行方3
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局へ戻ると、アルベルトは二つの登録番号をイングリッドに渡した。ドミニクとエーミール。同じ人物が二回、別の名前で登録されている。
ただし記述を合わせるためか、聖痕の位置は合っている。形に関する部分は、意味は変わらないものの、微妙に異なる書き方になっていた。
「名前だけ書き換えたのではないのですね」
「ええ。ドミニクの登録も、そのまま残ってる」
イングリッドは二つの登録を確かめた。
「住所や勤め先を変えるなら、普通は登録を直すだけなんだけどね。ニコルの住所変更でも、番号は変わらなかったでしょう」
「はい」
「エーミールの方を、別の聖痕発現者として登録したのね」
「正規の手続きじゃないな。何を使って本人と確認したのかも、確かめたい」
「登録を作った時の書類ね。そっちも探すわ」
どうやって承認が通ったのか。アルベルトは報告書へ二つの番号を書いた。
「支局長に報告する。来てくれ」
「はい」
オリヴァーは報告に目を通し、アルベルトへ顔を上げた。
「本人を確かめたな」
「はい。家主の確認も取りました。帰りの乗合の記録も、本人の話と合っています」
「遠くまで追った甲斐はあった。生きて戻って、働いているところまで確かめたんだ。よくやった」
「先に店で会っていたのに、気づきませんでした」
「別人として話を聞いたんだろう。気づかなかったことも、確かめ直したことも書けばいい。見つかった理由を報告から落とすな」
「色の話を確かめたのはニコルです」
「それも書いてくれ」
オリヴァーは二つの登録番号を見比べた。
「別の番号を作った経緯は調べる。窓口に出た書面も取り寄せてくれ」
「工場へは、どう説明しますか」
「まず無事だったと伝える。その上で、配置変更を正式に申し出る。今の店で続けたいという本人の希望も添える」
「無断で辞めた件は」
「それも残せ。以前に相談した時、どう扱われたかを確かめたい」
「工場が連れ戻せと言ったら」
「俺へ回せ。お前は今の働きぶりと、本人が話したことをまとめろ」
「戻せと言われれば、その手続きも俺の仕事です」
「分かっている。だから今、お前一人の判断で約束させるつもりはない。戻せばどうなるか。そこまで上へ出す」
「許可が出ない場合はどうするんですか」
「それは向こうの出方次第だ。今悩んでも仕方ない。本人にも、決まったことだけ伝えてくれ」
アルベルトが頷く。事実に即して処理する。この仕事の基本だ。
「仕事はできていたそうだな」とオリヴァーが言った。
「工場では、勤務態度に問題はなかったと」
「働けるから、働き続けたいとは限らん。配置の書類では、その違いがなかなか拾われない」
「適性は見ているはずですが」
「お前な、元は戦時の動員から続いている方式だぞ。管理優先なことくらいわかってるだろう」
「……はい」
「隣国との通商交渉も、止まったろう。魔術師を兵隊に回す話にならなければいいがな」
「話し合いで済めばいいんですが」
「ああ。ここで働きたいって奴らを、他所へ送り出したくはない」
オリヴァーはニコルへ向き直った。
「ニコル。実際に同行してみて、感じたことはあるか」
「聖痕の反応を確かめる以外にも、できることがありました」
「何だ」
ニコルは言葉を探す。
「……推理、でしょうか」
オリヴァーがにやりとしながら顎を触った。もっと実務的なものがあるだろう。アルベルトが続けた。
「聞き込みと、記録の照合です。推測と確認できたことも報告してもらっています」
「続けたいか」
「はい。記録の扱い方は、慣れてきました」
「よし。こっちも人手不足だ。暫定の調査補助官として手続きを進めよう。条件は書面で渡す。読んでから返事をしてくれ。確認事項にお前の推測を混ぜないようにだけ注意しろ。他は問題ない。良いコンビだ」
「お願いします」
「住まいや食事で困っていることは」
「ありません」
「ほかに、してみたい仕事や行ってみたいところはあるか。今の仕事を始めたから、ほかを考えてはいけないという話ではない」
「まだ、この仕事で知らないことが多いので」
「一応聞くが、修道院へ戻るつもりはないのか」
「こちらで、お役に立てると思います」
「良い心がけだ。自分の能力は、使えるところで使えばいい」
アルベルトが、正式な採用までの担当を確認した。
「引き続きお前に任せる。現場の危険と、任せた仕事を報告してくれ。ニコルも、分からないことをそのまま引き受けないように」
「それなら今のところ、聞いてばかりです」
「それでいい。新人は迷惑をかけてでも仕事を覚えろ」
オリヴァーが笑うと、アルベルトも短く息を漏らした。
残りの報告を済ませて、二人は席を立った。廊下に出ると、部屋の中より少し涼しかった。
「これまでのところ、私は非常識でしょうか」
また何を言い出すんだ。常識があるとは言えないが、非常識とまでは言わない。アルベルトが視線を返す。
「取り立てては」
「自己評価を改める機会にしようと。なにぶん世間に疎くて」
「黙って勝手に行動される方が困る」
「それなら、現状を保ちます」
「遠慮してくれてもいいが」
「不都合があった場合に教えてください。お互いにとって最善かと」
窓の外に、向かいの建物の屋根が見えた。その向こうには今日戻ってきた道があり、別の道もいくつも通っている。
「見つかっても、終わりではないのですね」
「人探しは終わりだ。次は登録の問題だな」
「ドミニクさんはどうなるのでしょう」
「公文書の偽造は軽い罪じゃない。本人が何を知っていたかも調べる。店で続けたいという話は、局長が上へ出す。俺も、あそこで聞いたことは全部書く」
そう言ってアルベルトは執務室の扉を開けた。
アルベルトは机へ戻ると、ドミニクの報告の残りを書いた。ニコルも向かいに座る。
「殺人事件の方へ戻る」
「じゃあ、こっちね」と待ち構えていたイングリッドが、クレマンスの照会を持ってきた。
「新しい返事はまだ。続きが届いたら知らせるわ」
クレマンス自身が、何かを聞いて回っている。紹介を頼まれたから人を繋ぐ、といういつもの仕事とは違うらしい。それ以上のことは分からなかった。
「普段とは違う仕事をしているのではないか、とのことですが」
「そういう話だ。具体的にはわかってない」
「それでも捜査対象なのですか」
「良く言えば経験則だな」
「悪く言うと」
「手詰まりだ」
アルベルトは手帳を開いた。ニコルも渡された紙にもう一度目を落とす。
クレマンスは何を探っているのか。
「手詰まりと言うほどの状況ではなさそうですね」
実際問題として、周辺事情をある程度握っていそうなクレマンス、あるいはさらに詳しい情報屋筋を訪ねるのは妥当である。
しかしその目論見はすぐに外れることとなる。
翌日、クレマンス・ルロワが殺害されたとの報せが届いた。
失踪者編、以上になります。
次章からは内容的には新しいエピソードとなります。引き続きよろしくお願いします!




