次なる脅威——オメガの影
### 6-7 次なる脅威——オメガの影
東京湾岸エリア、巨大な倉庫群の中央に位置するオメガ=ℕ・ロジスティクス日本支部。
地下三階、監視室。
薄暗い部屋の中に屹立した巨大な三次元映像フィールドが、無数の異世界のモニター映像を映し出している。
その中の一つ——エルデリア大陸世界の映像が、赤く点滅していた。
「デルタ様、エルデリア大陸世界に未知の魔力反応が」
オペレーターが、緊張した声で報告する。
オメガ・デルタ——情報統制担当幹部が、モニターに歩み寄った。
「座標を特定しろ」
デルタの声は、冷たく、機械的だ。
「実験体01、志藤美幸の現在地近くです」
モニターに、座標が表示される。
デルタは、微かな魔力の痕跡を凝視した。
「この魔力の質……地球由来だ」
◇
その時、モニターに別の映像が映った。
オメガ・イプシロン——実験管理担当幹部が、通信で参加している。
『志藤隼人か』
イプシロンの声が、スピーカーから響く。
「可能性は高い。セラフィエルめ……余計な介入を」
デルタが、苛立ちを隠さない。
『放置しろ。むしろ好都合だ』
「好都合だと?」
『彼が妹のもとへ向かえば、二人まとめて観察できる』
イプシロンの声には、愉悦が混じる。
『「兄妹の絆」が世界の物語構造にどう影響するか——貴重な実験データになる』
「なるほど……プロジェクト・カオスの追加データか」
デルタが、理解を示す。
『コードUに連絡しろ。監視を強化させよ』
『ただし、直接的な干渉は避けろ。自然に展開させる』
「了解しました。コードUに暗号通信を送ります」
◇
デルタは、特殊な魔導具——通信装置に魔力を注入した。
画面に映る人物——コードU、エルデリア大陸世界に配置された監視員。
銀色がかった青い瞳の表情は、冷たく、感情が読み取れない。
「デルタ様、ご指示を」
コードUが、淡々と応答する。
「実験体01の周囲に未知の魔力反応がある」
デルタが、簡潔に説明する。
「おそらく地球側からの干渉——志藤隼人だ」
「ふむ……ターゲットの兄ですか。なるほど」
コードUの声に、わずかに興味が滲む。
「監視を強化しろ。ただし、接触は避けろ」
「彼らの行動を記録するだけでいい」
「了解。対象の周囲を観察します」
「もし隼人が再び出現したら、すぐに報告しろ」
「承知しました」
通信が終了した。
◇
イプシロンの声が、再び響く。
『デルタ、もう一つ準備しておけ』
「何を?」
『隼人が完全に異世界に転送された場合の計画だ』
イプシロンの声が、低くなる。
『彼の肉体が地球を離れた時、地球側の「アンカー」を奪取する』
「異世界への扉ですね」
デルタが、理解を深める。
『そうだ。それを我々が掌握すれば、エルデリア大陸世界へのアクセスが完全に我々のものになる』
「なるほど……神々の監視を逃れて」
『地球側の協力者を監視しておけ』
『奴がどう動くかも重要なデータだ』
「了解しました」
デルタが、オペレーターに指示を出す。
◇
同じ頃、エルデリア大陸世界。
ヴェルナー侯爵家の庭園。
ミユキは、魔法実験を終えて考え込んでいた。
『さっきの……誰だったんだろう』
ミユキは、先ほどの出来事を思い返す。
突然現れた、銀と黒の装甲を纏った人影。
『あの姿……まるでバトルライダーみたいだった』
前世の記憶が蘇る。
『でも、声が……お兄ちゃんみたいだった気がする』
ミユキは、首を振った。
『まさかね。お兄ちゃんがこっちに来るわけないし』
だが、心のどこかで——確信に近い予感がある。
『もし本当に……お兄ちゃんだったら……』
ミユキは、二つの月を見上げた。
『どうしよう……私、戻りたいって思うのかな』
◇
「ミユキ、何をぼーっとしてるの?」
セシリアが、庭園にやって来た。
明るい声に、ミユキは我に返る。
「あ、セシリア……ちょっと考え事」
「魔法実験の新しいアイデア?」
「……うん、まあそんな感じ」
セシリアは、ミユキの表情を見て首を傾げた。
「何か……悩んでる?」
「……もし、さ、セシリアが転生者で、それで、前の世界に戻れるって言われたら」
ミユキが、静かに尋ねる。
「セシリアは、どうする?」
「前の世界?」
「仮定の話だよ。転生前の世界に戻れるとしたら」
セシリアは、真剣に考えた。
「……難しいね。家族がいるなら、会いたいとは思う」
「でも、今ここにも大切な人たちがいるから」
「そっか……」
ミユキが、小さく頷く。
「ミユキ、何かあった?」
「ううん、何でもない。ただ……ちょっと前世のことを思い出しちゃって」
「お兄さんのこと?」
ミユキが、驚いて振り向く。
「え? どうして……」
「前に話してくれたじゃない。兄がいたって」
「……そっか。話したんだっけ」
「きっと、お兄さんも元気にしてるよ」
「……うん。そうだね」
ミユキは、寂しそうに微笑んだ。
◇
その夜、ミユキは部屋で一人考えていた。
『お兄ちゃん……もし本当に来てくれるなら』
窓から、二つの月が見える。
『会いたい。でも……』
ミユキは、自分の部屋を見回した。
机の上には魔法の教科書、壁には家族の肖像画。
『私、もうここで生活してる。友達もいるし、家族も大切』
『地球に戻ったら、この全てが消えちゃうのかな』
ミユキは、膝を抱えた。
『やっぱり、この世界に馴染んだ分、心も身体に合わせて変わっていくのかな』
『お兄ちゃん……私、どうすればいいの』
◇
同じ頃、地球。
美幸のマンション。
隼人は、バトルライダーベルトを見つめていた。
「次の投影は、もっと長く滞在できるようにする」
蓮が、モニターから目を離さずに言う。
「今、システムを改良中だ」
「ありがとう、蓮」
「でも隼人、無理はするなよ」
蓮が、振り返る。
「美幸ちゃん、向こうで幸せそうだった」
「……ああ」
隼人が、静かに頷く。
「もし美幸ちゃんが『戻りたくない』って言ったら、どうする?」
蓮の問いに、長い沈黙が流れた。
「……尊重する……さ」
隼人が、ゆっくりと答える。
「美幸の選択を、俺は尊重する」
「ただ、選択肢を与えたい」
「無理やり転生させられた美幸に、自分の人生を選ぶ権利を」
「……そっか。やっぱりお前はいい兄貴だな」
蓮が、苦笑する。
「でも、会いたいっていう気持ちは……抑えられない」
「当然だ。それが人間だろ」
蓮が、隼人の肩を叩く。
「だから、ちゃんと会って話せ。お前の気持ちも、美幸ちゃんの気持ちも」
「……ああ」
◇
「開発マシンの改良は、あと二日で完成する」
蓮が、ホワイトボードに計算式を書く。
「投影時間を十五分まで延ばせる」
「十五分あれば、ちゃんと話せる」
隼人が、前を向く。
「ああ。それと、音声通信の全二重……双方向化も実装する」
「美幸ちゃんの声をリアルタイムで聞けるようになる」
「本当か?」
「ああ。セラフィエルの技術協力で可能になった」
蓮が、眼鏡を押し上げる。
「次こそは、ちゃんと会話できるぞ」
「……待ってろ、美幸」
隼人が、呟く。
◇
その時、部屋に光が溢れた。
セラフィエルが、現れる。
「準備は順調のようだな」
「セラフィエル……」
隼人が、立ち上がる。
「一つ、警告しておく」
セラフィエルの表情が、厳しくなる。
「オメガはすでに君たちの動きに気づいている」
「やっぱりか……」
蓮が、呟く。
「だが、今のところ直接的な妨害はないだろう」
「オメガは君たちを『観察対象』として見ているようだ」
「俺たちも実験の一部か」
隼人が、拳を握る。
「そうだ。だが、それは逆に言えばチャンスでもある」
セラフィエルが、穏やかに微笑む。
「オメガが油断している今なら、美幸を守る準備ができる」
「どうすればいい?」
「美幸に真実を伝えろ」
セラフィエルが、真剣な眼差しで言う。
「彼女が自分の立場を理解すれば、オメガの罠にはまらない」
「真実……転生が違法だったこととか?」
蓮が、確認する。
「ああ。そして、彼女が『世界の創造者』であることも」
「その事実を知れば、彼女はさらに強力になる」
「わかった」
隼人が、頷く。
◇
「それともう一つ。君も訓練が必要だな」
セラフィエルが、隼人に向き直る。
「訓練?」
「バトルライダーの力を完全に引き出すには、心と体の鍛錬が必要だ」
「今の君では、十五分の投影が限界だろう」
「だが、訓練すれば三十分、一時間と延ばせる」
「どうやって?」
「瞑想と身体訓練だ」
セラフィエルが、説明する。
「君の魂と肉体を同調させる必要がある」
「クロノスの力を使いこなすには、時間の流れを感じ取る感覚が必要だ」
「やる。何でもやる」
隼人の目が、輝く。
「良い目だ。では、明日から始めよう」
セラフィエルが、微笑む。
◇
セラフィエルは、蓮に向き直った。
「蓮、君にも重要な役割がある」
「何でしょう?」
「開発マシンは今、君と隼人だけが制御できる」
「だが、オメガはそれを狙ってくるはずだ」
「君が地球に残り、マシンを守る必要がある」
「守る……オメガが襲ってくるかもしれないってことですか?」
蓮が、緊張する。
「可能性は高い」
セラフィエルが、厳しい表情になる。
「特に、隼人が異世界に長時間滞在している間は危険だ」
「わかりました。では、セキュリティを強化します」
「それと……もし万が一、オメガの襲撃があった場合」
セラフィエルが、一呼吸置く。
「開発マシンのデータを守ることを最優先にしろ」
「美幸の魂のデータが保存されている」
「それが失われれば、彼女との接続は永遠に断たれる」
蓮は、真剣な表情で頷いた。
「了解です。この部屋では心もとない。マシンを俺の部屋へ移動させて、命に代えても守ります」
◇
隼人と蓮は、二人で開発マシンを見つめた。
「美幸ちゃん、今頃何してるかな」
蓮が、呟く。
「……きっと、魔法の勉強してるよ」
隼人が、微笑む。
「昔から、勉強熱心だったからな」
「そういえば、お前が宿題教えてやってたっけ」
「ああ。あいつ、わからないことがあるとすぐ質問してきた」
「今度は、美幸ちゃんが魔法を教えてくれるかもな」
蓮が、笑う。
「そうだな……楽しみだ」
隼人も、笑った。
二人は、決意を新たにする。
「行くぞ、蓮。美幸に会いに」
「ああ。次こそは、ちゃんと話そう」
◇
一方、オメガ本部。
イプシロンの研究室。
イプシロンは、新しいデータを解析していた。
『志藤隼人……君は予想以上に面白い』
モニターに映る隼人の投影データ。
『神の力を使いこなし、異世界に投影する』
『その技術、いずれ我々のものにする』
助手が、報告書を持ってくる。
「イプシロン様、プロジェクト・カオスの次段階は?」
「隼人と美幸が接触したら、フェーズ2に移行する」
イプシロンが、冷たく微笑む。
「二人の絆が世界をどう変えるか……実に興味深い実験になる」
「もし計画が失敗したら?」
「失敗? そんなものはない」
イプシロンが、笑う。
「どんな結果でも、データになる」
「それが実験というものだ」
「了解しました」
助手が、退出する。
イプシロンは、モニターに映る美幸の姿を見つめた。
『志藤美幸……君の力、もっと見せてもらおうか』
◇
地球と異世界、二つの世界で——。
それぞれの思惑が、複雑に絡み合っていく。
隼人と美幸の再会は、もうすぐそこまで来ていた。
だが、オメガの影も、確実に迫っている。
兄妹の絆は、世界を救うのか——。
それとも、オメガの実験の駒となるのか——。
その答えは、次の接触で明らかになる。
**あとがき**
っというところで、第六章、現実世界パートはここまで!
次回からは第七章、再び視点は異世界側に戻ります。
お楽しみに~!
(と言いつつまたちょっとのあいだ更新お休みします。エルデリア大陸まで取材にいってまいります(嘘)再開は来週になるかなー?しばらくお待ちくださいませ<m(__)m>)




