亡骸1
階段の上から、治安局の職員が降りてきた。
アルベルトは壁際へ寄って男を通し、二階へ上がった。先日はここでクレマンスと会った。今日は扉が開け放たれ、その脇に別の職員が立っている。
「監察局のフォスターだ。連絡を受けて来た」
治安局の男は顎をしゃくるようにして、行け、と示した。妙にすんなり通された。普段なら喜ぶところだが、今日ばかりは理由がわかっている。
クレマンスは机の横に倒れていた。短い灰金色の髪の下で頬は白く、片腕は体の下に入っている。上着の胸元に小さな穴があった。その周りと床に、血が黒く広がっている。
記憶にある、声を掛ければ嫌味が返ってきそうな顔、というわけでもなかった。目の前にあるのは死体である。
遺体のそばにいたのは、ダグラス・ボールトンだった。オリヴァーが治安局にいた頃の同僚だそうで、何やら曰くがあるらしい。アルベルトの制服を見ると、ぶっきらぼうに説明を始めた。
「発見は今朝。下の店の人間だ。扉が少し開いていたので声を掛けたが、返事がなかったから開けてみたそうだ」
椅子が一脚倒れていた。書類の箱は棚に収まっている。
「死亡時刻は」
「昨夜だろう。詳しくはまだ」
「傷は同じか」
「胸に細い傷が一つ。詳しい検分はこれからだ。出入りがあったとすれば、おそらく扉からだろうな」
右の掌と前腕にも、浅い傷があった。胸を刺される前に何かがあったのか。詳しい順序は検分を待つことになる。
特に掌の傷が気になった。切り傷のようになっている。これまでの事件ではほとんど抵抗の跡が見られなかった。
ニコルもそれが気になったのか、遺体を検分している治安局員に何か声を掛けた。
「ここを見せてもらえますか。はい、そこです」
ニコルは右手の指輪を示していた。よく見ると細い傷がついている。アルベルトは遺体のそばへ屈んだ。胸の傷は細く、貫通している。これまでの被害者にも、急所に似た傷があった。
ニコルが小声で話しかけてきた。
「一連の事件と関わりがありそうですか」
「傷は似ている。だが今回は抵抗の跡がある。これまでとは違うようだ」
過去の被害者の傷の位置と形を思い出す。寸法が全く同じということではないが、周囲を大きく壊さず、急所を貫いている点は共通していた。
「残留魔力の方は」
「聖痕を持つ検分担当が確かめたが、聖痕反応はなかった」
アルベルトはニコルへ目を向けた。
「お前にも確かめてほしい」
「気配はありません」
聖痕由来の気配は、使われた魔力の強さなどによって、一日から数日は残る。
「クレマンスさんは聖痕を持っていませんでしたね」
「ああ。前の二人とは、そこも違う」
「傷が似ていなければ、そっちへは知らせなかった」とボールトンが忌々し気に言った。仕事で呼ばれただけで親の仇にでもされている。
「検分の結果も回してくれ」
ニコルがボールトンを見た。男は彼女に名を尋ね、ニコルが答えると、確認したいことがあれば来いと言った。
「現場に残っていた書類等はどうなった」
別の治安局の男が答える。
「量が多い。何か探しているものが?」
机には紙があり、棚には箱がある。前に来た時、クレマンスは話す前に一枚裏返した。あれが何だったか、アルベルトは知らない。
「本人が最近、何かを聞いて回っていたらしい。それが何だったか知りたい。何か遺留品は」
治安局の男は面倒そうな顔をした。曖昧な仕事を請け負ってくれるほど仲は良くない。
見つかったものの照合を頼み、アルベルトは自分の連絡先を伝えた。少なくとも、その場で確認できた範囲に彼女の調べ物を説明できるものはなかった。
ニコルが一歩寄ってきた。
「タイミングは良すぎますね」
「まあな。怪しい調べもの、それから殺された」
「そして一連の事件との関連性が疑われる殺害方法」
「出来過ぎだと思うか」
「どうでしょうか。隠す気がなかった可能性もあります。例えば、何らかの見せしめなどのケースです」
アルベルトは頷いた。致命傷となった傷口は似ているが、一連の事件との関連性は、まだ疑える状況だった。これまでと違う点が多い。
「以前の事件から、似たような魔術が得意なやつらは洗っている」
「珍しい魔術なのですか」
「狩猟に使われるものじゃないかという話が出てな。誰にでもできるわけじゃないそうだ」
前の二件では、聖痕反応があった。あれが被害者のものだとしたら、今回反応がないことと辻褄は合う。つまり犯人は非聖痕者かもしれず、言い換えるなら、聖痕持ちの狩猟者を探すだけでは、調査は終わらないということだ。
「マルコムさんの心配が、当たっていた、ということなのでしょうか」
「マフィア内の雰囲気でもあったのかもしれんな。それほどきな臭い話も聞いていないが」
ルッソファミリーとビアンキーニファミリーの関係が最近悪化したという話は聞いていない。もっとも、監察局と治安局と同様、仲が良い時期などはないのだが。
これ以上の収穫は今のところない。治安局が相手だったが、この件に限っては何かわかった場合、知らせてもらえるように話はつけられた。おそらく向こうもこちらの情報が欲しいのだろう。




