亡骸2
局へ戻ると、アルベルトはイングリッドに過去の技能報告を頼んだ。検査や仕事で、実際にどのように魔術を使ったかを記したものだ。
「前にも出したやつじゃない?」
「今度は、現在の配属先で絞らない。昔の使い方も見たい」
「もうちょっとはっきりしてよ。何を探したいの」
「細く撃ち出す、狭い範囲を貫く。そういう使い方ができた者を、過去にさかのぼって集めたい。威力と射程だけじゃ拾えない」
「用途は限定しないってことね。ちょっと時間かかるな、それは」
「私もお手伝いします」
イングリッドはニコルに資料を分け、以前の調査で選んだ登録番号を確かめた。既に細く撃てると分類されている者から出し、別の用途で使っていた者にも範囲を広げる。
「全部読むのですか」
「まずは今の条件で拾った分だけね」
アルベルトはニコルへ、以前調べたときのリストを渡した。
「術の名前は気にするな。同じ呼び名でも、使い方が同じとは限らん」
「この番号からですね」
「そうだ」
「読んだ分と、まだのは分けておいてね。アルベルト、あんたも時間あるうちに手伝いなさい」
アルベルトは渋面で書類の一部を受け取った。
攻撃に適した魔術を使う者は何人もいた。広い範囲を吹き飛ばす者、近づいてから強く打ちつける者、遠くの小さな標的を射抜く者。得意なことが多ければ、報告も長くなる。詳細にはどの距離から何を壊したかが続く者もいた。
アルベルトは傷と比べられそうな記録に印をつけた。現在の仕事を変えた者もいる。本人への確認は、住所を確かめてからだ。
治安局には、クレマンスの取引で揉めた相手がいなかったか確かめてもらうことにした。イングリッドへ宛先と質問を伝える。
記録の検討を切り上げ、次の調査に向かうべく、ニコルと局を出た。通りでは荷車を引く男が前を横切った。
「では明日は、取引先との揉め事を確かめるのですね」
「その方が手柄にはなりそうだ」
「手柄ですか」
アルベルトは手帳の頁を戻した。以前尋ねた時には、彼女が何を聞いていたかまで掘り下げなかった。失踪者と繋がるかどうかを見ていたからだ。
「クレマンスもただで情報を集めてたわけじゃないだろう。誰かが売るつもりで持っていた話も、行き先を失っている」
「それで、手柄とは」
「拘るな」
「少し言い方が気になったので」
「言い方、か。俺はどんな風に言った」
そこでニコルは少し考えた。
「事情があるのかと」
不意を突かれた。手柄。功績。
それらは、アルベルトが欲しいものだった。どう答えるべきか、あるいは何も言わないべきか逡巡して、アルベルトは溜息をついた。
「監察局っていうのはな、あまり良い仕事じゃないんだ。局内では言うなよ」
「なぜですか」
「内容の問題じゃない。立場の話だ。支局長だって監察局じゃなければもっと昇進しているだろう」
「支局長なのでは」
「中央の目には入らないってことだ」
「つまり、中央からの評価が高い部署ではない、と」
「そんなところだ」
「アルベルトは出世したいのですか」
結果的にはそういうことになる。功績を上げれば、出世するだろう。
「手柄を立てれば監察局から移動できるかもしれないからな」
ニコルはしばらく黙って歩いた。
「そんなに悪い仕事とも思えませんが」
「お前には、そう見えるか」
「まあ私には行くあてもありませんから」
ニコルは返事を求める様子もなく、隣を歩いていた。
「前から聞きたかったが、この仕事が面白いのか」
「面白いですよ」とニコルはこともなげに言った。
「修道院はどんなところだったんだ」
馬車の通りを避けて道の脇による。情報としては知っているが、教会や修道院は、アルベルトにとって縁のある場所とは言えない。
「修道院というか、私がいたところは少し生活臭のする教会と言いますか。田舎だったものですから、近くにあるのも小さな農村だけで、寄り添うように立っていました」
「そんな小さな村に孤児院が?」
「送られてくるのです。身寄りのない者を、都市部ではなく田舎に送って、そこで自給自足に近い生活をするということです。こう見えて畑仕事も得意ですよ、私は。簡単な炊き出しも。狩猟者を追うなら役に立つと思います」
アルベルトは苦笑した。
「それは俺たちの業務外だろうな」
「力を発揮できなくて残念です」
「それがどうしてここに来たんだ。いや、最初に話は聞いているが、それ以外で何かあったのか。中央に出てもよかっただろう」
ニコルは空を見上げた。
「どうしてでしょうね。大聖堂があるからでしょうか。私も人の子で、やはり馴染のある何かがあると安心するのではないですか」
まるで他人事のような説明だった。初めは、聖痕を持っているだけで得をする女に反発心があった。兄のうちの一人は聖痕がある。一族でしばらく出たものはいなかったから、大いに祝った。
もしあれが自分のものだったなら、立場がもう少し入れ替わっていたのではないか。そんな卑屈な思いもある。
しかしニコルは、聖痕にはまるで拘りがないようだった。最初は魔力が備わっていないからだろうと思っていた。だがここしばらく一緒に過ごすことで見えてきたのは、彼女は聖痕を、自分に結びついた、足が速いとか、背が高いとか、その程度のものとして扱っているのだろうということだった。
むしろ管理の対象となることを面倒に思っているかもしれない。
「知らないことがたくさんあって、面白いですよ」とニコルが微笑んだ。
「俺も知らないことだらけだ」
本心からそう言った。
それから、クレマンスの行動に関する聞き込みを何件かこなした。
やはりルッソファミリーに関する情報が多く、これまでの事件との関連性から洗い直すべきなのではないかと、アルベルトは考え始めていた。
辺りは薄暗くなり始めていた。今日はこの辺りが潮時だ。ニコルにも局に戻ることを伝え、馬車が拾える通りに向かう。建物同士の間の、やや薄暗い路地だった。人通りも少なく、先ほど一人すれ違ったくらいで人影は見ない。ここまで人がいないと、逆に物取りも避けるのではないか。
「クレマンスのことを嗅ぎまわってる役人だな」
前言撤回、である。アルベルトは素早く周囲を見回した。逃げ場よりも死角から襲われないように、壁際にニコルを寄せる。
口元を布で覆った男が、一人。黒い外套に身を包んでいる。立ち振る舞いからして、素人には見えなかった。つけられていたとしたら迂闊だった。アルベルトは足を止め、ニコルをさらに半歩、後ろへ行かせた。
「用件は」
「ちょっと来い。話をしよう」
男は横の路地を示した。奥はさらに薄暗くなっている。先で曲がっているのだろう。おそらく建物の内部に続いている路地だが、私有地との間を柵で仕切ってあるような道だ。わざわざ付き合う理由はない。
「ここで聞く」
「お前ら、死人の商売に手を突っ込むのはやめろ」
ニコルが動いた。振り向くと、さっきすれ違った一人がこちらへ戻ってくる。横の路地にも男がいた。
「何を聞いた。どこまで知ってる」と二人目の男はニコルの鞄を見ながら告げた。声は上ずっていない。やはり場慣れしている。
「人違いじゃないか。俺たちは別の件で忙しいんだが」
「こっちは嬢ちゃんに聞いてんだよ。なあ、アルベルトさんよう」
「俺の名前を知ってるなら、お前も名乗ったらどうだ」
男は答えなかった。アルベルトはニコルを自分の背中と壁で挟むように立った。三方向。二面までは問題ない。さて。
アルベルトは息を整えた。




