謎の追跡者
### 6-3 謎の追跡者
桐生蓮との協力体制が確立してから、二週間が経過した。
隼人はレースチームに無期限の休養を申請し、監督も渋々ながら承諾してくれた。スポンサーからは契約違反を盾に圧力がかかったが、「妹の命が大事だ」と一喝して黙らせた。
それからというもの、隼人は美幸の行方を追うことに全ての時間を費やしていた。
オメガ・ロジスティクスという組織の痕跡を探し、事故現場周辺を何度も調査し、目撃者の証言を集め続けた。蓮はダークウェブを通じてオメガの情報を収集し、開発マシンの監視を続けている。
そして——今夜。
午前零時。隼人は美幸のマンションから自宅へと戻る途中だった。愛車のスポーツバイク、イタリア製のハイパーモタードに跨がり、国道246号線を走る。
深夜の東京。交通量は少なく、街灯の明かりが路面を照らしていた。
その時——。
後方から、異様なエンジン音が聞こえた。
隼人はバックミラーを見た。
黒塗りのバイクが三台、猛スピードで接近してくる。
隼人の本能が、警告を発した。
『まずい——』
黒いバイクは、あっという間に隼人に追いついた。そして、並走する。
ヘルメットのスモークシールド越しに表情はうかがい知れない。だがその視線はあきらかに隼人を狙っていた。
そして、バイクのカウルには——「Ω(オメガ)」のマーク。
「オメガ……!」
隼人は、前傾姿勢を取り、アクセルを全開にした。V2エンジンが唸りをあげ、一気に加速する。
◇
隼人のハイパーモタードは、深夜の国道を疾走した。
時速は160キロメートルを軽く超えている。
この速度域で国道は危険すぎる。ブレるミラー越しに見る相手のヘッドライトはそれほど離れていない。
追跡者たちも同じ速度で迫ってくるようだ。
隼人は首都高速の入り口を目指した。大橋JCTのらせん状ループならハイパーモタードの天下だ。どんな相手でも引き離せるだろう。
しかし、折り悪く湾岸線方面は通行止め表示。工事中か。
「チッ」
舌打ちひとつ、C1方面へ。
隼人は、プロライダーとしての技術を解放した。強烈な風圧が体を押し、視界がぶれる。だが、彼にとってこの速度は日常だ。
バックミラーを見る。
相変わらず追跡者たちも、同じ速度で追ってくる。
「速すぎる……普通のバイクじゃない!」
追跡者のバイクは、異常な加速性能を持っていた。強力なエンジンをもつハイパーモタードに追走するとは。まるで魔法のような——いや、魔法そのものなのかもしれない。
隼人は、都心環状線へ至る。急カーブの連続する環状線。コーナリング技術で差をつけられるだろう。
その速度は時に時速200キロメートルを超える。
普通の速度で走るトラックが止まって見えるスピードだ。シケインのようにすり抜ければ直後に急なカーブが迫る。
隼人は身体をイン側にほおりこみ一瞬だけリアタイヤをロックさせ、腰からライダーの意思を加重としてバイクに入力。アクセルを開けたままテールをパワースライドさせる。
「この速度域でやるとはな……」
フルカウンターをあてたハンドルを戻し、カーブを抜け、再び加速。
だが、追跡者たちは膝をアスファルトに擦りつけ、カーブをクリアしてくる。
『まじか。並みじゃないな……』
自分の事はさておき、追跡者の技量に驚く隼人。
一般車との距離を瞬時に判断し、車間をすり抜ける。トラックの横を、わずか数センチの隙間で通過する。
追跡者たちも、同じように追ってくる。
その時——。
追跡者の一台が、隼人の真横に並んだ。
ヘルメットのシールドが、開いた。
『この風圧で!? ありえない!!』
驚く隼人に見せつけるように此方を見たのは、人間の顔ではなかった。
昆虫のような複眼。触覚のような突起。人の形をした、何か別の存在。
隼人の背筋に、冷たい汗が流れた。
「何だ……あれは……!」
怪人が、右手を伸ばしてきた。隼人の肩を掴もうとする。
隼人は、とっさにブレーキを強く握る。
フロントのビークが沈み込み、ABSのざらついた感触が指先に伝わった。
タイヤが悲鳴を上げ、怪人のバイクが前方に飛び出す。
だが、他の二台が後方から迫ってくる。
隼人は、再び加速した。
その時——携帯電話が鳴った。
ハンズフリーで接続している蓮からの着信だ。
『隼人! 今どこだ!?』
骨伝導マイクに向かって叫ぶ隼人。
「首都高C1! 追われてる!」
『わかった、今お前のスマホの位置情報をハッキングして……見えた!』
蓮の声は、焦燥と興奮が混じっていた。
『首都高から降りろ! 芝浦だ!』
「一般道に出るのか?」
『いや、俺のところに来い。準備がある』
蓮の声の背後で、キーボードを叩く音が聞こえた。
「わかった!」
浜崎橋JCTの切り替えでギリギリまで追跡者を引き寄せてからレーンチェンジ、1号羽田線へと向う。
追跡者の三台中、突出して脇に並んでいた一台だけがC1本線に残された。
◇
芝浦出口から首都高を降り、一般道に出た。
だが、追跡者たちは執拗に追ってくる。
『隼人、近くの交通制御システムに侵入する。三十秒稼げ!』
「何をする気だ!」
『信号制御だ。お前だけが通れる道を作る』
隼人は、次の交差点に差し掛かった。
『次の分岐を右だ!』
蓮の指示に従い、隼人は右へ進路を変えた。
直後——。
後方で、信号が一斉に赤に変わった。
一般車両が急ブレーキをかけ、追跡者たちの進路を塞ぐ。
『よし……!』
隼人は、わずかに安堵した。
だが——。
『クソ、効かない!?』
蓮の声が、驚愕に染まった。
バックミラーを見ると、追跡者たちは一般車を無視して突破してくる。信号も、障害物も、全て無視。
「こいつら、マトモじゃない!」
『奴ら、信号も無視だ! 狭い路地に入れ!』
隼人は、台場方面へと向かった。
だが、追跡者たちは執拗に追ってくる。
『俺のマンションまであと三分。間に合わせろ!』
蓮の声が、ヘルメットのスピーカーから響く。
隼人は、狭い路地に入り込んだ。
モタードバイクの機動性を活かす戦術だ。
リアをロックさせて突っ込む鋭角なコーナー、階段状の脇道、商店街の抜け道——隼人は、地の利と長いサスペンションストロークを活かして追跡者を翻弄した。
『いいぞ! 連中、大型バイクだから狭い道は苦手なはずだ!』
『こっちも大型ではあるんだが、な!』
蓮の声に励まされつつ、様々なテクニックを駆使し、隼人はさらに複雑な路地を選んだ。
プロライダーとして、ジムカーナ訓練をしていた経験が、ここで活きる。
そして——。
蓮のマンションが見えた。
隼人は、バイクをマンション前の生垣の陰に停めた。エンジンを切る暇ももどかしく、駆け込む。
エントランスには、蓮が待っていた。
「こっちだ!」
二人は、エレベーターではなく非常階段を駆け上がった。
「五階の俺の部屋だ!」
背後から、怪人たちが建物に侵入する気配がした。再合流したのだろう、三体の足音が、階段に響く。
蓮の部屋に到着。
ドアを開けると、そこは——ハッカーの巣窟だった。
壁一面にモニター。サーバーラックが林立し、無数のケーブルが這い回っている。
「よし、入れ!」
隼人が部屋に入った瞬間、蓮は特殊な装置を起動した。
部屋全体が、微かに発光した。
「これで追跡信号は遮断される。奴ら、ここがわからなくなる」
「本当か?」
「電磁シールドに飽和ジャミングをかけてる。お前のスマホの位置情報も消えたはずだ」
隼人は、息を潜めた。
廊下に、足音が響いた。
怪人たちが、この階を徘徊している。
足音は、蓮の部屋の前を——素通りした。
隼人は、壁に背中を預けた。全身から、緊張が抜けていく。
足音が遠ざかる。
三十分後。
怪人たちは、諦めて撤退したようだった。
◇
隼人は、ようやく落ち着きを取り戻した。
「蓮……助かった」
「あんなの、普通じゃない。人間じゃなかった」
蓮は、モニターに映像を表示した。
「さっきのチェイス、監視カメラの映像をハッキングして録画しておいた」
映像には、追跡者のバイクが映っていた。
カウルに刻まれた「Ω」のマーク。
「やっぱりオメガの連中か」
「ああ。本格的に狙われたな……」
隼人は、拳を握りしめた。
蓮は、椅子に座り直した。
「このままじゃ危ない。俺も本気で調査する」
「何をする?」
「オメガのサーバーに侵入を試みる。奴らのシステムを解析する」
「危険じゃないのか?」
蓮は、眼鏡を外して目を擦った。
「当然危険だが、もう手遅れだ。連中、お前を狙ってるってことは、俺も監視されてる可能性がある」
蓮は、眼鏡をかけ直した。
「だったら、先手を打つ。美幸ちゃんを助けるためにも」
「……頼む」
「任せろ。俺の本気、見せてやるよ」
蓮は、キーボードに向き直った。
モニターに、次々とウィンドウが開かれていく。
◇
深夜二時。
蓮は、匿名ネットワーク経由でハッカーフォーラムにアクセスした。
蓮は、メッセージを投稿した。
『オメガ・ロジスティクスについて知ってる奴はいるか?』
数時間後、返信が届いた。
『触るな。俺の知り合いが調査して消えた』
別のユーザーからも。
『奴らのサーバーには『守護者』がいる。AIじゃない。何か……別のものだ』
蓮は、眉をひそめた。
「守護者……?」
さらに、別のメッセージが届いた。
『忠告する。オメガのシステムは次元を超えてる。物理法則を無視したセキュリティだ』
蓮は、画面を見つめた。
「次元を超えた……異世界の技術か」
隼人は、蓮の後ろに立った。
「どうする?」
「やるしかない」
蓮は、隼人を振り返った。
「美幸ちゃんを助けるためだ。危険を冒す価値はある」
隼人は、頷いた。
「わかった。俺も協力する」
「いや、お前は休め」
蓮は、コーヒーを一口飲んだ。
「これから全集中してオメガのネットワークを追跡する。お前は体力を温存しておけ」
「だが——」
「いいから休め。お前がいないと、現場での調査ができない」
蓮は、優しく微笑んだ。
「役割分担だ。俺はハッキング、お前は行動。それでいこう」
隼人は、わずかに表情を緩めた。
「……ありがとう、蓮」
「礼はいい。美幸ちゃんを助けたら、焼肉でも奢ってくれ」
蓮は、再びモニターに向き直った。
隼人は、蓮の隣のソファに横になった。
蓮のキーボードを叩く音が、深夜の静寂に響いていた。
その音を聞きながら、隼人は目を閉じた。
美幸の顔が、脳裏に浮かんだ。
銀髪の少女の姿が、重なった。
『必ず……お前を連れ戻す』
隼人は、心の中で誓った。
そして、短い眠りについた。
蓮は、一人でモニターに向き合い続けた。
オメガとの戦いは——まだ、始まったばかりだった。




