桐生蓮との再会
### 6-2 桐生蓮との再会
翌日の午後。隼人は携帯電話を取り出し、アドレス帳を開いた。
桐生蓮——大学時代の親友。
最後に連絡したのは、いつだったか。もう一年以上前か。レースで忙しく、なかなか会う機会がなかった。
隼人は番号をタップした。
コール音が三回。
『もしもし、隼人? 珍しいな』
電話の向こうから、懐かしい声。
「蓮、頼みがある。お前にしか頼めない」
『……どうした? 声が暗いぞ。レースで何かあったのか?』
「それどころじゃない」
隼人は、短く息を吐いた。
「美幸が……行方不明なんだ」
『——なんだって!?』
蓮の声が、一気に緊張したものに変わった。
『美幸ちゃんが? いつから? 警察は?』
「半年前。警察は死亡事故として処理済みだ。でも、遺体が見つからない。それに——」
隼人は、開発マシンの異常について説明した。勝手に起動すること。謎の映像が映ること。なぜか、美幸の姿に見える事……。
蓮は黙って聞いていた。
『……わかった。すぐ行く』
「本当か」
『美幸ちゃんは、俺の妹みたいなもんだ。当然だろ』
蓮の声には、迷いがなかった。
『それに、エンジニアとしても興味深い。異常なマシンなんて、放っておけない』
「助かる」
『明日の午後には着く。それまで、マシンには触るな。証拠が消える』
「了解」
電話を切った隼人は、わずかに表情を緩めた。蓮なら、何か分かるかもしれない。
◇
翌日の午後二時。美幸のマンションのインターホンが鳴った。
隼人がドアを開けると、黒縁眼鏡をかけた男が立っていた。中肉中背、ややぼさぼさの黒髪。リュックを背負い、いかにもエンジニアという雰囲気。
「久しぶりだな、隼人」
桐生蓮は、いつもの飄々とした笑みを浮かべていた。
「蓮……ありがとう」
「礼はいい。で、どれだ?」
蓮はリビングに入るなり、開発マシンに目を向けた。
「おお、結構ハイスペックなマシンだな。ゲーム開発用か」
「ああ。美幸が使ってたものらしい」
蓮はリュックから、ノートパソコンと様々な機材を取り出した。ケーブル、センサー、小型の測定器。
「じゃあ、始めるぞ」
蓮は開発マシンに機材を接続し、ノートパソコンで解析を始めた。指がキーボードの上を滑るように動く。
数分後。
「……おかしい」
蓮が呟いた。
「何が?」
「このマシン、完全にシャットダウンしてるのに……消費している電力がある」
「どういうことだ?」
「普通じゃありえない。それに、ストレージへのアクセスが……誰もログインしてないのに、読み書きされてるようだ」
蓮は画面を睨みつける。
「まるで……外部から遠隔操作されてるみたいだ。いや、それとも違う……」
「何が違う?」
「遠隔操作なら、なにかしらネットワークを経由するはずだ。でも、このマシンはいま有線も無線も切断されてる。なのに、データが動いてる」
蓮の声には、困惑が滲んでいた。
「どこからどうやって……。いや、まさか、これは……。物理法則に反してる」
「は?」
「量子もつれみたいな……まるで、どこか異なる次元からアクセスされてるようだ」
蓮の言葉に、隼人は息を呑んだ。
「異次元……?」
「まあ、理論上の話だけどな」
蓮は、さらに深く解析を進めた。ファイルシステムに潜り込み、隠しディレクトリを探索する。
そして——。
「隼人、これ見ろ」
蓮が指差した画面には、謎のファイル名が並んでいた。
```
W��ld_█ink.��t
So��_An��or.��
Re���ty_██dge.���
```
「ファイル名が……文字化けしてる?」
「この記号……地球の文字コードじゃない。それに、このタイムスタンプ……」
蓮の指が止まった。
「美幸ちゃんが行方不明になった後だ」
「なんだと!?」
隼人は画面に顔を近づけた。
確かに、日付が記されている。美幸が消えた日より明らかに後の日付だ。
「誰が……いや、何が、このファイルを作った?」
「わからない。でも、このファイル形式……データ構造すら未知のものだ」
蓮はファイルを開こうとした。だが、エラーが表示される。
『Unknown Format: Unable to Parse Data Structure』
「既存のどのプログラムでも開けない。バイナリからしておかしい。まるで……別の世界の技術だ」
蓮は帽子を脱ぎ、髪をかきむしった。
「隼人、これ、本気でやばいぞ。こんなデータ、地球上に存在しない」
「じゃあ、どこから来た?」
「それを調べる」
蓮は、新たな機材をセットアップし始めた。カメラ、モーションセンサー、録画装置。
「次にまた映像が出たら、記録できるようにした」
「助かる」
「その代わり、今夜はここに泊まる。いいか?」
「もちろんだ」
◇
その夜。
隼人と蓮は、リビングで待機していた。コンビニで買ってきた弁当とコーヒーを手に、画面を見つめる。
「もう十時か……」
隼人がつぶやいた瞬間——。
モニターが、光った。
「来た!」
蓮が録画装置を起動する。
画面に映ったのは、異世界の風景だった。
草原、丘、遠くに見える城塞都市。そして——空には、二つの月。
「なんだこれ……CGか?」
蓮が呟く。
だが、隼人は画面に釘付けになっていた。
映像の中心に、銀髪の少女がいた。魔法のような光を纏ったバイクに跨り、草原を疾走している。
少女は笑っていた。
風を切る喜びに満ちた表情。
その乗り方——流れるようなフォーム。ブレーキングのタイミング。コーナリングの角度。
「……美幸だ」
隼人の声は、確信に満ちていた。
「はぁ? 何言ってるんだ。髪の色が——」
「バイクの乗り方を見ろ。あれは、俺が教えた技術だ」
蓮は、映像を凝視した。
確かに、少女の乗り方は——技術を感じさせる。素人ではない、洗練された動き。
「まさか……」
映像が、消えた。
リビングに、沈黙が降りた。
蓮は、録画データを確認した。ファイルサイズ、解像度、フレームレート。全て記録されている。
「信じられない……これは、CGじゃない。実写のようだ」
「本当か」
「でも、こんな場所、地球上に存在しない。月が二つ映ってる……これは……」
隼人は、静かに言った。
「異世界だ」
「……お前、疲れてるのか?」
「俺も最初はそう思った」
隼人は、事故現場で見つけた焦げ跡の写真を蓮に見せた。円形の、不自然な痕跡。
「これは、タイヤ痕じゃない。何かの魔法陣みたいだ」
そして、コンビニで聞いた黒いトレーラーの話。車体に刻まれた「Ω(オメガ)」のマーク。
「オメガ・ロジスティクスという会社が、美幸を——」
蓮は、眼鏡を外して目を擦った。
「オメガ……聞いたことがある」
「本当か?」
「以前、ダークウェブで噂になっていた。都市伝説レベルだが……人が消える事件に関与してるって」
蓮は眼鏡をかけ直し、真剣な表情で隼人を見た。
「セキュリティ業界でも、彼らのサーバーに侵入しようとして消えた奴がいるって話だ」
「じゃあ、本当に……」
「ああ。美幸ちゃんが巻き込まれてる可能性は高い」
蓮は、ノートパソコンを開いた。
「よし、俺も協力する。美幸ちゃんを見つけ出そう」
「蓮……ありがとう」
「礼はいい。それより——」
蓮は、画面に向き直った。
「このマシンを徹底的に調べる。異世界との接続方法を解明する。それができれば、美幸ちゃんに連絡が取れるかもしれない」
蓮の指が、再びキーボードを叩き始めた。
◇
翌朝。
蓮は、リモート監視システムを構築し終えた。
「これで、異世界の映像が出たら俺のパソコンにも通知が来る。24時間体制で監視できる」
「助かる」
「それと、オメガ・ロジスティクスの調査も始める」
蓮は、ダークウェブへのアクセス方法を説明した。匿名ネットワーク、暗号化された通信、追跡不可能な経路。
「知り合いのハッカーにも協力を仰ぐ。情報を集める」
「俺は?」
「お前は現場を調べろ。奴らの拠点を突き止めるんだ」
蓮は、隼人の肩を叩いた。
「気をつけろよ。連中、ヤバい組織だ」
「わかってる。でも、美幸を取り戻すためなら何でもする」
隼人の目には、決意が宿っていた。
蓮は頷いた。
「じゃあ、作戦開始だ」
握った拳を軽くぶつけ合い、二人は、それぞれの戦場へと向かった。
地球側の戦いが——今、始まろうとしていた。




