十四歳の春——幼馴染と秘密の共有
### 5-2 十四歳の春——幼馴染と秘密の共有
春の午後、応接室の窓から差し込む柔らかな日差しが、銀のティーセットに反射して輝いていた。
ミユキは十四歳の誕生日を迎えていた。プログラマブル魔法陣の研究は着実に進んでいる。
そんな平和な午後を破ったのは、玄関から響く明るい声だった。
「ミユキ! 久しぶり!」
セシリア・ブラントンが、いつもの元気いっぱいの様子で応接室に飛び込んでくる。赤みがかった茶髪のショートカットが、動きに合わせて弾む。明るい茶色の瞳がキラキラと輝いていた。
「セシリア、相変わらず元気だね」
ミユキは微笑んで立ち上がった。セシリアは遠慮なく抱きついてくる。
「もちろんよ! ミユキに会えるの、楽しみにしてたんだから」
アンナがお茶の準備をしながら、くすくすと笑っている。セシリアは、ミユキが幼い頃から一緒に遊んでいた幼馴染だ。子爵家の令嬢だが、堅苦しさのかけらもない。
「ねえねえ、プログラマブル魔法陣、あれからどこまで進んだの?」
セシリアは、ソファに腰を下ろすなり身を乗り出してきた。
「この前、私が試した時はまだ不安定だったけど」
「かなり改良したよ。見せるね」
◇
庭園では、オットーが薔薇の手入れをしていた。ミユキの姿を見て、軽く会釈する。
「お嬢様、また魔法の実験ですか?」
「うん。セシリアに見せたいものがあるの」
「どうぞ、お気をつけて」
ミユキは庭園の普段から実験に使っている場所に立った。魔力を集中させ、空中に魔法陣を描く。
淡い青色の光が浮かび上がる。複雑な幾何学模様が、プログラムコードのように整然と配置されている。
「火魔法、威力パラメータ……1」
小さな火球が現れた。手のひらに乗るほどの大きさ。
「パラメータ……5」
火球が大きくなる。テニスボールほどの大きさに。
「パラメータ……10」
さらに大きくなり、バスケットボール大に。炎の揺らめきが激しくなる。
そして、ゆっくりと威力を下げていく。10から1まで、滑らかに縮小していく火球。
「わあ! 前より滑らかに調整できてる!」
セシリアが感嘆の声を上げた。
「私が試した時は、5以上で暴走しかけたのに」
「魔力の流れを最適化したんだ」
ミユキは火球を消し、魔法陣の構造を説明する。
「パラメータ変更時に、魔力供給のタイミングを微調整する仕組みを追加した。これで安定性が向上したの」
「さすがミユキ! 私も新しいバージョン、試させて!」
「もちろん。一緒に研究を進めよう」
二人で魔法陣の改良について議論を始める。セシリアは理論的な理解も早く、ミユキの説明をすぐに飲み込む。
「でも、実戦で使う時はどうなるかしら?」
セシリアがノートに魔法陣の図を描きながら言った。
「魔物と戦ってる最中に、パラメータをゆっくり調整してる暇なんてないわよね」
「それは確かに……」
ミユキは少し考え込んだ。
『理論上は完璧でも、実戦では時間が足りない』
『瞬時にパラメータを変更できる仕組みが必要かも』
◇
その時、応接室の方から声が聞こえた。
「悪い、遅れた!」
エドワードが駆け込んでくる。明るい茶髪、緑の瞳、腰には剣を下げている。額に汗を浮かべ、息を切らしていた。
「エドワード、訓練が長引いたの?」
「ああ。師匠が厳しくてさ」
エドワードは肩を回しながら、二人に近づいてくる。
「冒険者の訓練は順調?」
「順調というか……実戦経験が足りないって、師匠に言われてる」
エドワードは少し悔しそうに言った。
「魔法陣の効率化も大事だけど、俺は実戦での使い方を知りたいんだよな」
「実戦……」
ミユキは少し考えた。
「じゃあ、冒険者ギルドのグスタフさんに相談してみる?」
「本当か!? 助かる!」
エドワードの顔が明るくなった。
◇
三人は応接室に戻り、お茶を飲みながら話し合いを続けた。アンナが新しいお茶とお菓子を運んでくる。
「お嬢様、お友達のために焼き菓子をお持ちしました」
「ありがとう、アンナ」
セシリアがクッキーを一つ手に取り、嬉しそうに頬張る。
三人は、それぞれの立場から意見を出し合った。
「理論的にはミユキ、実戦的にはエドワード、私は応用担当ね」
セシリアが楽しそうに言った。
「お前の治癒魔法、本当に助かってるよ」
エドワードが真剣な顔で言う。
「この前の訓練で怪我した時、セシリアに治してもらったんだ」
「当たり前じゃない。幼馴染でしょ?」
「三人で協力すれば、もっと面白いことができそう」
ミユキはノートを広げた。プログラマブル魔法陣の設計図が、びっしりと描かれている。
「例えば、エドワードの実戦経験を元に、戦闘中に使いやすい魔法陣を設計する」
「私の治癒魔法にも応用できるわ。患者の状態に合わせて、治癒力を調整できたら便利よね」
「そうだな。魔法を使いながら剣を振るうのは難しいから、簡単に発動できる魔法陣があると助かる」
三人の会話が弾む。それぞれの専門分野を活かし、新しいアイデアが次々と生まれてくる。
「学園に入ったら、研究会を作ろうよ!」
セシリアが目を輝かせて言った。
「研究会?」
「そう! 魔法陣研究会。正式な部活動として」
「いいな、それ」
エドワードが賛成する。
「俺は冒険者を目指すけど、父親が『まず学園で基礎を学べ』って。来年、高等部に入学予定だ」
「私とミユキは来年、中等部三年生ね。魔法理論をもっと深めたいから、しっかり勉強するわ」
「そっか。私たち、同じ学園に通うんだね」
ミユキは嬉しそうに言った。
「でも、エドは高等部でしょ? 私たち中等部だから……」
セシリアが少し残念そうに言う。
「中等部と高等部、同じ敷地内だからきっと会えるよ。大丈夫」
「そうね! じゃあ、放課後に一緒に研究できるわね」
「俺も来年入学したら、すぐ研究会に入るぜ。アレ? もしかして高等部の俺が部を作ることになるのか?」
「あはは、そうかも。じゃ、部長さん、よろしくね!」
「ええー。俺が二人に教わるばっかりなのに……」
三人で笑い合う。
ミユキは内心で思った。
『幼馴染がいてくれて、本当に良かった』
『前世では、こんな風に友達と笑い合うことなんて……』
前世の記憶が一瞬よぎる。デスマーチの日々。殺伐としたオフィス。孤独な帰り道。
だが、今は違う。温かい友情に包まれている。
◇
窓の外では、春の風が桜の花びらを舞わせている。屋敷の庭園に植えられた桜の木が、満開の花を咲かせていた。
ミユキは、二人の笑顔を見つめた。
『この世界で、私は一人じゃない』
『家族がいて、友達がいて、夢がある』
そう、心の中で誓った。
しばらく談笑が続いた後、ミユキは少し真剣な表情になる。
「実は……。二人に……。話しておきたいことがあるの」
セシリアとエドワードは、ミユキの様子に気づいて顔を見合わせた。
「何? 改まって」
「大事な話?」
「うん……私のこと」
ミユキは深呼吸をした。
「二人とも、私がちょっと変わってるって、薄々気づいてるよね?」
セシリアが少し驚いた顔をした。エドワードは静かに頷いた。
「確かに……お前、昔とはちょっと違う感じがする」
「でも、それって悪いことじゃないわ。ミユキは今のミユキで、私たちの友達よ」
セシリアが優しく言った。
ミユキは、二人の目を見つめた。
「私……実はね、転生者なの」
一瞬、沈黙が落ちた。
「転生……者?」
セシリアが、慎重に言葉を繰り返した。
「うん。前世の記憶を持ったまま、この世界に生まれ変わったってこと……」
ミユキは、簡潔に説明した。前世では『志藤美幸』という名で、魔法のない世界で『プログラミング』という技術を使っていたこと。その知識が、今の魔法理論の源であること。
「だから……そんなに不思議な魔法陣を作れるのか」
エドワードが、納得したように呟いた。
「そっか、やっぱりね。私は……何となく、気づいてた」
セシリアが静かに言った。
「前に寝込んだ時から、ミユキは変わった。言葉の使い方も、考え方も。でも……それでも、ミユキはミユキよ」
「お前がどんな過去を持っていようと、俺たちの友達であることに変わりはない」
エドワードが力強く言った。
ミユキの目に、涙が浮かんだ。
「ありがとう……二人とも」
「それで、お願いなんだけれど……」
「ああ、わかってる。誰にも言うなってことだろ」
「ミユキの秘密を私たちがバラすわけないじゃない」
「この秘密、誰にも言わないわ」
セシリアが真剣な顔で言った。
「もちろん、学園でも、お前の秘密は守る、親父にもいうもんか」
エドワードも頷いた。
「二人ともありがとう。学園に行ったら、事情を知っている人がいたほうがいいと思って……告白したの」
「当然よ。私たち、幼馴染でしょ?」
三人は、固く手を握り合った。
秘密を共有し、絆がさらに深まった瞬間だった。
◇
日が傾き始める頃、セシリアとエドワードは帰る準備を始めた。
「また来るわね。次は、治癒魔法の応用について相談したいの」
「俺も、実戦訓練の話が決まったら教えてくれ」
「うん。手紙で連絡するね」
玄関で二人を見送る。馬車が動き出し、二人が手を振っている。
ミユキも手を振り返した。馬車が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。
夕暮れの空が、オレンジ色に染まっていく。
◇ ◇
屋敷に戻ると、セバスチャンが廊下で待っていた。
「お嬢様、お友達をお見送りになりましたか」
「うん」
ミユキは頷いた。
セバスチャンは、穏やかな表情で尋ねた。
「ご友人に……お話しになられたのですね」
ミユキは少し驚いた。
「セバスチャン、聞いていたの?」
「応接室での会話が、少し聞こえておりました」
老執事は、深く頷いた。
すでに家族とセバスチャンは、ミユキの秘密を知っていること、そして、その秘密を守ると確約していることを父から聞いているミユキである。
「私も考えたんだ。学園でも、事情を知っている人がいたほうがいいって」
セバスチャンは、穏やかに頷く。
「ご判断は正しいと存じます。学園では予期せぬことが起こるかもしれません。信頼できる友人がそばにいることは、何より心強いでしょう」
「うん。セシリアとエドワードは信頼できる。二人なら、秘密を守ってくれる」
ミユキは真剣な顔で答えた。
「それに……家族だけが秘密を知っているよりも、同年代の友達にも理解してもらえるほうが、気持ちが楽なんだ」
セバスチャンは、静かに微笑んだ。
「承知いたしました」
「お嬢様がお決めになったことでしたら、私も全力でお支えいたします」
「ありがとう、セバスチャン」
老執事は深く頭を下げた。
「お嬢様の秘密は、我々が全力でお守りいたします」
廊下を歩きながら、ミユキは思った。
『家族も幼馴染も、秘密を共有してくれた』
『セバスチャンも、いつも支えてくれている』
『私は、本当に恵まれている』
自室に戻り、研究ノートを開く。今日、セシリアとエドワードと話し合った内容を、丁寧に書き留めていく。
新しいアイデア。改良点。実戦での課題。
ページが、次々と埋まっていく。
窓の外では、二つの月が昇り始めていた。大きな月、グローセモント。小さな月、クラインモント。今夜は二つとも見える夜だ。
月明かりに照らされながら、ミユキはペンを走らせ続けた。
『学園入学まで、あと一年』
二人に秘密を話せた安心感。そして、これからも続く研究への期待。
ミユキは、静かに研究に没頭していくのだった。




