行方2
その足で、アルベルトは服屋へ向かった。
エーミールは奥で上着を縫っていた。前に会った時と同じ眼鏡を掛けている。顔を上げると、撫でつけた淡い髪の生え際が見えた。
「ドミニクに裁縫を教えていたのか」
男は針を止めた。
「どこでそれを」
「ドミニクがつながりのありそうな服飾屋がおたくしか見つからなくてな」
「……少しだけです。親しくはありません」
「前は、直しを頼まれただけと言っていたな」
「お客さんが、自分でもやってみたいとおっしゃったので」
「工場を辞めたいという相談もされたんじゃないか」
「仕事が大変だとは、聞きましたが」
ニコルはアルベルトの隣へ進んだ。
「前に、ドミニクさんは青いスカーフを巻いていたとおっしゃいましたね」
「ええ。人からそう聞きました」
「どなたからですか」
「店のお客さんだったと思いますが……」
「女主人さんは、緑のスカーフだとおっしゃっていました」
「……そうでしたか」
「そのスカーフの色を直接見たという方は、ほかに見つかっていません」
エーミールはしばらく黙っていた。
「実際にご覧になったのではありませんか」
「私は、ドミニクさんの服を……」
「この色ではありませんか」
ニコルは店に掛けられた一枚の布地を指差した。今年の流行色だった。ターコイズブルー。イングリッドは宝石で言えばアクアマリンと言った。緑がかった青と言えなくもないが、アルベルトの目には緑である。
「……これは緑だな」とアルベルトが言うと、エーミールが苦笑した。
「もし、あなた自身がドミニクさんを目撃したとおっしゃっていたら、気に留めなかったかもしれません」
男がニコルを見た。返事はなかった。アルベルトも、開きかけた手帳から顔を上げた。男は手元へ目を落とした。しばらくして眼鏡を外し、椅子へ座り直した。
「あなたが、ドミニクさんなのですね」
「……はい」
アルベルトが男の顔を見た。それから身分証を出させ、ドミニクについて控えた特徴と並べる。髪と目の色、年齢、背丈。違うのは名前だった。
店主が奥から顔を出した。
「エーミールが、何か?」
「いえ、お構いなく」とアルベルトが応えた。
店主はしばらく男を見ていた。それから、項垂れるドミニクの肩に手を置いた。ドミニクが少し顔を上げた。
「こいつは良い職人になります」と店主はアルベルトにいった。
ドミニクが唇を固く結んだ。
「話は後で聞く」
「……はい」
店主が表へ戻ると、アルベルトは工場へ辞めると伝えなかった理由を聞いた。
「前に担当の方に話したんです。でも、せっかくの能力があるからと」
「工場の仕事は、配置された魔術職だ。辞めるには許可が要る」
「相談しても、工場へ行くように言われるだけでした。仕事は真面目にやってました。嫌だから手を抜いていたわけじゃありません」
「そこは誰も疑っていない」
ドミニクは膝へ目を落とした。それから眼鏡のない顔を上げ、青灰色の目で二人を見た。
「休みの日に、ここで教えてもらっていました。初めは自分の上着を直すだけでしたが、少しずつ仕事もさせてもらって」
「裁縫に役立つ魔術でも」
「いえ。工場で使うのとは、全然違います。最初は針で指を刺してばかりでした」
「では、練習したのですね」
「はい。ここへ来るのが、唯一の楽しみでした」
「スカーフは目立つ色を選んだんですね」
「はい。流行りの色ですし、自分は青だと思っていたので、盲点でした。出ていくところを誰かに見ておいてほしかったんです。ちゃんと自分で出ていったと分かるように」
「街を出たのは、どうしてですか」
「一度、遠くまで行けば、追いかけては来ないかと」
「戻ったのは」
「街を出て二日後の夕方です。積み替え場所から別の道へ出て、戻る車に乗りました。三日だけ、この店を休んだんです」
別名の身分証では、帰りの乗合を使っていたという。地図の道は外にしか向いていないわけではない。来た道を引き返さなくても、街には戻れる。
「名前が違えば、見つからないと思いました」
「改名しても転職しても、聖痕の登録番号は変わらん」とアルベルトが棘のある声で言った。
「……別の登録にできると、聞いていたんです」
アルベルトは手を止めて訝しげにドミニクを見る。しかしいったんニコルに言葉を向けた。
「いつから、こいつだと思っていた」
「服屋で初めてお会いした時には、まだ分かりませんでした。ただ、女主人さんは緑とおっしゃっていたのに、あの方は青と。気にはなりました」
「それだけでか」
「いいえ。別の方が見たのなら、そういう話も広がるでしょう。ですから、誰が見たのか確かめたかったんです」
「結果、家主だけだった」
「はい。そこへ御者さんの繕い物の話が加わったので、直接見たか、ご本人なのではないかと」
アルベルトは手帳を見た。
「それで、もう一度聞いたのか」
「はい。青という言葉を、どなたから聞いたのか」
アルベルトは男の名前を書いた欄へ、エーミールと書き添えた。アルベルトが身分証を出させた。登録番号も名前も、先日と同じだった。
「これはどこで作った」
「窓口です。持っていく書類と、行き先を教えてもらって」
「誰に」
「手伝ってくれた方です。名前は知りません。工場を辞める話をしたら、別の名で仕事を続ける方法もあると」
「そいつに金は払ったか」
「いいえ」
「書類は?」
「渡してしまいました」
「その名で、聖痕をもう一度見せたのか」
「いえ。前の検査の書面があればいいと言われて」
アルベルトは難しい顔で手帳に書きつけた。
「職場への連絡は要る。登録も二つあるなら、そのままにはできん」
「工場へ戻されますか」
「俺がここで決める話じゃない。まず本人が見つかったと報告する」
「ここで働きたいんです」
ドミニクは初めて、アルベルトの顔を見たまま言った。
「ここに残れるとは、今は約束できん」
ドミニクの顔に失望の色が浮かんだ。その後、店主の話を聞いた。半年弱前から仕事の合間に通い、三日休んで戻ってからは常勤で働いているという。それ以降、店を空けていない。
店主も何か妙なところがあるのは感じていたという。しかし真面目で、仕事への情熱を感じたという。多少の脛の傷は気づかないふりをしたとのことだった。
店を出る前に、アルベルトが言った。
「最善は尽くす」
ドミニクは深々と頭を下げた。
家主にも本人を確認してもらい、荷物を持ち出した日のことを聞いた。帰りに使った乗合の記録には、エーミールの名があった。出発の二日後で、本人の説明とも合う。
店の男がドミニクであることは家主も認めた。部屋の様子や残した持ち物についても、本人の話と食い違いはなかった。




