酒場2
「どう見る」
アルベルトはメモを畳みながらニコルへ聞いた。我ながら現金なものである。聖痕があるだけのお荷物と邪険にしていたのに、頭は使えそうだとみれば今は意見を求めている。だが使えるものは使わねば損というものだ。
「クレマンスさんとはどのような方なのでしょうか」
「仲介屋だ」
「はあ」
気のない返事である。少しニコルの性格がわかってきた。既知の情報には興味を示さない。
「……調査で知ったことは、外で話すなよ」
「守秘義務、というやつでしょうか」
「そうだ」
「なるほど。これが」
これも気に入ったらしい。アルベルトは、必要な範囲を説明することにした。今後も同行させるのに、何を調べているか知らせずに済ませるわけにはいかない。
「実は別件で関係者の中に名前があった。関係者と言っても数多いる中の関係者見込み、みたいなものだが」
「別件とは、どのような」
「失踪だ。聖痕発現者が一人消えた。名はドミニク・ヘイレル。一連の殺人と関連しているかもしれんということで、俺のところに降りてきた」
ドミニクの失踪が確認されてから、既に一週間以上は経っていた。聖痕発現者狙いの殺人が続いているタイミングでの行方不明となれば、捜査対象になるのは自然だった。
ニコルは人差し指を軽く顎に置く。
「昨日の件ですが、マルコムさんが、クレマンスさんを待っていたとお考えですか」
「関連性は疑っている」
「仮にそうなら、なぜ彼女に監察局の人間がいることを知らせなくてはならなかったのでしょう」
「何かまずい案件に関わっている、と見るのが妥当じゃないか」
「殺人事件のような?」
「脅し、誘拐、監禁。怪しい仕事なんていくらでもある」
「その場合は、元の事件とは関連しないということですよね。逆に関連性があるなら、クレマンスさんの紹介でマルコムさんが実行し、ドミニクさんの失踪に関わり、アルベルトさんの姿を見て派手な振る舞いをした、というような話になりますが」
「飛躍し過ぎだな」
「はい。私もそう思います。一つ気になったのは、被害者の方が役人から離れて、と言ったという部分でした」
「仲介屋、か」
「はい。何の証拠もありませんが、もし知り合いだとしたら、こちらは無理のない話に思えます」
同意見だった。少なくとも、同じ酒場から出てきた話だ。被害者とクレマンスが知り合いだった可能性はある。ドミニクの失踪でも名前が挙がっている以上、本人に話を聞く理由は十分だった。
局へ戻ると、イングリッドが報告を持ってきた。
「こっちは酒場の常連の回答。被害者を見た人はいるけど、一緒にいた相手を覚えている人はいないみたいね」
ニコルが空いている椅子の前で待っていたので、アルベルトは座るように言った。机にはドミニクの勤務先と住まいへ行った職員の報告が揃っている。
「で、クレマンスの方が仲介屋をやってるのは知ってるわよね。聖痕は持ってないから、うちにあるのは取引先としての記録だけね」
「その晩にいたという話は」
「ないわね」
イングリッドは続けて、向かいの店で荷を下ろしていたという男の話を伝えた。灰色の上着を着た短髪の男が、大通りの方から道を渡りかけ、窓が割れると引き返したという。
「顔と声は?」
「遠くて顔は分からない。声も聞いてない。細身で、若く見えたって。男じゃないか、とは言ってるわね」
アルベルトは上着と髪の特徴、引き返した方向を控えた。
「マルコムは女だと言っていた。別人を見ていただけかもしれん」
「それを調べるのはあんたの仕事。じゃあまたね」
「ああ。助かった」
相手を庇うためにマルコムが嘘を吐いた可能性もある。アルベルトはニコルにもドミニクの報告を読ませた。聖痕反応の確認だけでなく、聞き込みでも、書類仕事でも、役に立ってもらわねば困る。
功績が欲しい。二人の兄は王立魔術院にいる。アルベルトが監察局へ決まった時、父は何も言わなかった。兄たちの時とは違っていた。そのことは、今も忘れられない。
見返してやりたい。いや、自分なんかじゃ無理だ。今でも、そんな矛盾する思いの間で何度も行ったり来たりしている。そうして腹が据わらないうちに、魔術院などの主要局より格が落ちる、監察局への所属が決まっていた。誰からも、何も言われなかった。それがかえって、アルベルトにはお似合いの部署だと、誰もが思っているように感じられた。
今日の報告をまとめて、アルベルト一人で支局長室に向かう。
アルベルトを現場に置いたのはオリヴァーだった。お前向きの仕事だ、と半ば無理やり現場に放り出された。右も左もわからない中で、ぼうっとしていれば自分の身が危ない環境だった。しかし気づけば必死に食らいつく環境は、あの頃の自分に必要なものだった。
よくやった、アルベルト。
そう言って、オリヴァーが初めてアルベルトを褒めたとき、そこには、長い間、自分が求めていた何かがあった。
報告によれば、ドミニクは淡い金髪、青灰色の瞳、二十代前半の男らしい。工場で働き、能力も使っていたという。特徴の欄は短く、アルベルトも本人の顔は知らなかった。
殺人事件とドミニク失踪の関連はまだ不明だ。先入観は禁物、無理やりつなげれば真相を見誤る。外の事情を知る人間の話が欲しかった。
「クレマンスに会ってきます」
今日の報告を終えた後、そうオリヴァーに告げた。支局長室は相変わらず簡素だった。そもそも身分に拘りなどないだろう。現場主義で、現実的。それがオリヴァーだった。
「一筋縄ではいかんぞ」
「はい。ドミニクの件で既に名前が挙がっていた人間が、別の線で浮かび上がってきました。具体的な関連はまだわかっていませんが、偶然とも思えません」
オリヴァーは腕を組んで頷く。
「確かに怪しい。だが、まだ関連性は不明だ。先入観は持つな」
「分かっています。マルコムが急に暴れた件もありますので、ある程度様子を見てから入ります。その分、やや時間をとっても良いでしょうか」
「ああ、良い判断だ。奴の拠点は商業区だったな」
「はい。あまり危険なエリアではありませんが、一応近隣の治安局の動きも頭に入れておきます。頼りたくはありませんが」
オリヴァーがにやりとした。
「まあそう言うな。使えるものは使え」
それはオリヴァーの教えだった。自分の身の安全を優先、下手なプライドで危険に陥るくらいなら何でも使え。余計な考えは命取りだ。そう繰り返した。
現場で手取り足取り教えてくれる人ではなかったが、アルベルトにとっては間違いなく、目標とする人だった。監察局でキャリアを終えるつもりはない。だが、オリヴァーがいる限り、学ぶことはある。
「頼んだぞ、アルベルト。ニコルのこともよろしくな」
「はい」
オリヴァーはアルベルトを真っすぐ見ると、もう一度頷いた。




