失踪者1
クレマンスのところから局へ戻ると、イングリッドが手配人への照会の返事を伝えた。人手や荷を扱い、クレマンスから人を取り次がれることもある男だが、ドミニクに合う依頼は受けていないという。
「本名を知らない客もいるから、特徴でも確かめてもらったけど、今のところ該当なしね」
「あの女が別の名を使った可能性は残るな。クレマンスから直接確かめたいが、手土産にできる話がない」
「またこっそり払わないでよ」
「小銭で話してくれるような相手じゃない」
イングリッドが「どうだか」と言いながらアルベルトを睨む。
「また、とは」とニコルが言うと、イングリッドは親指でアルベルトを指す。
「こいつね、安く買収できるとみるとポケットマネー握らせることあるのよ。ニコルも見張っててよ」
「俺は違法なラインは弁えてる」
「そういう問題じゃないでしょ、犯罪者に餌あげてどうすんのって言ってんの」
「犯罪者とは限らん」
「口が減らないわね。どうせなら締め上げて吐かせりゃいいでしょ」
「そっちの方が違法だろう」
アルベルトが呆れた様子で言うと、イングリッドは鼻を鳴らしてその場を去った。
許可を得ずに配置先を離れれば処罰の対象になる。失踪者を捜す監察局へ、本人が居場所を知らせたがらないのも無理はない。
職場と住まいからの報告にも、クレマンスとの接点は出てこなかった。想像だけならいくらでもできるが、それを追う材料がない。
「ドミニクの方では、あの女を追うのはいったんやめる」
「殺人事件の方では?」
「もしこれがマフィアの抗争なら知っている話はありそうだからな。そっちは続ける」
イングリッドに、ドミニクの勤務先からの報告を確かめた。工場ではいつも通りに仕事を終え、その後、次の勤務に現れなかった。勤務を抜けることも、割り当てに文句を言うこともなかったという。失踪した朝は緑のスカーフを巻いて部屋を出た、という話も届いていた。
「工場は戻ってほしいってさ。無事が分かったら、まず連絡が欲しいそうよ」
「本人の希望では、辞められないのですか」
ニコルの問いに、アルベルトが答えた。
「魔術職へ配置されているなら、許可が要る。聖痕持ちには特に厳しい。成人時の検査で適性を見て、希望も聞いて仕事を決めるが、勝手に断ったり辞めたりすれば処罰される」
「聖痕持ちに厳しいとはどういうことでしょうか」
「まず調査が頻繁に入るようになる。あるいは急に聖痕が現れて、能力が上がって基準を超えれば、再配置にもなる」
「今の仕事や住んでいるところは、どうなるのですか」
「それを理由に断るのは、原則として認められん」
ニコルは報告の勤務先を見ていた。
「工場では、不満を言わなかったのですね」
「そうみたいね。あとは本人に聞かないとね」とイングリッドが言った。
「趣味や友人については」
「仕事先ではあまり話さなかったそうよ。ただ、休憩中に布を縫っていたのを見た人がいる」
「編み物ではなくて、繕い物ですか?」
「ええ。初めは自分の服を繕う程度だったけど、そのうち手際がよくなったから、誰かに習っていたんじゃないかって」
「誰か、の部分は不明ということですか」
「その通り」
真面目で、問題を起こさない。似たような言葉が並ぶ報告の中では、それだけが仕事以外の話だった。
「住まいへ行くぞ。前は争った跡がないかを調べていたが、持ち物をもう一度確かめたい」
洗濯屋には、最後の支払いと衣類の受け渡しを確かめてもらうことにした。イングリッドに行き先を伝え、回答は使いを住まいへ回してもらうよう頼む。
「帰ってくるつもりだったか、ということですね」
「分かるものがあればな」
ニコルも鞄を持って立った。
「勝手にものに触るなよ」
「はい」
家主の女は、胡散臭そうにアルベルトとニコルを見た。自分で言うことでもないが、特に怪しい雰囲気はない二人組だと思うが、単に面倒ごとを持ち込んだと思われているのかもしれない。
「前の方にも、申し上げましたけど」
家主の女はそう言いながら鍵を回した。
「争った音も、知らない人間が入ったところも、見聞きしていない。そうですね」
「そうですよ。片づけるなって言われたから、そのままですよ。窓を開けたくらいで。早く済ませてもらわないと、他の人にも貸せないんだから」
ドミニクの部屋には寝台と机、肘掛け椅子があり、窓際の棚に本が数冊並んでいた。前回の記録にも、扉や窓の損傷、血痕はないとある。
ニコルは言いつけ通り、入口に立っていた。
「入っていいぞ」
「衣装棚を開けてもらってもいいですか」
「……確認してくれれば自分で触れても構わんぞ」
そう言いながら、アルベルトは衣装棚を開けた。
「普段あった物で、なくなっているものは分かりますか」とニコルが家主に聞く。
「服なら少しは。洗濯物を取り次いでましたから」
仕立てのよい上着が数着残っていた。売れば小遣いにはなっただろう。女は下の引き出しを覗き、シャツと下着が少ない気がすると言った。枚数までは覚えていない。
「洗濯屋に残っている物は」
「店に聞かないと。でも、出ていく少し前に、まとめて戻ったのは覚えてますよ」
「帰ってこなくなった日の前、という意味ですね」
「ええ。引っ越すなんて聞いてませんねえ。そうならそうと言ってくれたらよかったのに」
家主は迷惑そうに言った。部屋をいつ貸しに出せるかだけが気がかりなのだろう。ニコルが衣装棚の下を見た。
「こちらの靴は、普段から履いていましたか」
「よそ行きの方ね。いつもはくたびれた茶色のを履いてました」
「それは見当たりませんね」
持ち手を直した革鞄もなくなっていた。家主が修繕の箇所を覚えていたので、アルベルトは形とともに書き留めた。衣類全部を持ち去ったわけではない。残しているのは上等な服で、持って出たらしいのは普段使いの靴と着替えだった。
ニコルは家主に断って、残った上着を一着広げた。
「こちらは、よくお召しでしたか」
「ええ。工場へ行くのにも着てたわね。向こうでは着替えていたんじゃないかしら」
表に目立った傷みはない。ニコルが袖の内側をこちらへ向けると、裏地が細かく縫い直してあった。片方だけでなく、左右とも。
「洗濯屋で直すこともあるのか」
「繕い物は別料金ですけどね。それは頼んでないと思いますよ。そんなところまで私が見たこともないけど」
机の引き出しには、洗濯代の受取書があった。
「日付はいなくなった日より前ですね」
家主が覗き込み、いつもまとめて払っていたと教えてくれた。
「まるで支払いを済ませてからいなくなったようですね」
「偶然かもしれん」
「はい」
と言いつつ、アルベルトは店の名を控えた。
「ほかに、出かける前に済ませていた用事はありませんか」
「どうかねえ。服屋によく用事を頼んでいたみたいだけれど」
「面識は」
「私はないねえ」
アルベルトが店の名前を尋ねると、曖昧ではあるが、一度だけ聞いたという店の名前を教えてくれた。ニコルが続けた。
「ドミニクさんのお姿を最後に見たのは、いつですか」
これまで迷惑そうだった主人が、この質問にはやや食い気味に反応する。
「それがね、失踪したっていう日の朝みたい。階段を下りてきて、外へ出ていくところを見ましたよ」
「ご本人だと分かったのですね」
「ええ。挨拶しましたから。鞄も持っていました」
「その時の服装は?」
「緑のスカーフをしていました。洒落た色だったので覚えています」
アルベルトは日付と服装を控えた。家主は顔を見てドミニク本人と確認していた。そこから勤務先へは向かわなかったということか。




