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悪役令嬢はデバッグしたい ~転生したら作りかけの乙女ゲームの悪役令嬢だったので、前世の知識で世界をデバッグすることにしました~  作者: 神楽坂らせん
第五章:成長の二年間

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十五歳の春——デビュタント

### 5-6 十五歳の春——デビュタント


 春の宵、王宮の大階段。


 両脇には衛兵が整列し、赤い絨毯が敷かれている。貴族たちの馬車が次々と到着し、華やかなドレス姿の令嬢たちが降り立つ。


 ミユキは、白いドレスに身を包んでいた。淡い青のアクセントが、銀髪と青紫色の瞳を美しく際立たせている。


「ミユキ、大丈夫?」


 母のカタリーナが、優しく声をかけた。


「はい、お母様」


 ミユキは、深呼吸をした。


 心臓が、激しく鳴っている。


『デビュタント舞踏会……ついに来てしまった……』


『ゲーム設定のプロローグイベント、あの派閥対立の舞台……』


 姉のソフィアが、妹の手を握った。


「大丈夫。ミユキは完璧よ。礼儀作法も、舞踏も、社交会話も——全て完璧に仕上がってるわ」


「ありがとうございます、ソフィア姉様」


 エルヴィンとフリードリヒが、男性用の控え室に向かう前に声をかけた。


「ミユキ、堂々としていればいい。お前は立派な侯爵令嬢だ」


 エルヴィンが、娘の肩に手を置いた。


「頑張ってこい」


 フリードリヒは、妹の頭を軽く撫でた。


「俺が特訓した成果を見せてこい」


 ミユキは、家族の励ましに深く頷いた。


 そして、大階段を上っていく。


 ◇


 王宮大広間——


 天井から無数のシャンデリアが吊り下げられ、水晶のような輝きを放っている。壁には豪華な絵画が飾られ、大理石の床が鏡のように磨かれている。


 広間には、すでに多くの貴族たちが集まっていた。今年デビューする令嬢は約二十名——全員が、華やかなドレスに身を包んでいる。


 ミユキは、周囲の視線を感じた。


 品定めをするような、値踏みをするような——冷たい視線。


『目立ちたくない……でも、目立ってしまう……』


『銀髪だから……ヴェルナー侯爵家だから……』


 そんなミユキに、一人の令嬢が近づいてきた。


「初めまして、ミユキ様」


 優しそうな笑顔の少女。淡い金髪、緑色の瞳。


「私はエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。子爵家の娘です」


「初めまして、エリザベート様」


 ミユキは、丁寧に挨拶した。


「今日は、お互いに緊張しますわね」


 エリザベートは、親しみやすい口調で話しかけてくれる。


「はい。初めての舞踏会で……」


「大丈夫ですわ。一緒に頑張りましょう」


 エリザベートの優しさに、ミユキは少しほっとした。


『この人は……味方になってくれそう……』


 だが、その安堵は長く続かなかった。


 ◇


「まあ、噂のヴェルナー侯爵家の令嬢ですわね」


 冷たい声が、背後から聞こえた。


 振り向くと、栗色の縦ロールの髪を持つ令嬢が立っていた。高価な装飾品を身につけ、驕慢そうな表情を浮かべている。


「私はシャルロッテ・フォン・グリムハイム。侯爵家の令嬢ですわ」


 シャルロッテは、ミユキを上から下まで見つめた。


「魔法の研究をしていらっしゃるとか。令嬢らしくないこと」


「私は、領地の民のために研究をしております」


 ミユキは、丁寧に答えた。


「まあ。平民のために、ですの?」


 シャルロッテは、鼻で笑った。


「貴族は、貴族らしく振る舞うべきですわ。平民に媚びるようなことは、品位を下げますわよ」


 周囲の令嬢たちが、ひそひそと囁き始める。


「ヴェルナー家は、変わり者だって聞いたわ」


「魔法の研究なんて、殿方がすることよね」


「令嬢らしくないわ」


 ミユキは、じっと耐えた。


『ここで言い返したら……悪役令嬢フラグが立ってしまう……』


『冷静に……冷静に……』


 微笑みをたやさず、否定も肯定もせずに悠然とたたずんでいると、業を煮やしたのかシャルロッテは、


「学園で会いましょう。楽しみですわ」


 と、皮肉たっぷりに言い残して去っていった。


 ミユキは、深く息を吸った。


『……学園でトラブルの予感……』


『でも、ここで動揺したら負け……』


 エリザベートが、心配そうに声をかけてくれた。


「ミユキ様、大丈夫ですか?」


「ええ。大丈夫です」


 ミユキは、微笑んだ。


「慣れていますから」


 ◇


 やがて、トランペットの音色が響いた。


 広間の扉が開き——第一王子アルベルト・フォン・エーデルシュタインが入場した。


 十八歳、金髪のストレートヘア、深い青色の瞳。完璧に整った顔立ち、優雅で王者の風格を纏っている。


 令嬢たちが、一斉に視線を向ける。


 アルベルトは、一人ずつ令嬢の名前を呼び、ダンスに誘っていく。


 これが、デビュタント舞踏会の儀式——王子が全てのデビュタントと踊ることで、彼女たちを社交界の一員として認める。


 そして——


「ミユキ・フォン・ヴェルナー様」


 ミユキの名前が呼ばれた。


 ミユキは、深く息を吸って、王子の前に進み出た。


「お初にお目にかかります、殿下」


 完璧なお辞儀——カタリーナに教わった通りに。


「初めまして、ミユキ様」


 アルベルトは、優雅に手を差し伸べた。


「お噂はかねがね。魔法の研究をしているとか」


「はい。プログラマブル魔法陣という理論を研究しております」


 ミユキは、アルベルトの手を取った。


 音楽が始まる——ワルツ。


 二人は、広間の中央で踊り始めた。


「変数を使った汎用魔法陣——理論だけでも、革新的です」


 アルベルトは、ミユキの目を見つめながら話しかけた。


「実用化されれば、王国の魔法技術は飛躍的に発展するでしょう」


「恐れ入ります」


 ミユキは、冷静に答えた。


『研究への関心……純粋な学問的興味?』


『それとも……まさか攻略フラグ? 私には興味を持たないでほしいのだけれど……』


「学園での研究発表を、とても楽しみにしています」


 アルベルトは、微笑んだ。


「王国の未来を担う才能として、期待していますよ」


「精一杯、努力いたします」


 ミユキは、丁寧に答えた。


 ワルツが終わり、二人は優雅に一礼する。


「学園での再会を、心より楽しみにしています」


 アルベルトは、そう言い残して次の令嬢へと向かった。


 ミユキは、自分の場所に戻った。


 周囲の令嬢たちの視線が、一斉にミユキに向けられる。


 羨望——嫉妬——好奇心——


 様々な感情が、視線に込められていた。


 ◇


「殿下とのダンス、お上手でしたわね」


 シャルロッテは冷たく言った。


 先ほどの一件の後、高慢そうな彼女はなるべく避けようとしていたミユキだったのだが、いつの間にか近づいてきたのか。彼女の取り巻き達も後ろに控え、包囲されつつある状況である。


『なにこれ、舞踏会って陣取りゲームだったの?』


 前世の囲碁の石運びを思い浮かべるミユキ。陣取りと情報戦のゲームだと思えば社交も楽しく攻略できるのかもしれない。


『でも私には……、楽しく、は無理かな……楽しめる人ってほんとすごい』


 とりあえず、話しかけられているので無難に答えねばならないだろう。


「殿下は、全てのデビュタントと踊られるのが儀式ですから」


 ミユキは、内心の動揺を押さえて穏やかに答えた。


「あら。でも、殿下はミユキ様と一番長く会話をしていらしたわ」


 おそらく取り巻きであろう別の令嬢が、嫌味たっぷりに言う。


「研究の話題で盛り上がったようですわね」


「そんなことは……」


「令嬢は、学問より社交を優先すべきですわ」


「魔法の研究なんて、はしたない」


 陰口が、次々と飛んでくる。


 ミユキは、じっと耐えた。


『どうすべき……? ここで言い返したら……フラグが立つ……』


『冷静に……』


 そのとき——


「皆様」


 優雅な声が、陰口を遮った。


 ソフィアだった。社交界で活躍する、ヴェルナー家の白薔薇。


「妹は、領地の民のためにも魔法研究をしております」


 ソフィアは、微笑みながら、しかし毅然とした態度で言った。


「学問を追求する姿勢は、令嬢として恥ずべきことではございません」


「むしろ、知性と実力を兼ね備えた令嬢こそが、この時代に求められているのではないでしょうか」


 ソフィアの言葉に、令嬢たちは黙り込んだ。


 シャルロッテも、反論できずに顔を背けた。


「ソフィア様のおっしゃる通りですわ」


 エリザベートが、ミユキの味方をしてくれた。


「私も、ミユキ様の研究、素晴らしいと思いますわ」


「ミユキ様、よろしければ、友達になっていただけませんか?」


 エリザベートは、嬉しそうに微笑んだ。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ミユキは、深く頷いた。


『味方がいる……一人じゃない……』


 ◇


 深夜——舞踏会が終わり、家族が再会した。


「ミユキ、よく頑張ったわ」


 カタリーナが、娘を抱きしめた。


「お母様、誇りに思うわ」


「堂々としていた。立派だったぞ」


 エルヴィンが、満足そうに頷いた。


「殿下とのダンス、完璧だったわよ!」


 ソフィアが、嬉しそうに言った。


「俺の特訓の成果だな」


 フリードリヒは、得意げに胸を張った。


「皆様のおかげです」


 ミユキは、家族に深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました」


 ◇


 帰路の馬車の中——


 ミユキは、窓の外を眺めていた。


 月明かりが、王都の街並みを照らしている。二つの月——グローセモントとクラインモント——が並んで輝いていた。


『社交界デビュー……思ったより目立ってしまったかな』


『殿下とのダンス、派閥の対立、陰口——全てが予想以上に現実的だった』


 ミユキは、自分の手を見つめた。


『でも、乗り越えられた』


『知識があったから。準備していたから』


『そして——』


 家族が、穏やかな表情で眠っている。


 カタリーナは、娘の肩にもたれかかって目を閉じている。ソフィアも、フリードリヒも、安心した表情で休んでいる。


『お姉様が、家族が、支えてくれたから』


 ミユキは、小さく微笑んだ。


『一人じゃない。前世とは違う』


 窓の外——春の夜が、静かに更けていく。


『次は、学園だ』


『主人公リリアーナと出会う場所』


『悪役令嬢フラグが本格的に動き出す場所』


 ミユキは、決意を込めて拳を握った。


『でも、私には目標がある』


『プログラマブル魔法陣で、この世界の魔法技術を発展させる』


『悪役令嬢ルートは回避する。リリアーナとは友達になる』


『派閥の対立には巻き込まれても、冷静に対処する』


 月明かりが、ミユキの銀髪を照らしていた。


 決意を秘めた瞳が、未来を見つめている。


『もう迷わない』


『志藤美幸でもなく、ゲームの悪役令嬢でもなく——』


『ミユキ・フォン・ヴェルナーとして、自分の道を歩む』


 馬車は、静かに領地へと向かっていく。


 春の風が、窓から吹き込んでくる。


 新しい季節が、ミユキを待っている。


『悪役令嬢フラグを全部回避して』


『この世界を、デバッグして』


『より良い世界にしていく』


『それが——転生者としての私の使命』


 馬車の車輪が、石畳の道を踏みしめる音。


 規則正しいリズムが、ミユキの決意を後押しする。


『来月——学園入学』


『新しい世界が始まる』


『私は、準備ができている』


 ミユキは、静かに目を閉じた。


 心の中で、誓いを立てる。


『ミユキ・フォン・ヴェルナーとして——』


『この世界で、精一杯生きていく』


『もう、迷わない』


 春の夜が、静かに明けていく。


 新しい朝が——新しい人生が——そこにある。


**あとがき**


お読みいただき、ありがとうございました。

デビュタント舞踏会編、いかがでしたでしょうか。

第五章はここまでとなります。

次回からはいよいよ学園編に突入です。ミユキが学園でどのように過ごし、リリアーナとどのように出会うのか——楽しみにしていただければ幸いです。


 な ん て ね !!


そんな予想どおりな展開にはしたくないあまのじゃくな私です。

はてさて、どうなることやら。


それでは、また次回お会いしましょう。


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