↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
STIGMA  作者: キタガワ
PR
10/14

失踪者1

 クレマンスのところから局へ戻ると、イングリッドが手配人への照会の返事を伝えた。人手や荷を扱い、クレマンスから人を取り次がれることもある男だが、ドミニクに合う依頼は受けていないという。


「本名を知らない客もいるから、特徴でも確かめてもらったけど、今のところ該当なしね」

「あの女が別の名を使った可能性は残るな。クレマンスから直接確かめたいが、手土産にできる話がない」

「またこっそり払わないでよ」

「小銭で話してくれるような相手じゃない」


 イングリッドが「どうだか」と言いながらアルベルトを睨む。


「また、とは」とニコルが言うと、イングリッドは親指でアルベルトを指す。

「こいつね、安く買収できるとみるとポケットマネー握らせることあるのよ。ニコルも見張っててよ」

「俺は違法なラインは弁えてる」

「そういう問題じゃないでしょ、犯罪者に餌あげてどうすんのって言ってんの」

「犯罪者とは限らん」

「口が減らないわね。どうせなら締め上げて吐かせりゃいいでしょ」

「そっちの方が違法だろう」


 アルベルトが呆れた様子で言うと、イングリッドは鼻を鳴らしてその場を去った。


 許可を得ずに配置先を離れれば処罰の対象になる。失踪者を捜す監察局へ、本人が居場所を知らせたがらないのも無理はない。


 職場と住まいからの報告にも、クレマンスとの接点は出てこなかった。想像だけならいくらでもできるが、それを追う材料がない。


「ドミニクの方では、あの女を追うのはいったんやめる」

「殺人事件の方では?」

「もしこれがマフィアの抗争なら知っている話はありそうだからな。そっちは続ける」


 イングリッドに、ドミニクの勤務先からの報告を確かめた。工場ではいつも通りに仕事を終え、その後、次の勤務に現れなかった。勤務を抜けることも、割り当てに文句を言うこともなかったという。失踪した朝は緑のスカーフを巻いて部屋を出た、という話も届いていた。


「工場は戻ってほしいってさ。無事が分かったら、まず連絡が欲しいそうよ」

「本人の希望では、辞められないのですか」


 ニコルの問いに、アルベルトが答えた。


「魔術職へ配置されているなら、許可が要る。聖痕持ちには特に厳しい。成人時の検査で適性を見て、希望も聞いて仕事を決めるが、勝手に断ったり辞めたりすれば処罰される」

「聖痕持ちに厳しいとはどういうことでしょうか」

「まず調査が頻繁に入るようになる。あるいは急に聖痕が現れて、能力が上がって基準を超えれば、再配置にもなる」

「今の仕事や住んでいるところは、どうなるのですか」

「それを理由に断るのは、原則として認められん」


 ニコルは報告の勤務先を見ていた。


「工場では、不満を言わなかったのですね」

「そうみたいね。あとは本人に聞かないとね」とイングリッドが言った。

「趣味や友人については」

「仕事先ではあまり話さなかったそうよ。ただ、休憩中に布を縫っていたのを見た人がいる」

「編み物ではなくて、繕い物ですか?」

「ええ。初めは自分の服を繕う程度だったけど、そのうち手際がよくなったから、誰かに習っていたんじゃないかって」

「誰か、の部分は不明ということですか」

「その通り」


 真面目で、問題を起こさない。似たような言葉が並ぶ報告の中では、それだけが仕事以外の話だった。


「住まいへ行くぞ。前は争った跡がないかを調べていたが、持ち物をもう一度確かめたい」


 洗濯屋には、最後の支払いと衣類の受け渡しを確かめてもらうことにした。イングリッドに行き先を伝え、回答は使いを住まいへ回してもらうよう頼む。

「帰ってくるつもりだったか、ということですね」

「分かるものがあればな」


 ニコルも鞄を持って立った。


「勝手にものに触るなよ」

「はい」


 家主の女は、胡散臭そうにアルベルトとニコルを見た。自分で言うことでもないが、特に怪しい雰囲気はない二人組だと思うが、単に面倒ごとを持ち込んだと思われているのかもしれない。


「前の方にも、申し上げましたけど」


 家主の女はそう言いながら鍵を回した。


「争った音も、知らない人間が入ったところも、見聞きしていない。そうですね」

「そうですよ。片づけるなって言われたから、そのままですよ。窓を開けたくらいで。早く済ませてもらわないと、他の人にも貸せないんだから」


 ドミニクの部屋には寝台と机、肘掛け椅子があり、窓際の棚に本が数冊並んでいた。前回の記録にも、扉や窓の損傷、血痕はないとある。

 ニコルは言いつけ通り、入口に立っていた。


「入っていいぞ」

「衣装棚を開けてもらってもいいですか」

「……確認してくれれば自分で触れても構わんぞ」


 そう言いながら、アルベルトは衣装棚を開けた。


「普段あった物で、なくなっているものは分かりますか」とニコルが家主に聞く。

「服なら少しは。洗濯物を取り次いでましたから」


 仕立てのよい上着が数着残っていた。売れば小遣いにはなっただろう。女は下の引き出しを覗き、シャツと下着が少ない気がすると言った。枚数までは覚えていない。


「洗濯屋に残っている物は」

「店に聞かないと。でも、出ていく少し前に、まとめて戻ったのは覚えてますよ」

「帰ってこなくなった日の前、という意味ですね」

「ええ。引っ越すなんて聞いてませんねえ。そうならそうと言ってくれたらよかったのに」


 家主は迷惑そうに言った。部屋をいつ貸しに出せるかだけが気がかりなのだろう。ニコルが衣装棚の下を見た。


「こちらの靴は、普段から履いていましたか」

「よそ行きの方ね。いつもはくたびれた茶色のを履いてました」

「それは見当たりませんね」


 持ち手を直した革鞄もなくなっていた。家主が修繕の箇所を覚えていたので、アルベルトは形とともに書き留めた。衣類全部を持ち去ったわけではない。残しているのは上等な服で、持って出たらしいのは普段使いの靴と着替えだった。


 ニコルは家主に断って、残った上着を一着広げた。


「こちらは、よくお召しでしたか」

「ええ。工場へ行くのにも着てたわね。向こうでは着替えていたんじゃないかしら」


 表に目立った傷みはない。ニコルが袖の内側をこちらへ向けると、裏地が細かく縫い直してあった。片方だけでなく、左右とも。


「洗濯屋で直すこともあるのか」

「繕い物は別料金ですけどね。それは頼んでないと思いますよ。そんなところまで私が見たこともないけど」


 机の引き出しには、洗濯代の受取書があった。


「日付はいなくなった日より前ですね」


 家主が覗き込み、いつもまとめて払っていたと教えてくれた。


「まるで支払いを済ませてからいなくなったようですね」

「偶然かもしれん」

「はい」


 と言いつつ、アルベルトは店の名を控えた。


「ほかに、出かける前に済ませていた用事はありませんか」

「どうかねえ。服屋によく用事を頼んでいたみたいだけれど」

「面識は」

「私はないねえ」


 アルベルトが店の名前を尋ねると、曖昧ではあるが、一度だけ聞いたという店の名前を教えてくれた。ニコルが続けた。


「ドミニクさんのお姿を最後に見たのは、いつですか」


 これまで迷惑そうだった主人が、この質問にはやや食い気味に反応する。


「それがね、失踪したっていう日の朝みたい。階段を下りてきて、外へ出ていくところを見ましたよ」

「ご本人だと分かったのですね」

「ええ。挨拶しましたから。鞄も持っていました」

「その時の服装は?」

「緑のスカーフをしていました。洒落た色だったので覚えています」


 アルベルトは日付と服装を控えた。家主は顔を見てドミニク本人と確認していた。そこから勤務先へは向かわなかったということか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。