失踪者2
洗濯屋については、イングリッドに頼んだ照会の回答を持っていた。それと今の話を合わせる。
彼ら曰く、最後に姿を確認された日の五日前に、未払い分を全額受け取ったらしい。普段は店から届ける衣類も、その日は自分で取りに来たそうだ。その後、新しく出された洗濯物はない。
緑のスカーフを巻いて姿を消した、とも店では聞いていた。これも家主の話と一致する。アルベルトは回答へ印をつけた。
服屋は、大通りから少し離れたところにあった。石壁に取りつけた看板には、仕立てと直しを請け負うとある。奥から湿った羊毛と炭の匂いがした。
炭を入れる小さな炉のそばで、上着が一枚広げられている。店主は採寸に出ており、奥で上着を縫っていた若い男が顔を上げた。
淡い金髪を後ろへ撫でつけ、眼鏡を掛けている。年は記録にあるドミニクと同じくらいに見えた。
「監察局だ。ドミニク・ヘイレルについて聞きたい。面識は」
「服を頼まれていた方ですね。私は、配達で少し」
男は針を布へ留め、身分証を差し出した。名はエーミールとある。名前、年齢、所属先。この店の名と、聖痕の登録番号も記されていた。
眼鏡の向こうの目は青灰色だった。アルベルトは顔と記載を見比べた。特に気になるところもないので、簡単にメモだけ取る。
「こちらで働いて、どれくらいになる」
「まだ入ったばかりでして。半年ほどでしょうか。初めは休みの日だけでしたが、今は毎日」
「ドミニクの部屋にも行くそうだな」
「ええ。お預かりした服を届けに」
「ほかに預かっている服は」
「ありません。上着は取りにいらっしゃいました。まだ手をつけていなかった直しも、そのままでいいと言われたので」
「ドミニクに何か妙なところは」
「いえ。特には。仕事が大変だ、と言っていたくらいですが、誰でも言うことですかね」
ニコルが作業台の上着を見ていた。男は縫いかけの布へ目を戻した。
「ドミニクさんは、どんな服がお好きでしたか」
「仕立てと言っても少々お直しするくらいでして。内側の一部に、少し違う色を入れたり、くらいですね」
「内側ですか」
「はい。アクセントになるような色を。案外お洋服が好きなのだなと」
「お部屋にあった上着は、裏地が縫い直してありました。それもこちらで?」とニコルが聞いた。
「おそらく、そうでしょう」
「出ていった日の服装については、何か聞いていないか」とアルベルトが尋ねた。
「ええ。人づてに聞きましたが、青いスカーフを巻いていたそうですね」
「ほかには」
「そこまでは」
ニコルは男を見たが、それ以上は質問しなかった。
アルベルトは最後に見かけた日も控えた。店主はまだ戻っていなかったが、聞きたかったことは聞けた。アルベルトは連絡を頼み、登録の方も確かめることにした。
店を出ると、アルベルトはエーミールの登録番号をイングリッド宛てに送った。身分証の名前と所属先が台帳と合っているか、確かめてもらう。ひとまず、預けた服を返した日と、今は何も預かっていないことを控えた。
「工場の方では、仕事には不満が無いと言っていたと」
「ああ。外では不満を漏らしていたらしい」
「はい。どちらも本当かもしれません」
工場には仕事着が残っていた。職場にも家主にも、辞めるとは告げていない。それでも、支払いを済ませ、預けた服を受け取り、着替えと普段の靴を持って出ている。
「自分で街を離れる準備をしていたようだな」
「少なくとも、そのようには見えます」
「そのあとで襲われた可能性は残る」
「はい」
八日間帰ってこないことに変わりはない。アルベルトは手帳を閉じた。
「帰り道だけでなく、街を離れる車を洗い直す。鞄の特徴も使える」
局へ戻ると、イングリッドからエーミールの照会の返事を聞いた。その番号の台帳には、名前と所属先が身分証の記載どおりに載っている。続けて、ドミニクの足取りの話をした。
「鞄は、古い、だけ?」
「持ち手に修繕がある。靴は茶色だ」
「何ともぱっとしないわねえ。まあ例の緑のスカーフつけてくれてたらわかりそうなものだけど。緑ってあれよね、今年流行りの色の」
「流行りなのですか」とニコルが反応した。
「そうよ、わりと綺麗な。石で言うとアクアマリンかしら?」
「なるほど」
乗合の記録に、該当する名はなかった。名前の残らない客は、時刻と持ち物から確かめてもらう。
クレマンスについての返答にも、ドミニクに合う手配はなかった。ただ、最近は人を紹介するより、本人が何かを聞いて回っているという。アルベルトはその報告を殺人事件の資料へ加えた。
翌朝、イングリッドは二人の御者から返事があったと伝えた。一人は住まいの近くで客を拾った流しの御者、もう一人は市の南側へ荷を運ぶ御者だ。髪の色と鞄の特徴が合っていた。
「二人目の方を見せてくれ」
「それならこっちね」
荷車の御者は、乗る時に修繕した持ち手を気にしていた客を覚えていたらしい。配達の記録と突き合わせた日付は、ドミニクが最後に職場で目撃された翌朝だ。
背丈や服装も合う。南の門を出て、街外の分かれ道で一人、降ろしたという。そこから先の行先は知らなかった。
「珍しかった、というのは?」
ニコルが、御者の答えを記した箇所を示した。
「荷の仕事で忙しい時間だけど、そこに朝食を取れる合間があるそうよ。その時間帯に流しで乗りたいお客さんなんて滅多にいないから、憶えてたみたいね。降ろす場所も通り道だったから乗せたそうよ」
「普段も、同じところで朝食を?」
「そうらしいわね。その時間にあの方面へ出るのは、ほぼこの人だけだってさ」
朝食を取っていた場所の向かいの店からも、別に回答があった。古い革鞄を持った金髪の男が食べ物を買い、車へ向かったという。
アルベルトは地図に降車地点を記した。車はそのまま南へ向かうが、そこから西へ進めば、別の荷の積み替え場所がある。
「この先を調べる。乗ったのがこの街の車とは限らん」
「普通の乗合なら、名前が残るのですね」
「身分証が要る。今のところ、使った記録はない」
「時間がかかるから避けた、ということは」
「確認自体はすぐ済む。名前を残したくなかったように見えるな」
ニコルは地図に記された道を見ていた。
「ドミニクさんは、あの御者がどこで朝食を取るか知っていたのでしょうか」
「あの時間に、あの方面へ出る車がほとんどあの男だけというのは確かめた。だが、ドミニクがそれを知っていたかどうかはな」
「お金を渡せば乗せてくれることも」
「そこまでは分からん」
「断られたら、どうするつもりだったのでしょう」
「まだ朝だ。家に戻って、別の日に出直すこともできる」
「なるほど。それもそうですね」
支払いを済ませ、着替えを選び、仕事に現れないことが分かる前に街を出た。朝早く、普段は乗客を取らない荷車を使っている。ドミニクが自分で調べたのかもしれない。だが、日頃の暮らしぶりからは、こうした移動に詳しかったとは思えなかった。
「手引きした者がいるかもしれないな」
それでも、今は本人の足取りが先だった。アルベルトは積み替え場所へ照会を出し、身元不明者や被害の報告についても確認を頼んだ。
「今日はここまでだ」
ニコルはまだ地図を見ていた。
「その紙は持ち出すな。地図なら書き込みのないやつがある」
「通りの名と地形を覚えておこうかと」
「一度に全部は無理だろう」
ニコルが少し不思議そうにこちらを見て、地図に戻った。無理ではないらしい。
アルベルトは照会書の残りを書き上げた。積み替え場所を通った車を調べてもらう。ドミニクを乗せた御者が見つかれば、次は街の外へ出ることになる。




