閑話:メイドたちにも
### 5-2-1 閑話:メイドたちにも
ある日のこと。
ミユキは廊下で、メイド長のマルタとアンナが深刻そうに話しているのを見かけた。
「アンナ、お嬢様の様子、最近おかしくない?」
「え……そうでしょうか?」
「だって、変な言葉を呟いてるのよ。『バグが……』とか『デバッグしなきゃ……』とか」
ミユキは思わず足を止めた。
『やばい。プログラミング用語、口に出してたんだ』
「それに、魔法陣を『コード』って呼んでたわ。魔法陣はコードじゃないでしょう?」
「あの……でも、お嬢様の魔法は素晴らしいですし……」
「それはそうだけど……もしかして、研究のしすぎで疲れてるんじゃ……」
マルタの声が、心配そうに沈んでいく。
「カタリーナ奥様に相談した方がいいかしら……」
『ああ、そうか。お母様は知ってるけど、マルタたちは知らないから心配してるんだ』
ミユキは、二人の心配を和らげたくて声をかけた。
「マルタ、アンナ、ちょっといい?」
二人のメイドが、びくっと振り向く。
「お、お嬢様! い、いつから……」
「今です。あ、あの、二人に話があるんだけど……」
ミユキは、二人を自室に招き入れた。
◇
自室のソファに座ったマルタとアンナは、緊張した面持ちでミユキを見ている。
ミユキは深呼吸をした。
「実は……私、転生者なんです」
沈黙。
マルタとアンナが、顔を見合わせる。
「……はい?」
「あの、お嬢様、やっぱりお疲れで……」
「違うの! 本当なの!」
ミユキは、前世の記憶があること、プログラマーだったこと、この世界がゲームの世界だということを、一気に説明した。
マルタとアンナは、ぽかんと口を開けたまま、動かない。
「……お嬢様」
「はい」
「つまり、その……」
マルタが、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「お嬢様の中に、前世の『大人の女性』がいらっしゃる……と?」
「そうです」
「二十五歳の……」
「そうです」
再び、沈黙。
今度は長い沈黙だった。
やがて、アンナが小さな声で呟いた。
「……道理で」
「え?」
「道理で、お嬢様があんなに落ち着いていらっしゃると思いました……」
アンナは、ぽつりぽつりと言葉を続ける。
「私、ずっと不思議だったんです。お嬢様は十四歳なのに、まるで大人のように冷静で……」
「でも、時々、変な食べ物を欲しがったり……」
「ラーメンとか、カレーとか、聞いたこともないお料理を説明されて……」
マルタも頷いた。
「それに、魔法陣の話をする時の目……あれは、職人の目でした……」
「ずっと『天才』なのだと思っていましたけど……」
二人は、顔を見合わせた。
そして同時に、ミユキに向き直る。
「お嬢様」
「はい」
マルタが、真剣な表情で言った。
「前世で、ちゃんと三食、食べてらっしゃいました?」
「え?」
「お嬢様、時々『コンビニ弁当が恋しい』って呟いてらっしゃるでしょう? あれ、気になってたんです」
「コンビニというのが何かは分かりませんけど……」
アンナも心配そうに身を乗り出す。
「お弁当ばかり召し上がってたんですか?」
「あ、いや……その……仕事が忙しくて……」
「やっぱり!」
マルタが、ばん、と膝を叩いた。
「それでお嬢様、あんなに食べ物のことを気にしてらっしゃったのね!」
「前世では、誰も面倒を見てくれる人がいなかったのね……可哀想に……」
マルタの目が、うるうると潤んでいる。
「い、いえ、あの……」
「お嬢様、これからもマルタがしっかり面倒を見ますからね」
「二十五歳だろうと、五十歳だろうと、お嬢様はお嬢様ですから」
「えええ~」
「さっそくヘルガさんにお願いして、そのコンビニというのを再現していただきましょう。それを入れてお弁当を作ればいいんですね?」
「ですね! どんなお料理なんでしょう、コンビニって! 楽しみになってきました!」
「ち、ちがうから、食べられないから……」
「食べられないお弁当なんですか!?」
かくして、異世界でコンビニエンスストアについて苦しい説明をすることになったミユキである。
この出来事は、いつしかこの世界での商形態に革命を起こすことになるのだが、いまはまだ、誰も知らない。
*あとがき*
第五章は章題でもお判りの通り日常と成長の章。足場を固めるかんじですね。
おかげで連続で似たようなお話になっちゃいました。
このあたりでしっかり味方チームを固める必要がありましたもので、このような形となりました。
(実は今回の最後の行から猛烈に関係ないスピンオフにつながるのですが、本当に本編と関係ないので割愛です)




