら答えた。
『誰だろう? ゲームには出てこなかったキャラだ』
「君、魔法陣デバッグで有名になってるよな」
笑顔で近づいてくる。
「ま、まあ、そうみたいですけど……」
「それでさ——うちの研究会に来ないか?」
「え?」
◇
「俺はトビアス・シュミット。高等部二年生で、魔動機関研究会の会長を務めている」
トビアスが説明を始めた。
「魔法を動力源とする機械——魔動時計、魔法陣式リフト、魔動車、色々あるよな、でも、特に魔動機関には実用化されてるものはまだとても少ない。研究開発が必要なんだよ」
魔動機関研究会、幼なじみのセシリアとエドワードと、ともに作ろうと話していた会である。
『そういえば、入学式の時、もう研究会があるってエドワードが言っていたっけ……』
「君の魔法陣理論——あれ、魔動機関の発展に応用できると思うんだ」
トビアスが熱っぽく語る。
「興味ない?」
◇
「……正直、興味、あります」
ミユキは素直に答えた。
魔動バイク《ジルバーヴィンド》を整備し、領内を走った日々。つい最近のことなのにずいぶん前に感じる。
「それじゃ、決まりだな!」
トビアスが嬉しそうに手を叩いた。
「研究会の部室、今度案内するよ」
「あ、はい……」
ミユキは少し戸惑いながらも、頷いた。
◇
その時——。
「トビアス、また勝手に勧誘してるのか」
新しい声が響いた。
振り向くと——マルコ・ロッシーニが立っていた。
こちらはゲームの攻略対象の一人、商人貴族の御曹司だ。
茶色の髪に、柔らかい笑顔。人当たりの良い雰囲気がある。
ミユキは緊張した。
攻略対象だ。あまり近づいてはいけない。
「マルコ、お前も研究会に行くのか?」
「ああ。資金援助と、商品化の相談でね」
マルコが笑う。
そして、ミユキに視線を向けた。
「やあ、ヴェルナー嬢。また会ったね」
「マルコさん……」
ミユキは少し警戒しながらも、礼儀正しく答えた。
『料理対決の時に声をかけてきた人だ……攻略対象の一人』
「研究会には、資金援助と商品化の相談で関わっているんだ」
マルコが説明する。
「そうだったんですね」
「あの時も思ったけど、君みたいに真剣に学問を追求する令嬢は珍しい」
マルコが興味深そうに言う。
「普通は社交ばかりに興味があるからね」
◇
「それで——」
マルコが少し真剣な表情になった。
「君、魔動機械の改良に興味があるんじゃないかい?」
「え?」
「実はね、研究会で魔導時計を開発してるんだけど——まだ実用化には遠い」
「効率が悪くて、コストもかかる」
「君の魔法陣理論で、それを改善できないかって話なんだ」
ミユキは、少し考えた。
「……見せてもらえますか?」
「もちろん」
◇
数分後——ミユキは、魔動機関研究会の部室にいた。
広い部屋に、様々な魔動機械が並んでいる。
魔導時計、小型の魔動車まである……。
まるで、工房のような雰囲気だ。
『これは……すごい』
ミユキは息を呑んだ。
前世のエンジニアの血が騒ぐ。
「これが、今開発中の魔導時計だ」
トビアスが、小さな時計を見せた。
精巧な作りで、文字盤の裏に魔法陣が描かれている。
「魔力を注入すると——ほら、動く」
時計の針が、ゆっくりと回り始めた。
しかし——すぐに止まってしまう。
「魔力のロスが大きすぎるんだ」
トビアスがため息をついた。
「一日中動かすには、大きな魔石をつかうか何度も魔力を注入しないといけない」
◇
ミユキは、時計の魔法陣を凝視した。
『これは……確かに効率が悪い。時計の正確さを求めたせいか魔力供給の経路が無駄に複雑で……それに、駆動部分の魔法陣も最適化されていない』
頭の中で、プログラムを組むように魔法陣を再設計していく。
「……貸してもらえますか?」
「え? ああ、どうぞ」
トビアスが時計を渡した。
ミユキは、魔法陣ペンを取り出して——時計の裏面に追加の魔法陣を描き始めた。
「ちょっと待って……君、何を……?」
マルコが驚いた声を出す。
◇
五分後——ミユキは、魔法陣ペンを置いた。
「これで……試してみてください」
「え? もう?」
トビアスが半信半疑で時計に魔力を注入する。
その瞬間——。
カチ、カチ、カチ。
時計の針が——滑らかに、リズミカルに回り始めた。
そして——止まらない。
「え……うそ……だろう?」
トビアスが目を見開く。
「魔力の消費が……半分以下になってる!?」
「どうやったんだ……!?」
部室にいた他のメンバーたちも、驚愕の表情で集まってくる。
◇
「魔力供給の経路を最適化して、無駄な部分を省きました」
ミユキが説明する。
「それと、駆動部分の魔法陣を単純化して——」
「待って待って!」
マルコが手を上げた。
「君、それ——たった五分で改良したの!?」
「え、ええ……」
ミユキは、少し戸惑った。
『また、やりすぎちゃった……?』
「これは……革命だ」
マルコが真剣な表情で言った。
「この技術、商品化できる」
「え?」
「ビジネスの提案がある。君の改良した魔動機械、商品化しないか?」
◇
「この魔導時計——貴族や商人に需要があるんだ」
マルコが熱心に説明する。
「効率的で、実用的な魔動機械なら、絶対に売れる」
「それに——」
マルコがニヤリと笑った。
「魔動バイクも、だろ?」
「え?」
ミユキは目を見開いた。
◇
「君の領地で、ドワーフの職人——アグス・アイアンハンマーが魔導車の改良をしてるって聞いた」
マルコが言った。
「それも、君の設計図を元にしてるんだろ?」
「どこで……」
「商人は情報が命さ」
マルコがウィンクする。
「ドワーフの名工が魔動バイクを開発してるって聞いたら——調べるだろ?」
ミユキは、小さく息を吐いた。
「開発資金を提供する代わりに、販売権を分けてほしい」
マルコが提案する。
「実用に耐える魔動バイクは——色々な需要があるはずだ」
「冒険者向け、商人向け、貴族向け……市場は大きい」
◇
『どうしよう。マルコは攻略対象なのに……でも、恋愛ネタじゃなく研究とビジネスの話なら……』
「じょ……条件次第では」
ビジネス。魅力的な提案だ。
アグスさんの技術と、マルコの販売力があれば——魔動バイクを世界中に広められる。
「でも、アグスさんの許可も必要です」
「もちろん。職人への敬意は忘れないさ」
マルコが頷く。
「詳細は後日、話し合おう」
◇
「ミユキー!」
その時——明るい声が響いた。
振り向くと——セシリアとエドワードが部室に入ってきた。
「セシリア! エドワード!」
ミユキは、嬉しそうに二人を見た。
「聞いたよ! 魔動機関研究会に入ったんだって?」
「え? まだ入るとは言って……」
いないんだけど、という声を遮って、セシリアが嬉しそうに飛びついてくる。
「私たちも入るから! 約束通り、一緒に研究しようね!」
「そうだな。お前と一緒なら、色々できそうだ」
エドワードも笑顔で頷く。
『うーん、まあ、入るつもりだったし、いっかあ』
◇
「君たちも入るのか?」
トビアスが驚いた。
「もちろん! 私たちはミユキと一緒に研究するんだから!」
セシリアが胸を張る。
「私、治癒魔法にプログラマブル魔法陣を応用したいの」
「俺は戦闘系の魔法だな」
エドワードが腕を組む。
「状況に応じて威力を変えられる魔法陣——実戦で試してみたいんだ」
トビアスとマルコが、顔を見合わせた。
「いいな、急にメンバーが集まってきたな」
トビアスが苦笑する。
「これは——魔動機関研究会が、一気に有名になりそうだ」
◇
ミユキは、二人を見て——ほっとした。
幼馴染たちがいる。
それが——何よりの安心材料だった。
「それじゃ、正式に歓迎するよ!」
トビアスが笑顔で手を差し出した。
「魔動機関研究会へようこそ!」
「よろしくお願いします」
ミユキは、その手を握った。
セシリアとエドワードも、嬉しそうに笑っている。
マルコも、満足そうな表情だ。
『あとで二人にはマルコのことを相談しよう。きっと助けてくれる』
ミユキは、小さく笑みを浮かべた。
前世では味わえなかった、友人たちとものづくりが楽しめそうな予感を覚える。
◇
その後、ミユキたち三人は研究会の説明を受けた。
活動日、研究テーマ、年度末の研究発表会——。
トビアスの説明を聞きながら、ミユキはふと考える。
『研究発表会……ゲームにはそんなイベントあったかな?』
オリジナル展開が増えている気がする。
「じゃあ、次回から実験を始めよう!」
トビアスが元気よく言った。
「ミユキの理論で、魔動機械に革命を起こすぞ!」
「は、はい……!」
ミユキは、少し照れながら答えた。
こうして——魔動機関研究会での活動が始まった。
新しい仲間、新しい挑戦。
ミユキの学園生活は——前に進み始めていた。
◇ ◇ ◇
その夜——。
寮の自室に戻ったミユキは、ベッドに横たわった。
クララはまだ夕食から戻っていない。
静かな部屋で、一人。
『今日も……色々あったな』
研究会への勧誘、新しい仲間との出会い。
ミユキは、窓の外を見た。
大月と小月が、夜空に浮かんでいる。
前世では見ることのなかった、二つの月。
『この世界に来てから……もう三年か……』
もうしっかりこの世界に馴染んだといえよう。
でも——まだ、前世のことを忘れたわけじゃない。
あの孤独な日々。
そして——。
『お兄ちゃん……』
そう思った瞬間——。
強い眠気が襲ってきた。
ミユキは、そのまま眠りに落ちた。
◇
また——夢を見た。
前回よりも——少し鮮明な夢。
暗い場所。でも、今度は周囲の景色がぼんやりと見える。
ビルの谷間のような場所。
そして——遠くに、人影が見えた。
前回は声だけだったけど、今度はシルエットがはっきりしている。
誰か——が、こちらを見ている。
「……誰?」
ミユキは、夢の中で声を出した。
人影が、少し動いた。
バイク——?
強い力を感じる乗り物が、その人の傍らにある。
エンジン音が、遠くから聞こえる。
懐かしい音。
前世で、兄と一緒にバイクを整備していた時の——あの音。
「待って……」
ミユキは手を伸ばした。
でも——距離は遠い。
人影は、バイクに跨った。
そして——。
エンジン音が大きくなる。
光が——その人を包み込む。
光とともに力が宿り、何かに変身しているような——。
「待って! 行かないで!」
ミユキは叫んだ。
でも——声は届かない。
人影は、光に包まれたまま——バイクを走らせた。
轟音を響かせて、遠ざかっていく。
「待って……!」
ミユキは必死に追いかけた。
でも——足が動かない。
まるで、泥の中を歩いているように。
人影は——遠く、遠く。
そして——。
光が消えた。
◇
ミユキは、はっと目を覚ました。
「……夢……?」
心臓が、激しく鳴っている。
額には、汗がにじんでいた。
「また……あの夢……」
前回よりも鮮明だった。
人影が見えた。
バイクも見えた。
そして——変身する光。
『誰だったんだろう……』
胸の奥が——妙に苦しい。
懐かしいような、切ないような。
『あの人……知ってる気がする』
『でも——誰?』
窓の外では、大月と小月が静かに輝いていた。
ミユキは、胸に手を当てた。
鼓動が——まだ早い。
「お兄ちゃん……なのかな……」
小さく呟いた。
でも——確信は持てない。
ただ——。
『また、夢を見れるかもしれない』
『もっと鮮明に。こんどこそ、次は——顔が見えるかもしれない』
そう思うと——少しだけ、胸が温かくなった。
ミユキは、再びベッドに横たわった。
今度は、すぐには眠れなかった。
朝が来るまで——その夢の余韻が、胸の中に残り続けた。




