行方1
「いつ降りたかもわからないのか」
街外の積み替え場所から辿った、次の荷馬車だった。屋根付きの荷積み台に袋が積まれ、その向こうには低い石垣が見えた。畑を区切っているようだ。馬の息と乾いた土の匂いがする。
ニコルが車輪の跡を踏まないように立った。赤毛で無精ひげを生やした若い御者は、気まずそうに頷いた。
「でも、その男で間違いないですよ。隣に座ってましたから」
「隣にいたのに、いなくなったことに気づかなかったのか」
「荷台が空いたら、後ろへ行ったんです。こっちの方が座り心地はいいと言ったんですけどね」
何も言わずに降りたドミニクの責任ではある。御者は客を見張るために乗せたわけではない。しかし取れる情報は取らねばならない。
「どこまで乗っていた」
「三度目の積み替えで、いないのに気づきました。翌朝だったかな」
アルベルトが地図で確かめる。前の荷車から乗り継いだなら、丸一日ほどは乗っていたことになる。
「行先は」
「遠くへ、とは言ってましたがね。仕事が大変だとか、別の景色が見てみたいとか。酒を少し勧めたら、ぽつぽつと」
「誰かに助けてもらった話は」
「道を聞いたくらいは。そっちはあまり覚えてません」
御者は自分の上着の袖を見せた。
「こっちは覚えてるんですが。直してくれたんですよ」
「その男が?」
「荷に引っ掛けて裂いちまって。針と糸を持ってるっていうから、任せたら早い早い」
裂け目を閉じた細かな縫い目がある。工場でも、休憩中に縫い物をしていたという話があった。
「誰かに習ったとは言っていなかったか」とアルベルトが聞いた。
「服屋に通ってたとか。好きでやってたんだって言ってましたがね」
「どこの店だ」
「そこまでは。こっちは直ればありがたいだけですから」
アルベルトは手帳を開いた。
「エーミールという名は、出なかったか」
「さあ。覚えてません」
「顔と鞄は、さっきの話の通りだな」
「ええ。鞄は持ち手に別の革が当ててありました」
御者はドミニクが何を話したかより、裂けた服を直してくれたことを覚えているらしかった。
「何かやったんですか、その人」
「今のところ、そういう話ではない。職場が連絡を欲しがっている」
「なら、会ったら言っときますよ」
アルベルトは最後に行程を確かめ、また見かけたら監察局へ知らせてほしいと頼んだ。御者が荷台へ戻ると、アルベルトは手帳を開いた。ニコルはドミニクを最後に見た日の話を確かめた。
「女主人さん以外にも、ドミニクさんが出ていくところをご覧になった方はいるのでしょうか」
「工場にも、洗濯屋にも、緑のスカーフという話があったな」
「実際にご覧になったのか、確認したいのですが」
アルベルトはニコルの疑問を照会に添えた。
***
翌日の午後、街へ戻ると、イングリッドが二つの回答を伝えた。
「工場の人はね、家主の話を又聞きしてるだけだったわ。洗濯屋も近所で聞いた話。どちらも直接は部屋を出るところを見てないみたいね」
「では、その朝のお姿を見たのは女主人さんだけなのですね」
「今のところはね。御者たちが見たのは、そのあとの移動中。緑のスカーフは見覚えがないそうよ。温かくなったから取ったのかしら?」
アルベルトは手帳を見直した。最初は三箇所から同じ話が来ていた。そのうち二つの脇へ、伝聞と書き足す。
「何かわかることは」
「新しいことは何も。でも確認は出来ました」
「そうか」
ニコルが「助かりました」とイングリッドに礼を言うと、彼女は目をしばたかせてニコルを見た。それからアルベルトに向かって言った。
「あんたが素直に人を頼るなんて、上手いことやってんのね」
「はい」
アルベルトが何も言わないうちにニコルが答えると、イングリッドがくすぐったそうに笑った。
「しかしどこかで裁縫を習っていたとすると、あのエーミールとかいう服屋が何か知っていそうだな」
「そうですね」
アルベルトは、工場での繕い物と御者の上着についても考えた。
「あの職人が裁縫を教えていたのかもしれん。服を届けるだけの付き合いではなかったんじゃないか」
「もう一度お会いできますか」
「ああ。辞めたいという話も、向こうでしていた。街を出る相談に乗っていたなら、行先も知っているかもしれない」




