事故の謎
## 第六章:現実世界パート——隼人の闘い
### 6-1 事故の謎
志藤美幸が消えてから、半年が経過した。
遺体は発見されていない。警視庁は「夜間の交通事故による行方不明」として、既に処理を終えていた。だが、兄の志藤隼人は、その結論を受け入れることができなかった。
この半年間、隼人はレースを続けながらも、妹を探し続けていた。プロライダーとしての仕事と並行して、独自に調査を続ける日々。妹のマンションの家賃も隼人が払い続け、部屋をそのまま保持している。
警察の捜査はひと月前に終了した。だが、隼人はまだ諦めていない。
◇
深夜零時。国道246号線から少し入った脇道。
隼人は事故現場に立っていた。この半年間で何度訪れたか、もう数えていない。レースの合間を縫って、十数回は足を運んでいる。
街灯の明かりが、アスファルトの表面を照らしていた。
ブレーキ痕は、ない。
車両が急停止した痕跡も、ない。
避けようとした形跡も、ない。
まるで、計画的に狙われたかのように——美幸はこの場所から消えた。
隼人は路面にしゃがみ込み、指先でアスファルトを撫でる。ここに、不可解な焦げ跡がある。警察は「タイヤの摩擦熱痕」と説明したが、それにしては形状が不自然だ。まるで円を描くように、路面が焼けている。
『これは……何かのパターンか?』
隼人はスマートフォンで写真を撮影した。レース用のバイクを長年扱ってきた経験が、この痕跡の異常性を告げていた。まるで巨大な焼けたボールを地面に押し付けたような形状だ。普通のタイヤでこんな焦げ跡は残せない。
立ち上がり、周囲を見回す。この道は脇道とはいえ、国道からすぐだ。深夜でも、通行人がいてもおかしくない。だが、目撃者はゼロだった。
そして、最も不可解なのは——。
この周辺の監視カメラの映像が、全て「データ破損」していたことだ。
偶然にしては、出来すぎている。
隼人は拳を握りしめた。
「これは……事故じゃない。何者かが、美幸を……」
その時、背後から足音が聞こえた。
振り返ると、老人が一人、こちらを見ていた。いや、老人というよりは——何か、人間離れした雰囲気を纏っている。
「またここに来たのか、志藤隼人」
老人の声は、静かだが重みがあった。
隼人は警戒した。名前を知っている。だが、面識はない。
「あなたは……」
「私のことは後だ。今は、君の妹のことを話そう」
老人は一歩、近づいた。
「志藤美幸は、生きている。ただし——この世界には、もういない」
◇
翌朝。隼人は美幸のマンションにいた。
管理会社の許可を得て、部屋に入る権利は保持している。当初は行方不明者の家族として、警察の捜査協力という名目だったが、失踪から半年が過ぎ、名義の変更を迫られてはいる。しかし、隼人はかたくなにそれを拒んでいた。
美幸の部屋は、半年前のまま、時間が止まっていた。
デスクの上には、開発用のワークステーションが置かれている。普段の美幸なら、絶対に電源を入れたままにはしない。節電意識が高い妹だ。前回隼人が確認した時も確かに電源は切れていた。それなのに——モニターには、スリープモードの青い光が点滅していた。
隼人はマウスを動かした。画面が点灯する。
そこには、開発中のゲームのタイトル画面が表示されていた。
『エターナル・クラウン』
乙女ゲームだ。美幸がメインプログラマーとして開発していたプロジェクト。
デスクの周辺には、膨大な資料が散乱していた。プロット資料、キャラクター設定、没になったアイデアのメモ——。
隼人は一枚の設定画を手に取った。
「魔動バイク……?」
そこには、魔法で動くバイクのイラストが描かれていた。詳細な機構図まで添えられている。プログラマーの美幸が、なぜこんな精密な機械設計を——。
「お前、こんなもの作ってたのか……」
隼人の声に、わずかに震えが混じった。
妹の知らない一面を、今さら発見する。それが、どれほど切ないことか。
もっと早く、もっと頻繁に、美幸と話をしておくべきだった。レースに夢中で、妹のことを疎かにしていたんじゃないか——。
後悔が、胸を締め付ける。
その時、デスクの端に、小さなメモが貼られているのに気づいた。
『魔動バイク、アグスに見せたら絶対喜ぶはず。ボツになったけど、諦めない』
アグス? 誰だ、それは。
隼人はメモを写真に撮り、さらに部屋を調べ続けた。
◇
午後二時。駒沢のコンビニエンスストア。
隼人は、店員に話を聞いていた。美幸が最後に通信をした場所として、携帯電話の決済アプリの履歴情報から特定した店だ。美幸が失踪した夜のシフトの店員がいると聞き、訪ねてきたのだ。
「ああ、覚えてますよ。あの夜、変なトレーラーが停まってたんです」
店員——二十代前半の男性——は、隼人の質問に答えた。
「トレーラー?」
「はい。黒塗りの、大きなやつ。なんか……不気味で」
「どう、不気味だったんですか」
「えーと、ウチは駐車場ないので、皆さん路駐されるのは普通なんですけど、トレーラーヘッドっていうのかな? 運転席がぎゅうってこっちを向いていて、まるで店内を覗き込んでいるみたいで不気味で、それで印象に残ったというか……」
「そして、……車体に変なマークがペイントされてたのを覚えています」
店員は、メモ用紙にペンを走らせた。
「こんな感じの……ギリシャ文字みたいな」
描かれた記号——『Ω』。
隼人の脳裏に、何かが引っかかった。
「この記号……」
「オームとか、オメガですよね? なんか、物流会社のマークかと思ったんですけど」
オメガ。
その単語が、隼人の記憶を刺激した。どこかで見た。どこかで——。
「ありがとうございました」
隼人は店を出ると、すぐにスマートフォンで検索を始めた。
「オメガ 物流 トレーラー」
検索結果が表示される。
そして——その中に、一つの企業名を見つけた。
『Ω=ℕ Logistics Corporation(オメガ・ロジスティクス株式会社)』
表向きは、物流を扱う企業。
だが、企業情報はほとんど出てこない。公式サイトも、極めて簡素だ。事業内容の詳細は一切記載されていない。
隼人は、試しに生成AIに尋ねてみた。
「Ω=ℕ Logisticsについて教えてください」
画面にテキストが流れる。
『Ω=ℕ Logistics Corporationは、次元間物流を専門とする企業です。多元宇宙における——』
次元間物流?
隼人は眉をひそめた。冗談か、それともAIのハルシネーションか。
念のため、もう一度同じ質問を投げた。
だが——。
『申し訳ございません。その企業に関する情報は見つかりませんでした』
画面に表示された回答は、先ほどとまるで違う。
隼人は何度か質問を変えて試したが、結果は同じだった。「次元間物流」という単語は、二度と出てこなかった。
まるで、最初の回答が——消去されたかのように。
隼人は、背筋に悪寒を感じた。
検索履歴を確認する。だが、最初の回答のログも、消えていた。
「これは……」
隼人は、検索ワードを変えて調べ続けた。深層Web、海外のフォーラム、都市伝説サイト——。
だが、オメガ・ロジスティクスに関する具体的な情報は、ほとんど何も出てこない。まるで、意図的に情報が隠蔽されているかのように。
そして、断片的な情報から、一つの仮説が浮かび上がった。
オメガ・ロジスティクスは——何か、違法な「輸送」をしている。
人身売買か。臓器密売か。それとも——。
隼人は深く息を吐いた。
分からない。手がかりが少なすぎる。
だが、昨夜、事故現場で出会った老人の言葉が、頭から離れない。
「志藤美幸は、生きている。ただし——この世界には、もういない」
あの老人は、何者だったのか。なぜ、美幸の名前を知っていたのか。
隼人は、拳を握りしめた。
「美幸……お前は、どこにいるんだ」
◇
深夜。隼人は再び、美幸の部屋にいた。
ワークステーションの前に座り、画面を見つめる。『エターナル・クラウン』の開発資料を、一つ一つ確認していた。
キャラクター設定、世界観、ストーリー展開——。
そして、ボツになった企画書。
「魔動バイク……悪役令嬢の移動手段として導入予定だったが、乙女ゲームの世界観に合わないため削除」
隼人は、そのファイルを開いた。
詳細な設定が記されている。魔法で動くバイク。その仕組み、デザイン、性能——。
美幸は、このアイデアを諦めたくなかったのだろう。ボツになった後も、密かに設定を練り続けていた形跡がある。
そして——。
画面の隅に、主要キャラクターのフォルダがあった。
『イザベラ・フォン・ヴェルナー(悪役令嬢)』
ファイルを開く。
銀髪、青紫色の瞳。凛とした表情の令嬢が描かれている。
その設定には——。
「侯爵令嬢。プライドが異常に高く、主人公を敵視する。最終的に破滅エンドを迎える——」
典型的な、悪役令嬢だ。
だが。
美幸が追記したメモが添付されている。
『この子、もっと救済ルートがあってもいいのに』
隼人は、画面を見つめたまま動けなくなった。
「悪役令嬢か……」
隼人が深く息を吐いたその時だった。
突然、ワークステーションのモニターが、激しく明滅した。
何の操作もしていないのに——画面が、勝手に動き出した。
そして——。
見たこともない風景が、画面に映し出された。
中世ヨーロッパ風の街並み。空には、二つの月。
そして——銀髪の少女が、何かに乗って風を切っている。
魔動バイクだ。
画面の中で、少女が笑っている。
その横顔——輪郭、仕草、笑い方——。
全てが、美幸に似ていた。
いや、似ているのではない。
あれは——。
「美幸……!」
隼人は思わず、モニターに手を伸ばした。
だが、映像は十秒ほどで消えた。
画面は、再び通常のデスクトップに戻る。
隼人は、呆然とその場に座り込んだ。
今のは、何だったのか。
幻覚か。それとも——。
*あとがき*
前回のあとがきでの予告どおり、ここで突然まるっと展開が変わりまして、現実世界パート突入となりました。
いままで登場していなかった兄・隼人が、失踪した妹・美幸の謎を追う展開となります。事故現場の不可解な痕跡や、謎の物流企業オメガ・ロジスティクスの存在など、ミステリー要素を強めております。
雰囲気もガラッとかわり、シリアスなトーンで進行しますので、読者の皆様には驚かれるかもしれませんが、物語全体の謎解きに重要なパートとなります。
次回以降、隼人がどのようにして妹の行方を追うのか、そして彼が直面する困難とは何かが描かれていきます。お楽しみに!




