情報屋2
マルコムの時よりはっきりした言葉なのに、顔はほとんど変わらない。アルベルトは紙へ目を落とし、質問を変えた。
「最近、聖痕発現者を探している客はいなかったか。名前を知っている者を探していたとか、居場所を聞きたがっていたとか」
「心当たりはないわね。いなくなったのはいつ頃?」
アルベルトはわずかに考えたが、情報としての価値は無いと判断した。
「確認できているのが八日前までということだ」
「その人を探すためにどうしてここへ?」
「仲介屋と言っても、情報屋と兼業みたいなものだろう」
「命がいくつあっても足りなさそう」
白々しい。あまり小芝居に付き合っている時間はない。
アルベルトは返答を急がなかった。名前が出たから来た、と言えば、相手は次にその名前を出した者を知りたがるだろう。何かつながりがある振りをしても、既にこちらの材料を測ろうとしている女には通じにくい。
「俺が抱えてる山でよくあんたの名前が出てな」
「今のところ売れる話はないわ」
ドミニクの名を出してから、クレマンスは金額を聞かなかった。だが、単に取引にならないと判断した可能性もある。知らないと言えば済む話を、わざわざ知っていると教える必要はないのだから。
「顔は知っているか」
「連れて来てくれたらわかるかもね」
アルベルトは顔を顰めた。見つけられないから聞いているのだ。クレマンスはその顔を見ても、先ほどと同じくらいに口元を緩めただけだった。
ニコルはクレマンスの上着を見ていた。クレマンスの方から彼女へ声を掛ける。
「お静かね。聞きたいことはないの?」
ニコルは顔を上げた。
「昨日のお昼、あの酒場へ向かっていらっしゃいましたか」
「何。それ、さっきも聞かなかった? 同じ質問はしないでくれないかしら」
「灰色の上着を着て、髪の短い方が、窓が割れたあとに引き返したと聞きました。目撃証言では細身の男性だと。ですが、目撃者はお顔も声も、確かめてはいないそうです」
アルベルトはクレマンスを見た。自分にも若い男に見えた。女と男。別々に考えていた二つの話が、同じ姿へ重なる。クレマンスは溜息を吐いた。
「昨日も、その上着でしたか」
「そうよ」
「酒場の前を、通りませんでしたか」
「通ったわよ。中へ入ろうとしたら窓が吹っ飛んだの。入らずに帰るでしょう、普通」
クレマンスはアルベルトへ顔を向けた。
「それで引き返したんだな」
「ええ」
「マルコムと会うつもりだった?」
クレマンスはそこでしばらく黙った。アルベルトとニコルを順番に見ると、口を開いた。
「そう。仕事の話をするだけのつもりだったんだけどね」
アルベルトはメモへ目を落とした。マルコムが口走った言葉を書いてある。
「俺を見て、あの女を捕まえに来たのか、と言った」
「……そんなこと言ったの」
「あなたのことだったのですね」とニコルが尋ねた。
クレマンスはすぐには答えなかった。
「言い切れるほどはっきりしてないと思うけど」
「はい。ですから鎌を掛けてみました。反応を伺いたく」
クレマンスが止まった。アルベルトも同じだった。この女、大人しそうに見えて、しれっとこういう手を打つとは意外だった。
「マルコムさんは、逃げられる入口まで来て止まりました。それから、窓を破壊しました。あなたに入ってほしくなかったのでは。それなら外からでも何かあったと分かります。名前を呼べば、誰を待っていたか知られてしまいますから」
クレマンスは煙草を探すようにポケットへ手をやり、空の手を戻して「まあ隠すほどのことでもないのよね」と独り言のように言った。
「最近、少し面倒なことがあったのよね。それをあいつにも話したことはあった」
「監察局に捕まるような話か」
「違うわよ。あいつが何か勘違いしたんでしょ」
ニコルが聞いた。
「以前から、あなたを心配するような方でしたか」
「そういう殊勝なもんじゃないわよ」
「長年のお付き合いだとか」
「それが何」
「自分が逃げるより、あなたに知らせる方を選んだのですね」
クレマンスは鼻で息をついた。
「あいつ馬鹿なのよ」
アルベルトは待ち合わせ相手の欄へ、クレマンスの名を書いた。
窓を壊したのは逃げ道を作るためではなかった。外へ出る機会を捨てて、近づいてくる相手に警告した。相手の方は、それを見て引き返している。
「店主は、修理代を払ってほしいと言っていたぞ」
「あなたたちの管理が悪いんじゃない?」
「……ドミニクに関わる話を聞いたら、監察局へ知らせてくれ。俺の名前で構わない」
「良い値段になりそうならね」
「条件はその時に聞く」
返事を待ってから、アルベルトは椅子を引いた。クレマンスは座ったままアルベルトを見上げる。
「マルコムの仕事についても、こちらで確認はする」
「どうぞ。売れる話は売る。そうでない話は出さない。それだけよ。どの制服を着てきても同じ」
アルベルトは、立ったまま数秒、彼女を見ていた。これ以上は同じことを繰り返すだけだった。
「また来る」
「もう来ないで」
ニコルがふと立ち止まり、クレマンスに向き直った。クレマンスはそれだけで少し顔を顰めた。
「魔術を使えない聖痕発現者はいくらで売れますか」
「何言ってんの。私はそんな商売はしてないわよ」
ニコルはほんの少し残念そうな顔をした。
「教えてあげたんだから一つだけ聞かせて。あの馬鹿はすぐ出てくるの?」
「現行犯で治安局に引き渡しただけだ。ただの器物損壊、弁償と賠償で片がつく」
「そう」
それだけ言うと、クレマンスは興味をなくしたように煙草を吸い始めた。
アルベルトが廊下へ出ると、ニコルも続いた。後ろから部屋の鍵を掛ける音が聞こえた。建物を出ると、通りの明るさが目に入った。長居したつもりはなかったが、空腹を感じるくらいには時間が経っている。
「確かにお茶は出ませんでしたね」
「それは本当だったな」
冗談だろうが、間違いでもない。あの女について今確実に言えるのはそれほど多くない。
「最初から、あの女だと思ったのか」
「階段でお見掛けしたときに、昨日のマルコムさんの言葉と目撃情報を思い出しました。マルコムさんと長いお付き合いだと伺って、もしかしたらと」
「服と髪だけでは分からんだろう」
「はい。ですから、どこにいらしたかを聞きました」
ニコルは建物を振り返った。クレマンスは出かけるところだと言っていたが、まだ降りてこない。
「マルコムさんは、心配されたのでしょうか。クレマンスさんを」
「この手の連中の横のつながりはよくわからんからな」
「あなたが何も知らないことも、ご存じなかったのでしょうね」
「こちらの話を聞かずにいきなり殴りかかってくる奴があるか」
ニコルが少し笑った。
「親切な方、だったのですね。少なくともお知り合いには」
「マルコムか? ま、店主はそうは思わんだろうな」
アルベルトが先を促すと、ニコルも並んで歩き始めた。




