入学前の買い物——王都の煌めき
## 第七章:王立魔法学園編 ―煌めきの日々―
### 7-1 入学前の買い物——王都の煌めき
春の陽光が馬車の窓から差し込んで、ミユキの銀髪を金色に染めていく。
前回王都を訪れたのは、社交界デビュタントの準備のためだった。あの時は緊張でガチガチで、景色を楽しむ余裕なんてなかった。けれど今回は違う。学園生活への期待と、さまざまな不安を胸に、ミユキは再び王都エーデルハイムへ向かっていた。
15歳になったミユキ・フォン・ヴェルナーは、王立魔法学園高等部への特例入学が認められた。通常は16歳で入学するところを、一年早く。プログラマブル魔法陣の研究成果が評価されたのだという。
嬉しい反面、もちろん不安もある。
『飛び級のせいで最初から注目を浴びてる。おかげで主人公リリアーナと同学年になってしまう。そして、悪役令嬢イベントが始まる……。やばいなあ』
考えるだけで胃が痛くなりそうだ。でも、ここまできて引き返すわけにはいかないだろう。ミユキはしかたのないことはあまり考えないようにして、景色を楽しむことにした。
馬車の外には、白大理石の建造物が立ち並ぶ。カラフルな屋根、魔導照明が輝く街灯、空を飛ぶ魔導輝石を使った飾り提灯。前回は目に入らなかったそれらが、今はとても新鮮に映る。
「ミユキ、口が開きっぱなしよ。辺境の田舎娘に見えちゃうわ」
隣に座る姉、ソフィアがくすくす笑いながら言った。20歳になった姉は、相変わらず優雅で美しい。金色の髪を編み込んで、エメラルドグリーンのドレスを着こなしている。
「だ、だって……すごく綺麗で」
思ったより景色に心を奪われていたらしい。ミユキは慌てて口を閉じた。
「ふふ、可愛い反応ね」
向かいに座る母、カタリーナが微笑んだ。母は黒髪をアップにまとめ、深い青のドレスを着ている。その表情は穏やかで、ミユキを見守るような優しさに満ちていた。
「でも確かに、辺境とは違うわ。王都は華やかだもの」
「……はい」
ミユキは頷いた。
領地ヴァルフェルも好きだ。麦畑が広がる静かな風景、顔見知りの町の人々、アグスさんの工房。でも王都は違う。魔法技術の最先端が集まる場所。研究者としては、心が躍る。
「わが妹よ、緊張しているのか?」
馬車の端に座る兄、フリードリヒが仰々しく声をかけてきた。18歳になった兄は、騎士団見習いの制服姿だ。黒い軍服に銀の徽章が光っている。
「うん、少しだけ……」
「そうか。まあ、学園では俺もいるから安心しろ」
冗談めかしてミユキの気持ちを楽にさせようとしたのだろう。兄は少し照れたように頭を掻いた。
「何かあったらすぐ呼べ。すぐに駆けつけるからな!」
『またこのセリフ……お兄様、領地を発つ時も、社交界デビューの時も言ってたな』
ミユキは心の中で苦笑した。フリードリヒの「駆けつける」宣言は、もはや家族の中で定番になっている。でも、もちろんそれが嘘ではないことも知っている。本当に困った時には必ず駆けつけてくれる。だからこそ、頼もしい。
「ふふふ。お兄様、頼もしいです」
ミユキは笑った。家族がいる。それだけで、不安が少し和らぐ。
やがて馬車は王都の中心街に入った。大通りには貴族の馬車や商人の荷車が行き交い、歩道には色とりどりの服を着た人々が歩いている。露店が並び、魔法道具や宝石、香辛料の香りが混ざり合う。
『贅沢な生活だな……』
つい前世の記憶が蘇る。あの頃とは比べものにならない。
「さあ、着いたわよ」
母の声で我に返る。馬車が停まり、従者が扉を開けた。
◇
最初の目的地は、魔法道具専門店「アルケミスタの工房」だった。
店の外観からして圧倒される。三階建ての石造りの建物で、窓には虹色に輝く魔法陣が描かれている。扉は重厚な木製で、取っ手には魔法の鍵がかかっているのが見える。
扉を押すと、チリンチリンと心地よい音が鳴った。
「いらっしゃいませ」
店主らしき老人が奥から現れた。白いローブを着て、長い白髭を蓄えている。まるで絵本に出てくる魔法使いそのものだ。
「ヴェルナー侯爵家の皆様、ようこそ」
店主は丁寧にお辞儀をした。
「娘の学園入学の準備に参りました」
母が優雅に答える。
「おお、それはおめでとうございます。王立魔法学園ですな? それでは最高級の品を……」
店主は目を輝かせながら、店内を案内し始めた。
店内は広く、棚には無数の魔法道具が並んでいる。魔法杖、魔法陣ペン、魔力測定器、魔導水晶、魔法書……。それぞれの道具から微かな魔力が放たれていて、店全体が不思議な雰囲気に包まれている。
「こちらが最新の魔法杖です。カスタマイズ可能で、魔力増幅率は通常品より10パーセントほど向上しております」
店主が取り出したのは、青い宝石が埋め込まれた美しい杖だった。柄には細かい魔法陣が刻まれている。
「それから、こちらが魔法陣ペン。自動描画補助機能付きで、貴族の学生に人気の品です」
ペンを見た瞬間、ミユキの目が吸い寄せられる。
ペンの柄には超小型の魔法陣が組み込まれていて、魔力の流れを感じ取ることができる。自動描画補助……というのは、使用者の意図を読み取って、魔法陣の線を滑らかに描く機能のことだろう。ベジェ曲線的な補正がかかるのかもしれない。
『興味深いわ……この構造、よく考えられてる』
ミユキは魔法陣ペンをじっと観察した。
魔力の流れ、魔法陣の配置——小さい中に精巧に設計されている。
『学園で、こういう魔法陣の設計を学べるんだろうな……楽しみ』
心の中で、期待が膨らむ。
「このペンをいただきます」
ミユキは店主に告げた。
「かしこまりました。それでは包装を……」
「あ、その前にもう少し見せていただけますか?」
ミユキはペンを手に取り、じっくりと観察し始めた。魔力を少し流してみる。
『やっぱり……魔力の流れがここで少し滞ってるわ……』
プログラマー思考が自動的に最適化案を組み立てていく。
「あの……もしこの魔法陣の配置を少し変えたら、もっと効率が上がると思うんですけど……」
つい、口に出してしまった。
店内が静まり返った。
「え、ええと……」
ミユキは困惑した。ただの思いつきだったのに。
「妹よ」
フリードリヒが呆れた声で言った。
「買い物に来たのか、技術指導に来たのか」
「つ、つい……」
ミユキは顔を赤くした。
「申し訳ございません、店主殿。娘は魔法陣の研究に熱心で、つい口を出してしまうのです」
母が取り繕うように言う。
「いえいえ! これはこれは! ヴェルナー家のお嬢様がこれほどの才能をお持ちとは! 噂には聞いておりましたが、これほどとは!」
店主は興奮気味だ。
「お嬢様の改良案、ぜひとも実用化の方向で検討させてください。うまく実用化できれば、当店の商品をお嬢様が在学中、三割引きでご提供いたします!」
「え、それは……」
ミユキが答える前に、母が割って入った。
「それでは、改良案の実用化についてはまた後日、正式に契約書を交わしましょう。今日は買い物が目的ですので」
「もちろんです、もちろん! それでは、お嬢様、本日はこちらの魔法陣ペンを差し上げます。ええ、ええ、改造していただいてかまいませんので、どうぞお使いください!」
店主は丁寧に包装されたペンをミユキに渡した。
「あ、ありがとうございます……」
こうして、魔法道具店での騒動は一応落ち着いた。
◇
次の目的地は、ドレスショップ「マリアンヌの銀糸」だった。
社交界デビュータントの時に訪れた「エレガンス・ド・ローザ」とは違い、こちらは学園生向けの若者向けの店だという。店の外観も明るく、ピンクと白を基調にした可愛らしいデザインだ。
「さあ、ミユキ。ここからが本番よ!」
ソフィアが目を輝かせながら言った。
「お、お姉様……?」
ミユキは嫌な予感がした。
店に入ると、貴族令嬢たちで賑わっていた。みんなドレスを試着して、鏡の前でくるくる回っている。店員たちが忙しそうに動き回り、色とりどりのドレスが飾られている。
「いらっしゃいませ、ヴェルナー家のお嬢様方」
女性店員が優雅に迎えた。
「娘の学園用のドレスを何着か」
母がにこやかに言う。
「かしこまりました。お嬢様のサイズを測らせていただきます」
そして、試着の嵐が始まった。
「ミユキ、これ着てみて!」
ソフィアが次々とドレスを持ってくる。パステルピンク、エメラルドグリーン、ロイヤルブルー、ラベンダー、クリーム色……。
『前世なら絶対着なかった色ばかりだ……!』
前世の志藤美幸はジーンズとパーカーが定番だった。会社でもカジュアルな服装で、ドレスなんて縁がなかった。
「お姉様、これは少し派手すぎるんじゃ……」
「何言ってるの! 学園のパーティーは重要なのよ」
ソフィアがニヤリと笑った。
「第一印象で『悪役令嬢』扱いされたら困るでしょう?」
ミユキはぎくりとした。
「お、お姉様……! 冗談やめてください!」
顔が熱くなる。ソフィアはすでに家族会議でミユキが転生者であることと悪役令嬢フラグのことを知っている。だから、こうやって冗談めかして言ってくるのだ。
「ふふ、冗談よ。でも本当に、最初の印象って大事なの。ミユキは可愛いから大丈夫だけど」
「が……頑張ります」
ミユキはやや不安そうに答えた。
「まあまあ、二人とも」
母が微笑みながら間に入る。
「ミユキはどんなドレスを着ても可愛いわ。さあ、次はこれを試してみましょう」
そして試着は続く。
試着室で次々と着替えさせられる。ドレスを着て、鏡を見て、外に出て、母とソフィアに品定めされて、また試着室に戻る。その繰り返し。
「このローズゴールドのドレス、すごく似合うわ!」
ソフィアが興奮気味に言った。
鏡を見ると、薄いピンクとゴールドが混ざったような色のドレスを着たミユキが映っている。袖はふんわりとしていて、スカートは広がっている。胸元には小さなリボンがついている。
「まあ、可愛い。銀髪にぴったりね」
母も目を細めた。
「あ、ありがとうございます……」
ミユキは照れて顔が赤くなった。素直に褒められると、やっぱり嬉しい。
ふと、試着室の外を見ると、フリードリヒが少し離れた場所のソファに座って、困惑した顔をしている。
「……俺、何でここにいるんだろう」
兄の呟きが聞こえた気がする。
『お兄様、お疲れ様です……』
◇
買い物の合間、王都の高級カフェ「カフェ・エトワール」で休憩することになった。
店内は落ち着いた雰囲気で、窓からは王都の大通りが見える。壁には絵画が飾られ、シャンデリアが柔らかい光を放っている。
一行は窓際の席に案内された。
「紅茶をお願いします」
母が店員に注文する。
「私もです」とソフィア。
「俺はコーヒーで」とフリードリヒ。
「わ、私も紅茶で……」
ほどなくして、銀のティーセットが運ばれてきた。美しい陶器のカップに、琥珀色の紅茶が注がれる。宝石のように輝く砂糖菓子が小皿に盛られている。
『前世のファミレスのドリンクバーとは大違いだなあ……』
ミユキはつい笑ってしまう。
「ミユキ、何がおかしいの?」
ソフィアが不思議そうに聞いた。
「いえ、何でもないです」
ミユキは首を振った。
紅茶を一口飲む。香り高く、ほのかに甘い。美味しい。
ふと、ミユキは真剣な表情になった。
「お姉様、学園で気をつけることって……ありますか?」
ソフィアはカップを置いて、少し考えるような表情をした。
「そうね……平民の特待生をいじめたりしないこと」
ミユキの心臓がドキリとした。
『それ、ゲームの悪役令嬢イベントそのものじゃないか……!』
「あと」とソフィアは続ける。
「攻略対……じゃなくて、王子様や有力貴族の子息に変に絡まないこと」
「こ、攻略って今……」
「え? 何か言った?」
ソフィアがきょとんとした顔で聞き返す。
「い、いえ! 何でもないです!」
ミユキは慌てて否定した。姉は確信犯だ。絶対わざと言っている。
「大丈夫よ、ミユキ」
母が優しく言った。
「あなたは優しい子だから。きっと学園でも良い友達ができるわ」
「はい……」
ミユキは頷いた。母の言葉に、少し安心する。
「もし誰かが妹をいじめたら、俺が教室に乗り込むからな!」
フリードリヒがコーヒーを飲みながら真剣な顔で言った。
「お兄様、それは困ります……」
ミユキは苦笑した。
「いや、本気だぞ。妹がいじめられるのを見過ごすわけにはいかない」
「お兄様は騎士団見習いでしょう。騒ぎを起こしたら大変です」
「それもそうだが……」
フリードリヒは少し考え込んだ。
「まあ、別の校舎だが学園には俺もいるから、何かあったらすぐに言えよ!」
「はい」
ミユキは笑った。過保護な兄だけど、心強い。
紅茶を飲み終え、一行はカフェを後にした。
外に出ると、夕暮れの光が王都を染めていた。オレンジ色の空に、魔導照明が次々と灯り始める。
『明後日には、この王都の学園に入学する……』
胸の奥に、期待と不安が入り混じった感情が渦巻く。
主人公リリアーナとの出会い。攻略対象たちとの接触。悪役令嬢フラグの回避。プログラマブル魔法陣の研究。
やることはたくさんある。
でも、家族がいる。幼馴染のセシリアとエドワードもいる。
『一人じゃない。大丈夫』
ミユキは心の中で自分に言い聞かせた。
馬車に乗り込み、宿へと向かう。
明後日から始まる新しい生活に、ミユキは期待と覚悟を胸に秘めていた。




