商談——具体的な条件
### 7-13 商談——具体的な条件
魔動機関研究会への入会から三日後。
ミユキは、部室でマルコ・ロッシーニと向き合っていた。
三日前、マルコから魔導時計と魔動バイクの商品化提案を受けた。今日は、その具体的な条件を詰める日だ。
トビアスも同席している。研究会の会長として、契約内容を確認する必要があるからだ。
事情を話しておいたセシリアとエドワードも来てくれている。彼らは少し離れた作業台で自分たちの研究を進めているが、時折こちらを気にしている様子だ。
「それじゃ、改めて提案させてもらうよ」
マルコが、テーブルに書類を広げた。
商品化契約書のドラフトだ。
「まず——魔導時計の件」
◇
マルコの説明は、明快だった。
「初期投資として、開発資金を提供する」
「量産体制の確立、職人の雇用、材料の確保——全てうちの商会が負担する」
「その代わり、販売利益の四割を商会が取る。残りの六割は、研究会とヴェルナー嬢で分ける」
ミユキは、慎重に条件を確認した。
「六割のうち、研究会と私の配分は?」
「こちらとしては研究会に二割、ヴェルナー嬢に四割を提案したい」
マルコが答えた。
「君の技術が核心だからね」
「それに——今後も改良版を開発してもらう必要がある」
トビアスが口を挟んだ。
「研究会としては文句ないぜ。その配分は、設備投資に回すつもりだ。新しい実験器具も必要だしな」
「……分かりました」
ミユキは頷いた。
『悪くない条件だ。むしろ、良すぎるくらい』
前世の知識で判断しても、これは好条件だろう。
◇
「次に——魔動バイクの件」
マルコが別の書類を取り出した。
「こちらは、開発がまだ途中段階だね」
「はい……まだプロトタイプというか、一台だけは完成していますが、以前の魔動バイクの改良ですし、量産にはまだまだ課題があります」
ミユキが答える。
「それに、アグスさんの技術と許可も必要です」
「もちろん。だから——まずはアグス・アイアンハンマー氏と直接会って話をしたい」
マルコが真剣な表情で言った。
「職人への敬意なしに、ビジネスは成立しない」
「それに——魔動バイクは複雑だ。量産するには、ドワーフの技術が不可欠だろう」
ミユキは、マルコの誠実さを感じた。
『この人、本気だ。ちゃんとアグスさんを尊重してくれる』
「では、次の長期休暇に、私の領地に来てもらえますか?」
ミユキが提案した。
「アグスさんの工房を見てもらって、直接話をしましょう」
「ぜひそうさせてもらうよ」
マルコが笑顔で頷いた。
◇
「それと——もう一つ条件がある」
マルコが真剣な顔になった。
「魔動バイクについては、独占販売権をいただきたい」
「え? 独占……?」
ミユキが眉をひそめる。
「最初の五年間は、うちの商会だけが魔動バイクを販売する」
「その代わり、王国全土——いや、隣国にまで確実に広げる」
ミユキは、慎重に考えた。
『独占販売権……おいしい話にはリスクもありそう?』
「販売実績が思わしくない場合は?」
「その場合は、三年目以降契約を見直す」
マルコが即答した。
「年間販売の最低ラインを決めよう。それを下回ったら、独占権は放棄する」
「……分かりました」
ミユキは頷いた。
『やっぱりマルコは本気で売る気があるみたい。それに、この世界に魔動バイクが沢山走ってる光景は私も見てみたい……』
利益配分などの細かな条件は、契約書のドラフトにまとめられている。
商会が投資と量産体制を負担し、販売利益の三割を商会が取る。残り七割はアグス氏に五割、ミユキに二割——それがマルコの提案だ。
◇
「……長期休暇の時に、アグスさんと直接話をしましょう。彼が納得すれば、契約を進めてもいいと思います」
「ありがとう」
マルコが満足そうに笑った。
◇
「トビアス、研究会としても協力してもらえるかい?」
マルコがトビアスに向き直った。
「もちろんだ! 魔動機械の実用化は、俺たちの目標でもあるからな!」
トビアスが力強く頷く。
セシリアとエドワードも、嬉しそうな表情だ。
「私たちも協力するわ!」
「俺も手伝うよ!」
皆の協力を得られて——ミユキは、ほっとした。
『一人じゃない。みんなで一緒に』
その安心感が、胸に広がる。
◇
「それじゃ、契約書のドラフトを持ち帰って、家族と相談してくれ」
マルコが書類をまとめた。
「次の休みに領地を訪問するから、その時に正式契約を結ぼう」
「はい……分かりました」
ミユキは、書類を受け取った。
『父上や母上にも相談しないと……』
マルコが立ち上がろうとした、その時——。
「あ、そうそう」
彼は振り返った。
「ヴェルナー嬢、一つだけ忠告させてもらうよ」
「……何ですか?」
「君のプログラマブル魔法陣——非常に革新的だ。これから色々な人が注目するだろう」
マルコの表情が、真剣になった。
「だから——気をつけてほしい」
「気をつけて……?」
「新しい技術には、必ず敵も現れる」
その言葉に、ミユキははっとする。
「技術を盗もうとする者、妨害する者——色々いる。特に、学園の外では」
「……分かりました」
「心配させてすまないね」
マルコが苦笑した。
「でも、商人は情報が命だから。怪しい動きがあれば、すぐに伝えるよ」
「……ありがとうございます」
◇
マルコとトビアスが部室を出ていった後——。
少しの沈黙が流れた。
「マルコさん、意味深なこと言っていたね」
セシリアが不安そうに呟いた。
「あいつは例の攻略対象ってやつなんだろ?」
エドワードが腕を組む。
「でもまあ——俺たちがついてる。何かあったら守るさ」
「うん……ありがとう」
ミユキは、二人に微笑みかけた。
でも——心の奥に、小さな不安が残る。
『新しい技術には、必ず敵も現れる……』
マルコの言葉が、頭から離れない。
◇
その時——。
ふと、視線を感じた。
窓の外を見る。
中庭には、学生たちが普通に歩いている。
でも——木陰に、何かの影が見えた気がした。
目を凝らす。
しかし——もう何も見えない。
『……また』
最近、何度も感じるこの感覚。
誰かが——私を見ている。
『気のせい……よね』
でも、胸の奥の不安は消えない。
◇
「ミユキ、大丈夫?」
セシリアが心配そうに覗き込んできた。
「う、うん! 大丈夫!」
ミユキは慌てて笑顔を作った。
仲間がいる。
それが——何よりも心強い。
『進むしかない。みんながいるから』
そう自分に言い聞かせた。
でも——窓の外の影が、頭から離れなかった。
◇ ◇ ◇
——その夜。
学園の外れ、誰も立ち入らない旧校舎の地下。
暗闇の中——一つの光が灯った。
小型の魔導端末。
その画面には——『Ω』のマークが表示されている。
「実験体No.01——機械産業への関与を確認」
フードを被った人影が、端末に記録を入力する。
「大手商会との接触——確認」
「商品化計画——進行中」
「監視継続——推奨」
画面には、ミユキの顔が映し出されている。
研究会での様子、マルコとの商談——全てが記録されている。
「本部への報告——完了」
人影は、端末を閉じた。
そして——静かに立ち去る。
気配を完全に消して、影のように溶けていく。
旧校舎の壁に、一瞬だけ——『Ω』の紋章が浮かび上がった。
そして——すぐに消えた。
まるで、最初から誰もいなかったかのように。




