図書館にて——セオドアの提案
### 7-11 図書館にて——セオドアの提案
ミユキは、学園の図書館にいた。
広大な図書館。
天井まで届く本棚がいくつも並び、古い魔法書が整然と収められている。
窓から差し込む夕日が、埃っぽい空気を照らしていた。
『魔法理論、この世界でどう進化してきたのかもっと深く知りたい』
ミユキは、魔法陣の歴史書を手に取った。
古代魔法、魔法陣の発展、魔動機関の理論……。
前世のプログラミング知識と照らし合わせながら、一心不乱に読み進める。
『やっぱり、上級とされている魔法陣はプログラムのクラス構造に似てる』
ミユキは、ノートに魔法陣の構造を書き込んだ。
図書館は静かで——集中するには最適だった。
◇
「ヴェルナー嬢、この前は軽く挨拶しただけだったが」
突然、声がかかった。
振り返ると——眼鏡をかけた青年が立っていた。
セオドア・アルブレヒト。
学園一の秀才と言われる、高等部三年生だ。先日もこの図書館で会った時に話をした。
黒髪に、知的な印象を与える眼鏡。落ち着いた雰囲気がある。
「セオドア先輩……何か?」
ミユキは、少し警戒する。彼はゲームの攻略対象。知識欲旺盛な学者タイプだ。
セオドアは、ミユキの前に座った。
「君の魔法理論について、改めて詳しく聞かせてもらえないか」
「……」
「あの日は軽い話だけだったからね。もっと深く議論したいんだよ」
その目は——興味深そうに知識を求めていた。
◇
「ここ、いいかな」
と言って向かいの席に座るセオドア。
あまり接点を持ちたくないが、逃げ出すわけにもいかなそうだ。
ミユキは、少し考えてから答えた。
「……魔法理論の、どの部分に興味が?」
「実技試験での魔法陣デバッグ」
セオドアが身を乗り出した。
「君は、暴走した魔法陣を直接修正した」
「従来の魔法理論では考えられない速度でだ」
「どうやったんだ?」
ミユキは、仕方なくノートを開き説明する。
純粋に研究の話なら——主人公リリアーナから彼を奪うような恋愛フラグにはならない。ハズ……。
「魔法陣は……関数のように扱えます」
「関数……?」
「はい」
ミユキは、図を描きながら説明した。
「入力パラメータを変えれば、同じ構造で異なる効果を生み出せます」
「魔法陣の『構造』と『パラメータ』を分離するんです」
セオドアの目が——輝いた。
「それだ!」
「え?」
「僕が求めていた概念だ!」
セオドアが興奮した様子で言った。
「魔法陣の汎用性……!」
「これが実現できれば、魔法理論の革命になる!」
ミユキは——少し驚いた。
『理解が早い……さすが学園一の秀才』
◇
二人は、そのまま魔法理論について議論し始めた。
ミユキがプログラミング的な考え方を説明すると、セオドアは即座に理解した。
「変数の概念を魔力量に適用すれば……」
「条件分岐してサブルーチンも実装できますね」
「ループ処理は……魔法陣の反復構造で……」
二人の会話が、どんどん白熱していく。
周囲の学生たちが、不思議そうに二人を見ていた。
でも、二人は気にしなかった。
『楽しい……!』
ミユキは、心から思った。
『前世で、プログラミングの話をした時みたい』
『誰かと、こんなに深く議論できるなんて』
前世では、こんな経験はなかった。
でも今——セオドアは、全てを理解してくれる。
『この世界に来て……良かった』
そう思えた。
◇
一時間ほど議論した後——。
セオドアは、不意に口を開いた。
「一緒に、研究論文を書かないか?」
「え?」
「学園の研究発表会に出そう」
セオドアが、ノートを指さした。
「君の理論を、正式な論文にまとめたい。いや、まとめなければ! これは……魔法史に残る発見だ!」
彼の目には、純粋な学術的興奮が宿っていた。
ミユキは、少し考え込んだ。
「ええっと……でも」
「どうした?」
ここにきて、彼が攻略対象であることを思い出すミユキだった。
「あの……男性と……二人きりで研究というのは、少し……」
ミユキが、わずかに視線を逸らした。
確かに研究は魅力的だ。
でも、乙女ゲーム世界で攻略対象と二人きりで過ごすのは——リスクが高い。
『恋愛フラグを立てたくない……』
セオドアは、一瞬驚いた顔をした。
そして——少し考えてから、真面目な表情で言った。
「ああ、そうか……すまない」
「僕としても、研究が主な目的なんだ」
彼は、眼鏡を直しながら、しどろもどろ、といった風に答えた。
「もちろん……ヴェルナー嬢が魅力的でない。なんてことは、いや、決してないんだが……。だが、僕は何よりも学問を優先したい。恋愛より、知識を追い求めることの方が——僕には価値があるのだ」
その言葉に、ミユキは少し安堵した。
『研究仲間……それなら』
でも、まだ少し迷いがあった。
その時——。
「あの……」
静かな声が響いた。
振り向くと——銀髪の少女が立っていた。
オフィーリア・シュトラウス。
図書委員で、古文書の研究をしている高等部二年生だ。
彼女は、古い本を抱えていた。
「お二人の議論……興味深く聞かせていただきました」
オフィーリアが、少し恥ずかしそうに言った。
「もし……男性と二人きりでなくなれば、よろしいのですよね?」
「え?」
ミユキが、目を見開いた。
「私も、お二人の研究に参加させていただけないでしょうか」
オフィーリアが、本を差し出した。
「これ、役立つかもしれませんわ」
「古代の魔法陣設計書です」
「古代の……!」
ミユキが、ページを開く。
そこには——複雑な魔法陣の図が描かれていた。
「これは……失伝技術……」
セオドアが、息を呑んだ。
「古代魔法は、現代魔法より遥かに高度だった」
「でも、理論が失われて……再現できなくなった」
「ええ」
オフィーリアが頷いた。
「でも、ヴェルナー嬢の理論なら……」
「古代魔法を、現代に蘇らせることができるかもしれません」
ミユキは——古文書を見つめた。
『この魔法陣……プログラミングの高度な設計パターンに似てる』
『デザインパターン……オブジェクト指向……』
『古代の魔法使いは、こんなに高度な概念を理解していた……?』
驚きと、興奮が入り混じる。
「……はい」
ミユキは、二人を見た。
「三人で、研究しましょう」
セオドアとオフィーリアが——笑顔で頷いた。
「研究者同士として」
セオドアが、穏やかに言った。
ミユキは——ほっとした。
研究仲間。
それなら、問題ないだろう。
こうして——三人の研究チームが結成された。




