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夜に来る者(3)

 また旅に出る。マーヤーからそう聞かされたルバルザールは、難しそうな顔をした。

「アートラーへはお戻りにならないと伺いましたが?」

 もちろんそのつもりだ。旅に出るのは、アートラー領が目的ではないし、ナルヌデュラックに行くと決めたわけでもない。

「アートラーへ、じゃないよ。ただ、気ままに旅をしたいだけ」

 わたしのわがままだけど。そう心の中でつぶやく。

「それは……急ぐことなのでございましょうか?」

「ん……、別にそういうわけでもないかな」

 もしかして、引き留めようとしている? そんな気がして、ルバルザールの顔を二度見する。自由に旅をしたいマーヤーの望みを知っている彼がこんな言い方をするからには、何か事情があるのだろうか。

「何か、わたしに求めてる?」

 ええ、と言いにくそうにルバルザールが言う。

「我が君のお手を煩わせないように、内々(うちうち)で処理しようとしておりましたが、どうにも我々の手には余り、実にお心苦しいのですが……」

「トラブルなの?」

「トラブル。確かにそうも言えましょう」

 少しもったいを付けるような口ぶりで彼が言う。

「何があったの?」

 実は……、とルバルザールは語り始めた。


 最初にそれが現れたのがいつかはわからない。どこから来たのかもわからない。

 だが、最初に目撃されたのはアチマの村で、今年1月の初めのことだった。深夜、村はずれで野宿をしていた旅人がその姿を見たのだ。

 身長は2メートルほど。外見は、青年とも少女とも見える、美しい顔立ちのすらりとした人間のようだが、全身を薄紅色の淡い光に包まれ、その姿はぼやけてはっきりと見ることができない。額には細い2本の金色の角が生え、背中には真っ白に輝く羽がある。

 暗闇の中に現れたその姿を見た旅人は、驚きのあまり声も出せないまま、その姿を見つめ、立ち尽くしていた。一体何者なのだろう。そう思った彼の頭の中に、リドルサイファという言葉が浮かび上がった。それが、その何者かの名前なのだ、と旅人は確信したという。

 驚きこそしたが、しかし、旅人はリドルサイファを見ても危険は感じなかったという。そして、旅人を一瞥すると、リドルサイファはどこへともなく去って行った。リドルサイファがいなくなってようやく動けるようになった旅人が後を追おうとしたが、すでにリドルサイファの姿――その全身にまとっていた光はどこにも見えなくなっていたという。

 朝になって、旅人が村に常駐する衛兵にこのことを届け出たが、兵士達が出動したときには既にリドルサイファの姿はなく、何の手がかりも得られなかった。

 次に目撃されたのは、シグラの村だった。キノコ採りのために父親と一緒に山へ入り、夕暮れ過ぎに帰宅しようとしていた村娘が、リドルサイファらしい者に遭遇し、驚いた弾みで足を踏み外して崖から転落した。幸い命に別状はなかったが、腰の骨を折る重傷を負った。そんな娘のことを知ってか知らずか、リドルサイファは父娘に何の興味も示さず、足を止めることもなく、そのまま去って行った。

 父親からの訴えで、衛兵達が村人達と協力して山狩りを行ったが、リドルサイファを見つけることはできなかった。しかし、その日から夜になると、山の中をぼんやり光るものが動き回るのが見える、と噂されるようになった。にも拘わらず、誰かがそこへ行き、リドルサイファの姿を見ようとすると、光は消えてしまい、そこには誰の姿も見つからない。そんなことが何日も続いたのだった。

 そして1月も終わりに近いある夜、山からリドルサイファが下りてくるのを衛兵の1人が目撃した。

 不可思議な、妖しい姿をしている以外、何かをしたわけでもない。ただ、見るものを驚かし、恐れさせるだけの存在。そうではあったが、人々の平安を乱す者として、兵士は剣を抜いてリドルサイファに立ち向かったのだ。

 向かってくる兵士を見て、しかしリドルサイファは動じた様子もなく、抵抗するそぶりも見せなかった。そして、兵士の振るった剣は、まともにリドルサイファの首を横薙ぎにした。が、剣はリドルサイファの身体をすり抜け、毛ほどの傷を負わせることもできなかった。

 驚いた兵士は、さらに二度、三度と剣を振るうが、しかしリドルサイファは何のダメージも受けず、そしてうるさそうに右手を一振りした。その瞬間、兵士の意識が薄れ、その場に倒れ伏したのだ。そして兵士が意識を取り戻したとき、既にリドルサイファの姿はなかった。気絶した兵士にとどめを刺すこともせず、ただ、立ち去ったのだ。


「それって、もしかして、前に言っていた謎の者のこと?」

 以前――3ヶ月ほど前にファイスランダー城を訪れた際、ネブラッケインが口にしかけ、ルバルザールがほんの些事、と言っていた(こと)を思い出してマーヤーが訊いた。はっとした表情でルバルザールが頭を下げる。

「ご賢察の通りでございます。あの折には、まだ十分な情報が集まっていなかったこともあり、満足な報告ができず、誠に申し訳ございません。リドルサイファという名も、その後の報告で明らかになったものでございます」

「リドルサイファ……」

 マーヤーはその名を呟いた。奇怪な……奇妙な名だ、と思いながら。

「リドルサイファは自分でそう名乗ったのね?」

「口にしたわけではございません。これまでのところ、リドルサイファがしゃべったという報告はありませんから。ただ、出会った者は皆、それがその存在の名だと知ったということです」

 その存在。ルバルザールの口にしたその言葉をマーヤーが聞き咎める。

「人、ではないのね?」

「尋常普通の人、ではございません。はい、人間でも、亜人でも。さりとて、神や半神というわけでもありませんし、魔物と言うにもふさわしくない、不思議な何かです」

「神ではない?」

 はい、とルバルザールが頷く。

「帝都の神殿にも確認しております。そのような名の神も、使徒も知られてはいないとのことです」

 なるほど、とマーヤーが頷く。帝都には、エストリューズにあるすべての神殿を統べる最高神殿がある。そこで知られていないのであれば、そのような名の神はいないのだ。

「魔物でもないのね?」

 それは……、と彼は口を濁した。

「魔物でない、と言いきれるかどうかははっきりしません。人間や動物でない生き物、という意味であれば魔物と言うこともできましょう。ですが、その気配に邪悪なものはなく、人に害をなそうとする様子もありませんので、魔物という言葉はふさわしくないのではないかと愚考します」

「ウィル・オ・ウィスプのような、魔物もいるけど?」

「ウィル・オ・ウィスプ……でございますか?」

 聞いたことのない怪物の名を言われたからだろう、ルバルザールが面食らっているのがわかる。ウィル・オ・ウィスプはめったに人前に現れず、だから、その存在を知るものが少ないことをマーヤーは思い出した。シャクーラット城でその名を口にしたときには、居合わせた貴族の誰もがその実在を疑ったのだ。

 あまり知られていないが、ウィル・オ・ウィスプは自らの意思を持たない怪物だ。意思どころか、心を――意識を持たない以上、邪悪な意思などというものもありえない。そんな説明を聞いて、ルバルザールは首を振った。

「リドルサイファには、心もあれば、意思もあります。それは……何か、人間を、人間の心を超えたもののように思われます」

 うまく言葉では言い表せませんが。そう彼は言った。

「会話も成立しないのね?」

「そうではございません」

 マーヤーの問いにルバルザールが首を振る。

「え? でも、しゃべらないんでしょ?」

「しゃべりはしませんが、意思の疎通はできております」

 どういうこと? そう訊かれ、ルバルザールが困惑の表情を浮かべる。うまく説明ができない、とでも言うように。

「それで、何者かも見当がつかないのね」

 マーヤーの言葉にルバルザールが頷いた。

「ですが、アルテシーラやネブラッケインは、実際にリドルサイファと出会い、戦ってもいます。2人からお聞きいただければ、そのあたりの感覚(ニュアンス)がおわかりいただけるかも知れません」

「アルテシーラとネブラッケインが?」

「はい。他にもエラーリアやバルザードもリドルサイファに遭遇しております」

 そう言われ、マーヤーは驚いた。辺境の兵士達だけでなく、城に勤める騎士や魔法使い達もがリドルサイファと対決していたとは。

「聞いてないけど?」

 そう言われ、ルバルザールが深々と頭を下げる。

「申し訳ありません。我が君の心を煩わせまいと、伏せておりました。リドルサイファがシリスティアーラにまで姿を現したため、彼等が立ち向かうこととなった次第にございます」

 え、とマーヤーが声を上げた。

「リドルサイファが、シリスティアーラにまでやってきた?」

「はい、最初はアチマ、そしてシグラ。その後も、ザイリア、ケテスというように、だんだんとシリスティアーラへ近づいてきておりました」

「ちょっと待って」

 そう言ってマーヤーはリドルサイファの目撃された村や町の位置を思い浮かべた。その道筋を逆に辿れば……。

「リドルサイファは、カーテュノーの方からやってきた、って言うこと?」

 カーテュノー。そこは古代の都市の遺跡だ。ここには白の塔があり、原初の石の花の咲く花園がある。石の花を手に入れた後も、そこは重要な場所として徹底的に調査が行われている。マーヤーだけでなく、エフライサスの主立った家臣達はその場所の重要性を認識している。そして白の塔にはダークトレジャーがあったのだ。

「ご賢察の通りです。リドルサイファが実際にカーテュノーから来たのか、あるいはその向こうから来たのか、まではわかりませんが、逆算すれば、昨年の11月頃にカーテュノーに現れたものと想像できます」

 昨年の11月といえば、カーテュノーの白の塔からダークトレジャーが消えているのをマーヤーが確認してから、1か月ほどたった時期だ。この時間的なずれは、ダークトレジャーとリドルサイファに関係のないことを意味するのだろうか。それとも、ラグを有しながらも、関係があることを示すものなのだろうか。いや、カーテュノーという言葉からの連想で、必要以上に反応してしまっているだけで、実際には何の意味もないことなのだろうか?

「白の塔は、まだ調べ尽くしてはいないよね」

「はい。ダークトレジャーを収めた場所でございますから、迂闊に立ち入ることのないよう十分に配慮しております」

 それはマーヤーが指示したことだ。

 白の塔にはダークトレジャーが収められている、と今でも公式には信じられている。ダークトレジャーが白の塔から消えたことを知るのはアルテシーラだけで、彼女には厳重に口止めしてある。そして、ダークトレジャーがマーヤーと一体化していることは誰にも――フィシスにさえも伝えていない。白の塔の調査を差し止めている理由の一つは、ダークトレジャーが消えたことを知られたくないからだ。

「リドルサイファは、白の塔と、あるいはダークトレジャーと何か関係があるとお考えでしょうか?」

 そうかも知れない、とマーヤーは思っていた。

 確信のあることではない。だが、白の塔については、わかっていないことがまだたくさんある。マーヤーの知る限り、ダークトレジャーと白の塔について一番深い知識を持っていたのはソレーニンだったが、彼は、ダークトレジャーに触れて消滅した。彼の知識はダークトレジャーに取り込まれ、それはダークトレジャーと一体となったマーヤに受け継がれているはずだが、しかしマーヤーは、自在にその知識を思い出すことはできないでいる。ダークトレジャーの知識は、時に触れて意識に(のぼ)ってくることがあるだけで、マーヤーはまだそのすべてを自分のものにはできないでいるのだ。

 もしかしたら、リドルサイファは、白の塔に、あるいはダークトレジャーにまつわる秘密の一つかも知れない。もしそうなら、リドルサイファはダークトレジャーの秘密を解き明かす鍵になるのかも知れない。

「関係があるかどうかはわからない。リドルサイファについて、もっと知る必要がありそうね」

 そう答えるとマーヤーは、リドルサイファと接触したことのある者――エラーリアにバルザード、そしてアルテシーラとネブラッケインを呼ぶように言った。少しでもリドルサイファについての情報を集めるために。


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